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145. メルディの過去

「……よくある話よ」


 メルティとミルナが手をつなぎながら一緒に歩き去っていく。

 そんな二人を目で追うオレに向かって、リュアが口を開いた。


 何のことだ?

 という思いが顔に出たのかもしれない。

 オレに向けていた視線を去りゆく二人に移しながら、リュアが言葉を続けた。


「彼女たちの両親は、とある子爵様の奴隷だったのだけれど、数年前そこで小さな事件が起こったの」

「……事件?」

「ええ。でも本当は、それを事件と呼ぶなんて烏滸(おこ)がましいほど小さな小さな出来事だったハズなのだけれど」


 そう言いながらリュアが再び歩き始めた。

 土手の上を歩いて行くメルディたちとは違い、土手を下りていく。

 それに続くようにラヴィも歩き始め、腕を掴まれているオレもそれに続いた。


「ある朝、子爵様の庭に咲いていた花が数本、切り取られていたそうよ」

「……花?」

「ええ。なんでも子爵夫人がとてもとても大切にされていた花で、この国ではちょっと珍しい種類なんだとか。庭園で綺麗に咲き誇っていたその花を、数本だけとはいえ切り取られて盗まれたと、子爵夫人はそれはもう大激怒。当然ながらすぐに犯人探しが始まって、程なくして目撃証言などからその屋敷で働かされていた何人かの獣人奴隷に容疑がかけられた」


 この話の流れ……


 もしかして、彼女たちの両親も疑われ、ひどい尋問とか拷問を受けたとか、そういう話なのか?


 たった数本の花のために……


「疑われた獣人奴隷たちは二十人を超えていたそうだけれど、その中にメルティたちのご両親もいたそうよ」


 やはり、そういう……


「そして全員、その日のうちに処分されたそうよ」


 ……え?

 取り調べるとか、そういうの一切抜きで、全員処分……って、ちょっと待て。


 思わずオレの足は止まってしまった。

 それに気付いたのかリュアも足を止め、オレの方に振り返った。

 けれど、ちょうど土手にかかっているレンガ造りの橋の下で、日影が濃いのかリュアの顔がよく見えない。


 処分……って言ったか?

 処罰じゃなくて、処分?

 なんだよ処分って。

 まさか……


「処分って、どういう……」


 自分の声が僅かに震えてると、自分でも分かる。


 オレの方に一歩近付き、日影から抜け出すリュア。

 オレを見るその目がわずかに細められる。

 その視線が、「言わなくても分かるでしょう?」と言い放っている。


 ……確かに、想像は付く。

 付きたくなくたって、付いてしまう。

 だけど、その自分の想像を信じたくない。

 間違いであって欲しいと願ってしまう。


 そんな思いすらも見透かされているのかもしれない。

 リュアが小さなため息と共に、言葉を続けてきた。


「この国の人族たちにとって獣人は、人の形をしたただの獣。もしくは替えの利く道具に過ぎないの。特に貴族様たちからすれば、ケチがついた奴隷なんて気分が悪いのでしょう。だから早々に処分してしまうことも多いのよ。……そうね。ヒビの入った小皿を捨てるようなものかしら? たとえどんなに小さなヒビだったとしても、気に入らないとなればそれまで。古くていらなくなったものはさっさと捨てて新しいものを手に入れる。それは普通のことなのよ、少なくともこの国では」


 言葉が出ない。

 あまりにも自分と考えが違いすぎる。


「更に言えば……」


 まだ、何かあるのか?


「数日後、花を切り取った犯人は判明したそうよ。誰だったと思う?」


 少し意地の悪さを垣間見せ、首を傾げながら聞いてくるリュア。

 だけどそんなこと、オレに分かるわけもない。

 黙っているオレに向かって、リュアは再び口を開いた。


「子爵令嬢、つまりその子爵家のご息女だったそうよ。なんでも、招待された公爵令嬢とのお茶会へ持っていくために数本切り取ったんだとか。当日は急いでいたらしくて母親に何も相談もせずに一人で勝手に切って持っていって、そして事後報告も数日後にふと思い出してようやくしたのだそうよ。もちろん、メルディの両親も含めて疑われた獣人奴隷たちの処分は全て済んだ後の話よ」


 ……胸が、苦しい。

 目の奥が、熱くなる。


「その時の、メルティの気持ちが、トーヤ様に分かるかしら?」


 分かるわけない。

 分かるだなんて、そんな烏滸(おこ)がましい事、とても思えない。

 オレには、そこまでのひどいことをされた経験なんて無い。

 想像したところで、どこまで当時の彼女の気持ちが理解できるというのだろう。


 ……でも、それでも!

 そんなオレでも、彼女たちの境遇を考えると胸が締め付けられるように苦しくなる。


 あまりにも理不尽な仕打ちを受け、そしてそれに抗うこともできないのだとしたら。

 それはもう、呪いたいほど恨むしかできないじゃんか!


 目の前の相手を。

 周囲すべてを。

 その国すべてを。

 自分の運命すらも。


「でもね、トーヤ様。そんなのはよくある話なのよ。メルティだけが特別不幸なわけじゃない。この国では他の獣人たちも、そのほとんどは似たような境遇にいる」


 リュアがオレに向かって一歩踏み出す。


「やはりトーヤ様は、思った通り、優しい人」


 また一歩、ゆっくりとオレに近付いてくる。


「ユオンお姉さまが、あれほどまでに尽忠(じんちゅう)深くされていたことも、今の貴方を見れば理解できる」


 リュアの右手がゆっくりとオレの頬に近付いてくる。


「メルティのために……獣人たちのために、泣いてくれるのね」


 リュアの細い指が、オレの頬を伝う涙を拭う。


 その指を自分の唇へと運び、目を閉じながらそっと口付ける。


 再び目を開けたリュアが、まっすぐにオレを見上げてきた。


「そんな貴方を見込んで、お願いがあるの」


 願い……?


