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129. ファムの想い

 眩い光が視界を白く染め上げる。

 パァーンと大きな破裂音が激しく耳を打つ。

 大気の震えが肌にビリビリと伝わって来る。


 ……やった、のか?


 力が入らない。

 体を支えていた右腕から力が抜けていく。

 体がゆっくりと前に倒れていく。


 だけど、分かる。

 今オレの周りには空気が溢れている。

 頬に空気の流れを感じる。

 呼吸が、できる。


 やった。

 やったんだ。

 できたんだ!


「トーヤさん!」

「トーヤ様!」


 前のめりに倒れそうになるところを左右から支えられた。


 まるでホワイトアウトしてたかような視界が、徐々に徐々に鮮明になっていく。

 左にはラヴィが、右にはユオンがいて、二人の手がオレを支えてくれたんだと分かった。


 だが、支えてもらった感謝の言葉が出せない。

 今のオレの口は空気を吸い込むことに専念してしまっている。

 とても言葉を発する余裕が無い。


 これ以上無いってくらい、目一杯空気を肺に送り込む。

 耳の裏辺りに、ドクンドクンといった力強い脈拍が感じられる。

 せき止められていた血液が一気に流れ出したみたいな、そして足りなかった空気が体中に行き渡るような、そんな感覚がしてくる。


 普段何気無くやっていた呼吸が、こんなに気持ちいいものだったなんて、今の今まで知らなかったよ。


 二度三度と深い呼吸を繰り返す。

 まだ荒い呼吸だが、ようやく周囲に視線を巡らせる余裕ができてきた。

 左右を支えてくれている二人に礼を言おうと、ゆっくりと顔を上げる。


「二人とも……」


 オレのかすれた声は、だが途中で途切れてしまった。

 彼女たちが正面に視線を向け、険しい顔をしていることに気が付いたから。


 彼女たちの視線の先、オレ達のほぼ正面、少し離れたところにはリュアが薄く微笑みながら立っていた。その後ろには両手をだらりと下げた熊人族の男もいる。


 オレとリュアの視線が交わる。

 途端、リュアの口端が更に少し持ち上がったように見えた。


「……驚いたわ。ええ、今日は驚きの連続ね。ユオンお姉さまに会えただけでも僥倖ぎょうこうだったというのに、まさかこれ程の魔法を間近で見れるだなんて。本当にとんでもない魔法を使うのね、貴方あなた。一体何者なのかしら?」


 言葉は疑問形だが、答えを求めているわけではないのだろう。

 リュアはこちらの反応など全く気にせず言葉を続けた。


「素晴らしいわ、貴方。ええ、本当にステキ。ゾクゾクするわ。惚れてしまいそうよ」


 残念ながらまだうまくオレの頭は回らないみたいだ。

 褒め言葉(皮肉)に対し何かお礼(皮肉)を返してやりたいのに、うまい言葉が出てこない。


 もちろんリュアのほうもそんなことを期待していないのだろう。

 構わずにさらに言葉を続けてきた。


「さすが、滅紫めっしさいのご主人様、と言ったところかしら? ねえ? ユオンお姉さま?」


 そう言いながらリュアはオレから視線を外し、ユオンに向ける。


 滅紫めっしさい……?

 話の流れからして、たぶんユオンの事だよな。

 ユオンの昔の二つ名、ということだろうか。


 だが、それをゆっくり考えているような場面ではなさそうだ。


 リュアたちの後ろにファムが立つ。

 もちろんその両手にはトレンチナイフをはめて。


 更にその後ろには虎人族の男が倒れている姿が見える。

 どうやらファムが倒したみたいだ。


「……あらあら。ウルヴァーもやられちゃったのね。案外だらしないのね」


 リュアがそう言い放つ。

 倒れている虎人族の男を一瞥し、そこから視線を戻しながら、まるで歯牙にもかけていないかのように、その冷たい微笑みを絶やすこともなく。


「うふふふ。でもこれは少し分が悪そうね。……色々と見込みが違ってしまったのだけれども、仕方が無いわね。ええ、仕方無いわ。とてもとても名残惜しいのだけれど、この辺で御暇おいとまさせていただこうかしら」

