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131. ささやかな嘘

 どうやらオレたちが捕らえた男たちには手配書が回っていたらしい。

 白いマントをまとった女性が膝を付き、ロープで縛り上げられ転がっている男二人と手に持つ手配書を熱心に見比べている。


「どうだい、アデル?」

「はい。確認しました。こっちの人族の男は水蛇使いのベニート。そしてこっちの虎人族の男はウルヴァー。手配書と名前も特徴も一致します。どうやら間違いなさそうですね」


 ジークに問われ、アデルと呼ばれた女性が振り返りながらそう答えた。


 彼女はジークが連れてきた人物で、同じ近衛騎士団に属する者だと紹介された。

 実際ジークと同じ装備をしていて、腰に剣も差している。


 歳はオレより二つ三つ上かもしれない。

 肩までかかる栗色の髪に淡褐色の瞳。

 左耳には鈍い銀色のピアスをしているみたいだ。

 どことなく大人の女性らしさを感じさせる、優しげな雰囲気を纏うお姉さん系の美人だ。


 アデルが立ち上がり、手に持っていた何枚かの手配書のうち二枚抜き出してジークに差し出した。


 それを受け取り、一度ざっと目を通すジーク。

 それから転がっている男たちを一瞥し、アデルに視線を戻しながら口を開いた。


「ウルヴァーのほうは間違い無いと思うんだけど、ベニートのほうも……?」

「えっと、はい。……たぶん、ですけど」


 ジークに言われ、ちょっと口ごもるアデル。

 その顔は少し苦笑してしまっている。

 それに釣られるようにジークとオレも思わず苦笑してしまった。


 なにせベニートはオレが放った《放電・極スパーク・エクストリーム》をもろに受けたみたいだからな。


 髪の毛はほとんどちりぢりだし、上半身の服はずたずたで所々焦げてしまっている。首から肩や背中にかけて、まさに稲妻が駆け抜けたような樹状の傷跡までできているのが破れた服の隙間から見える。

 生きているのは確かだが、今なお気を失っている状態だ。


「正直、髪の色なんかは確認できませんが……」


 つまり手配書に書かれている身体的特徴が全て一致しているのか、確認するのは少々難しい状況というわけだ。


 アデルはベニート達に視線を落としつつ、「ですが」と言葉を続けた。


「その他の特徴は一致していますし、それにトーヤさんの証言から水の魔法を使っていたことや、仲間がベニートと呼んでいたこと、そして何よりベニートの奴隷である虎人族のウルヴァーがいますので。拘束し、連行するには十分かと」

「うん。そうだね。……しかし、こっぴどくやったものだね、トーヤ?」


 ジークが突然オレに話を振ってきた。

 だが別に「これはやり過ぎだ」などとオレを責めているわけではなさそうだ。

 なにせ、ジークの顔にはまだ苦笑が残っているみたいだからな。


「いったい何をどうしたらこんなふうになるんだい? 髪の毛や服の状態から見て、火系の魔法かな? それも、かなり強力な魔法を使ったんじゃないかと思うんだけど」

「ああ、まあ、そうだな。ははは……」


 うーん。

 いったいどう説明すればいいのやら。

 実は危うく殺されかけました、だから無我夢中でぶっ放しましたって?


 いやいやいや。

 んなこと言えるわけない。

 だってそんなの、なんか恥ずかしいじゃん?


