117. 穴猿たちの襲来[前篇]
第五章、始まります!
「さあ、どうぞトーヤ様。召し上がってくださいませ」
クラシカルなメイド服に身を包んだイヌ耳の少女ユオンがにっこりと微笑む。
その手に持つ木皿の中には、皮を剥かれ、綺麗に切り揃えられた果物が並んでいる。
とっても甘そうないい匂いが漂って来る。
きっとこれは美味しいんだと思う。
でも……でもさ。
今、そういうことしてていいんだろうか?
オレはチラッと視線を周囲に向けてみた。
「そちらは気にされなくても大丈夫ですよ。ささ、どうぞ」
木皿を近付け、その魅惑的な匂いでオレの視線を強制的に戻すユオン。
その上で、何処から取り出したのか、木串を満面の笑顔で差し出してくる。
「あ、ああ。ありがとう、ユオン」
その笑顔に釣られて思わず木串を受け取ってしまった。
そうなると、やっぱ食べないわけにはいかないよな。
とっても旨そうだし、せっかく切ってくれたんだし。
……例え周りの状況がどうであれ。
オレは比較的小さな一切れを選び、串に刺してみた。
おっ! すっごく柔らかいんだ。
落とさないよう気を付けながら、ゆっくりと口に運ぶ。
真白い果肉を口にした途端、舌の上で溶けていくような感触。
果実の濃厚な甘味が口いっぱいに広がってくる。
おお! すっげぇ旨い!
「いかがでしょう? お口に合いますでしょうか?」
ユオンの言葉に、オレは素直に頷く。
「ああ、とっても美味しいよ。これの名前、何て言うんだっけ?」
ホント、感動的な美味しさだよコレ。
あちらの世界で言うと、何だろう?
桃? いや、マンゴーの方が近いかも。
とりあえずもう一つ頂いちゃおうかな。
いいよね?
周囲が騒がしいのは、とりあえず置いとこう。うん。
「バーゼスでございます。本来このバーゼスという果実は、流水などで冷やしてから召し上がって頂くことで、より一層甘味が引き立つのですが。申し訳ございません。今はあいにく冷やす手段がございませんでした」
「いやいや、十分に美味しいよ。ありがとうユオン」
「お気に召して頂けたようで、何よりでございます」
メイド服着たイヌ耳少女がたおやかに微笑む。
それは、なんかとっても贅沢なひと時を味わっている気分。
そんな気分に酔いしれながら、更にもう一切れ手を伸ばした時――
「少しはこっちも気にしてくれませんか? トーヤさん?」
やや不機嫌そうな声がオレの耳に飛び込んできた。
串をバーゼスに突き刺したまま止まってしまうオレの手。
ゆっくりと視線だけを声のした方へ向けると、そこには投げつけられた岩を大きくバックステップして避けるウサ耳の少女ラヴィの姿があった。
あ……いっけねぇ。
バーゼスがあまりに旨くて、一瞬とは言え、今のこの状況を完全に忘れちまっていたよ。
……ってことは秘密にしておこうかな。うん。
「しっかり聞こえてますよ、念話で」
何かフォローしようと思ったのに、更に不機嫌を増したようなラヴィの声が聞こえてきてしまった。
おっと。いかんいかん。
どうやらオレの秘めていたハズの心の声は、念話の指輪を通じて彼女たちに伝わってしまったらしい。
声を発せずにこちらの意思を相手に伝える念話という手段は非常に便利ではあるが、こんなふうに意図せずして相手に伝わってしまう場合もあるのか。
ちょっとした新たな発見だな。
以後気を付けよう。
それはともかくとして……
オレは改めて周囲に視線を向けた。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう?
「理由は、火を見るより明らかだと思いますが?」
オレの疑問に、間髪入れずにユオンが答えた。
ん? あれ?
今オレ、口に出してた?
それともまた勝手に念話でユオンに伝わった?