「そう言われて、はいそうですか、と見逃すとでも?」


 トレンチナイフを構えるファムの目が細まる。


「あら。お相手させて頂くのはやぶさかではないのだけれど、よろしいのかしら? あの子達、大事な剣を持って逃げてしまうわよ?」


 リュアが視線を向けた方には、尻餅をついている二人の子ども達がいる。

 怯えで震えているようだが、剣を持ったまま少しずつ少しずつ後退あとずさっている。


「ファム。子ども達を! 剣の確保が最優先です」

「ちっ!」


 ユオンに言われ、忌々しげに舌打ちしながらもファムは子ども達の方に向かって駆け出した。


「うふふふ。では、またいつか、何処かでお会いしましょう。ごきげんよう。ユオンお姉様」


 熊人族の男が両手を地につけ四つ這いになり、その背にリュアが腰掛ける。

 一瞬ラヴィが追いかけようとしたが、熊人族の男は素早く駆け出し、あっという間に建屋の向こうへと消えていってしまった。


 ◇


 気を失っているベニートともう一人、ウルヴァーと呼ばれていた虎人族の男はラヴィとユオンが武器などを没収した上で、持っていたロープを使ってきつく縛り上げた。


 オレも手伝おうと思ったのだが、縄抜けなどさせないようちゃんと縛り上げるにはコツがあるらしく、その辺がよく分かっていないオレには出る幕はなかった。体が少しふらついていたこともあり、「休んでいてください」とラヴィとユオンの二人に丁重にお断りされてしまった。


 地に腰を下ろし、水を飲んで一息ついたところへ、ファムが二人の子ども達を両手で、文字通り首根っこを掴んで連行してきた。

 どうやらオレの剣はファムの腰に差してあるみたいだ。

 ようやく、無事取り戻せたようで心底ホッとしたよ。


「離せ! 離せよっ! このババァ!」


 二人のうち、年長らしき男の子がそう叫んでいる。


 ……うん。元気があって、とてもよろしい。

 でも、そのセリフは絶対逆効果だと思うぞ?


 事実、今ファムの手には必要以上に力が込められているんじゃないだろうか。

 彼女の左目辺りも、なんかピクピクしているみたいだ。


 ファムをバ……もとい、そんな風に言うだけあって、よく見れば二人ともまだまだ幼い感じだ。

 一人は十二歳くらい、もう一人は十歳、いや九歳くらいだろうか。

 これが日本なら、まだ小学生という年齢だと思う。


 二人とも質素な服装で、顔は薄汚れていて髪はボサボサだ。

 髪の色はどちらも濃いクレイに見えるが、それは地毛の色なのか、それとも汚れているからなのか。


 それに、二人ともかなり痩せている。

 服の上からでもその体の細さが分かる。

 もちろん服から覗く腕も脚もかなり細い。

 こんなにも細い脚で、あんな遠くからここまで、ファムとラヴィの追手をかいくぐり、逃げてきたというのか。


「なんだよ! 殺すならさっさと殺せばいいだろう!」

「お、お兄ちゃん、ダメ……」


 どうやら二人は兄弟らしい。

 たぶん、剣帯を切ったのが弟で、その直後に剣を奪っていったのが兄だろう。

 あの絶妙なコンビネーションは兄弟ならでは、といったところなんだろうか。


 兄のほうがオレを睨んでくる。

 まるでキッて音が聞こえたような気がするくらいだ。


 そんなに睨まれる覚えはないんだけどな。

 むしろ剣を奪われたオレのほうが子ども達を睨む立場だろう?


 さて、この子達をどうしたもんか。


 普通なら都市の警備兵にでも引き渡すところなんだろうが、昨日の警備兵たちを思うと、どうにもそれが良いことのようには思えない。

 それに、警備兵がまともだったとしても、いや、まともだったらなおのこと、この子達はヘタしたらこの歳で犯罪奴隷行きだ。

 甘いのかもしれないが、この細い体を見るとそれがとても可哀想になってくる。

 かと言って、他にどうすれば良いのか見当もつかない。


 ……ジークに相談してみようか?


 そんな考えが頭をよぎる。


 でもなんて言って相談すればいい?

