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128. 水の蛇

 ――ズドゥーン!


 《爆砕》による激しい爆音が周囲に鳴り響く。

 同時に熊人族の男の持つ丸太の先端が弾け飛ぶ。


 五メートルくらいあった丸太も、その半分くらいが吹っ飛んだみたいだ。

 だがそれでも、熊人族の男はいまだラヴィに対峙し続けている。険しい顔のまま口を大きく開け、鋭い牙を見せ、残った丸太を両手に抱えて。


 ファムと虎人族の男の戦いも、まだ決着はついていない。

 トレンチナイフと大剣が何度も何度もぶつかり合い火花を散らしている。


 そんな状況の中でも、リュアと呼ばれたキツネ耳女とユオンは他に視線を向けることなく静かに対峙している。互いの素性が判明したというのに、今なおリュアの剣はユオンの左腕とせめぎ合っている。


 リュアは恐らく子供たちの仲間でスリの一味だ。

 そしてオレ達は、剣を奪われここまで追ってきた。

 奪う者と奪われた者。

 リュアの冷ややかな視線と剣を引かない態度は、その立場の違いから来るものなんだろうか?


 二人の間に流れていた沈黙を破ったのは、リュアの朱唇しゅしんだった。


「聞いてもよろしいかしら? ユオンお姉様は何故この国へ?」

「……リュアには関係の無い事。それより、貴女あなたたちが奪った剣を返しなさい」

「剣?」


 リュアが僅かに首を傾ける。


「あの子供たちが持っている剣です」

「ああ。ユオンお姉様はあの子たちが持ってきたあの剣にご執心なのね? うふふふ。あんなもの、どこにでもありそうなありふれた剣でしょうに。まさかユオンお姉様がお使いに? それとも、そちらの殿方かしら?」


 リュアの視線がオレに向けられる。


「それも、リュアには関係の無い事」


 ユオンのそっけない返答を受け流し、オレを値踏みするかのように目を細めながらその視線をゆっくりと上下させるリュア。


 オレと視線が交わり、その朱い唇の端がわずかにつり上がる。


「そちらの殿方が、ユオンお姉様の新しいご主人様なのかしら? ぜひ御紹介していただきたいのですけれど?」

「それも、貴女あなたには不要です」

「まあ。ユオンお姉様ったら。十年ぶりに再会できたというのに、少々冷たい態度ではございません? ユオンお姉様の大切な御主人様ですもの。私からもぜひぜひ、丁重にご挨拶をさせていただきたいのですけれど」

「……リュア。トーヤ様に手を出すことは、絶対に許しません」

「まあ怖い。……許さなければ、どうなさるのです? また・・、私を殺そうとなさいますか? あの時のように」


 オレの事が話題になったとはいえ、とても口を挟めるような内容じゃない。

 二人の間に何があったのかは知らないが、少なくとも友好的なモノじゃなかったらしい。


 オレには黙って見守ることくらいしかできなかった。

 ユオンもまた、黙ってリュアに視線を向けている。


 その時、少し離れた所から小さく呟くような声が聞こえてきた。


「水よ水よ。形無き蒼き者よ」


 視線を向ければ、そこには片手を伸ばしたローブの男が立っていた。


 ――これは、呪文? もしかして、魔法の詠唱か!?


 初めてかもしれない。

 魔法の詠唱をちゃんと聞いたのは。

 だが、そんなことを暢気に感動などしてられない。


 男が伸ばした腕の先にはユオンがいる。ユオンを狙っているんだと気付いた時、オレは咄嗟に足元に転がっていた石を拾い上げた。


 ――頼む! 当たれっ!


 男に向かって思い切り投げつける。


「――いてっ!」


 運が良かったのか、投げつけた石は男の右肩にぶち当たった。

 男が顔をしかめ、右肩を押さえて体をよじる。


 今……気のせいか?

 少し右にカーブしながら男に当たったような……?


「このガキィ!」


 男が分かりやすい程の怒りの形相でオレを睨んでくる。


 余計なことを考えている余裕なんかなさそうだ。

 とにかく当たったんだからそれで良しっ!


