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133. 獣人と魔法

 メルフィダイムを出立して二日。

 陽も沈みかけたことだしと、オレたち四人は今夜の野営地を求めて街道から少し離れて森に入った。


 他の旅人や、もしくは盗賊なんかから丸見えの、全く遮蔽物のない場所で野営をするわけにはいかない。かといって月明かりも全然届かないほど森の奥深くに入るわけじゃない。そこまで入ってしまうと草木が密集しすぎていて、今度は焚き火なんかもしにくいしな。それに獣たちの縄張りを下手に刺激したくもない。


 程々に遮蔽物があり、程々に月明かりなどが届く場所を見繕い、オレたちはそれぞれに野営の準備を始めた。具体的には寝場所の確保と焚き火、そして夕食の準備などだ。


 ファムとラヴィが食材の調達、つまり食べられる山菜や根菜などを探しに森の中へ入っていく。その際もし兎や猪などがいればそれも狩ってくる。もちろん危ない相手ならば無理はせず下手に手を出さずに戻ってくるよう言ってはあるが、この二人ならば、そんな相手は滅多にいないだろうな。


 ……そういえば、以前そうやってラヴィは穴猿たちを引き連れてきたんだっけ?

 いやいや。同じようなことを繰り返すような真似はしないだろう。……たぶん。


 ユオンが落ちてる小石や枝をどかしたり土をならしたりして四人分の寝床を用意してくれている間に、オレは適当な大きさの石を集めて簡単な〝かまど〟のようなモノを作り、燃えやすそうな枯れ木や枝なんかを集める。


 いつものことなんで、もうこの辺は慣れたものだ。

 ユオンが寝床の準備を終える頃には、オレも作ったかまどの中に拾ってきた枯れ木を並べ終わった。

 あとは火をつけるだけだ。


 少し長めの枝を右手に持つ。

 その先端をじっと見つめ、火がついて燃えるイメージを頭に描く。

 激しく燃える必要は全く無い。

 むしろ勢いは必要最低限におさえて先端だけが燃えるイメージ。


 ……こんな感じかな。

 よし、燃やせ! 魔法素粒子!


 イメージ通り、ちょろちょろっとした炎が枝の先端に灯る。


「よし!」


 あまりにもイメージ通りにうまくいったせいか、思わず口に出てしまった。

 ユオンがオレの声に反応して、ちらっとこちらに視線を向けてきた。

 が、特に問題があるわけじゃない。

 少し笑顔を見せてくれたが、すぐに自分のほうに視線を戻していた。


 火のついた枝をかまどに並べ、少し風を送って煽ってやれば、火は簡単に他の枝に燃え移っていく。あまり火が大きくならないよう、そして空気が入っていけるよう、適度に隙間を作って調整してやる。


 ……こんなところで、いいかな?


「ただいま帰りました」


 おおむね焚き火もできたところで後ろから声をかけられた。

 ラヴィの声だ。


 振り向くと、そこにはやはりラヴィとファムがいた。

 二人とも手にはいくつかの山菜などを抱えている。

 見る限り獣なんかは狩っていないみたいだ。


 まあ、いつもいつも都合よく獣を狩れるとは限らないからな。

 そんな日ももちろんある。

 ってことは、今日の肉類はメルフィダイムで購入しておいた干し肉、かな?


「おかえり。ラヴィ、ファム。お疲れ!」

「ただいま。……別にこれくらいで疲れてないけどね。ユオン、取ってきた山菜、ここに置いとくわね」

「はい。ありがとうございます」


 ファムは抱えていた山菜をその場に置いた。

 ラヴィはというと、何故か山菜を抱えたままオレの方にすすっと寄って来た。


「トーヤさん、トーヤさん」

「……なんだ?」

「実際のところ、トーヤさんってどれくらい魔法を使えるんですか?」

「ん? 実際のところ?」


 なんだろう、急に。

 それに、ちょっと言ってる意味が分からん。

 実際のところってどういう意味だ?


