137. これからの武器
――はぁあああ。
思わず深い深い溜息が溢れてしまう。
オレ、やっぱこういうのに才能無いのかも。
朝食の後、もう半刻くらいはやっているが全然ダメダメだ。
「……どう思う?」
とりあえず、後ろにいる二人に尋ねてみた。
「どう……って言われても、ねぇ。ラヴィは何かある?」
「アタシに振らないで。ファムに分からないんなら、アタシにも分からないって」
二人の獣耳娘にも、現状を打破するアイデアは無いらしい。
まあ、二人とも得意分野は違うからな。
仕方無いだろう。
むしろ今までオレに付き合ってくれていることに感謝したいくらいだ。
その時――
「こちらでしたか」
突然左の方からかけられた声に振り向くと、そこにはユオンがいた。
「お疲れ様、ユオン。鍋のほうはどう?」
ファムのその質問にユオンは思わずといったふうに苦笑した。
その様子で結果は推して知るべし、ってやつだな。
今日の朝食は干し肉を葉野菜で包み、それを串で刺し、岩塩をまぶして焼いたモノだった。
これならば鍋を使わずに、そしてお手軽に済むからだ。
別にそれ自体には誰も文句は無い。
むしろファムとラヴィなんかいつも以上に食が進んでいた気もするし、オレだっておかわりしたくらいだ。
十分控えめに言って、めちゃ美味かった!
同じような食事が何日か続いたとしても、きっとオレも二人も文句なんか言わないだろう。
じゃあ鍋はいらないかというと、残念ながらそうもいかない。
一番の懸念は、食後のお茶だな。
オレとファムとラヴィの三人はそういう習慣は元々なかったのでそれ程気にしないのだが、ユオンがそうはいかないみたいだ。
ユオンと一緒に行動するようになって、そしてユオンが食事の用意を担当するようになってからは、必ずと言っていい程食後にはハーブティーが出されるようになった。
どうやらそれはユオンのこだわりの一つみたいだ。
普通、旅の荷物にはお湯を沸かすためのやかんなんかが含まれるそうだ。
綺麗な川や泉の水を軽くろ過した後、煮沸消毒して飲み水にすることも多いため、他の料理で使う鍋とは別に用意するモノらしい。
だがオレたちの場合、オレが魔法で周囲の水蒸気から飲み水を出してしまうからその必要が無い。
そのためやかんの需要はそれ程高くないと考え、荷物を極力抑えようとした結果、やかんは持たずに鍋で代用していた。
今回、ある意味それが裏目に出てしまった形だ。
「……まあ、とりあえずは大丈夫かと思います。王都に着きましたら新しい鍋を購入するにしても、それまではなんとか使えるくらいには」
「それは、ホントにお疲れ様。トーヤもちゃんとお礼言っときなさいよ。鍋をダメにしかけたのはトーヤの魔法なんだから」
ユオンの話を聞いて、ファムがオレに話を振ってくる。
元々は誰が言い出した話でしたっけ?
と一瞬頭を掠めたが口にはせず、オレは素直にユオンに向けて礼を言った。
「ありがとな、ユオン。手間を掛けさせてすまなかった。疲れただろう? 少し休んでてくれ」
「いえ、疲れはそれ程でも。……それより、何をされていたのですか?」
「トーヤさんのスリングショットの練習をね。二人で見てあげてたんだけど、これがなかなか難しいみたい」
「……そうなのですか?」
ユオンが少し首を傾げる姿を見て、オレはちょっと苦笑いしつつ頷いた。
やってみて分かった。
スリングショットって思ってたよりずっと難しい。
ターゲットが一、二メートルくらいならば全然問題ない。
目一杯引っ張っても、素早く撃っても、なんとかターゲットに当てることはできる。
でも、五メートルくらいでぎりぎり、それ以上離れるともうダメだ。
目一杯引っ張っぱるとブレてしまって全然当たらない。
その上クイックショットなんて、はっきり言って論外だ。
かといってブレないように引っ張る力を加減すると全然威力がでない。
それでも当てさえすれば、何らかの牽制くらいにはなるのかもしれないが……
日本での弓道は、的までの距離が三十メートル弱って聞いたことがある。
そこまではいかなくても、せめてその半分くらいの距離は、と思うのだが。
まあ、はっきり言って今のオレにはぜぇったい無理!