「一度、ちゃんとはっきりきっぱり言って差し上げた方が彼女のため、そして今後の我々のためだと思いますよ、トーヤ様? ヘタに遠慮していると、いつまでたっても気付かないですから、この直情脳筋おバカさんは」
「なにおーー!」
ユオンはオレの隣で澄ました笑顔を見せながら、全くこれっぽっちも遠慮も躊躇もなく、そう毒を吐いた。
そして間髪入れずに、振り向きながら抗議の声を上げるラヴィ。
今、ユオンはラヴィの名前を口にしなかったハズなのに。
ああ、そうか。
直情脳筋おバカというのが、自分のことだという自覚があったのか。
「そのバーゼスはアタシが取ってきたのに! 何かアタシの扱いが酷くないですかっ!」
うん。それは感謝してる。
こんな旨いものを取ってきてくれたことには、ね。
でも、さ。
「ならば言わせていただきますが、貴女の思慮も配慮も全く無い行動がこの状況を招いたこと、自覚ございます? ああ、それ以前に思慮と配慮の言葉の意味、ご存知でしょうか?」
うわぁ。ユオンの毒舌が止まらない。
普段はシックなメイド服が良く似合う清楚系の女性を演じているというのに、どうやら今はその仮面が剥がれかけてしまっているようだ。
澄ました笑顔は絶やしてないけれど、これって目は笑ってないってやつだ。
むしろ冷ややかさが加わって怖さが五割増しとなっている気がする。
「それくらいアタシだって!」
「やかましい! いいから口を動かす余裕があるなら手を動かしなさい、ラヴィ! 相手はまだ三十匹くらいいるんだから!」
まるでラヴィの反論を打ち消すかのように、ネコ耳の少女ファムの苛立ちを含んだ怒声が響く。
薄々そうじゃないかとは思っていたが、どうやらファムもご機嫌が斜めらしい。
無理もないと思いつつ視線をファムの方に向けた時、毛むくじゃらで二足歩行の獣が二匹、両手で持った棍棒をファムの頭目掛けて振り下ろしていた。
だが、それをまともに喰らうようなファムじゃない。
相手の動きははっきりと見えているらしく、最小限の動きだけでその攻撃をあっさりと避けていた。
流石、ファム!
その流麗とも言える動きには、まだまだ余裕があるように見える。
実際、ファムが本気で全力を出して動けば、スピード強化の魔法を受けていない今のオレでは目で追えなくなるだろう。彼女がそれ程の素早さを持っていることを知っている。
空を切った奴らの棍棒が地にぶち当たる。
その直後、ファムは体を回転させ、遠心力を乗せた右脚で一匹を蹴り飛ばし、さらにトレンチナイフをはめた拳でもう一匹を殴り飛ばした。
「もう! 切りが無い!」
そんな悪態をつきながらも、ファムは近付いてきた別の一匹の懐に素早く飛び込み、低い体勢から全身のバネを活かして突き上げるように相手の顎を拳で打ち抜く。
ファムとラヴィの周りには倒された獣たちが散乱している。
だがその向こうでは、まだまだ多くの獣たちがわらわらと押し寄せて来る。
棍棒を持った奴、両手に石を持った奴、さらには槍の様に先のとがった細長い棒を持った奴までいる。
ファムの言う通り、全くもって切りが無い。
いったい全部で何匹いるんだ、この穴猿ってやつは!
クロやシロに見送られながら、国境を越え、ベルダートに入って今日で六日。
ダーナグランの森を目指し、ベルダートを横切るべく、オレたちは街道をひたすら西へと進んできた。
その間にも小さな宿場町のようなモノがあったが、先を急ぐオレたちは多少食料などを補充しただけで早々に後にし、山道へと足を進めた。
オレたちは今、その山道にいる。
山道と言っても人の手で切り開かれた街道だ。物流もそれなりにあるのだろう。幾千もの人や馬の足で均された道は、まるで舗装されたかのように歩きやすくなっている。
周囲は緑豊かな木々に囲まれ、時には鳥のさえずりも聞こえてくるような、とても長閑な風景だったんだ。
それが今じゃ一転。
長閑という単語とは遥かにかけ離れた、むしろ真逆とさえ言ってもいい程の状況になってしまっている。
他に人の姿は見えない。
不幸にもこんな状況に巻き込まれてしまった人は他にいないことが、せめてもの救いと言えるのかもしれない。
街道を埋め尽くし、オレたちの行く手を塞いでいるのは、穴猿と呼ばれる黒ずんだ体毛に覆われた人型の獣たち。体長はオレより低く、見える範囲での一番大きい奴でもせいぜい百五十センチくらいだろうか。
少し離れた所にいる奴らからキィーキィーといった鳴き声が聞こえて来る。これが奴ら流の威嚇の声なのかもしれない。その口元には鋭い牙も見える。
しかしその穴猿たちも、何も突然オレたちを襲来してきたわけじゃない。
この襲来の原因は紛れもなくラヴィにある。
言ってみれば、ラヴィが穴猿たちを呼び込んでしまったんだ。
「だから! アタシのせいじゃないですっ! 悪いのは全部全部ぜーんぶ、穴猿たちなんですっ!」
またオレの思考が念話で漏れ出ていたのかもしれない。
ラヴィが紅い長槍ヴァルグニールで、目の前の穴猿を二、三匹まとめて薙ぎ払いながら叫んでいる。
「貴女が、この穴猿たちをここまで引き連れてきたんですよね?」
ユオンの声が極寒の冷気を纏っていらっしゃる。
確か、今は夏じゃなかったっけ?
