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125. 十日市散策

 目の前を二頭の馬に引かれた荷馬車がゆっくりと通り過ぎていく。

 日本にいた頃では考えられない程の砂埃が舞ってはいるが、この世界に来て既に何日も過ごしている身としては、そんなものはもう今更だ。

 そして開けた視界の先には――


「すごいな。これがジークの言っていたいちか」


 思わずオレの口から言葉が漏れる。


 今オレの目の前には、大小さまざまな露店が所狭しと立ち並ぶ。

 十日に一度開かれる市場、いわゆる十日市と言うやつだ。


 そして露店も凄いが人も凄い。

 何処を向いても人、人、人!

 いったい何処から湧いてくるんだと思う程の人の数!


 その密度といったらもう!

 あちらの世界での都会の超過密通勤通学ラッシュにだって負けてないんじゃないだろうか。


『ここまでとは……。ホントに凄いですね。ここから西門前の広場まで、露店と人で埋め尽くされているって』

『ああ。確かにそう言っていたな』


 ラヴィの念話にオレも念話で返しながら頷いた。


 オレ達は昨日の内に必要な食材や雑貨などは既に購入済みだ。

 特に買い忘れなんかがあるわけじゃない。


 なのにここに来たのは、昨夜食事の後の別れ際、ジークに勧められたからだ。

 メルフィダイムを出立する前に一度見に行ってはどうかと。

 かなり盛大な市であり、色々なモノが見れてそれだけでも十分楽しめるし、何よりもそこならば獣人お断りとはならないから、と。


 実際見回してみれば、獣人を連れて来ている人も結構いるみたいだ。

 それどころか、獣人たちだけという姿もちらほら見える。どうやら主人のお使いか何かで来ている獣人もそれなりにいるみたいだ。


 昨夜オレは「獣人不可の所には行けない」とジークに言ったのだが、こういう場所ならばもちろん大歓迎だ。

 ありがたい。


 それに、元々この都市の西門を通って出立する予定だったしな。

 少し遠回りにはなるかもしれないが、市を見て回りながら西門を目指せばいいだろう。西門を出たら乗合馬車に乗って王都まで行くつもりなんだが、その出発時刻にはまだまだ十分に余裕があるハズだ。


『で、トーヤさん! 何処から見て回ります?』


 どうやらラヴィはもうテンションが高まってきているらしい。


『あまりはしゃいで迷子にならないでよ、ラヴィ?』

『やだなファムってば。なるわけないじゃん。子供じゃあるまいし』


 ……うん。一番なりそうな本人には自覚無し、と。


『聞こえてますよ? そう言うトーヤさんこそ、スリとかには気を付けてくださいよ。こういう所には特に多いんですから。ほらっ、警告の立て札もこんなにでかでかと立ってますし』


 ラヴィが指差す先には文字らしきモノが赤く大きく書かれた立て札がある。

 いつもながらオレにその文字は読めないのだが、スリに注意、とでも書かれているんだろう。


『まあ、迷子やスリにはお互い気を付けるとして、まずは朝食かな』

『賛成です!』


 ラヴィがお腹を抑えながら即答してきた。


 そんなにお腹が空いているのか?

 昨夜は結構食べていたと思うんだが……?

 まあ、ここで食べようと思って、今朝宿で朝食は食べなかったからな。


 シクリには「えー。ウチで食べないんですかー」と残念そうに言われたが、口調はともかく、顔は笑っていたから何も問題は無いだろう。むしろお勧めの露店を教えてくれたので、まずはそこから覗いてみようかと思ってる。


『二人もそれでいいか?』

『ええ』

『はい』


 ファムとユオンも頷いてくれた。


『じゃあ、早速行ってみましょう!』


 そう言ってラヴィがオレを後ろから急かしてくる。

 いつもなら率先して前を歩きそうなのに、律儀にもこの国の流儀、奴隷は主の前を歩かないってヤツに従っているらしい。


 そう言えばジークは、「たまに掘り出し物が見付かることもあるよ」とも言っていたな。その辺の期待も含めて、西門に辿り着くまでの間、十分に楽しませて貰えそうだ。


 オレは三人を後ろに従わせるかのようにしつつ、人込みの中に入っていった。


 ◇


『これは……。ちょっと惜しいことしましたね』


 ラヴィが少し顔をしかめながら念話で呟いた。


『ん? 何が?』

『この猪の干し肉です。こっちの方が断然安いですよ。っていうか、この値段見ると、昨日アタシ達はぼったくられたんじゃない? って思えてきちゃいます』

『ワタシも今それ思ってた。昨日のあのハゲオヤジ! 安くするよ、って言ってたのに!』


 昨日の干し肉を売っていたオヤジの顔を思い浮かべ、思わず苦笑してしまう。

 オレには値札は読めないからな。

 昨日もファムとラヴィに言われるがまま金を出していただけだ。

 今目の前にある干し肉がいったいいくらで、昨日の干し肉との値段の差はどれくらいなのか……?


