121. 緊迫の裏側
「貴様ァーー!」
警備兵たちの中で一番の年長者らしき茶髪の男が叫びながら腰の剣を抜く。
それに倣うかのように、他の五人の警備兵たちもすぐさま剣を抜き、路地いっぱいに広がるようにして戦闘態勢を取った。
オレが殴り飛ばした金髪男は、その後ろの壁際で顔を押さえてうずくまっている。どうやらこの戦闘に参加しないみたいだ。
「何をしやがるっ! せっかく見逃してやったっていうのに! しかも不意打ちとは卑怯だぞっ! 恥を知れ!」
茶髪男が怒りの形相でそんなことを宣いやがった。
恥を知れ? 卑怯だ? どの口がそれを言うんだ?
何をしやがるだって? それはこっちのセリフだ!
しかも、見逃してやった、だと?
その〝上から目線〟が、さらに拍車を掛けてオレの頭に血を上らせる。
目の前の男たちを強く睨みながら、オレは腰の剣に手を伸ばした。
剣を握りしめた時、剣の柄頭に横からそっと手を添えられた。
視線を向けると、いつの間にか隣にはユオンが立っていた。
イヌ耳の少女は何も言わず、ただゆっくりと首を横に振る。
ユオンだけじゃない。
右からファムが、左からはラヴィが進み出てきて、オレの数歩前に立つ。
ファムの両手には既にトレンチナイフが握られている。
両手の拳を覆うナックル部を打ち合わせ、カァ―ンカァ―ンと音が路地に響く。
ラヴィは紅い長槍ヴァルグニールを大きく数回振り回した後、腰を少し落としながらその刀身を相手に向けて構えた。
『……結局、こうなるのね。なんとなく、そんな予感はしてたけど』
念話の声が頭の中に響く。
言葉を発したのはファムだ。
……けど、何でだろう?
今の念話の声からは、怒りの感情が全くと言っていいほど感じられなかった。
気のせいかもしれないが、後ろから見る彼女の尻尾はむしろ楽し気に揺れているようにさえ見える。
『アタシの言ってた通りになっちゃいましたねー。アタシもそういう予感がしてたんですよー』
ラヴィもだ。
その念話の声からも、ピンッと伸びたウサ耳からも、どことなく楽し気な雰囲気を感じる。あんなことされて、めちゃくちゃ不愉快で悔しい思いをさせられて、さっきまでとても怒っていたハズなのに。
もしかして、自分の手で仕返しができると喜んでいる?
いや、違う。そんなんじゃない……と思う。
だってもしそうなら、声色にはもっと怒りが含まれているハズだ。
『こうなってはもう、仕方が無いでしょう』
ユオンまで……
三人とも、何て言うか、ちょっと嬉しそう……?
『むふふふ。今度はアタシのせいじゃないですよね? ね? トーヤさん?』
『あら、そうでしょうか。貴女がちゃんと避けてさえいれば、トーヤ様も怒らずに済んで、全て丸く収まっていたのではないでしょうか?』
『――なっ!? これもアタシのせいなの!?』
『確かに、それは言えるわね』
『えー! ファムまで!?』
『不意だったとはいえ、あの程度の動き、避けられなかったアンタが悪い』
『全く以てその通りだと思います』
『何ソレ! じゃあ! ファムとユオンなら、アレ、避けられたって言うの!』
『『もちろん!』』
『……うそん』
『仮にもC級ハンターなら、それくらいはできて当然です』
『そうね。ワタシもユオンの言う通りだと思うわ』
『うわっ! 酷っ! せっかく一生懸命頑張って我慢したアタシへの扱いが酷過ぎるぅー!』
六人の警備兵たちと対峙し、見た目は非常に緊迫している状況だというのに、その裏で交わされているのがこの念話?
何なんだろう、これはいったい。
『えっと、お前たち……?』
『まったく、バカなんだから、トーヤは』
――ぐっ!
ファムにいきなりダメ出しされた!?
『ホントに仕方が無い人ですね、トーヤさんは。せっかくアタシがあんなに我慢してたのに、それを全部ぶち壊すんですから。〝短気に勝る損は無し〟って言うじゃないですか。気を付けないとダメですよ?』
――うぐっ!
