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111. 心が選ぶこと

 さて、アルテミスこっちをどうしようか?


 とりあえず話題を変えるか。

 そういえば、誰かに教えてもらおうと思っていたことがあったんだ。


 オレは、いまだ背を向けているアルテミスに声を掛けた。


「アルテミス?」

「……はい?」

「話は違うんだが、ダーナグランの森って、知っているか?」

「……エルフの森がどうかしたの? あ、いえ、どうかしましたか?」


 アルテミスが振り向きながらそう言った。


 ん? エルフの森?

 それに、言葉遣いが……年上だと分かったからか?


「そんな丁寧な言い方をしないで、今まで通りでいいよ」

「でも……」

「一応、婚約者なんだろう? だったらそれは変じゃないか? オレもそれじゃあ話しにくいからさ。今まで通りで頼むよ」

「はい。分かりまし……」


 そこでアルテミスは、はたと言葉を止め、一度深呼吸して言い直した。


「ええ、分かったわ。貴方がそうおっしゃるのであれば」


 ……なんかまだ一部抜け切れてない気がするが、とりあえずスルーしておくか。


「助かるよ。で、話の続きだが、オレが聞きたいのはエルフの森じゃなくて、ダーナグランの……」

「同じよ」


 ――は?


「御存じな……知らないみたいね。ダーナグランの森というのは、エルフ族が住んでいる森よ。だからエルフの森とも言うし、それ以外にも、始まりの森とも呼ばれているわ」

「始まりの森?」

「そう。女神ダーナがエルフを創りし場所。この世界での人の始まりの場所」


 そして、とアルテミスは言葉を続けた。


「女神ダーナの眠りし場所、とも言われているわ」


 以前聞いたこの世界の創世記の話を思い出す。


 この世界を創った女神ダーナ。

 竜をつくり、エルフをつくり、《ダーナの扉》をつくった。

 そういえば、その後のことは聞いていなかった。

 眠りに付いたとされているのか。


「もしかして、エルフの森に行くつもり?」

「それはまだ分からないが……」


 リオは王都で待っててと言っていた。

 だが同時に、万が一の場合にはダーナグランの森へ行けとも言っていた。


 そしてリオはいまだ帰ってこない。

 ならば、ダーナグランの森へ行ってみるのも一つの選択肢かもしれないと思ったんだ。


 もちろん、ファムやラヴィともちゃんと相談しなきゃいけない話だ。


 だが、それに対してアルテミスはきっぱりと言った。


「やめといたほうがいいわ」


 ――え?


 オレはアルテミスに視線を向け、疑問の声を出した。


「……何故?」

「貴方の仲間は獣人だと聞いたけど、違う?」


 ファムとラヴィのことか。


「その通りだが、それが?」

「一応確認するけど、仲間であって、貴方の奴隷じゃないのよね?」

「違う!」


 アルテミスの問いに、即答で否定した。

 そして、思わず彼女を睨んでしまったらしい。


「そう怖い顔しないで。たんなる確認よ」

「なんでそんなことを確認する必要がある?」


 彼女も悪気があって聞いてきたわけではないのだろう。

 それは分かっているつもりだが、どうしても言葉に非難じみた感情が含まれてしまったかもしれない。


 それでも彼女はちゃんとオレの質問に答えてくれた。


「エルフの森は、ここからだと北西の方角になるわ。ただし、そこまで行くには隣国ベルダートを横切る必要があるの」


 ベルダート?

 どこかで聞いたような……


 そうだ。

 思い出した。

 アダンがしてくれた、母さんの要塞潰しの話の中で出てきた国の名前だ。


「ベルダートは、獣人にとっては最悪の国よ」

「最悪?」


 どういう意味だ?


「人族至上主義、とか言ったかしら。とにかく獣人をもの凄く迫害しているの。もし誰かの奴隷でもない獣人が一歩足を踏み入れれば、すぐに捕まってしまうわ。そして、奴隷として売られてしまうか、それともいたぶられて殺されるか」


 ――なっ!?


「まともな神経を持っている獣人なら、絶対に近寄らない国よ」


 そんな国なのか、ベルダートという国は。

 とてもそんなところは通れない。


「ベルダートを通らずにダーナグランの森へ行くことはできないのか?」

「北から回るのは無理ね。キルホート連山があるから。とてつもなく高くて、人が超えるのは無理と言われているの。少なくとも私は、あそこを超えた人がいるなんて聞いたことが無いわ」


 そして、とアルテミスは言葉を続ける。


「南からだとかなり大きく迂回することになるわ。一度海に出ることになるから、うまく船を調達できたとして、ベルダートを迂回できたとしても、エルフの森に辿り着くにはかなり時間がかかるわね。もう一つ、一旦北東に向かいキルホート連山を迂回するルートもあるけど、どちらにしても相当な日数になるわ。一年はかからないかもしれないけど、半年以上はかかると思って間違いないでしょうね」


 そんなに……

 じゃあ、やはりベルダートを横切るしかないのか?


