119. メルフィダイムでの受難
山道で穴猿たちと思わぬ戦闘をしてしまってから三日。
山を越えたオレたち四人は大きな都市に到着していた。
ちなみにあの時聞こえた声については結局何も分からなかった。
声が聞こえたのはオレだけ。しかも聞こえたのはあの一回だけなんだから、もうどうしようもない。
特に何か問題が起こったわけでもなさそうだし、気のせいだったとして忘れることにした。
ここは城塞都市メルフィダイム。
ベルダート三大都市の一つであり、王都には及ばないまでも、かなり大規模な都市なんだそうだ。
ここまでの道すがら、この都市についてユオンから色々と教えて貰った。
この都市の歴史はとても古く、元々は岩塩の採掘で発展した町なんだそうだ。
狂暴な獣や略奪をしかけてくる蛮族たちから町を守るために壁を建設し、町が大きくなるたびに強固な壁になっていったのだとか。
塩で莫大な利益を生み出していたことから人もどんどん集まり、自ずと物流も拡大し、それに伴い周囲の街道なども急速に整備が進められ、メルフィダイムは商業的にも重要な拠点となっていく。
そうなるとそこを狙うのは獣や蛮族だけじゃなくなってくる。
近隣諸国からも狙われだし、さらに壁は高く強固なものへと変貌していった。
実際今じゃあ、二十メートルくらいありそうな、高くそびえる灰色の壁が南北に伸びている。
大昔の話だそうだが、この都市を巡る近隣の国との争いはかなり熾烈なモノだったとか。
ユオンは明言しなかったが、その近隣の国って、位置的に言って、たぶんアンフィビオ王国のことだよな?
アダンやアルテミスの先祖たちがこの都市を欲して、戦争を含め、あの手この手と色々しかけていたということか。アンフィビオ王国とベルダート王国が、あまり仲がよろしくない理由の一端が垣間見えた気がするよ。
ついでに付け加えると、今の領主はデュークィン・メルフィダイム侯爵というんだそうだ。
かなり階級意識が高く、非常に気性の荒い人物なんだとか。
とてもじゃないが、絶対に近寄りたくない人物みたいだ。
まあ、通り過ぎるだけのオレたちにはあまり関係の無い話だが。
メルフィダイムに着いたオレ達は、屋台で売られていた黒パンとスープで軽い昼食を済ませ、食材などの補充を始めた。
ちなみに昼食で食べたスープは、具は野菜だけ、味付けは塩だけという非常にシンプルなモノで、黒パンを浸して食べたんだが、予想に反して結構旨かった。これはやはり、この都市特産の岩塩を使っているからなんだろうか?
なので岩塩も購入リストに加えられた。
後日ユオンが味の再現に挑戦してみるそうだ。
他には日持ちする干し肉やドライフルーツなどの乾物や香辛料などなど。
食材以外にも細々とした消耗品などを購入し終えたオレ達は、一旦大通りから路地に入ることにした。この後の行動について話をするためだ。
大通りは人の行き来が結構激しいからな。
そんなところで四人が立ち止まって話し込んでいては邪魔になるのは目に見えている。
路地に入るとき、なんとなくオレは一度大通りを見渡してみた。
アンフィビオの王都の大通りも、ここも、人の多さや店の多さ、そして活気にあふれた賑わいに大して違いはない。国は違っても、そういうところはあまり違いは無いみたいだ。
違いがあるとすれば、それはやはり獣人だろう。
アンフィビオも人族に比べれば獣人の数はそれ程多くは無い。
せいぜい一割から二割といったところだろうか。
ここはもっと少ない。ほとんど獣人の姿は見られない。
それでも極々稀に見かけることはあったのだが、皆一様に粗末な服装と生気の失せたような暗い表情をしていた。
そしてなにより、皆同様の黒い首輪をしていた。一人も例外無く。
そう。
一人の例外も無い。
獣人であるファムも、ラヴィも、ユオンも、同様の首輪をしている。
奴隷の証である、隷属の首輪だ。
この国では、奴隷じゃない獣人はいない。
これが、ベルダート。
人族至上主義の国。
『……トーヤ? どうしたの?』
後を歩いていたファムに念話で声を掛けられた。
ファムもラヴィも、そしてユオンも、このメルフィダイムに入ってから一度も声を発していない。会話は全て念話で行っている。
どうやらここでは、獣人が人族に声を掛けるというのは憚られるらしい。
ファム達三人もそれに倣っているようだ。
『いや、何でもないよ』
そう念話を返しながらオレは路地の奥へと足を進めた。
三人がオレの後ろに付いてくる。
会話だけじゃない。
ここでは三人とも決してオレの前を歩かない。
奴隷は主の後を歩くもの。
主に付き従うものだからだ。
やはり、この国にオレは馴染めそうもない。
こんな国は早々に立ち去るのみだ。
路地に入って少し進んだ時だった。
「おい、そこの黒髪の男!」
ふいに後ろから声を掛けられた。
ちらっと横目で視線を向けると、そこには七人の男たちがいた。
何かの金属と思われる青みがかった黒い胸当てと、腰には剣。
七人とも全員同じ格好をしている。
『恐らく、この都市の警備兵だと思われます』
ユオンから念話でそう教えられた。
警備兵?