 しかも、どうやらこの男は詠唱を邪魔すれば魔法を発動できないみたいだ。

 ならば、また詠唱し始めたら邪魔してやる。


 オレは再び足元の石を拾い上げた。


 一瞬スリングショットを使おうかとも思ったがやめた。

 あれは購入したばかりでまだ全然練習もしていない。

 今の段階では手で投げた方がまだ命中率が高い気がする。


「ベニート。邪魔をしないでもらえるかしら? でないと私、貴方あなたから先に殺してしまうかもしれないわ」


 リュアの冷ややかで押し殺したような声が聞こえて来る。

 その目が細まり、殺意を込められたような鋭い視線がローブの男に向けられる。


 殺す?

 今、この男を殺すと言ったか?

 このベニートと呼ばれた男はリュアのあるじではないのか?


 本気としか思えないその言葉と鋭い眼差しに驚き、思わず改めてリュアの首筋に視線を向けた。


 彼女の首には確かに隷属の首輪が装着されている。

 彼女だけじゃない。虎人族の男も、熊人族の男もだ。


 この中で人族の大人はこのベニートだけだ。

 だからオレは、ベニートがこの獣人たちのあるじだと思っていた。


 だけど、奴隷はあるじをその手に掛けることはできないハズだ。

 隷属の首輪による強力な暗示がそれをさせないハズなんだ。


 そう言えばリュアは、仕事だとか追加料金だとか言っていた。

 もしかしたら、このキツネ耳女の本当のあるじは別にいて、ベニートには金で雇われているだけなのか?


「ちっ! ならさっさとやれよ。俺はこのガキをやっから!」


 今度はオレに向かって腕を伸ばすベニート。


 それを見て、ひとまず彼らの関係について考えることを止めた。

 もし仮にそうだったとしても今のオレ達には関係の無い話だ、と。


「水よ水よ。形無き蒼き者よ……」

「トーヤ様!」


 ユオンがオレの方に向かって駆け寄ろうとする。

 だが、リュアがそれを邪魔してユオンの前に立ちはだかる。


「どちらへ行かれるのです? ユオンお姉様」

「どきなさい。リュア」


 激情を無理矢理抑え込んだような低く抑揚のない声で言い放ち、こぶしを握りしめ、リュアを見据えるユオン。それに対しリュアは……


「まあ怖い。うふふふ。そんなお姉様を見るのは初めて。何故かしら? ぞくぞくしてしまうわ」


 コピス刀をだらりと下げて、少し愉快そうにユオンを眺めている。


「ユオン。こっちは大丈夫だから」


 オレは叫びながらベニートに向かって石を投げつけた。


 ――ちっ! 外れた。


 ベニートは僅かに体をずらして石を除け、今度は最後まで詠唱を言い切った。


「我が呼び声に応えよ。数多あまたつぶてとなりて撃ち放て。《水礫》!」


 ベニートの手から幾つもの水のつぶてが撃ち出される。


 オレは顔を守るように両腕を十字にし、身体に力を入れて身構えた。

 水の礫が次々とオレの腕や腹など様々な箇所に打ち当たる。


 ――ぐっ!


「トーヤ様!」

「トーヤ!」

「トーヤさんっ!」


 ユオン、ファム、そしてラヴィがオレの名を呼ぶ。


 ……大丈夫。大丈夫だ。

 確かにそれなりの威力はある。

 痛くないと言えば嘘になるが、来るのが分かっていれば耐えられない程じゃない。


 確信する。

 確かにこの男は魔法を使えるようだが、これなら大丈夫だ。


 そうさ。

 アイツの魔法に比べれば、この程度の魔法は子供だましのようなものだ。


「こっちは大丈夫だ。目の前の相手に集中しろ!」


 オレは再びベニートに視線を向けた。

 少なくとも見える限りでは武器は持っていない。

 もちろん隠し持っている可能性はある。

 それはちゃんと注意するにしても、せいぜい護身用程度だろう。


 たぶんこいつは魔法専門だ。

 その魔法も我慢できるくらいの威力でしかない。


 なら!

 せめてこいつだけは、オレが倒す。

 倒せないまでも、みんなの邪魔をさせないよう押さえつける!


 オレはベニートに向かって駆けだした。

 取っ組み合いにでも持ち込み、魔法の詠唱を邪魔さえしてしまえば何とかなる!


「水よ水よ。形無き蒼き者よ、我が呼び声に応えよ。数多の礫となりて撃ち放て。《水礫》!」


 ――ちっ!


