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115. たった一つの方法

 方法が、ある?

 獣人にとって最悪の国と聞いていたベルダートを安全に通る方法が?

 もちろんベルダートを通ることができるなら、それに越したことは無いんだ。

 なんだ、それは?

 どんな方法なんだ?


 早く詳細を聞きたくて、逸って無意識に一歩ファムのほうへ踏み出したとき、隣にいたラヴィから先に声が上げられた。


「ホント? さすがファム。何? どんな方法?」


 そしてファムは、とんでもないことを口にしてくれた。


「ワタシ達が、トーヤの奴隷になることよ」


 ――なっ!?


 あまりにも想像の斜め上・・・を飛び抜けているその答えに愕然とした。

 正直意味が分からない。

 なんでここで奴隷になるなんて話が出て来るんだ?


 そして当然というべきか、ラヴィからも疑問の声が聞こえた。


「奴隷……?」


 ただその様子は、あまり驚いているように見えない。

 そのことに多少の違和感というか、不思議な気がした。


 奴隷になるなんて聞かされて、なんでそんなに落ち着いているんだ?

 あまりにも突飛な話で認識が追いついていないだけか?


 ファムはラヴィの疑問に首肯して話を続けた。


「そう。通貨やハンターの制度と同様、奴隷の制度も各国で共通よ。奴隷であるということは、主人の所有物であるということ。それを奪ったり殺したりするのは窃盗や強盗と同じ。罰せられるのはベルダートでもその他の国でも変わりないわ」


 つまり、奴隷として先に誰かの所有物になっていれば、他の者に襲われるようなことがなくなる? 少なくともベルダートの法は保護する方向に働く? 奴隷になることが、逆に安全性を高めることになる、ということなのか?


 言われて思い出したが、確かにアルテミスも最初二人が奴隷かどうかを確認してたし、その後奴隷ではない獣人という言い方をしていたと思う。


 ……理屈は分かる。

 なんとなく理解はできる。


 だけど、だけどっ!

 納得できる話じゃないだろう!

 奴隷だなんて!


 いくらなんでもそれは、ラヴィもファムも納得できないんじゃ……


「分かった。アタシはそれでいいよ。ファムは?」

「ワタシもそれで問題無いわ」


 ――え?


 そのあまりにもあっけないというか、あっさりした二人の承諾に、オレは更に驚いた。思わず疑問の言葉が漏れる。


「なんで……」


 その声に、再びあっさりといったふうにファムが答える。


「ダーナグランの森へ行きたいのでしょ? そしてベルダートを通るのだったら、それしか方法が無いんだから仕方ないわ。それに……」

「それに?」

「忘れた? ワタシ達は元々そのつもりだったのよ?」


 ――は?


 元々? 忘れたって、何がだ?


「フルフの町を出立する時、トーヤに勝負を挑んだでしょ? あの時、ワタシ達が負けた場合の条件、覚えてる?」

「……ああ」


 思い出した。

 二人が、オレに恩を返すために付いてくると言った時の話だ。

 そしてその話の流れで何故か勝負を挑まれてしまい、もし二人が負けたらオレの奴隷になるって言っていたんだ。


「だけど、あれは……」

「トーヤはどう思っていたか知らないけど、ワタシ達は本気だったわ。あの時勝負して、アナタに負けたら本気で奴隷になるつもりだった。もちろんそう簡単に負けるつもりもなかったけれど、その覚悟をしていたわ」


 見ると、ラヴィも頷いている。


 あちらの世界で生まれ育ったオレにとって、奴隷という制度は人権を無視した悪しき制度なんだという漠然とした考えがある。


 こちらの世界に来た当初は、こちらではそれが普通にある制度なのだと聞いて、正直あまり深く考えていなかった。だが、ファムとラヴィという大事な仲間ができ、ベルダートではその仲間が奪われ奴隷にされるかもしれないと考えると受け入れがたいものだと思っていた。