 剣は不得手だと昨日ジークに言ってはあるが、これでも一応C級ハンターなんだし、昨夜はそこを見込まれてかなり危なそうな盗賊討伐依頼の話もあったというのにさ。

 実はひったくり集団のリーダーらしき男に殺されかけてしまうくらいの戦闘力しかなかったんだって、落胆されてしまうのはちょっと、ね。


 うまい説明(言い訳)が思いつかず、オレは指で頬を掻きながら視線を逸してしまった。

 ジークはそんなオレを見て、少し勘違いしてしまった――もしくは、してくれた?――みたいだ。


「……なるほど。手の内はそう簡単には明かせない、ということだね。うん。それは当然のことだね」


 いや、別にそういうわけじゃないんだが……


 思い返すまでもなく、奥の手だとか、そんな良いものなんかじゃなかった。

 どちらかと言えば、火事場の馬鹿力的なものだったハズだ。

 だがそれで納得してもらえるなら、とりあえずそういうことにしておくか。


 その勘違いに便乗させてもらうことにして、オレは苦笑しつつ口を開いた。


「悪いな」

「いや、気にしないでくれ。こちらも無遠慮に余計な詮索をしてしまったのだから。ただ、グリバード達は君たちに感謝すべきだったのかもしれないと思ってね」


 ん? グリバード?

 って、誰だっけ?

 聞いたことはあるような……


『昨日の都市警備兵の一人です』


 オレの思考が漏れ聞こえたのだろう。

 後ろで控えるように立っていたユオンが念話で教えてくれた。


 ちなみに、ファムとラヴィは少し離れた木陰で休んでもらっている。

 ユオンも休んでていいよ、と言ったのだが、それはできません、と首を横に振られてしまった。その辺は、完璧メイドとしての矜恃なんだろうか?


 それでも礼を執る姿勢については許してもらうよう、オレの方からジークとアデルに申し入れたところ、二人とも笑顔で快諾してくれたので、今のユオンは普通に立っている状態だ。

 実を言えば、後ろでずっとあの姿勢のままいられると、オレのほうがなんか落ち着かないんだよな。


 ともかく、ユオンに言われて思い出すことができた。

 あのラヴィにちょっかい出した金髪警備兵のことだ。

 どこかで聞いたことのある名前だとは思ったんだ。


 でも、彼奴あいつ等がオレたちに感謝?

 どういう意味だ?


 意味が分からず首をかしげるオレに向かって、ジークは少し笑いながら解説してくれた。


「だってそうだろう? こんな強力な魔法を使える君たちにちょっかいを出して、しかもあんな不埒な事をしでかしたんだ。彼らがこうなっていても何ら不思議じゃなかった。君たちを怒らせておいてあの程度の軽傷で済んだんだ。むしろ君たちの理性と寛容さに感謝すべきだろうな」


 あ、そういう意味か。


 なんかますます言えないよなぁ。

 実はあの時点ではこの魔法はまだ使えませんでした、なんてさ。


「それって、昨日連行されてきたあの都市警備兵たちのことですよね。えー、あの人達、トーヤさんたちに絡んでケンカ売るようなことしたんですか?」


 驚きで目を大きく見開くアデル。

 更には「うわぁ。よく無事でしたね……」とか「命知らずにも程がありますよねぇ」などと足元に転がっている男たちに視線を向け、両手で口元を抑えながら呟いた。


 ……うん。またまたハードルを上げられてしまった気がする。

 やっぱり勘違いはそのままにしておいてもらおうかな。


 はは、あははは……


 ◇


「じゃあアデル。押送おうそうの準備を頼むよ」

「了解です」


 アデルは頷いた後、まるで瞑想するかのようにその場で目を閉じた。

 それは念話で何処かの誰かと連絡を取り始めたように見える。


 いや、その直前のジークとのやり取りからして間違いなく念話をしているんだろう。けど、アデルは念話の指輪も、腕輪もしていない……ように見える。


 どういうことだろ?

 念話の指輪などがなくても、アデルは念話が使える?

 それとも、パッと見では分からないような何かカモフラージュでもしている?


 ちょっと不思議に思い、首を傾げていたオレの頭にユオンの声が響いた。


『恐らく、彼女が左耳に付けているピアスでしょう』


 ピアス!?

 確かにアデルはピアスをしている……けど。

 指輪や腕輪だけでなく、念話のピアスってのもあるのか!?