 ベニートが早口で詠唱を終える。

 一瞬立ち止まって石を拾い、すぐさま投げつけるが間に合わなかった。


 再び水の礫がオレを襲う。

 先程と同じように両腕を十字にして顔を守りつつ、身体に力を入れて礫が当たるのを我慢した。


 やはりこの程度の威力。

 っていうか、さっきより確実に威力が落ちている。

 一発撃つ毎に威力が落ちてしまうのか、それとも早口だと威力が落ちてしまうのか、そこまでは分からないが。


 だが、これならいけるっ!


 ベニートはオレの投げた石が当たった右腿をさすっている。

 それを見ながら、オレは再び駆け出す。


「水よ水よ。形無き蒼き者よ、我が呼び声に応えよ」


 ――また詠唱! だが!


 オレはベニートに飛び掛かった。


 ――間に合うか!?


「溢れるは力。強く渦巻き力を放て。《水砲》!」


 だが一瞬早くベニートの詠唱が完了する。


 ――さっきとは違う呪文!?


 それに気付いた時、ベニートの手のひらから勢いよく飛び出してきた水が、渦巻きながらオレの腹に直撃した。


 ――うぐっ!


 水に強く押し戻され、たたらを踏んでしまう。


 水のつぶてじゃない。

 まとまった水による攻撃。


 礫より遥かに威力がある。

 強烈なボディブローを喰らった感じだ。

 できるなら、腹を抱えてのたうち回りたいくらいだ。


 だが、それでも絶対に耐えられないというほどじゃないっ!

 元々オレのせいだと言うのに、みんなも頑張ってくれているんだ。

 オレだってせめて!


 気合を込めて脚を踏ん張り、顔を上げる。

 そのとき、新たな詠唱がオレの耳に届いた。


「水よ水よ。形無き蒼き者よ、我が呼び声に応えよ。虚無より溢れでて我が手に宿れ。敵を呑み干すえるヘビと化せ。《水餓蛇みがだ》!」


 ――また違う呪文か!? 今度は何だ?


 見開くオレの目に映ったのは、ベニートの手に集まる濁った水の塊だった。

 何処から湧き出て来るのか、水嵩みずかさがどんどん増していく。


 ――何だあれは。水の……ヘビ?


 黒く濁ったような水の塊が、両腕で抱える程の太さでまとまり、オレの身長よりも長く伸びていく。まるで生き物のようにうねうねとその体をくねらせる。

 それが二匹。ベニートの両手にそれぞれまとわりついている。


 ベニートの口端がつり上がる。


「死ね。ガキが!」


 その声と同時に二匹の水のヘビが、左右それぞれに大きく弧を描きながらオレに襲い掛かって来る。


 その先端はまさにヘビの頭部だ。

 大きく口を開いたような形で向かって来る。


 ――くっ!


 頭の上から襲って来るヘビを、後ろに跳ぶようにして避ける。

 二匹のヘビが地に激突し、周囲に水が弾けた。


 このヘビは、もしかして簡単に弾けてしまうのか?


 ヘビがぶつかった地面に視線を向けるが、濡れているだけで地面をえぐったわけじゃないみたいだ。

 ということは、少なくともそれほど硬くはないってことだ。


 ならば、こいつの威力も大したこと無いハズだ。

 恐らく今まで同様、我慢できる程度の威力でしかないんだ。


 速さも大したことは無いみたいだ。

 これならば、いける。

 よく見て襲ってきたヘビの頭を叩き、そのままベニートとの距離を詰める!


 オレはボクシングのように胸の前で拳を構えた。


 ――いくぞ!


 自分に気合を入れて走り出す。

 右上から襲ってきた《水餓蛇》を体をよじって避ける。

 時間差で正面から向かってきた《水餓蛇》に右こぶしを叩き込む。


 そのままベニートに向かって駆け寄ろう……としてオレの足は止まってしまった。


 ――なっ!? 弾け……ない?


 視界の隅で、ベニートの口角がつり上がったのが見えた。


 ――右腕が……抜けない?


 どんなに力を入れて抜こうとしても、びくともしない。

 それどころか、オレのこぶしがヘビの口の中へずぶずぶと呑み込まれていく。


 ふいに思い出す。


 そういえば、この魔法の詠唱でそんなことを言ってなかったか?

 敵を呑み干すとか、えたヘビだとか……


 背筋がゾクッとした。


 オレは、何かとんでもない勘違いをしていたんじゃないか?