「アタシもちょっと試させてもらったんですけど、距離があると難しいですねぇ。ヤクモは百発百中だった気がするんだけど……」
「スリングショットの形状がちょっと違うから一概に比較はできないけど、それだけヤクモはちゃんと練習していたってことでしょ」
「だねぇ」
ヤクモというのは、ファムとラヴィが以前いた《黒蜂》での仲間の名前だろう。
確かスリングショットを購入するときに、そんなことを言ってた覚えがある。
百発百中というのは凄いな。
ぜひご教授願いたいもんだ。
オレはもう一度スリングショットを構えてみる。
的は七、八メートルほど先にある木だ。
目一杯ゴムを引き、狙いを定めて、手を離す。
小石が風を切って突き進む……
結果?
やっぱ外れ。
撃った小石はターゲットである木の左側を通り抜けていってしまった。
「トーヤさん。アタシ、思ったんですけど。的をちゃんと想像してみてはいかがでしょう?」
「ん? どういう意味?」
「木に当てるんじゃなく、敵に当てるんですよ。もしくは憎らしいヤツでもいいです。当てたい相手をちゃんと想像して撃てば、命中しやすいんじゃないかと」
なるほど。
一理ある……かも?
というわけで再び挑戦。
ゴムを力いっぱい引きながら、とりあえず先日のメルフィダイムで戦ったベニートの顔を思い浮かべて、そいつに当てるつもりで……手を離した。
小石はわずかに右に逸れて飛んでいく。
「ああ、おしい!」
ラヴィがまるで自分のことのように残念がってくれる。
その様子になんか励まされるような気がしてくる。
だから、それはいい。
そこまではいいんだ。
その後が、ちょっとおかしいだろう?
「じゃあ、次はファムを思い浮かべてやってみましょう!」
――は? なんで、ファムの名前が出てくる!?
「ちょっ!? ラヴィ?」
ファムも当然驚いてラヴィに視線を向けるが……
「……アタシをのけ者にして……二人っきりで朝のトレーニングとか……なんかちょっといい雰囲気で帰ってくるし……アタシなんか、アタシなんか……」
なんかラヴィがぶつぶつ言い出した。
半眼となったラヴィの瞳からは光が失われているように見えるのは、気のせい?
そういえば、一人で食料調達してて誤って蜂の巣ぶっ叩いて、怒った蜂にさんざん追っかけ回されたとか言ってたっけ。うーん……
「……分かった。やってみる」
「なっ!? トーヤ!」
ファムの抗議の声をスルーして、オレはゴムを引く。
ターゲットは……ラヴィで!
「――へ?」
オレの思考が漏れ聞こえたのだろう。
ラヴィが素っ頓狂な声を上げた。
オレを凝視する痛いまでの視線も感じるが、それもスルーして手を離す。
はたして小石は――
残念。
外れた。
「残念ってなんですか! 残念って!」
なんかラヴィが喚いている。
さっきのベニートの時よりも大きく外れてしまったみたいだな。
やっぱ、相手を想像しても当たらないものは当たらないらしい。
ラヴィがジトッとした目でオレを見てくる。
当たらなかったんだからいいじゃん。ねえ?
まぁ、それはちょっと置いとこうか。
オレは少し離れたところに立っているイヌ耳娘メイドに声をかけた。
「ユオン」
「はい。何でございましょう、トーヤ様」
「まあ、現状は見ての通りなんだが。ユオンは指弾を使うよな? 的に当てるコツみたいのって、なんかあったりする?」
「指弾とスリングショットでは想定する距離が違うので、あまり参考にはならないかと」
ああ、やっぱそうなのか。
同じことはファムにも言われた。
ファムもナイフを投げるから参考までに聞いてみたんだけど、スリングショットを使ってみた上で「全然違うわよ、コレ」って。
これはやっぱり、練習するしかないってことかな。
まあ、そうだよなぁ。
「……いえ、そうとも言い切れないかもしれません」
ユオンが右人差し指を頬に当て、少し考えながらそう呟いた。
ん?
オレの思考が漏れ聞こえたのだろうが、どういう意味だろう?
「ファム、ラヴィ。先ほど名前を挙げられたヤクモという方は、人族ですか? 魔法は使えましたか?」
人族? 魔法?
それが何か関係あるのか?
