134. 火焔(フレイム)
夕食は猪の干し肉とスープ。
スープは、メルフィダイムの屋台で食べた味の再現に挑戦したものだ。
オレには全く同じ味に思えたし、とっても美味かった。
ラヴィも同意見で、オレと一緒に何度かおかわりをしていた。
だけど作ったユオン本人は納得できてなかったらしい。
ファムも十分美味しいと言った上で、でもその微妙な味の違いについて、二人でちょっと白熱した議論をしていたよ。
そんな楽しい夕食と、その片付けも終わり、みんなでかまどの焚き火を囲んで雑談しながらまったりしてた時だった。
「ところでトーヤ。話はちょっと変わるんだけど、魔法の発動をもっと早くすることはできない?」
突然ファムがそんなことを言い出した。
ん? 発動を早く?
あれ? オレの魔法、そんなに発動遅いのか?
あまり他に比較対象がいないから自分ではよく分からない。
それでも、少なくともリオと比べるのだけは間違っていると、確信を持って言えるがな。
そもそも何故そんなことを言い出したのだろう?
そう疑問を口にしようとしたのだが、それより一瞬早くユオンが口を開いた。
「ファム! それは……」
だが右手を軽くかざしてユオンのセリフを遮り、ファムは言葉を続けた。
「ユオンの言いたいことは分かってる。トーヤにはなるべく戦闘に参加してほしくないんでしょ。でも、ユオンだって分かってるんでしょ? トーヤの《放電・極》は強力な攻撃魔法よ。今後必要になる場面もあるかもしれない。メルフィダイムのときのように戦闘に巻き込まれることだってあるかもしれない。でも、あの魔法は普通の《放電》に比べて発動にかなり時間がかかっていたわ。それは弱点の一つだと思う。それに……」
そこで一旦言葉を区切り、ちらっと焚き火に視線を向けた後でファムは言葉を続けた。
「火をつける魔法もそう。これだってうまく使えば立派な攻撃魔法になるハズよ。だけど、ワタシの知る限り、トーヤの火をつける魔法は《放電》に比べて発動にかなり時間がかかっているわ」
なるほど。
ファムの言いたいことはだいたい分かった。
「要するに、魔法の発動を早められれば、オレも魔法を使って参戦できるってことだな」
「ええ、そう思ってる。今の発動時間でもやってやれないことはないでしょうけど、でもできるならもっと早く、ね。そうすれば、例えばワタシとラヴィが前衛で敵を押させ、かつユオンがトーヤを守護し、そしてトーヤが後衛として魔法で敵を倒す、というスタイルもアリなんじゃない? どうユオン?」
オレを含めた三人の視線がユオンに集まる。
ファムにセリフを遮られて以降、手を腰の前に組み、静かに話を聞いていたユオンがゆっくりと目を開く。
「……正直言えば、わたくしも考えておりました。トーヤ様がスリングショットを御購入されたとき、そのお気持ちをお聞きして」
オレとユオンの視線が交わる。
あの時、考えていたことを思い出す。
――いざという時のために、少しでも戦力になっておきたい。
――全員無事にベルダートを抜け、ダーナグランの森へ行くために可能性を少しでも上げたい。
オレはそう考えていた。
そしてオレのその考えはユオン達に念話で漏れ聞こえていた。
「もし、トーヤ様も加わって、スリングショットを使うとなるとそういう戦闘スタイルになるかもと。スリングショットが魔法に変わったとしても、それは同様でしょう」
「なら決まりね。ラヴィもそれでいいわよね?」
「もちろんっ!」
ラヴィも手を握りしめながら力強く同意してくれた。
あの時のオレの気持ちを、みんなちゃんと汲んでくれている。
そして、自分のことを認めてもらえたみたいでちょっと嬉しい。
でも、嬉しがってばかりはいられない。
三人の視線がオレに集まる。
そうだよな。
残る問題は、オレの魔法の発動時間の短縮というわけだ。
「《放電》は早いじゃない。火をつけるのと何が違うの?」
ファムが素朴な疑問といった感じで聞いてくる。
それが分かれば苦労はしないんだが、それでも思いつくのは……
「《放電》は何度も練習したからな」
「それだけが理由? 火をつけるのだって何度もしてるでしょ? それこそ毎日焚き火の火をつけているんだから」
「それは……確かにそうなんだけど」
《放電》はかなり発動の時間は短いと自分でも思っている。
今では名前を呟くとほぼ同時に発動できる。
でもそれは何度も練習したからだとも思っている。
実際最初の頃はそれなりに時間がかかっていた。
それこそ今現在の火をつける魔法と同じくらいには。
オレは近くにあった枝を手に持った。
三人の視線がオレの手に集まっているのを感じながら、オレは呟いてみる。
「燃えろ」
………………何も起こらない。
そりゃまあ、そうだよな。
そんな一言で物が簡単に燃えていたら、世の中火事だらけだろうさ。
焚き火の火をつけた時のように枝の先端を見つめ、意識を集中させる。
火がついて燃えるイメージ。
先端だけに炎が揺らめくイメージ。
それを魔法素粒子に伝えるように再び呟く。
「燃えろ!」
今度はちゃんと火がついて枝が燃えだした。
やはり火をつけるのは、未だにしっかりイメージをしてからでないと発動できないみたいだ。だからどうしても、多少なりとも時間がかかってしまう。
オレはかまどに枝を放り込んだ。
うーん。
《放電》の発動時間と火をつける魔法の発動時間。
この違いは何? と問われれば、そりゃあイメージにかかる時間の違い、ということかな?