 この魔法は相手に打ち当てるようなモノじゃなく、呑み込む、つまり水の中に引きずり込むモノなんじゃあ……


 オレの右手が少しずつ少しずつ呑み込まれていく。

 何とかヘビから引き抜こうと力を込めて引っ張る。

 その時――


 いきなりヘビの身体が膨らみ始めた。

 それと同時にオレの右手を呑み込もうとしていた力が急に消える。

 咄嗟のことにうまく対応できず、オレはバランスを崩してしまった。


 次の瞬間、膨らんだヘビの身体が頭上に迫り、オレの頭部が《水餓蛇》に呑み込まれた。


 ――しまっ!?


 慌てて首を激しく振るが、水はオレの目や鼻、口も含め頭部全体をすっぽり覆うようにまとわりつく。

 頭を上下左右に大きく激しく動かしても、全くオレから離れない。


 ――このっ!


 右手を強く握りしめ、その拳を《水餓蛇》に叩き込むが全く効かない。

 ズボッとオレの腕が濁った水を突き抜けてしまう。


 ――ならっ!


 ヘビの水の身体はベニートの手から伸びている。

 ならばヘビの活動範囲には限りがあるんじゃないかと、ベニートから大きく距離を取るため反転して駆け出そうとしたが、いつの間にかもう一匹の《水餓蛇》がオレの足にまとわりついていた。


 ――足が、動かせない!?


 どういう理屈か分からないが、上の《水餓蛇》は拳を叩き込んでもほとんど抵抗なく抜けてしまうのに、下の《水餓蛇》はとてつもなく粘りが強く、ほとんど足が動かせなかった。


 く、苦しい……

 息が……


 右手を大きく上げ、《水餓蛇》を叩き切るつもりで手刀のように降り下ろす。

 だがオレの手は、やはりほとんど抵抗なく水を通り抜け、そして《水餓蛇》はオレの頭部にまとわりついたまま離れない。


 息が、できない……

 マズい。このままじゃあ……


『トーヤ様!』

『トーヤさん!』

『トーヤ!』


 ユオンが、ラヴィが、そしてファムが、念話でオレの名を呼ぶ。


「そいつらをこっちに近付けるな!」


 水で塞がれているオレの耳に、ベニートのこもったような叫び声が聞こえてくる。


 ファムがこちらに駆け寄ろう反転としたが、虎人族の男に回り込まれる。

 降り下ろされた斬撃を、なんとか両方のトレンチナイフで受け止める。


『トーヤ! 気をしっかり持って! すぐ助けるからっ!』


 ファムの必死の声が念話で届く。


 ラヴィが熊人族の男の腕にケリを入れ、そのまま反転する。

 彼女もこちらに駆け寄ろうとするが、熊人族の男に右腕を掴まれ、そのパワーで後方に投げ飛ばされる。


『うぐっ。トーヤ……さん。大丈夫……です。今……げほっ。今すぐに……』


 壁に背を強く打ち付け、それでもなおオレを気遣うラヴィの声が念話で届く。


「どきなさいっ! リュアァアアアーー!」


 ユオンの叫び声がこもったように響いて聞こえる。

 ユオンがどう動いても、それを邪魔するようにリュアが行く手を塞ぐ。

 二人の素早い動きが残像となって、まるでコマ送りのように見える。


『トーヤ様! くっ……トーヤ。トーヤ! 邪魔! 邪魔よ! どきなさい! リュアー!』


 いつもの仮面が剥がれたような、ユオンの必死の声が念話で響く。


 オレは何度も何度も、ほとんど抵抗を感じられない水に向かって左右の拳を叩き込む。脚にまとわりつく水を蹴散らそうと力を込めて足搔あがく。


 だが、どんなに腕を振り回そうが《水餓蛇》を頭から剥がすことができない。

 どんなに脚に力を入れようが、まとわりつく《水餓蛇》から抜け出せない。


 気が、遠くなってくる。

 体が、重くなってくる。

 力が、入らなくなってくる。


 一瞬目の前が暗くなった。

 意識が飛びかけた。


 苦しくて苦しくて、オレの手がもがく。

 呼吸を求めて、空気を求めて、オレの口がバクバクと動く。


 どうすればいい?

 どうすれば抜け出せる?

 どうすれば助かる?

 どうすれば?

 どうすれば?

 どうすれば?

 どうすれ、ば……?