ファムとラヴィは一度互いに視線を交えた後、ラヴィが口を開いた。
「人族だったし、魔法も確か使えたよ。戦闘に使えるほどじゃなかったけど、小さな火をつけるくらいできたハズ。……だよね、ファム?」
ファムも頷いている。
でも、それがどうしたんだろう?
ユオンはその答えを聞き、何か納得したかのように一度頷いてから口を開いた。
「わたくしが存じ上げている人族のハンターにも、弓使いなのですがかなりの名手がおりました。以前一度だけ、酔ったときに言っていたことがございます。何故そんなに弓が上手なのかという問いに、『俺はこの魔法しか使えない』と。弓のことを聞いたのに何故魔法と答えたのか、当時は意味が分からず聞き流しておりました。ですが、もしかしたら彼は魔法を使っていたのかもしれません」
……それってもしかして。
「矢を的に当てるための、魔法……ってことか?」
「はい。そしてヤクモという方もまた、スリングショットで的に百発百中させるための魔法を使っていたのかもしれません」
的に当てるための魔法……?
それってどういうものだ?
火、水、風、土など、この世界で考えられている四大元素でいうと……
あえて言えば風か?
風を使って軌道を調節してる?
いやいや、そんなの無理だろう。
リオならともかく、あのスピードで飛ぶ弾や矢に対してそんな微妙な調節ができるとはとても思えん。
……でも、じゃあなんだ?
魔法は、四大元素系以外にもある。
知られているもので言えば光と闇。
でもこれもあまり関係無いような気がする。
それ以外ではオレの使う《放電》のような電気系。
あっ! 電磁力!
その引き合う力を利用して……
いや、違うか。
鉄球を使うならともかく、ただの小石が電磁力でどうにかなるわけないよな。
あと他には?
確か重力系や、転送や固定なんかの空間系もリオは使っていたよな。
……固定?
……空間……系?
そうだ。
空間に、軌道を固定させることはできないだろうか?
あたかも、見えないレールがあるかのように。
放たれた弾はそれに沿って飛ぶかのように。
魔法は、イメージなどに従って魔法素粒子が現象や作用に影響を与えるもの。
ならば、弾の軌道をイメージして、それに沿って飛ぶように魔法素粒子に命じれば……
でも……そんなこと、できるのか?
いや、最初からできるできないと決めつけていちゃダメだ。
まずはやってみる。
できなかったら、そのときまた考える。
よしっ!
オレは再びスリングショットを構えた。
目一杯ゴムを強く引く。
ターゲットを視界に入れ、発射後の弾道をイメージする。
真っ直ぐ、一直線に、ターゲットのど真ん中へ。
この軌道だ!
頼むぞ、魔法素粒子!
指を離す。
同時に、放たれた小石が風を切って突き進む。オレが描いた軌道に沿って。
それは一瞬の後に木にぶち当たり、カーンと大きな音を周囲に響かせた。
「おおー!」
ラヴィが感心の声を上げ、パチパチと拍手してくれた。
「凄いです、トーヤさん! ど真ん中じゃないですか!」
……できた。できたんだよな、今の。
「トーヤ。今の、もう一度やってみて」
ファムが真剣な面持ちで言ってきた。
その目が、嬉しそうに笑っている……ようにオレには見えた。
そうだな。
一度だけじゃマグレかもしれない。
何度かやって確認する必要がある。
「ああ。もちろんだ」
オレは再度スリングショットを構え、さっきと同じように軌道をイメージし、魔法素粒子に命じると同時に指を離した。
再び鳴り響く小石が木にぶち当たる音。
よしっ!
これは、ぜったいマグレなんかじゃない。
やっぱり、できたんだ!
「……それも、やはり魔法なのね?」
「ああ」
ファムが確認してきたので、オレは頷いて返した。
見ればラヴィもまた嬉しそうに拍手してくれている。
ユオンも同様に、嬉しそうに笑ってくれている。
――やった!
めちゃくちゃ嬉しい。
魔法を使って的に当てるなんて、ちょっとズルをしてる気もするけど、別にスリングショットの技を競っているわけじゃない。
スリングショットと魔法を組み合わせて、オレの技なんだから。
………………あれ? ちょっと待てよ?
魔法を組み合わせて……軌道を作って、当てる?
それって、もしかして……
直線じゃなくても、いい?
さっきは、真っ直ぐ直線の軌道を思い描いた。
でも、軌道を作れるなら、直線である必要は無いんじゃないか?