《放電》は何度も練習したからすばやくイメージでき、逆に火をつける魔法はまだまだ練習が足りないからすばやくイメージができないで時間がかかってしまう。
そういうことだよな?
ってことは、やっぱもっと練習してすばやくイメージできるようにならないといけない……ってことになるよな?
「ちょっと、よろしいでしょうか?」
ユオンが軽く右手を上げ、オレに向かって口を開く。
「わたくしは魔法を使えませんので詳細は存じ上げないのですが、無詠唱の魔法は非常に難しいものだと聞いております。ですがトーヤ様はいつも呪文を使わず、ほとんど無詠唱で魔法を使われています。つまり、非常に難しいことをされているから、その分発動に時間がかかってしまっている、ということはございませんか?」
「それは……」
たぶん、違うと思う。
確かリオは言っていた。
魔法とは、魔法素粒子を使って現象や作用に影響を与えるものだって。
そして、魔法素粒子は特定の単語やフレーズに反応して魔法を発動するわけじゃないとも言っていた。
だから呪文なんてぶっちゃけ必要無いって。
強いイメージで魔法素粒子に伝えればいいんだって。
そう教えられたから、オレは呪文を使ってなかったんだ。
その必要が無いんだから。
……あれ?
ちょっと待て。
それって、おかしくないか?
だって……だってさ。
じゃあ、なんで他の人は呪文を使って魔法が発動するんだ?
イメージを伝えずに呪文だけ唱えたって魔法は発動しないってことだよな?
さっきオレがイメージせずに「燃えろ」と言った時のように。
……なんだろう?
何かが、おかしい気がする。
うまく言葉にできないけど。
オレの理解が足りないだけ? それとも何か勘違いをしている?
でも、何か、どこか、うまく噛み合ってないような、矛盾しているような……
ふいにリオに言われたことを思い出す。
《放電》と名付けたきっかけ。
それはリオに言われたからだ。
分かりやすくイメージしやすい名前がいいと、リオが言ったからだ。
…………………………あっ!?
違う!
そうじゃない!
そうじゃないんだ!
イメージしやすい名前。
それはつまり、名前だけで魔法素粒子に伝えるイメージがすぐに頭に浮かぶようにってことなんじゃないか?
だから、《放電》という名前だけでオレはイメージをすぐに魔法素粒子に伝えることができ、魔法が発動できる。
それは呪文も同じなんだ。
イメージを伝えずに呪文だけ唱えたって、確かに魔法は発動しない。
呪文を唱えることで自分の頭にイメージを思い浮かべ、それを魔法素粒子に伝える。
そうすることで魔法が発動するんだ。
だとすると、人族でも魔法が使えない人というのは、もしかして、呪文を唱えるだけでイメージを頭に思い浮かべないから?
逆に使える人って、呪文を唱えることでちゃんとイメージを頭に思い浮かべるから?
たった……たったそれだけの、違い?
だとしたら……
オレは立ち上がった。
「トーヤさん?」
ラヴィが首を傾げながらオレを見上げてくる。
「ちょっと、呪文を使ってみる」
オレはそれだけ言うとかまどの方に視線を向けた。
かまどには鍋がかけられている。
ユオンが食後のハーブティーを入れようと、新たに沸かし直したものだ。
その下では枯れ木が燃えている。
さっき火をつけて放り込んだ枝は半分ほど燃えたようだ。
その他の枯れ木もさっき再投入したばかりだから、まだ燃え尽きてはいない。
むしろまだ燃えていないところのほうが多いみたいだ。
よし。
このまだ燃えてないところを狙って火をつけてみよう。
そのためにどんな呪文にしようか、オレは考え始めた。
今まで呪文は使ってこなかったし、この世界の人たちがどんな呪文を使っているのかあまり知らない。
先日のメルフィダイムでの戦闘で初めて聞いたくらいだ。
けど、オレの予想が当たっているなら、特定の呪文である必要は無いハズだ。
おそらく、オレが頭に浮かべやすい、イメージしやすいフレーズであれば、それで魔法は発動するハズだ。
……つまり、オレの好きに呪文を作っちゃっていいってことだよな?