 彼も立場的には法を守る側だ。

 この国の法が、この子達を犯罪奴隷にするようになっているなら、それを捻じ曲げることは容易じゃないだろうし、昨日今日会った人間にそんなことを頼まれても困るだろう。


 オレとしても、色々世話になっておきながら、依頼も断ってしまったというのに、その上厄介事を頼むというのは心苦し過ぎる。


 うーん。

 どうしよう?


「アンタ達、アイツの子?」


 対応に困っていたオレに代わって口を開いたのはファムだった。

 縛り上げられたベニートを顎でしゃくりながら子ども達に問いかける。


「んなわけねーだろ! 俺たちに親なんていねぇーよ!」

「お、お兄ちゃん、逆らっちゃダメだよ。殺されちゃうよ。……あの人は親ではないです。お父さんは一年くらい前に、仕事に行ったきり帰ってこなくなりました。お母さんは小さい頃にいなくなりました」


 兄の方は自暴自棄にでもなったのか、かなり生意気な態度と言動をしてくる。それに対し弟のほうはとても素直で従順な態度で答えてきた。


 いや、さすがに殺すなんてことは考えていないんだが。


 それはともかく、なんとなく察してはいたんだが、やはり親はいないのか。

 だからベニートのような男の庇護下に入り、二人で盗みを働いていた、というわけか。


 ……二人が、生きるために。


 なんともやるせない気持ちになってくる。


「……そう」

「だから何だよ! 親がいないから何だって言うんだよ! 同情でもしてくれるのかよ!」

「――しないわ!」


 ファムはキッパリと言い放った。


 その言葉に少し驚き、オレはファムを見上げた。


 子ども達の痩せた姿や親がいないこと、そして生きるために盗みを働いていた彼らの境遇に、オレは間違いなく同情していた。

 けど、ファムは違った。


「そんなことで同情なんてしない。そんなのよくある話よ」

「なっ! なんだとっ! お前なんかに何が分かる! 俺たちがそれでどんなに苦労して……」

「ワタシだって物心ついたときから両親なんていない。そっちの兎人にもね。ワタシ達は親の顔だって知らないわ。赤ん坊の頃からの、孤児院育ちだから」


 ……そうか。

 ファムとラヴィも、そうだった。

 彼女たちもまた、親がいない環境で過ごして来たんだ。


 それを「よくある話」と言い切るファムに、そう言い切れてしまうファムに、オレの胸はぎゅっと締め付けられるような気がした。


 最初は反発した兄も、ファムの境遇を聞いて言葉に詰まったようだ。

 そんな子ども達を見下ろしながら、ファムが静かに口を開いた。


「……トーヤ。この子達の処分だけど、できれば、ワタシに任せてくれない?」


 オレは再びファムを見上げた。


 ファムは目を細め、厳しい顔で二人を見下ろしている。


 あの顔は、怒り? 怒っている?

 いや、違う……と思う。

 怒りじゃなくて、もっと別の何か……だと思う。


 それが何なのか、そこまではよく分からない。

 ファムが今何を考えているのかは、オレには分からない。

 だけどオレとは違い、この子達と同じような境遇を過ごしてきたファムには、きっと何か考えがあるんだろう。


 近くに戻ってきて黙ってやり取りを聞いているユオンとラヴィに視線を向ける。

 小さく頷く彼女たちを見てから、オレは口を開いた。


「分かった。ファムに全て任せる」

「……ありがと」


 ファムの小さく呟くような声が聞こえた。


「さて、アナタ達……」

「うるせぇうるせぇ! 獣人ごときがでしゃばってるんじゃねぇ! どうせ殺すんだろ! さっさとやれよ!」


 ……獣人、ごとき?


 オレの左目がピクってしたのが自分でも分かった。

 怒鳴りつけてやりたいのはやまやまだが、ファムに全て任せると言ったばかりじゃないかと自分に言い聞かせて、何とか言葉を呑み込んだ。


「……そんなにお望みなら、今すぐその喉、切り裂いてあげるわよ?」


 ファムの冷え冷えとした声が静かに響く。

 そのセリフを聞いて、さらにファムがトレンチナイフを一舐めする姿を見て、二人とも黙り込んでしまった。それどころか弟の方はもう涙目だ。


 うん。その気持ちは分かる。とっても良く分かる。

 ファムが凄むと冗談には見えないもんな。

 なんか、少し可哀想になってきた……かも?