オレの思考が漏れ聞こえたのか、三人は少し驚きの色を顔に出しながらオレを見つめている。
たぶん、これからオレがやろうとしていることが分かったんだろう。
興味津々といった視線で、じぃっとオレを見つめている。
無意識のうちにオレの口角が僅かに釣り上がった。
そうだよな。
ぜひご期待に応えねばなるまい。
っていうか、オレ自身が非常に興味ある。
そんなことがホントにできるのか。
オレは徐に小石をゴムに挟み、そして引く。
力いっぱい、引っ張る。
わざとその方向をターゲットから少し左にずらして構える。
頭の中で軌道を描く。
大きく右へカーブしながらターゲットに向かうよう。
一度深呼吸した。
失敗したら、三人に笑われるかな?
そんなの無理に決まってるじゃんって。
でも、なんとなくだけど、確信があった。
うまくいくって。
きっとできるって。
頼むぞ! 魔法素粒子!
いっっけぇえええ!
指から小石が放たれる。
それが大きく右に弧を描く。
オレがイメージした通りに。
そして、カーンという大きな音が鳴り響いた。
「「おお……」」
ファムとラヴィが感嘆の声を漏らす。
ユオンは笑顔で拍手してくれた。
できた、じゃん。
すっげぇ……
ふと思い出したことがある。
先日のメルフィダイムでベニートに石を投げた時、少しカーブして当たったことがあった。あれはもしかしたら、無意識のうちに魔法を使って当てたのかもしれない。
なんとなくだけど、そのときと感覚が似ているような気がしたんだ。
オレはまじまじと、自分の右手とスリングショットを見比べた。
オレの右手がかすかに震えている。
オレは、ぎゅっと握りしめた。
これは、結構便利に使えるハズだ。
色々と応用が効くハズだ。
色々試してみたい。
どれくらいカーブさせることができるのか。
極端な例だと、正面に放って真後ろのターゲットに当てられるのか、とか。
だけど……
全く問題が無いわけじゃない。
昨夜指摘されたことと同じだ。
ターゲットまでの軌道を考えて、それをイメージとして魔法素粒子に伝えるというのは、それなりに時間がかかる。
これも、詠唱か何かで時間短縮を考える必要があるだろう。
それと、ターゲットが止まっているならいいけど、動いている場合はどうする?
この方法で当てられるのか?
相手の動きに合わせて、放った後でも柔軟に軌道を微調整する……?
そんなことできるのか?
できるとしても、かなり難しい気がする。
だけど、それくらいできないと実用は厳しいかもしれない。
なら、色々と試してみるまでだ!
「トーヤ」
「ん?」
ファムがオレに視線を向けながら言葉を続ける。
「あまり一度に何もかも抱え込まないほうがいいわよ。まずはできることを確実にモノにしていく、ということも必要よ」
「ああ、そうだな。分かってる」
言葉を返しながら、オレはスリングショットを小脇に抱え、腰の剣帯を外した。
そしてそれごと剣を、ファムに差し出す。
「……トーヤ?」
「使ってくれ、ファム」
「え? でも、それは……」
ファムは少し戸惑っているみたいだ。
ベルダートに入った頃から考えてはいたんだ。
今のオレではこの剣を有効に使えない。
それならばファムに使ってもらったほうがいいんじゃないかって。
それでも今までは、もしかしたらオレが使うこともありえるかもしれない、と思って躊躇っていた。
でも、魔法とスリングショット、この二つがこれからのオレの武器なんだ。
だったら、この剣はファムに預けて、ちゃんと有効に使うべきだ。
全員で無事にダーナグランの森へ辿り着くために。
オレは言葉を続けた。
「使えないオレが持ってても意味無いだろう? だから、ファムに預ける。ファムなら使いこなせるだろう?」
「……大事な、モノなんでしょう?」
その言葉にオレは大きく頷く。
「ああ。だからやらないぞ? 預けるだけだ。だから大事に、でもしっかり使ってやってくれ」
「……分かった。でも、壊れても知らないからね」
だから、大事に扱ってくれって。
もちろんファムは本気で言っているわけじゃないって分かってる。
だからオレも笑いながら言い返してみた。
「壊したら、おしおきだからな?」
オレがファムに?
そんなの、どう考えたってできるハズないけどな。