「私たちに、協力して貰えないかしら?」

「協力……?」

「ええ。トーヤ様に、ぜひ手伝っていただきたいの」


 メルディの話を聞き、その哀れな境遇に胸が痛い。

 もしオレに協力できることがあるならば、協力したいとは思う。


 思うが……


 オレは一度大きく息を吸い、そしてゆっくり吐き出した。


 オレの隣には、いまだにオレの右腕を掴んだまま、黙って立っているラヴィがいる。

 百歩譲ってメルフィダイムでのことは不幸な行き違いだったと、まだ水に流せるかもしれない。

 だけど、今現在ラヴィにしていることを、許せるわけがない。

 素直に協力なんて、できるわけがない。


「協力じゃなく、脅迫だろう? ラヴィをこんな目に合わせておいて……」

「うふふふ。安心して? けっして命に別状はないのだから」


 何をどう安心しろと?

 にっこりと微笑みながら言うその言葉の後ろに、「今のところは」という注釈が聞こえた気がしたのはオレだけか?


 やはり協力じゃなくて脅迫じゃないか!

 と怒鳴りたい気持ちを必死に抑え込む。


「オレに、何を……」

「貴方の持つ〝力〟を、ぜひ私たちのために使って欲しいの」

「オレの……〝力〟……?」


 何のことだ?


「とぼけて……るわけではなさそうね。自覚が無いのかしら?」

「いったい何を……」

「メルフィダイムで見せてくれたでしょう? ベニートを倒したあの(いかづち)のような魔法。ぜひあれを使って欲しいの」


 《放電・極スパーク・エクストリーム》か!?


「あれは素晴らしい魔法だったわ。まるで世界の全てを呑み込むかのような眩い光、大地をも激しく震わせるほどの衝撃、天の怒りかと見紛(みまが)う圧倒的な力。もしかしてあれは魔法ではなく、噂に聞く神力というものなのかしら? うふふふ。まさかね」

「……あれを、何に使えと?」


 まさか……


「その〝力〟で、ある男を消して欲しいの」


 まるで茶化すかのように小さく笑いながら言葉を口にするリュア。

 もしかしたら、これは冗談では? と一瞬疑ってしまうような仕草だ。


 だがその目は、けっして冗談を言っている目じゃなかった。


 むしろ、そんな軽い口調でそんなセリフを吐くことのほうが、怖いことなのかもしれない。


 ゴクリと、唾を飲み込み、ゆっくりとオレは口を開いた。


「オレに、殺し屋の真似事をしろ、と」

「殺し屋……? うふふふ。面白い表現をするのね。でも、ええそうね。その通りよ。トーヤ様なら、貴方の力なら、それが十分に可能だと思うのだけれど、いかがかしら?」


 人を殺せ、と言われて素直に頷けるわけもない。

 だが、今ここでキッパリと拒否することも躊躇(ためら)われる。

 なにせラビィを人質に取られているような状態なんだから。


 ここは、言葉をはぐらかせつつ、なんとか時間をかせぐべきか?

 その間にラヴィの回復か、もしくはユオンたちになんとか連絡できれば……


「それは残念だったな。あの魔法は見た目は確かに派手だけど、人殺しには向かない。実際、ベニートは死んでない。知らなかったのか?」


 思い返してみれば、ベニートの生死を確認する前にリュアはもう一人の獣人と一緒に撤退していた気がする。

 だから、あの魔法でベニートは死んだと思い込んでいたのかもしれない。


「もちろん知っているわ。その後捕まったことも。でもそれは、トーヤ様の優しさからの手加減のおかげでしょう? あれだけの魔法ですもの、トーヤ様が本気を出せば……」


 それは誤解だ。

 あの時のオレは手加減なんかする余裕はなかった。

 むしろあの時のオレにできる最大出力で放ったハズだ。

 あれで死ななかったんだから、オレの魔法の威力なんて、推して知るべしってヤツだろう。


 そこのところの誤解を解いてやれば、もしかしたら諦めてくれて、この脅迫じみたこともなくなったりするだろうか?


 そう思った時、リュアが思いもよらぬことを言い出してきた。


「もちろん、タダでとは言わない。もし協力してくれるのなら、私の……いえ、私たちの願いが成就した暁には、私のその後の人生全てをトーヤ様に捧げてもいい」


 は?

 人生全て……?


「いったい、何を……」


 思わず目を(しばたた)かせてしまうオレに向かって、リュアがずいっと顔を近付かせてきた。


「私も、どうぞトーヤ様の奴隷の末席にお加えくださいな。さすればこの身、この命の果てるまで、私の全てを捧げ、トーヤ様に生涯尽くしましょう」


 ――ち、近っ!? か、顔が近っ!?


「な、な、何をバカなことを……!」

「あら。ユオンお姉さまも含め、あれほどの美女を三人も奴隷にして(はべ)らせておきながら、バカなこと? それとも、私ではお気に召さないのかしら?」

「い、いや、そういう問題じゃ……」

「では、契約成立……かしら?」


 リュアの顔がさらに近付く。

 思わず一歩後退(あとずさ)りしたが、橋脚(きょうきゃく)が妨げになりそれ以上は動けない。

 リュアもまた一歩詰めてきて、左手をオレの胸に添えてきた。


 彼女の朱唇(しゅしん)がゆっくりと近付く。

 互いの息が微かに感じられる距離。

 そして――


「……残念。時間切れ、かしら?」


 リュアが体重を全く感じさせないふわりとした動きで後ろへ飛んだ。

 それとほぼ同時に、タタンッと二つの人影がオレの目の前に降り立った。







うーん、おしい(´>ω<)

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