 いやいや。

 獣人ごときなどとほざいたコイツが悪いんだ。

 自業自得ってやつだろう。


「よく聞きなさい!」


 ファムが子ども達に向かって仁王立ちして言い放つ。


「……逃げ足は、まあ、なかなかだったわ」


 ……あれ?

 説教じゃなく、褒めてる?


 子ども達にとってもそれは意外だったんだろう。

 ちょっと驚いた顔してファムを見上げている。

 しかも、何故かファムの方が横向いてしまった。


「このワタシをこんなに手こずらせたんだもの。そこは胸張っていいわ。間違いなく自慢できるレベルよ」


 ……なんだろう?

 ファムの顔が少し赤いような。

 もしかして、ファムってば照れてる?

 褒められる側じゃなく、褒める側が照れるって……?


『子どもに向かって説教とか褒めるとか、ファムは普段しないですからね。この場にはアタシ達もいるし、ちょっと恥ずかしいんでしょう』


 ああ、なるほど。

 そういうことか。


 ラヴィの念話に思わず頷いた。


『――二人とも! うるさいっ!』


 すかさずファムの叱咤が頭に響いた。


 どうやら念話でファムに叱られてしまったらしい。

 オレは別に何も言ってないのに。

 思考が勝手に漏れてしまっただけだ。

 やっぱりこの隷属の首輪によって思考が漏れるのは、理不尽だよな……


 ゴホン、と一回咳払いして、再びファムが子ども達を見下ろす。


「アナタ達の敗因は、ワタシ達を狙ってしまったこと。相手をちゃんと見極めなかったことよ。いい? やるならしっかり相手を見極めなさい。ちゃんと逃げ切れる相手か、戦いになっても負けない相手か。死にたくなければ必死になって見極めなさい!」


 一拍置いて、「もし」とファムは言葉を続けた。


「それでも見誤ってしまったときは、盗んだモノも全部放り出してでも、全力で逃げなさい。生き延びるために! 盗んだモノよりも、自分の命のほうがずっと大事なのよ。それを間違えると、今度こそホントに死ぬわよ」


 子ども達は二人とも黙ってファムを見上げ、その言葉を聞いていた。


 その姿を見て思う。

 たぶん、オレが同じセリフを言ったとしても、こうはならなかっただろう。


 それは言葉の重み、というやつかもしれない。

 似たような境遇を過ごしてきた年月、それだけの時の重みが、ファムの言葉の重みとなって子ども達の心に届いているんだと思う。


 ……だけど、その次に出てきた兄のセリフは、いくら感極まって思わず口にしたんだとしても、やっぱダメだったと思うぞ?