 ラヴィが手に抱えていた山菜をその場に置き、オレの横に座って興味津々って顔で言葉を続けた。


「剣を使った戦闘はリオちゃんに支援してもらっていたと言ってたじゃないですか。それにガンボーズの迷宮で使っていた燃える岩の魔法も、実はリオちゃんの魔法だったとも言ってましたよね?」

「ああ」

「でも、今みたいに火をつけたり、他には飲み水を出したり、あと先日の特大ビリビリも間違いなくトーヤさんの魔法ですよね? それだけでももちろん凄いと思いますけど、他にも何か使える魔法はあるんですか?」


 特大ビリビリっていうのは、メルフィダイムで使った《放電・極スパーク・エクストリーム》のことだろうな。

 あんまり変な名前付けて、それが定着するのは勘弁してほしいけどな。


 ちょっと苦笑しながらオレは口を開いた。


「オレが使える魔法はそれくらいだよ」

「あ、そうなんですか。トーヤさんなら火の玉を投げつけたりとか、周囲を巻き込んでの大爆発とか、実はできちゃったりするのかな、と」


 火の玉……?

 RPGなんかでいう、ファイアボールみたいなやつか?


 ってか、ちょっと待て。

 なんだよ、周囲を巻き込んでの大爆発って!

 オレはそんな危ないこと……


 ふいに思い出す。

 《放電・極スパーク・エクストリーム》を使った後でファムに苦言をていされてしまったことを。


 ……あれ? もしかして強く反論できない、オレ?


 いやいや。しないしない。

 絶対しないから、そんなこと。


 あ、いやでも、以前リオも同じようなこと言ってたっけ。

 あれは……そうだ、師匠ミリアと戦ったときだ。

 周囲の森を全て灰にしてでも、って。


 うん。その気持ちは分かる。

 オレだって、みんなが危なくなって、それしか手段が無いとなったら、森の一つや二つ……


「しなくていいからっ!」


 急にファムがちょっと大きな声を出してきた。


 たぶん、オレの漏れ出た思考が聞こえたんだろう。

 更にはなんか〝危ない人〟を見るような目でオレを見ている……ような気がするけど、きっと気のせいだよね?


「そもそも、トーヤは大爆発の魔法ってできないんでしょ?」

「ああ、できない」


 オレがそう答えるとあからさまにホッとするファム。

 それを見たら、オレの中で何かがむくむくっと首をもたげてきて、思わず言ってしまった。


「……と思うけど、ちょっと試してみようか?」

「――やめなさい! 迷惑だから!」


 間髪入れずにファムに怒られてしまった。


 冗談だって。

 するわけないじゃん。ねえ?


 あ、ファムのその目は「ホントか、こいつ」って目だな。きっとこれは気のせいじゃないな。うん。


「トーヤ様」


 そこへ声をかけてきたのはユオンだ。

 振り向くと手に鍋を持っている。

 水ってことかな?


「はい。二人が取ってきた山菜でスープを作りたいと思いますので、水をいただけますでしょうか?」

「了解」


 ユオンが持っている鍋の上に手をかざす。

 いつものように周囲の水蒸気を集めるように、そして液化するイメージをして魔法素粒子に伝える。

 同時に、まるで手から湧き出たかのように水が出て鍋へと落ちていく。


 その様子を見ていたラヴィが呟いた。


「やっぱ便利ですよね。魔法で火や水を使えると」

「そうか?」


 ラヴィの言葉に何気なく答えながら、鍋の半分を超えたところでユオンが頷いたのを見てオレは水を止めた。


「そうですよ。その魔法には結構助かってるんですよ? トーヤさんが飲み水を出せるからその分荷物だって抑えられてるんです。じゃなかったら水だけでどれだけ重い荷物になってたか」


 うーん。それは確かにそうかも。

 水って絶対必要なモノだけど、なにげに結構重いからな。


 人は一日に一、二リットルくらいの水を飲むって聞いたことがある。

 仮に五日分としても、五リットルから十リットルだ。

 重さにすると単純に考えて五キログラムから十キログラム。


 馬なんかに荷物を載せて移動しているならともかく、自分で荷物を持っての移動だと、これは結構きつい話になるからな。


 オレの場合、母さんから譲り受けた魔法のバッグがあるからまだ良い方だと思ってる。このバッグは荷物を入れても重さは変わらないし、膨らみもしないという、とっても不思議で便利なバッグだ。とはいえ容量に限界はある。見た目の十倍程度ということなんで、もし全員分の水を入れたら、他の荷物が入り切らなくなってしまうだろう。


 だから水を出せる魔法というのは自分でも非常に助かっていると思っている。

 これのおかげで、オレたちが普段持ち歩く水は自分の水筒の分だけで済んでいるんだからな。

 この魔法をリオに教わっておいて、ホント良かったよ。


「アタシは全然できないから羨ましいですよ」


 そう言うラヴィを見て、ふと思いついた。

 別にオレ一人である必要は無いよな?