 見上げる先には空が見えるのに。

 ほんのわずか先には、求める空気がたくさんたくさんあるハズなのに。

 少し手を伸ばせば、そこにはたくさんあるハズなのに。


 そこに、届かない。


 もう脚に力が入らない。

 オレの体が膝から地に崩れ落ちる。


 オレは……


 オレは……


 ダメ……なのか?

 オレには……無理だったのか?


 オレには、力がないから?

 アイツの支援が、無いから?


 大丈夫だなんて言っておいて。

 いけるなどと思い上がって。

 なのに、こんなヤツを倒すことも、足止めすらも、オレにはできないのか?


 自分の無力さに改めて打ちひしがれる。

 心臓の音がドクン、ドクン、とやけに大きく聞こえて来る気がする。


 終わり……なのか?


 オレはここで。

 こんなところで。

 全然成長しないまま。

 何も成しえないまま。

 みんなに迷惑をかけたまま。


 終わるのか……?


 これで……しまいなのか?


 オレの右手が、震えながらゆっくりと、胸の所へと伸びていく。

 そこにある黒い革の小さな袋へと。


 ならば、せめて……


『一人で勝手に諦めるなっ! バカァアアアーーーーッ!』


 ラヴィの悲痛な叫びが頭に響く。


 ラヴィの姿は見えない。

 そっちを向くような余裕も余力も、もう微塵も残っていない。

 だけど、だからこそ、脳裏に浮かぶ彼女の姿。

 それは、悲しみに満ちた顔と、頬を伝うなみだ


 思い出す。

 一人で勝手に行こうとしてしまった夜のことを。

 あの夜のラヴィの泣き顔を。そのなみだを。

 胸が締め付けられるような想いを。

 そして、確かに誓った約束を。


 ……そうだ、オレは……


 オレは、アイツを助けるって決めたんだ。

 みんなで、アイツを助けるって決めたんだ。

 みんなで、無事に辿り着くって、そう決めたんだ。


 だから、こんなところで諦めてなんかいられないんだ。


 こんな所でくたばってちゃ、

 オレ達を救うために一人で遠くに行っちまったアイツに、

 リオに、合わせる顔が無いじゃんか!


 力を振り絞り、右手を地に付ける。

 倒れないようにと、なんとか体を支える。


 オレは……


 オレはあの夜、あの時、ラヴィと約束したんだ。


 一人で勝手に、いなくならないって。

 もう決して、そんなことはしないって。


 約束、したんだっ!


 だから、一人で勝手に諦めて、くたばるなんて!


 ぜったい、ぜったい、できないんだっ!


 意識を飛ばさないよう、歯を強く強く食いしばる。


 それでも視界がぼやけて来る。

 頭がフラフラしてくる。


 ……だが、このままでは長くはもたない。

 この水を早く何とか……


 ……水?


 その時――

 オレの意識の中で何かがささやいたような気がした。

 何かが見えたような気がした。


 ……そうか。

 そうだ。

 もしかしたら……できるかもしれない。


 オレは震える左手を《水餓蛇》の中に入れ、腕を伸ばす。


 一か八かだ!

 やってやる!


 《水餓蛇》の中で左手の指を折り畳み、人差し指だけ相手を差すように伸ばす。


 苦しくて、苦しくて、目の前が暗くなってくる。

 体がふらつく。

 支える右腕にも力が入らなくなってくる。


 だがそれでも、オレはローブの男を睨む。

 歯を目一杯強く食いしばり、正気を保つ。


 時間が、無い。


 一発だ。

 一発だけでいい。


 気を失う前に、やってやるっ!


 後先なんて考えなくていい。

 最大出力でぶち込んでやる。


 思い出せっ!

 あの迷宮での戦闘で、最後にリオにしてもらったことを。


 思い出せっ!

 あの時の、鮮明なイメージを。


 イメージを魔法素粒子に伝えることで現象に作用させる。

 それが魔法。


 より強いイメージが、より鮮明なイメージが、より強力な魔法を生み出す。


 オレはそれを経験している。

 この身で体験しているんだ。


 あの時、リオにそれを見せて貰ったんだ。


 だから!

 できるハズだっ!


 オレの、このイメージを。


 頼むっ! 魔法素粒子!


 ――いっっっっっけぇええええ! 《放電・極スパーク・エクストリーム》!


 その瞬間、まるで世界が白い光に包まれたように、オレには感じた。





いつも読んでいただき、ありがとうございます!


次話「129. ファムの想い」

どうぞお楽しみに!




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