聞いたことない、そんな言い回し。
この世界でのモノなのか?
っていうか、短気の代名詞であるラヴィに、まさかそんなことを言われる日が来ようとはっ!
『……聞こえてますからね?』
おっと、そうだった。
オレの思考は三人に駄々漏れだったんだ。
『トーヤ様は何もお気になさらず。悪いのは全てラヴィということで結論が出ましたので』
『ちょっ!? ユオン! トーヤさんとアタシとの、その扱いの差はなんなのー!』
正面にはじりじりと迫って来る警備兵たち。
それに対し、それぞれの武器を構えて相手を睨みつけるファムとラヴィ。
衝突はもうすぐ目の前だというのに!
見た目は肌がひりつく程の凄まじい緊張感漂う場面だというのに!
なのに!
はぁあ……
何か脱力してしまって、オレは握っていた剣から手を離した。
何て言うか、一人で怒ってたオレはバカみたいじゃん?
……確かにさっき、ファムにもそうダメ出しされたけどさ。
『そんなことはございません』
漏れていたオレの思考に、ユオンがすぐさま答えてきた。
真っ直ぐ前を向いているユオンの横顔は、なんだか少し微笑んでいるようだ。
『ラヴィもファムも、そしてもちろんわたくしも。トーヤ様が怒ってくださったからこそ、今この場に笑って自ら立っているのです』
『……えっと? それってどういう……』
どういう意味かと尋ねようとしたが、どうやらそんな余裕はもう無かったらしい。
にじり寄ってくる警備兵たちとの距離はもうほんの僅かだ。
ファムとラヴィの緊張感が高まっているのが分かる。
『トーヤ?』
『トーヤさん?』
『トーヤ様。よろしいですね?』
ファムが、ラヴィが、そしてユオンが、オレに問うてくる。
恐らくこれが最終確認、ってことだろう。
自分の行動を改めて振り返ってみれば、確かにやっちまった感は否めない。
でも、あんなことされて、それでも耐えに耐えている三人を見たら、もうとても我慢なんかできなかったんだ。
そもそも何で我慢なんかしてるんだオレ? って感じになって、気が付けば体が勝手に動いちまったんだ。
だけど、そのことに後悔なんてしてない。
『覚悟は決めた。どうせさっさと横切るだけの国だしな』
もしかしたらアンフィビオの人達にも迷惑を掛けてしまうかもしれない。
世話になった人たちなのに非常に心苦しいが、そこはもう、謝り倒すしかない。
償いが必要であれば、オレにできることなら何だって協力もする。
それも含めて、覚悟を決めた。
ファム、ラヴィ、そしてユオンへと視線を巡らせる。
『オレの短気でみんなに迷惑をかけてしまって申し訳ないが、三人とも、付き合ってくれよな?』
『もちろんです!』
『そんなの、今更でしょ』
ラヴィとファムの笑いを含んだ声が頭に響く。
ユオンがオレの方を向き、たおやかに微笑む。
『わたくし達は、トーヤ様に付いていきます』
そしてオレを覗き込むように見上げて来る。
ユオンのその雰囲気がいつもと違うことに気が付いた。
『だって私たち、トーヤの奴隷だもんね』
普段は決して出さない砕けた口調に、小悪魔的なウィンクを添えて。
ひさびさに見る、完全にメイドの仮面を外した素顔のユオンがそこにいた。
オレの前に立つ二人の少女に向かって警備兵たちが剣を振り上げる。
『じゃあ、遠慮はいらないってことで!』
ファムとラヴィが迎え撃つ。
ファムがトレンチナイフの刃先を一舐めするのが見えた。
ラヴィが長槍を引き、低く構える。
『あ、ラヴィ……』
『《爆砕》は禁止、ですね。分かってます! こんな奴らに必要無いですよ!』
そしてネコ耳少女は相手に向かって突進し、ウサ耳少女は渾身の力で長槍を薙ぎ払った。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
次話「122. お尋ね者ルート脱却」
どうぞお楽しみに!