116. 仲間と共に
ラヴィとファムにも奴隷の儀式とやらを行った。
もちろん立ったままでだ。
後ろを向いてもらい、隷属の首輪のプレートに触れた。
そしてもちろん、二人には御寵愛云々というセリフは言って貰ってない。
……ユオンのあのセリフには、たじろぎながらも、少しばかりドキドキしてしまったことは秘密だ。そして、二人に言って貰わなかったことが、ちょっと残念だなんて全然思ってないよ? ホントだよ?
「トーヤ君」
奴隷の儀式が終わるのを見計らっていたのか、シロがオレに声を掛けてきた。
「君に、これを渡しておくよ」
「シロ! それは!」
シロがオレに差し出したのは黒い革の巾着袋のようなものだった。
だが、それ見てクロが驚いたような声を上げた。
なんだ?
「兄様はやはり反対なのですね。……ボクも、これがいいことなのか、そうでないのか分かりません。でも、今のトーヤ君には、渡しておくべきだと思うのです」
そう言ってシロはクロを見据えた。
それは、ちょっと不思議な光景に見えた。
シロは、クロを兄様と呼び、かなり尊敬しているように見える。
だからクロに逆らうようなことは絶対にしない、そんな感じがしていた。
なのに今、シロはクロの反対を押し切ってまで、オレに何かを渡そうとしている。それは、一体何なんだろう?
少しして、クロのほうが根負けしたかのように視線を外した。
それを見て、改めてシロがその黒い巾着袋をオレに手渡してくれた。
「……これは?」
「中に入っているのはちょっと特殊な薬だよ。狼人族に伝わる強壮薬のようなものだよ」
強壮薬?
へえー。あちらの世界での、ユ〇ケルとかリ〇ビタンのようなものか?
そんなことを考えていたオレは、次に放たれたシロの言葉にとんでもなく驚かされた。
「狼人族にとっては一時的にちょっと体力が上がるくらいだけど、トーヤ君のような人族が飲んだら、大幅なパワーアップをするはずだよ。……それこそ、リオ君の身体強化魔法やスピード強化魔法を凌ぐくらいに、ね」
――っ!?
そ、それは!?
もしかしたら、これがあれば、オレも今までと同じように戦えるのか?
みんなの足手まといにならずに済むのか?
喜んで礼を言おうとしたオレに対し、シロは静かな口調で言葉を続けた。
「でも、絶対に使わないで」
「…………は?」
意味が分からない。
オレに使えということじゃないのか?
そのためにくれたのではないのか?
なのに使うなとは、どういうことだ?
シロが伏し目がちに、少しためらいながらもオレに向かって口を開いた。
「その薬を使えば、確かにトーヤ君は一時的にパワーアップできる。けど、その代わり、君は死ぬ」
……死ぬ?
オレは思わず息を呑み、手渡された袋に視線を落とした。
「仮に、何らかの幸運に恵まれて死ななかったとしても、きっとまともな生活はできなくなる。それだけ人族には危険な薬だよ。……だから兄様は、ボクがこれを君に渡すのは反対なんだ」
危険な薬。
使えばほぼ確実に死ぬと分かっている薬。
さっきクロが反対したのはそういうわけか。
「いらないと思ったら捨ててくれていいよ。それで全然構わない。トーヤ君に任せる」
でも、とシロは言葉を続ける。
「もし……もし本当に追い込まれて、もうどうしようもないっていう時、トーヤ君が、本当の本当に最後の最後の崖っぷちで、自分の命すら投げ捨ててでも何かを守りたいと思った時、最後の手段でこいつが役に立つかもしれない。だから、渡しておく」
シロはオレに背を向けて、ゆっくりとユオンのところまで歩いた。
そしてそのまま振り向かずに言った。
「そんなことにならないことを祈るよ。だから、それは絶対に使わないで。……それを使わなきゃいけないような状況に、ならないで」
迂闊に使えるような薬じゃない。
シロの言うように、最後の最後、自分の命を捨てる覚悟をしたときに使う、そういう類の薬だ。
この先に何が待っているのか分からない。
最悪、そういう覚悟をする時が来るかもしれない。
そういう旅なんだと、改めて実感した。
だからって、今更後戻りなんかできない。
オレは、必ずダーナグランの森へ行く。
必ずアイツを助ける。
オレは薬の入った革の袋を握りしめながら、シロの背中に視線を向けた。
「ありがとう、シロ。ありがたく受け取るよ」
オレの言葉を聞いて、シロは軽く頷くと、ユオンの方を向き、その肩に右手を載せた。
「ユオン、頼むね」
「はい。それを使わないで済むよう尽力することが、わたしくしの役目と心得ております。このユオン、死力を尽くしてトーヤ様をお支えする所存でございます」
そう言ってユオンは右手を胸に添え、軽く頭を下げた。
◇
「私たちが送ってあげられるのはここまでだ」
「十分だよ、クロ。かなり助かった。ありがとう」
オレ達はアンフィビオとベルダートの国境近くに来ていた。
本来ならば、ここに辿り着くまで五日はかかるという距離だったハズだ。
それがなんと、二刻くらいで辿り着いてしまった。
そんなことができたのは、クロとシロが空間転移系の魔法――本人たちは《跳躍》と呼んでいた――を使えたからだ。
距離に制限があるそうで、しかも長距離になるほどかなり疲労を伴うので連続で使うことはできないらしいが、それでも休憩を挟みながらオレ達を連れて八回の《跳躍》でここまで連れてきてくれたんだ。
思い返してみると、クロとシロに初めて会った時、カミーリャン商会に二人が突然現れたことに驚いたんだが、こんな力を持っていたのならば納得だ。さすが狼人族といったところか。
「ダーナグランの森まで《跳躍》で行ければ、それが一番早いとは思うんだけどね……」
「いや、それは無理だということは分かっているよ。その気持ちだけで十分嬉しいよ。ありがとう、シロ」
シロの言う通り、この力で行くのが一番早くたどり着けるだろう。
だけどそれはできない。
クロとシロはアダン、つまりアンフィビオ王国の王族に仕える身だ。かつ軍に属する者でもある。そんな人物が断りもなく他国に侵入すればどうなるか?