 思わず彼女の耳につけられているピアスをまじまじと見てしまう。

 そこへジークが声をかけてきた。


「さて、トーヤ。今回はご苦労だったね」

「ん? あ、いや、こちらこそ面倒をかけて済まなかったな、ジーク。突然の念話で驚かせてしまっただろうに、それでもこうやって来てもらえて、ホント助かったよ」


 労をねぎらってくれたジークに対し、オレは少しバツが悪そうな思いで口を開いた。


 ジークは念話の手段を持っていない。

 見る限り指輪も腕輪も、もちろんピアスもしていない。

 何よりも、オレから念話を送った際に返答はなかったのだから、それは確実だろう。


 そんなジークに対し、オレは念話を使ったんだ。

 見えない相手への念話、相手からの応答が一切無い念話というのは、言ってみれば相手の都合を完全に無視して一方的に呼びつけたようなものだ。


 もしかしたら何か大事な打ち合わせ中だったりしたかもしれない、もしくは訓練中だったり、はたまたヤボ用の最中だったりとかしたかもしれない。そんな、何か邪魔をしてしまったのかもしれないのに、ジークは無視したりせず早々に駆けつけてくれたんだ。

 ここに来てからも文句一つ言わず対応してくれて、もうホント感謝しかない。


 ……そう思ったのだが、オレのその言葉に何故かジークは大きく目を開き、むしろ少し驚いた顔を見せてきた。


 あれ?

 なんかオレ、変なこと言ったか?


「何を言っているんだい、トーヤ。君たちの功績を考えれば、これくらい当然じゃないか!」


 ……は? 功績?

 ひったくり犯を二人捕まえたくらいで?

 いくらなんでもそれはさすがに、少し大げさ過ぎやしないか?


「……そうか。君は全然自覚がなかったんだね、トーヤ。いや、考えてみれば当たり前か。僕の方もちゃんと説明してなかったのだから」


 ……自覚? なんのことだ?


 首を傾げているオレに向かってジークが笑顔で口を開いた。


「昨夜〝山猫の宿〟で僕が君たちに依頼しようとしていた件は覚えているかい?」

「ん? ああもちろん。盗賊討伐の……って、まさか?」


 思わずオレの視線が足元に転がっている二人の男たちに向けられる。


「そのまさか、だよ。僕もホントに驚いたよ。断られたハズなのに、その翌日には盗賊たちを見付けてしまうどころか、しっかり倒して捕縛までしてしまうとはね」


 オレたちが戦った相手は、どうやら例の盗賊だったらしい。


「こいつらが……。オレはてっきりスリの一味かと」

「スリ? そういえば念話でそんなことを言っていたね。できたら、その辺の詳しい経緯を教えてくれるかい?」


 事情聴取ってやつだな。

 それを聞いてくるのは確かにジークの立場上ごもっとも、なんだけど……


 ジークが人の良さそうな笑顔で、「特に」と言葉を続けてくる。


「他にも仲間がいたと思うんだけど、その者たちはどうなったのか。僕も色々と上の方に報告しなくちゃいけないしね」


 やっぱりか。

 これはちょっとマズいかもしれん。

 ヘタに話すと、オレたちが子ども達を逃してやったことがバレてしまわないか?

 それを幇助ほうじょ行為と見做みなされて、叱られるくらいなら構わないが、オレたちまで捕まるのはさすがに避けたい。


『そんなの、子ども達には逃げられたことにすれば問題無いでしょ』


 オレのその思考が聞こえたのだろう。

 ファムが念話であっさりと言ってきた。


『そうですね。この者共の相手をしているうちに、子ども達は奪った剣を放り捨てて逃げてしまった。我々の目的は剣を取り戻すことだったので、子ども達を追うことまではしなかった。それで問題無いでしょう』


 ユオンがファムの案に補足しつつ同意してきた。


 なるほど。

 じゃあそれでいくか。


 ……しかし、それはそれとして、だ。


 二人ともよくもまあ、そんなウソが咄嗟にすらすらと出てくるものだ。

 感心しちゃうね、ホント。


『これくらいで何を大げさな』


 とはファムの念話。

 ユオンはちょっと違った。


『女は嘘をたしなむものです。トーヤ様もご注意なさいませ』


 ――自分で言うなよ!




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