それが何でオレ達に?
特に不審な行動を取った覚えはないのに。
「こいつらはお前の奴隷か?」
少し背の高い金髪の男が七人の中から一歩抜き出してきて、少しにやけた顔と高圧的とも思える口調でそんなことを言ってきた。
……分かっていたさ。
そう。分かっていたことなんだ。
けど、それでも、ファム達を奴隷呼ばわりされることに良い気はしない。
正直、そのにやけた面を一発でいいから思いっきりぶん殴ってやりたい。
……いや、できれば二、三発。
更にできれば、ケリも入れてやりたい。
『トーヤ様。分かっていらっしゃるとは存じますが、無難に納めてくださいませ。わたくし共は大丈夫ですので』
オレの心情を敏感に察したのだろう。
ユオンが念話でオレにそう語り掛けてきた。
分かってる。
相手がどんなに失礼でも、非礼でも、無礼でも、できるだけ穏便にだ。
相手がどれだけ品が無かったとしても、都市の警備兵と無暗にやり合うことは避けるべきだ。
分かってる。
オレたちと彼らでは根っこの常識的な部分が違うんだ。
それが原因なんだから。
オレは彼女たちを大切な仲間だと思っている。人族と獣人に上下なんかない。どちらも同じ「人」なんだと思っている。
でも、このベルダートは人族至上主義の国。人族と同じ言葉を話し、姿形が似ていようとも、獣人は獣と同じ下等な生き物扱い。見下す存在。
だからこそ、オレはこの国に入る直前に彼女たちをオレの奴隷とした。
苦肉ではあるが、彼女たちをオレの所有物とすることで、不当に彼女たちを傷つけることから守るために。
それが、彼女たちと共にこの国を横切るための唯一の手段だから。
「おい! 聞いているのか!」
オレは気持ちを落ち着かせようと、一度大きく息を吐き出してから、声を掛けてきた男の方に向き直った。
無難にだ。穏便にだ。平和的にだ。
そのために、頑張れオレのポーカーフェイススキル! フル活動だ!
「……私でしたか? それは失礼しました。おっしゃる通り彼女たちは私の連れですが、それが何か?」
ささやかな抵抗をしつつも極めて温和に応えることができた……と思う。
大丈夫だよな?
引きつってないよな、オレの顔。
オレの横でユオンとファムが軽く頭を下げ、彼らに礼を執る。
それを見てラヴィも慌てて二人に倣った。
三人とも頭を下げ、視線を下に向けたまま元に戻そうとしない。
……よく分からないが、そういうものなのか?
男たちがにやにやした顔で何かひそひそと話している。
声が小さすぎてオレにはその内容は聞こえない。
……聞こえないが、あのにやけ面からは、あまりいい感じはしないな。
無難に、そしてあまり長引かせないようして、早々に立ち去った方がよさそうだ。
「お前、見ない顔だな。この辺の者じゃないな?」
再び金髪の男がオレに声を掛けてきた。
「はい。旅をしている者です。つい先日この国に入ったばかりでして」
「ほお? ベルダートの前は何処にいた?」
「アンフィビオ王国です」
「……なるほど。アンフィビオか」
オレと対話していた金髪の男が、再び後ろの男たちとひそひそと何か話をし始めた。
……なんだろう、これ。
あまり良い予感がしない。
っていうか、悪い予感しかしないんだが。
逃げちゃったほうが良くないか?
いや、だめだ。
都市の警備兵相手にそんな不審な態度を取ったら絶対に追い掛け回される。
ヘタしたら何かの犯罪者扱いだ。
オレ達は何も悪いことなんかしてないのに。
オレが対応を迷っている間にひそひそ話は済んだらしい。
金髪の男が口を開く。
「お前、アンフィビオのスパイだな?」
――は?