少し考えれば子供でも分かる。
ましてベルダートは、現在アンフィビオと戦争状態にはなっていないが、なにかと揉め事の絶えない、言ってみればあまり仲の宜しくない国だ。
しかもクロもシロも狼人族ということもあり、かなりの有名人らしく顔も知られている。見付かれば言い逃れもできない。
へたしたら口実にされ、最悪の場合、戦争の引き金となってしまう可能性だってありえる。少し大げさかもしれないが、その危険性を考えればとても無理を言うわけにはいかない。
ここまで送ってくれただけでも、五日分も短縮できたんだ。
それだけでも十分にありがたい。
オレは振り返ってファム、ラヴィ、ユオンの三人に声を掛けた。
「そこの丘を超えればもうベルダートだそうだ。三人とも、準備はいいか?」
「はい! もちろん!」
元気良くそう答えたのはウサ耳娘のラヴィ。
長槍ヴァルグニールと荷物を背中にしょって笑顔を向けてくれている。
「ええ」
短く答えたのはネコ耳娘のファム。
いつもなら見えないところにナイフをしまっているのだが、今回はラヴィと二人でオレの護衛という立場のため、分かりやすいように腰に剣を差している。
今回ベルダートを通るにあたり、オレ達は役回りを決めたんだ。
あくまで周囲から怪しまれない様、不自然に見られない様にするという、便宜上のもので、ほとんど茶番のような気もするが。
オレはちょっと裕福な家の末っ子で、三人の奴隷を連れて旅する新人ハンター。
ファムとラヴィはオレの護衛として、そしてユオンはオレの世話係として、末っ子のオレに甘い実家が付けてくれた獣人の奴隷達。
ちなみに、オレとファムとラヴィは同じC級ハンターだが、オレは財力を背景にC級を得たお飾りで、ファムとラヴィは自力でC級を得た実力派。
そういう設定だ。
……なんか、オレの役ってひどく情けない気がするのは、気のせいか?
シロとラヴィが、なんかノリノリで色々な裏設定まで考えていたようだが、まあ、それはちょっと置いておこう。
「はい。我が御主人様」
メイド服を着たイヌ耳娘のユオンが洗練された見事なお辞儀をしながらそう言った。アルテミスの侍女のカーテシーも素晴らしいと思ったが、ユオンのそれも全然負けてない。これを見ればたんなる設定だなんて誰も思わないだろうな。流石だと思う。
……思うが、そこまでオレに恭しいのは、絶対オレをからかってるだろう?
そう思い、少しジト目を向けてしまう。
でも、もしかしたら、オレが三人を奴隷にして主となったことに変な負い目のようなものを感じさせない様にと、わざとおどけて言ってくれているのだろうか?
考えすぎかもしれないが、でも、ユオンならそれもあり得るかもしれないな。
オレ達はこれで行くと決めたんだ。
オレ一人じゃなく、みんなでそう決めたんだ。
だから、後ろ向きじゃなく、ちゃんと前を向いて行こうと思う。
オレは三人の返答に頷いて応え、そして振り向いた。
オレ達がまず向かうはベルダート。
そしてその先にはダーナグランの森。
ここから薄っすらと見える山々の更に先、高く高く伸びたアレが、目指す先にある世界樹だそうだ。
必ずあそこに辿り着く。
絶対全員無事に辿り着く。
「行こう!」
そして、必ずアイツを助ける!
ここまで読んでいただき、本当に、本当にありがとうございました。
本物語はここで前半が終了となります。
先日 (3/17) の活動報告でお知らせした通り、本作品はここで完結とさせていただき、後半は後日、別作品という形で進めさせていただきたいと考えております。
ここまでブクマ登録やレヴューなど、多くの人に応援して頂いて、沢山の《パワー》を頂き、ここまで連載を続けることができた事、本当に感謝しています。
少し落ち着いてから、後半のプロットも少々見直したいので、後半開始時期はまだ未定ではありますが、その際には、ぜひともまたお寄り頂ければ嬉しいです。
本当にありがとうございました。