汗ばむほどの陽気だったハズなのに、オレの体がブルッと震えた気がしたのは気のせいだろうか?
「そ、それは……」
ラヴィがすぐに答えられず言い淀んでいる間に、穴猿の一匹が大きく回り込んでこちらに近付いてくる。
それに気付いて、オレは思わず腰の剣に手を伸ばした。
だが、ユオンがそれを制するように左手を軽く上げる。
「トーヤ様が剣を取る必要はございませんよ」
そう言ってにっこりと微笑みながら、バーゼスの載った木皿を差し出してくるユオン。
オレがそれを受け取ると、少しかがんで足元に落ちていた小指の先ほどの小さな石を拾い上げた。
そして、こちらに向かってきている穴猿に視線を向けると、一瞬目を細め、右手に握り込んでいた小石を親指ではじき飛ばした。
その動作はゆっくりとして優雅にさえ見えたが、飛ばされた小石は違う。
小石の軌道はあまりにも速く、オレの眼には見えなかった。
ギャアーという悲鳴のような声が聞こえ、穴猿が仰け反る。
どうやら額に当たったらしい。
そこへ無造作に近付くユオン。
徐に体を回転させて相手に背を向けたかと思うと、更に体を捻りながら右脚を振り上げて踵で相手の腹を蹴り飛ばした。
そして居住まいを直し、オレに微笑みを向けて来る。
う、わぁ……ぉ。
濃い紺色を基調としたクラシカルなエプロンドレスに身を包まれたイヌ耳メイド姿の佇まいと、その直前の行動のギャップが凄ぇ。
「……です」
ん?
ラヴィが何か言ったようだが、声が小さくてよく聞き取れなかった。
「ラヴィ?」
「だから! トーヤさんに美味しいバーゼスを食べて貰おうと、いっぱいいっぱい取ったんです! 高い所にあったやつとかも、頑張っていっぱい取ったんですっ!」
うん。ラヴィのその気持ちはとても嬉しいと思う。
バーゼスは本当に美味しかったし、そうでなくともオレのため、と言われれば悪い気はしないものだ。
でも……
「なのに、こいつらがそれを横取りしようとするから!」
そう叫びながら穴猿の頭部を長槍で力任せに殴りつけるラヴィ。
……だから穴猿たちと争いを始めてしまったと。
穴猿たちは野生の獣なんだし雑食だそうだから、そりゃあ目の前に旨そうな果実があれば食べようとするだろうよ。さらに言えば、縄張り意識だって当然あるだろうし。
しかも、まだ続きがあるんだよな?
オレの心の疑問に答えるかのように、ユオンの声が静かに響く。
「……で? 争いになって、腹いせに穴猿たちの巣穴を、そのヴァルグニールで木端微塵に吹っ飛ばしてきた、と?」
「違っ! ……あ、いや、吹っ飛ばしたのは確かなんですけどぉ」
違わないじゃん。
「ち、違うんです! 聞いてくださいトーヤさん! 別に腹いせとかじゃなくって、こいつらがアタシが取ったバーゼスをほとんど全部、巣穴に持って帰って隠しちゃったから。だからちょっと脅してやろうと」
「……で、ヴァルグニールの《爆砕》で、穴猿たちの巣穴を全部潰した、という事ですね?」
ラヴィのセリフを引き継いで、ユオンがまとめてくれた。
とってもとっても冷ややかな声で。
うん。そりゃ怒るわ獣たちも。
改めて聞いても頭痛いな。
ちなみに《爆砕》というのは、ラヴィが持つ紅い長槍ヴァルグニールに付与されている、突いた相手を爆散する機能のことだ。使用者の意思に応じて作動する魔法陣が中に組み込まれているらしい。
何度か使用するところを見せて貰ったこともあるが、自分よりでかい大岩さえも粉々に吹き飛ばしていた。人に向けて使うのは絶対に厳禁だと言ってある非常に危険極まりない代物だ。
「それに、こいつらの巣穴があんなに脆いとは思わなくって……」
そういう問題じゃないと思うんだが……?
穴猿たちからしてみれば、ラヴィは突然現れて自分たちの縄張りを荒らし、美味しい食い物を奪っていくだけでなく、住処まで破壊してくれた災厄の存在、言ってみれば魔王のような存在なのかもしれない。
なんか、穴猿たちに加勢したくなってくるのは……気のせいか?
お久しぶりですございます。m(__)m
前話の後書きにて、後半は別作品として……なんて書きましたが、
ちょっと撤回して、続けて更新させていただこうかと思います。
またお付き合い頂ければ嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします!