「お、おばちゃ・・・・……」


 そこに悪気はなかったんだと、オレは思う。

 実際最初の「ババァ」に比べれば、間違いなくずっとおとなしい部類だ。


 だけどそんなセリフ、ファムが最後まで言わせるハズがない。

 神速とも言える早業でトレンチナイフが兄の喉元に突きつけられる。


「……今、何て言ったのかしら? よく聞こえなかったわね。やっぱり二人とも、ここで死んでおく?」


 ファムのほころぶような笑みと、それに似つかわしくない絶対零度の瞳に見下され、震え上がりながらプルプルと首を横に振る二人。


 生き延びるためには言葉の選択にも気を付けろ、と追加してあげたほうがいいんじゃないかな。うん。


「ご、ごめんなさい。兄にはよく言って聞かせるので。許してください、お姉さん・・・・


 どうやら追加しなくても、弟のほうはしっかり学んだようだ。


「ふんっ! もう行きなさい!」

「え……」

「聞こえなかった? もういいからさっさと行きなさいって言ったの!」


 そう言ってファムは子ども達に背を向けた。


 二人は一度互いに視線を交え、それからゆっくりと立ち上がった。

 だが、すぐにはその場を動こうとはしない。

 行っていいと言われた言葉が、すぐには信じられないみたいだ。


「さあ、もうお行きなさい」


 ユオンが子ども達に近付き、優しい声をかける。


「……いいんですか?」


 弟の問いにユオンが微笑みながら頷くと、二人はようやく歩き出した。


「今ワタシが言ったこと、ちゃんと覚えておきなさい。後はアナタ達次第よ。せいぜい頑張って生き延びなさい」


 背を向けたままそう言ったファムに、弟が振り返り頭を下げる。兄の方も立ち止まり、何か言いたそうにしていたが、でも結局何も言わず再び歩き出した。


 弟の方は何度もファムの方に振り向き頭を下げている。

 そんな子ども達を見ながら、オレは未だ背を向けているファムに声を掛けた。


「お疲れ様、ファム」

「……なによ。文句あるの?」

「いや、無いよ。全然無い。ファムに任せるって言ったんだしな」


 ファムは一度だけ子ども達の方に振り向いたが、すぐに視線を戻し、そしてオレたちから少し距離を取って一人木陰に座り込んでしまった。


 文句なんかあるハズがない。

 オレとしては、むしろそんな優しいファムが見れて少し嬉しいくらいだ。

 以前盗賊に出くわしたときは、確か「首を刎ねちゃうのが一番簡単」って言ってたのにな。


「それはやっぱり、自分たちと似たような境遇の子ども達だからでしょう。もちろんあの子達と直接刃を交えたわけではない、ということもありますが」


 近くに寄って来たラヴィが、ファムの方に視線を向けながらオレの漏れた思考に答えてくれた。


「きっと、ファムは思い出しちゃったんです」

「……思い出した? 何を?」

「アタシ達はご存知の通り孤児院で育ちました。とても余裕のある時期ではなかったんで、食事は幼い子が優先で、アタシ達は一日一回ということもしょっちゅうでした。だから、その、二人で露店から食べ物をくすねるなんてことも結構やっちゃってました」


 以前に聞いた話を思い出す。

 恐らくそれは孤児院の院長が亡くなって、孤児院の運営が非常に苦しくなった頃の話なんだろう。


「他の孤児院の子たちや貧民街の子たちも似たようなもので、時には共闘したり、時には縄張り争いしたり、もうホント、そんなことばかりしてました」


 少し伏し目がちになりながら、「でも」とラヴィは言葉を続けた。


「見知った顔が少しずつ少しずつ、いなくなっていくんですよ。何度も顔を突き合わせて、いがみ合ってた子がいつの間にかいなくなってるんです。極端な話だと、昨日言い争っていた子が今日はもういないって……」


 それって……


「もしかしたら、とってもいい人に拾って貰えて、何処か遠くで良い服着て、美味しいもの食べて、元気で暮らしているのかもしれませんけど。それだったら、羨ましいんですけどね。ははは……」


 なんとなく、ラヴィの乾いた笑いが痛々しく見えてしまう。

 たぶん、そんな都合の良い話なんかじゃないんだ。


「やっぱり、寂しいんですよ。どんなに嫌なヤツだったとしても、どんなにいがみ合っていたやつだったとしても、いなくなっちゃうのは、二度と会えなくなっちゃうのは、やっぱ寂しいんです。だから……」


 だからファムはあんな話をしたんだ。

 あの子達が少しでも生き長らえるように。

 そんな期待を込めて。


 いなくなってしまった子達の面影を重ねて。


「……そうか」


 情けない話だが、オレにはそう答えるのが精一杯だった。

 それ以上、オレには何も言えなかった。

 言える言葉なんか、見付からなかった。


 平和な日本で生きてきたオレには、想像もつかない世界なんだ。

 たぶん、分かった気になることさえおこがましい程に。


「ところで、トーヤさん」

「ん?」

「あ、やっぱいいです。大したことじゃないし……」

「何だよ。もったいぶらずに言ってくれ。気になるじゃんか」

「いやホント、大した話ではないんですが……」

「早く話せって。何?」

「えっとですね、何か誤解されてたみたいなんですけど……」


 誤解?

 オレが? 何を?


「小さい方の子。あの子、女の子でしたよ?」


 ――え?


 思わず振り向いたが、もうそこに子ども達の姿はなかった。





いつも読んでいただき、ありがとうございます!


次話「130. 教えてもらったこと」

どうぞお楽しみに!




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