 二人の憤慨ぶりを見ると、ここはあえて聞かない方が無難なのかもしれない。


 朝食は各自好きなものを選んで食べてみた。

 オレはこの都市特産の岩塩で味付けされた野菜スープに黒パン、それに鶏の倍くらい大きなゆで卵。これは岩鳥という鳥の卵なんだそうだ。


 岩鳥? ロック鳥? まさかアニメやゲームで出て来るあの巨大な?

 ……ははは。まさか、ねぇ?


 味は、あちらの世界での鶏のゆで卵と大した違いは無かったかな。

 岩塩をほんの少しパラパラとまぶして、美味しく頂きました。


 ユオンはオレと同じメニューにしていた。

 どれでも好きなものを、と言ったのにな。

 少し前から思っていたんだが、ユオンは食べ物に対してあまりこだわりが無いというか、ほとんど気にしないというか……そんな感じがする。


 ファムとラヴィも野菜スープはオレと同じだが、ファムは朝鳥の串焼きを、ラヴィは回転させながら焼いた肉を削ぎ切りしたケバブのようなモノを追加していた。


 二人とも、ホント肉が好きだよなぁ。

 でも、朝から重くはないんだろうか……?

 そりゃあ、確かにとっても旨そうないい匂いが漂ってはくるんだが。


 朝食を食べ終わった後、飲食関係が立ち並ぶ露店を冷やかして回っていたら、ラヴィとファムはさっきの干し肉を見付けてしまったわけだ。


『何か悔しい!』

『だよね。悔しいからファム、こっちの干し肉も買っておく?』


 ――おい、ちょっと待て! なんでそうなる!


『二人とも。干し肉はもう十分あるよな? これ以上買っても余る……』


 いや、この二人がいるなら肉が余るなんて事はありえない?


『……ことはないかもしれないけど、荷物になるだけだって』

『そうかもしれませんけど……』


 とはラヴィ。


『でも、ねぇ……』


 とはファム。


 二人はオレの説得なんかで止まる気配はなさそうだ。

 話題を変えるしかないな、これは。


 そう思って何かネタはないかと周囲を見渡した時、三軒隣に面白そうなものを見付けた。


『おおっ! あれはもしかしてっ!』


 ちょっとオーバー気味に三人に念話を送りつつ、オレは人込みをかき分けるようにして目当ての所まで足を進めた。


 オレのすぐ後をユオンが、そして少し遅れてファムとラヴィが付いてくる。


 飲食関係の露店は、どうやらここでお終いのようだ。

 ここから先は武器とか狩猟道具を扱う露店が並ぶみたいだ。


 そんな中、オレはさっき見付けた道具を一つ手に取ってみた。


『何です、それ?』


 オレに追いついたラヴィが覗き込みながら念話で尋ねて来る。


 おや? 知らないのか?


『パチンコ……いや、スリングショットってやつだな。ここに小石とか小さな玉を挟んでゴムを引っ張って飛ばすんだ』

『ああ、以前《黒蜂》でも似たようなモノを使っている人がいたわ』

『そうだっけ?』

『ラヴィ、覚えてないの? ヤクモが使っていたじゃない』

『ああ! あれか!』

『仕組みは単純だからな。あちらの世界でも昔からある狩猟道具の一つだよ』


 オレにとっては、言ってみれば剣よりは馴染みのあるものだ。

 小さい頃は玩具として使ったこともある。

 もちろん、これよりもっと幼稚なものだったが。


 もしかしたら今後、何かの役に立つかもしれない。

 一応買っておこうか。

 ただし、狙ったまとにちゃんと命中させるには、それなりに練習しないといけないだろうが。


『……トーヤ様。ご購入されますか?』

『そうだな。そうしようと思うけど……』


 なんとなくだけど、ユオンの顔から微笑みが無くなっているような気がする。

 いや、口元はいつものように微笑んでいるみたいなんだが、目が笑ってないというべきか……?