オレは思わず舌で上唇をなめていた。
口端が自然と持ち上がるのが自分でも分かる。
遥か遠い昔に心の奥底に封印したはずの中二病が「呼んだ?」ってひょっこり顔を覗かせてきた気分。
なんか面白くなってきた!
むふふふ。どんな呪文にしょう?
最近のアニメやラノベで見るような長くて凝ったモノはさすがに即興じゃ無理だけど、簡単なので良ければ、まあ問題なく思い付くな。
とりあえずやってみるか。
えっと、火なんだから、紅蓮とか業火とか入れてみるか。
ちょっとだけ恥ずかしいけど、こっちの世界でなら大丈夫だろう。
……大丈夫だよね? ドン引きされないよね?
なんとなく左手をかまどのほうに向けて背筋と腕を伸ばす。
さらに右手で顔を覆うようなポーズをすれば……
いやいや!
腕を伸ばすだけで十分だろう。
手で顔を覆うなんて、そこまではしないよ?
ええ! 絶対しませんって!
ちらっと三人に視線を向けてみる。
ファムは腕組みしながらオレの様子を見ている。ユオンも腕組みはしていないがいつもの完璧メイドの澄まし顔でこっちに視線を向けている。ラヴィはウサ耳を少し揺らしながら好奇心いっぱいって感じだ。
目を閉じ、一度大きく深呼吸する。
……ここで失敗したら恥ずかしさ倍増だな。
頼むぞ? 魔法素粒子!
ゆっくりと目を開き、オレは呪文を口にした。
「燃え上がれ、紅蓮の炎よ。全てを焼き尽くす業火となれ! 《火焔》!」
なーんてな!
うおー!
恥ずかしいっ!
口にしたらめちゃ恥ずかしいわ、これっ!
正気かよオレ!
今のセリフ、ラヴィ達はどう思ったんだろう?
引いてない? 引いてないよね?
くぅ! 恥ずかしすぎて三人のほうに視線を向けられんわ!
もし生温かい目なんかで見られていたら、オレの黒歴史に新たな一ページが余裕で追加されちゃうよ! それどころか余裕で一生穴に閉じこもれる自信あるわ!
もしこんなことあっちの世界で、日本でやったら、絶対に間違いなく周りからドン引きされ……る……よな……?
そこでオレの思考が一瞬止まった。……止まってしまった。
オレの詠唱にわずかに遅れて、かまどに並べていた枯れ木が燃えだした。
いや、訂正する。
それは「燃えだした」なんて、そんな生易しいレベルの話じゃない。
オレ達の目の前で、まるで夜空を貫くような火柱がゴォオオオと立ち上がった。
…………………………え?
時間にしたらほんの数秒ほどだったと思う。
とんでもない勢いを見せた炎が次第におさまっていき、やがて消えた。
そこに残されたのは言葉通り、まさに灰と化した元枯れ木たち。
……なに、これ?
唖然としているオレの横を通り過ぎてユオンがかまどに近付いていく。
「……鍋に水がありません。一滴も」
そう言って、すっかり黒ずんでしまった鍋を乾いた布巾でつかみ、中身をこちらに見せた。
それって、あの数秒の間に全部蒸発してしまったってことか!?
いったいどんだけ……
「もう一度沸かし直さないといけませんね。それにこの鍋ももう……」
少し困ったというように、ユオンが右手を頬に当てつつ呟いた。
ご、ごめんなさい!
心の中で素直に頭を下げてるオレの横で、ファムが腕を組んだまま大きく頷いた。
「……うん。なかなか良かったんじゃない?」
――はい?
「影響範囲も比較的絞られているようだし、このくらいの発動スピードなら十分使えると思う。威力も申し分無いわ。文字通り必殺技って言ったところね」
……も、もしもしファムさん?
それって、相手を〝必ず殺す技〟って意味ですか?
そんなの、とても怖くて獣以外に使えそうも……
「でもファム。この魔法、獣相手に使っちゃうと、完全に丸こげになって食べられなくなってしまわない?」
「あ、そうね。ラヴィの言う通りだわ。じゃあトーヤ、この魔法、獣相手には使わないでくれる?」
――おいおいおいっ! こんな危険過ぎる魔法、獣じゃなく、何に使えと!?