 みんなできればそれだけ便利になるよな?


「やってみるか?」

「……へ?」


 まあ、オレが教えられる魔法はほとんどリオの受け売りだけどな。

 それでも一応魔法経験者なんだから、少しは教えられるだろう。


 そう思って言ったのだが、なんかラヴィが固まってしまった。

 そんなにおかしなこと言ったか?


「魔法だよ。興味あるなら、ラヴィもやってみたらどうだ? オレで良ければ教えるぞ?」

「ア、アタシですか!? そりゃあ興味はありますけど。む、無理ですよ!」


 ラヴィが立ち上がり、首をブンブンと横に振る。

 真っ白いウサ耳も揺れている。

 それにつられて、オレの視線も思わずそっちに向かってしまう。


「そんなこと無いだろう。確かリオが言ってたと思う。誰にだってできるって」


 うん。

 オレが初めて魔法を教わった時、確かそんなことを言ってたハズだ。


「えっと、でも……。無理だよ、ねえ?」


 ちょっと戸惑いながら、まるで同意を求めるようにファムの方に視線を向けるラヴィ。


「ええ。それはさすがに無理じゃない?」


 あれ?

 ファムも否定的?

 なんでだ?


 そこへ口を挟んできたのはユオンだった。

 水を入れた鍋をかまどにかけ、いつものように背筋を伸ばした綺麗な姿勢でオレに向かって口を開いた。


「トーヤ様。残念ながら獣人は詠唱による魔法を使えないのです」


 ――え?


 恐らく驚きで目をしばたいてしまっているであろうオレに向かって、ユオンが言葉を続ける。


「エルフ族はほとんどの人が魔法を使えるそうです。人族は、エルフ族ほどではありませんが、使える人は多いです。ですが獣人は……」

「ちょっ、ちょっと待ってくれユオン。獣人はダメ? いやでも、確かクロとシロも魔法を使っていたよな? オレたちは彼らの《跳躍ジャンプ》でアンフィビオとベルダートの国境まで送ってもらったじゃないか」


 そんなオレの言葉にユオンはあっさりと頷いた。


「はい。狼人族は特別なのです。獣人の中で唯一魔法を使える種族です。それ以外の獣人で魔法を使えたとは、少なくともわたくしは聞いたことはございません。それに狼人族にしても、使える魔法は個々によって異なり、一人一つだけだそうです」

「一つ……だけ?」

「はい。実際クロ様とシロ様は《跳躍ジャンプ》を使えますが、それ以外の魔法は使えないとご本人たちから聞いております。しかも、お二人とも同じ魔法を使えますが、これはたんなる偶然にすぎず、使える魔法は本人に選択の余地など無く、言ってみれば生まれながらにして定められているようなものなのだとか」


 初耳だよ。

 そうだったのか。

 知らなかった。


 確かにクロとシロ以外の獣人で魔法を使っている人を見た覚えはないかも。

 っていうか、人族であっても魔法を使っている人は、オレはそんなに多くは知らないんだが。


 いやでも……じゃあ、リオが言ってた「誰でも」というのは?

 人族なら誰でも、という意味だったのか?


「あ、もちろん道具屋などで売られている魔法陣による魔法を使うことはできますよ? あれはやり方さえ分かっていれば子供だってできますから。リオちゃんが言っていたのはそういう意味じゃないんですか?」


 ラヴィがそう補足してきた。


 魔法陣……そうだ、師匠ミリア

 確か師匠ミリアも魔法陣による魔法は使っていたよな。


 それに、考えてみれば念話だってそうか。

 指輪や腕輪に組み込まれている魔法陣によって念話という魔法が使えるんだろうから。


 でも、リオが言っていたのはホントにそういう意味だったかな?

 なんとなく、詠唱による魔法のことだったような……気がする、けど。


 うーん……分からんな。

 リオに会ったら直接聞いてみるしか無いか。




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