 だが、その制度が逆に彼女たちの安全性を高めてくれるという。

 もちろん百パーセント確実な安全なんかではないだろう。

 それは分かっている。

 だが、誰も彼もがいきなり襲い掛かって来るようなことにはならなくなる。

 獣人だからと、いきなりとんでもない迫害をされることは回避できる。


 だから、それは確かに方法としては有効に思える。


 全く道が無いと思っていた。

 どうしようもないのかと絶望していた。

 それが、まさかそんな方法があったなんて。


 でも……


「……本当に、それでいいのか?」

「もちろん積極的に奴隷になりたいなんて言うつもりは無いわ。でも、あの時にしろ今回にしろ、それしか方法が無いなら仕方ないというだけ。ベルダートを抜けたら、解放してくれるんでしょ?」

「ああ、それはもちろん」

「なら、問題無いわ」


 正直、大事な仲間を一時的とはいえ奴隷にするということに抵抗はある。

 あるが、他に方法が無いのも事実だ。


「……分かった。……ありがとう」


 逆転の発想とでもいうのか?

 忌避すべき受け入れがたいと思っていた制度をうまく利用することで、今回は逆に助けられるというのか。


 それは、なんとも皮肉な話だ。


「ところで……」


 そう口を開いたのはラヴィだ。


「奴隷となるには隷属の首輪が要るよね? 二人分、すぐに調達できるの?」


 隷属の首輪……

 やはりそういうのがあるのか。

 二人が奴隷となることは分かったのだが、それでもなんとなく眉をひそめてしまうのが自分でも分かる。


 ラヴィのその問いにクロが口を開いた。


「ああ、それなら……」

「こちらに、既に御用意しております」


 クロのセリフを遮るかのように返された答えに一瞬びくっとしてしまった。


 だって、クロをはじめ、みんなオレの前方にいるはずなのに、いきなり後ろから声を掛けられたんだ。


 振り向くと、そこにはいつものヴィクトリアンメイド型のメイド服に身を包んだイヌ耳娘のユオンがいた。


 い、いつの間に……

 まさか、ユオンまで最初からそこにいた、とか言わないよね?


「ユオン……? いつの間に?」

「ラヴィ、気付かなかった?」

「うん。全然分からなかった」

「そう……」


 ファムの問いに首を大きく横に振りながら答えるラヴィ。

 そしてそれを見て、ファムはため息とともにユオンに向かって声を掛けた。


「賭けはアナタの勝ちよ、ユオン」


 賭け?


 訝しむオレに向けてユオンがちょっと微笑んだ。

 だがそのことには触れず、オレ達に向かって両手を差し出す。

 そこには三つ・・の黒く短いベルトのようなものがあった。


 これが、隷属の首輪か。

 黒い革でできたような短めのベルト。

 その中央には金属のプレートようなものが付いている。


「あれ? 首輪、一つ多くない? 予備?」


 ラヴィが口にした疑問を聞いて、何故かファムが再びため息をついた。


 どうしたんだろう?


 そう思っていたところに、ユオンがいきなり爆弾発言を投下してくれた。


「いえ、これはわたくしの分でございます」

「「……はい?」」


 オレとラヴィの声が見事にハモった。

 だが、そのことに驚いているのはオレとラヴィだけのようだ。


「……どういうことだ?」

「アルテミス様の命でございます。トーヤ様に付いていき、トーヤ様をお守りするようにと。アダン様からの快諾も頂いております」


 オレの問いに対するユオンの答えを聞いて、今度はクロがため息をついている。

 そしてシロが何故か笑い出した。


「あっははは。あれを快諾と言い切るなんて、ユオンも豪気だねぇ」

「一体なんだ? 何があったんだ?」

「それはね……」


 今までの様子から、たぶん、ファム、クロ、シロ、アダン、アルテミス、そしてユオンの間で何かしら話がされたのだろうということは推測できる。


 そしてその話の中で、オレがダーナグランの森へ行きたがると予測され、さらにベルダートを通るには奴隷という手段が有効と考え、そのために急遽隷属の首輪を用意したんだろう。


 そこまでは分かる。

 でも、なんでユオンまで奴隷になるという話になるんだ?


 あ、いや。

 アルテミスがユオンに、オレの護衛をしろという命令をした。

 そう言っていたか。

 だから、オレに付いてくるために、獣人であるユオンもオレの奴隷になるということか?


