32. 二人が抱えているもの
ファムとラヴィの二人は、セイラの予想通り、現在カミーリャン商会が運営資金を提供している獣人専用の孤児院の出身だそうだ。
二人はほぼ同じくらいの歳で、赤ん坊の頃からその孤児院で育てられた。
そして二人とも、実の親の顔は知らないそうだ。
当時は孤児院の院長が、町の有力者たちに頻繁にかけあい、何度も頭を下げ、寄付を集めてなんとか運営されていたらしい。
だがある時、その院長が亡くなったことによって、孤児院の運営は一気に非常に苦しいものへとなっていく。
それには、獣人たちの孤児院ということも大きな原因の一つだそうだ。
町の有力者たちはみな人族であり、獣人たちに対して表立って迫害するようなことは無くても、積極的に援助しようとは思えないらしい。
そして、いよいよ行き詰ってきたと思われた数年前、突如カミーリャン商会が運営資金の提供に名乗りを上げた。
これによって、なんとか孤児院の運営は継続できることとなる。
さらにカミーリャン商会は、十五歳に達した者たちを男女問わず積極的に雇い始めた。
簡単な事務処理や荷物の運搬など、末端の業務ではあるが、孤児院の子達からすれば、定職につけることに喜ぶ者は多かったそうだ。
ファムとラヴィもまた、十五歳の時にカミーリャン商会に雇われることになったらしい。
ただし、二人の持つその運動性能が高く評価されて、他の者たちとは違って裏仕事専門である《黒蜂》にだった。
だが彼女たちは、それについては特に不服や不満などは無かったそうだ。
むしろ自分たちにはそのほうが向いているとさえ考えていたらしい。
実際、二人の戦闘能力は《黒蜂》の中でもずば抜けて高いそうだ。
さらにそこで実績を積み上げてきたことで、カミーリャン商会からの待遇もそれなりにいい扱いを受けてきたらしい。
もっとも、仕事の内容は、孤児院の仲間たちも含め、ほとんど誰にも言えないようなことばかりではあったが。
そして今回の《雷の宝珠》奪取に関する仕事も、今までとなんら変わりのない、いつもと同じような仕事だと、少なくともファムとラヴィの二人は考えていた。
ターゲットを見付け、それを奪って来る。
よくある簡単な仕事だと。
しかし、カミーリャン商会の主、ブロッシュは二人ほど気楽ではなかったらしい。その力の入れようは、今までとの比ではなかったそうだ。
最初五十人を超える仲間で対象を襲わせたことからも、その力の入れようがうかがえる。
そのような規模で襲撃することなど、今までは一度も無かったらしい。
だが、その襲撃も結果的に失敗に終わってしまった。
相手を全滅させたものの、十人以上の重軽傷者を出しながらも、肝心の宝珠が見付からなかったからだ。
ブロッシュはさらなる探索を《黒蜂》たちに命じた。
その様子は、まさに鬼気迫るものがあったそうだ。
そんな中、ファムとラヴィは偶然にもセイラを見付け、宝珠の存在まで確認しておきながら、奪取できずに逃げ延びてきた。
この醜態に、ブロッシュはこれまでに無いほど激怒した。
もう一度行けと。必ず奪ってこいと。手近にあったカップや皿を二人に向けて投げつけながら言ったそうだ。
さらには、もし次に宝珠を奪えず帰ってこようものなら、《黒蜂》を首になることはもちろん、二人の出身である孤児院も即時取り潰すと。そこにいる全ての子供たちを奴隷として売り払ってやると。そう言われたそうだ。
現在孤児院に身を寄せている獣人の子たちは六十人を超える。
二人にとっては大切な仲間であり、弟や妹のような存在が、みな奴隷として売られていってしまうことは、二人にはとても耐えれるものではなかった。
仮に売られずに済んだとしても、資金提供をしてくれる者がいなくなっては、孤児院の存続も非常に難しい。
このことを、いくら横暴だと言っても、誰も助けてはくれない。
例えば、ハンターギルドも、自分たちが被害を被るか、依頼や金が無ければ動かない。
領主などに進言しても、獣人達の孤児院の話など、まともには聞いてもくれない。
もし賄賂でもあれば多少の融通も聞くが、逆になければ全く動いてくれないのが、この世界の仕組みなのだと、そうファムは最後に付け加えた。
「……これで全てよ」
そう言って、ファムはオレを睨みながら言葉を続けた。
「だから……だから! ワタシ達は絶対に《雷の宝珠》を持って帰らなければいけないの! 例え、ワタシかラヴィのどちらかが死んだとしても! そう誓ったの! ワタシ達はそう誓ったの! そう……誓ったの……。誓ったのに……うっ……ううう……」
ファムの悲痛な叫びが、徐々に力を失い、嗚咽へと変わる。
寄ってきたラヴィが、何も言わずファムの肩を抱きしめた。
ファムがラヴィの手に自分の手を重ね、オレを見上げる。
その瞳に溢れる涙が、頬を伝わり、こぼれていく。
「……どうすればいいの? ワタシ達は、他にどうすればいいというの? どうすれば、みんなが、助かるの? ねぇ……おしえてよ……。ねぇ……。うっ……うううぅ……。たすけてよぉ……」
いつの間にか傍に来ていたセイラも、その二人の姿に何も声を出せなかった。
オレも、今すぐには、二人にかける言葉が見付けられなかった。
『……リオ、二人を眠らせてくれるか?』
『うん。わかった』
リオは二人の肩に足を付け、そして、二人はそのまま眠りについた。
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今回ちょっと短めです。少し長くなったので二つに分けました。
なので、次話は明日1/22(日)夕方に投稿予定です。
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