『……もしかして、これを買うの、ユオンは反対なのか?』

『トーヤ様のなされることに異を唱えるつもりはございません。ですが、戦闘への参加は今後もできるだけ控えて頂けたら、と』


 ……なるほど。

 そういうことか。


 ユオンはアダンやアルテミスに指示され、オレの護衛役としてここにいるんだもんな。

 オレが戦闘に参加して危険な目に合う事は極力避けたいんだ。


『分かってるよユオン。できるだけ危険な真似はしない。それに付け焼刃じゃあ、きっとお前たちの足手まといになってしまうだけだからな』


 オレのその言葉に、ユオンは少し目を伏して黙ってしまった。


 いかんな。言い方がマズかったな。

 今のオレの言い方では嫌みっぽく聞こえてしまったのかもしれない。

 ちょっと反省しないと。


 嫌みを言うだなんて、そんなつもりは無いんだ。

 むしろ自戒のつもりだったんだ。


 それに、ユオンがそういうことを言う気持ちも分かっている。

 ユオンはオレの護衛というのもあるが、同時に心配もしてくれているんだ。

 分かってる。


 ……だけど、いざという時のために、少しでも戦力になっておきたいという気持ちも分かって欲しい。もちろんそんな時が来ないに越したことはないんだが。


 オレは無意識のうちに胸の所に手を添えていた。

 そこには、アンフィビオを発つ直前にシロから貰った黒い革の巾着袋がある。

 その中には狼人族の秘薬が入っている。


 最後の手段として使う薬。

 だけど、とても危険で、絶対に使うなと言われた薬。

 もしこれを使ったら、オレは……


 これを使わずに、全員無事にベルダートを抜けダーナグランの森へ行かなければいけない。そのために、可能性を少しでも上げたいんだ。


『ユオン。オレは……』

『トーヤ様のお気持ち、ちゃんと伝わっております。差し出がましいことを申しました。お許しください』


 そう言ってユオンは頭を下げた。

 再び顔を上げた時、そこにはいつもの微笑みがあった。


 ……そうか。

 念話の指輪を通じて、オレの思考がユオン達に漏れているんだ。

 今オレが考えていたことも伝わっていたんだ。


 ……こういうことなんだな。


 なんとなく、隷属の首輪による念話の指輪との相互作用で、主の意思を奴隷たちに伝わりやすくなることの意図が分かったような気がした。


 だからといって、意思が駄々洩れなことを容認する気にはとてもなれないが。

 普段は恥ずかしいだけなんだからさ。


 スリングショットと丸い金属製らしき弾を一袋買うことにして、露店の中年男性にお金を払う。


 袋の中には弾が二十個だそうだ。練習でもしたらすぐになくなりそうだが、こんなの、いくらあっても足りるわけがない。そこら辺に落ちている小石でもちゃんと当てられるように練習すべきだろう。


 そういえば以前、ユオンは小石を使って指弾をしてみせていたな。

 命中させるための何かコツみたいのがあるか、後で聞いてみよう。

 もちろん指弾とスリングショットが同じとは思わないが……


 その時、トンッと何かが軽くぶつかる衝撃と共に、左手のこうに痛みが走った。


 ――っ! なんだ?


 よろけながらも思わず引いた左手の甲を見ると、小指側の手首の方から人差し指に向かって裂傷ができていた。赤い血が腕を伝っていく。


 何かで切った……のか?

 そう言えば、何かが視界の端を走り去っていくような姿が見えたが、誰かとぶつかって切ってしまったのだろうか?


 血は出ているが大した傷ではない。

 痛みもさほどするわけじゃない。

 これだけ人が多いんだから、こういうこともあるのかもしれない。


 そう深く考えず傷を舐めておこうかとした時、左腰辺りに再びぶつかる衝撃がした。


「気を付けろよ、兄ちゃん!」


 威勢のいい声がして、十二、三歳くらいだろうか、小柄な男の子が駆けていく後ろ姿が見えた。通りには人が溢れているというのに、慣れているのだろう、すいすいと人込みの中をすり抜けていく。その身軽さにいたく感心してしまう。


『トーヤ様? どうかされ……ケガをされたのですか?』

『ああ。何かで切ってしまったみたいだ。でも大したことは……』


 オレの傍に足早に寄ってきたユオンは両手でオレの左手を取った。


『傷は、確かに大したことはありませんが……トーヤ様、剣は?』


 ――え?


 そう言えば何か腰が軽いような……

 左手をユオンに握られていたので、オレは右手で左腰辺りを探った。

 そこにあるべきハズの剣が無いことに気付くまで数秒。


 ――やられた!


 そうか。オレの手を傷つけたのは一人目がナイフか何かで剣帯けんたいを切り裂いた時のモノ。そして二人目がすかさずオレの剣を奪って走り去ったんだ。


 なんて絶妙なコンビネーション……って、感心してる場合じゃない。

 すぐに追わないと!


 オレが口を開くより先に、ユオンの念話が頭に響いた。


『ファム、ラヴィ! トーヤ様の剣が奪われました。さっき通り過ぎていった子供だと思われます。すぐに追ってください。わたくしはトーヤ様と後から追いかけます。逐次念話で連絡を』

『分かった!』


 ラヴィの念話が聞こえた時には、もう既に二人とも走り出していた。





いつも読んでいただき、ありがとうございます!


次話「126. 支える手」

どうぞお楽しみに!



★おまけ★

作者  「ね、ね、トーヤ」

トーヤ 「何?」

作者  「『千夜一夜物語』で有名なシンドバッドの話に出てくるロック鳥って、英語で Roc っていうんだよ?」

トーヤ 「へぇー。で、それが何?」

作者  「岩鳥をそのまま英語にすると rock bird だね」

トーヤ 「オレだってあちらの世界じゃ大学生なんだ。それくらい分か…………え?」

作者  「なので、全然別モノです。安心して食べていいからね?」

トーヤ 「……なんかオレ、恥ずかしくね?」

作者  「大丈夫! それは気のせいじゃないから!(きっぱり)」

トーヤ 「――おい!」




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