 でも、だからって……

 それに、さっき言っていた、賭けというのもその辺りに関係するのか?

 ファムとクロ、二人のため息もなんだか気になる。


 一体、何があったんだ?

 どういう話がそこにあったんだ?


 シロが説明してくれようとしたのだが、それを遮るかのように、ゴホンと大きく咳払いをしたのはファムだ。


「その話はもう終わったことだから、気にしなくていいわ」

「いや……でも……」


 ――っ!?


 食い下がりぎみに渋ったオレに向かってファムがにっこりと微笑んだ。

 でもオレは、それに何故かとてつもない悪寒を感じてしまった。

 そして冷ややかに響くファムの声。


「それ以上追及したら、その耳、そぎ落とすわよ?」

「……はい」


 情けないと笑いたければ笑ってくれ。

 オレにはそう答えるしか無かったよ。

 だって……だって、あの目は本気だった。

 断言する! 絶対マジだった。


 だから「はい」とは答えたが、かえって気になる。

 一体何があったんだ?


 誰か教えてくれないかと、クロにちらっと視線を向けてみたが、残念ながら首を横に振られてしまった。


 うーむ。

 どうやらこれ以上聞くのは難しそうだ。


「……でも、トーヤさんを守ると言っても、ユオンは現役を退いたからもう戦えないとか言ってなかった?」


 ラヴィが首を傾げながらそう聞いてきた。

 言われてみれば、オレも以前ユオンからそんなふうなことを聞いた気がする。


 それに対して、ユオン本人ではなく、何故かシロが腰に手を当て誇らしげに口を開いた。


「ふっふっふ。ユオンを甘く見ないほうがいいよ? 今だってユオンが気配を消しながら近くにいたの、ラヴィちゃんでも気付かなかったでしょ?」

「それはそうですけど……」

「彼女の強さはボクが保証するよ。ね、ファム?」

「……そうね」


 顔をそむけながら、しぶしぶといった感じで首肯するファム。


 やはり気になる。


 私、気になります! と口癖のように言っていた某女子高生の気持ちが今ならよく分かるよ。ホント。


「ではトーヤ様。わたくしも、トーヤ様の奴隷に加えて頂けますでしょうか?」

「……本当にいいのか?」

「はい。よろしくお願いいたします」


 そう言ってユオンは隷属の首輪を自分の首にはめ、オレの前にひざまずき、頭を下げる。


 何をどうすればいいのか分からないで戸惑っていたオレに、ファムが声を掛けてくれた。


「首の後ろのところ、首輪にプレートがあるでしょ。そこに手を触れて」

「あ、……ああ」


 言われた通りにプレートに触れる。

 途端、白っぽかったプレートが赤黒い色へと変化した。


「簡略的だけど、これで奴隷の儀式は完了よ。たった今、ユオンはトーヤの奴隷になったわ」


 あまりにも簡単で、本当にあっさりって感じだ。

 だけど、「トーヤの奴隷」という表現に、何かチクりとするものを感じてしまう。これで、本当に良かったんだろうか、と。


 だが、次の瞬間そんな気分は木っ端みじんに吹き飛ばされてしまった。

 ユオンのたった一言で。


「末永く御寵愛を賜りますよう、どうぞ宜しく御願いいたします」


 …………えっ? えぇえええええ!


 そのセリフに思わず一歩後退りしてしまった。

 そんなオレの狼狽を見て、ユオンは軽く舌を出し、ウインクまでしてきた。


 ……もしかして、オレをからかっている……のか?


 その様子を見ていたラヴィが、手に持つ隷属の首輪に視線を落としながらファムに尋ねていた。


「ね、ファム。アタシも同じセリフ、言った方がいいのかな?」

「……必要無いわ。ついでに言えばひざまずく必要も無いわ。ただプレートに触れさえすればいいんだから、立ったままで十分よ」


 左目辺りをピクピクさせ、引きつり気味にファムはそう言った。




いつも読んでいただき、ありがとうございます!


とうとう第四章最終話です。

「116. 仲間と共に」

明日、更新します。

どうぞお楽しみに!

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