一瞬頭の中が真っ白になった気がした。
ちょっと待て。
なんでそうなる。
何がどうなったらそうなるんだ?
いきなりにも程があるだろう!
冤罪にも程があるだろう!
思わず口から飛び出しそうになった怒声を何とか呑み込んだ。
「い、いやいやいや。滅相も無い。私は彼女たちと旅をしているただのハンターですよ」
「ハンターだぁ? ならプレートを見せてみろ」
ハンタープレートには名前とクラスなどが記されていて、この世界では身分証明書代わりになる。
オレは言われるがまま、首に掛けていたハンタープレートを男たちに向けて見せた。
「名前は、トーヤ? ほお、C級か。見かけによらず優秀じゃないか」
「それはどうも」
……見かけによらず、は余計だよっ!
とは流石に口にしなかった。
実際の所、アイツの支援魔法なくしてC級なんて、おこがましい話なわけだし。
「なるほど。確かにハンタープレートは本物のようだ」
どうやら判って貰えたらしい。
おかしな冤罪を被せられずに済んで良かった。
……と思ったオレを誰が責められるって言うんだ?
「ということは、スパイをしてこいという依頼を受けてこの国に来たハンターってわけだ」
――おいおいおいっ!
「ちょっ――!」
「まあ、待て待て。グリバード」
思わず抗議の声を上げそうになったオレの言葉を遮るように、グリバードと呼ばれた金髪男の後ろにいた茶髪の男が口を挟んできた。
「証拠もなく決めつけちゃいかんだろう。なあ、ハンターの兄ちゃん」
セリフの前半には非常に同意するが、それをにやにやしながら言われると、なんとなくオレの頭の中で警鐘が鳴り響いてしまう。
がっしりとした体格に無精ひげ。
この七人の中では一番の年長者に見える。
でも、まともそうなことを言ってはいるが、こいつも何か怪しい。
っていうか、こいつら全員怪しすぎる。
そもそもホントに警備兵なのか? と、そこからして疑いたくなってくる。
「なあ、兄ちゃん。俺達はお前さんがアンフィビオのスパイじゃないかと疑っている。だからこれからお前さんを連行して尋問しようと考えているわけだ。たっぷり時間をかけて、お前さんが正直に全部白状するまで、な」
このやろう……
何が何でもオレをスパイに仕立て上げようって言うのか?
しかも、正直に白状するまで?
それってつまり、オレがスパイじゃないと言い張っているうちは釈放しないってことか?
「でな、物は相談なんだが。俺達もそんなに暇じゃねぇんだ。都市の見回りは俺達の大事な任務だ。疎かにはできねぇ。お前さんにいつまでも関わっているわけにはいかねぇのさ。お前さんだって連行されて辛く苦しい尋問を受けるなんて嫌だろう?」
……何が言いたいんだ、こいつは。
「そこで、だ。証拠を見せてくれねぇかな? お前さんがスパイじゃないって証拠を、さ」
スパイじゃない証拠?
そんなもの、頭っから疑っている人間に何を見せれば証拠になるって言うんだ?
「……判んねぇかな? 俺達に対する誠意と言い換えてもいい」
……誠意? もしかして、賄賂を要求されているのか?
因縁を付けてきて、見逃す代わりに金を要求する?
正直ふざけるなと言いたいところだが、ここは平和な日本じゃないんだ。
少々……いや、かなり理不尽だとは思うが、穏便に済ますなら、そういうことだってアリなのかもしれない。
幸い、金銭的にはいくらか余裕がある。
彼らに金貨一枚ずつでも握らせて、この場をやり過ごす方が賢明か。
だが、オレの考えはまだ甘かったみたいだ。
彼らの本当の要求はそんなものじゃなかった。
オレの耳を疑うようなことを、次の瞬間茶髪の男は口にしたんだ。
「そいつらは、お前さんの奴隷なんだろう? お前さんの所有物ってわけだ。それを俺達に一晩貸してくれれば、それをお前さんの誠意として、ベルダートに敵意は無いと受け取ることにするよ。つまり、お前さんのスパイ容疑も晴れるってわけだ。なぁーに、たった一晩だ。明日にはちゃんと返すさ。どうだ? 悪い話じゃないだろう?」
――っ!?
……今、なんて言った?
一晩、貸せ……だと?
彼女たちを?
この三人を?
………………ハハ、アハハハッ!
ブチ殺して、いいかな、こいつら?
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
作者 「『良い』に一票!」 (´∀`)ノ(笑)
次話「120. 許せる事、許せない事」
どうぞお楽しみに!