 いや、ダメだ。

 そんな場所には行けない。

 少なくとも、ファムとラヴィを連れて行くことはできない。

 二人だって、きっと嫌がるだろう。


 先にアルテミスに聞いておいてよかったかもしれない。

 ファムやラヴィに聞いていたら、そしてオレが行きたいなんて言ってしまったら、その辺のことを隠されて、オレは何も知らされずに三人でベルダートに行ってしまうことだってあり得たかもしれない。


 でも、じゃあ、どうする?


 リオは、万が一の場合にはダーナグランの森へって言っていたけど、そんな場所を通らないと行けないなんて……


 黙り込んでしまったオレに対して、アルテミスが思わぬことを口にした。


「ねぇ、トーヤ。学院に通ってみない?」

「……え?」


 その言葉に、俯いていた顔を上げてアルテミスのほうに視線を向けた。

 そして、ほとんど無意識のうちに聞き返していた。


「学院?」

「この国の王立学院よ。通っている人は貴族や大きな商会の子供たちが多いけど、それ以外にも特別に才能などを認められた人たちもいるわ。それにトーヤなら、父様がきっと後ろ盾になってくれるでしょうから、全然問題無いはずよ。どう?」

「どうと言われても……」


 学院に通うだなんて思ってもみなかった話だ。

 っていうか、そんなものがあることすら知らなかった。


 確か以前ラヴィから、王都のような人が多い場所なら学校のような場は一応ある、といった話は聞いていたと思う。その言い方からして、こじんまりした、寺子屋のようなものをイメージしていたんだが、どうやら違うらしい。


 アルテミスの言葉から推測すると、人族の、しかも主に貴族の子供が通っているような場所らしいからな。もしかしたら、ラヴィからすれば全く関係の無い話ということで、ラヴィも知らなかったのかもしれない。


「勉強は大変かもしれないけど、剣や魔法だって教えてくれるし、こちらの世界のことだって色々学べると思うの。あ! 良かったら私の友人たちも紹介するわ。みんな良い人たちばかりよ。きっと楽しいと思うわ」


 学校という、同年代の若者が集まる場所だ。

 気の合う友人ができれば、それは楽しいとは思う。

 でも、今はそんなことをしている時じゃあ……


「ベルダートを通るにしろ迂回するにしろ、困難な道のりになるわ。どうしてそこに行きたいのか分からないけど、もし無理して行く必要が無いなら、この国で学院に通いながら、その仲間の人を待っていてはどうかしら?」


 ……確かに、それも一つの選択肢かもしれない。


 リオは王都で待っていてと言っていた。

 ダーナグランの森は、万が一の場合という話だった。

 そして、途中のベルダートにファムやラヴィと行くわけにはいかない。


「ただじっとして待つだけじゃなく、色々勉強して身体も鍛える。それなら、王立学院はいい環境だと思うの」


 学院は剣や魔法を教えてくれるという。

 ただ闇雲に自己流で鍛えるより、そのほうがいいのは確かだと思う。

 こちらの世界のことだって色々と学ぶことができるだろう。


 いつまでも、とはいかないだろう。

 卒業するまで通うということは無理だとしても、リオを待つ間、リオが帰ってくるまでの間、短期留学のようなイメージで通うのは、確かに良い選択肢のように思える。


 リオの言う通り王都で待ち、その間王立学院に通うか。

 それとも、たとえ困難であってもダーナグランの森に行って、リオがいまだ帰って来れないことについて何かしら助力や助言を期待するか。


 どうする?

 どうすべきだ?

 どちらが正解だ?

 それとも、他に正解があるのか?


 オレはどちらを、何を選ぶべきなんだ?


 メリットは何だ?

 デメリットは何だ?

 リスクは何だ?

 リターンは何だ?


 思いつく限りの要素を踏まえて、その上でオレが取るべき行動は……


 俯いたオレの口から、小さな声が漏れる。


「……分からない。行くべきか、留まるべきか。どっちが正しいのか。どうするべきなのか。どうすれば後悔せずに済むのか、分からないんだ」

「トーヤ?」


 漏れ出してしまったオレの声が止まらない。

 俯いたまま、目を閉じたまま、オレの声が震えながら更に漏れ出て来る。


「オレは、ガンボーズの迷宮で色々と間違えていた。正しい選択ができてなかった。だから! その結果、リオはいまだに帰って来れずにいる。あの時オレが間違わなければ……思い返されるのはそんな後悔ばかりだ」


 初対面の、しかも女の子に向かって何を言っているんだ、オレは。

 情けない。


 アルテミスがすっと立ち上がる気配を感じて、オレは顔を上げた。

 彼女の碧眼がオレを見下ろす。


「こんなこと、年上の殿方に言うのはおこがましいかもしれない。でも、あえて言わせて貰うわ」


 そう言ってこの世界のアルテミスは、オレを見据える。

 彼女は一度大きく息を吸い、そしてオレに向かって言葉を紡ぐ。


「どちらを選んでも、何を選んでも、後悔はするものよ」


 でもね、とアルテミスは言葉を続けた。


「だからこそ、自分の心に従うの。自分の心が選んだことをするの。私はそうしてきたし、これからもそうするわ」


 アルテミスの瞳が、真っ直ぐオレを見つめて来る。


 何故だろう?

 アルテミスの言葉が、すっとオレの中に入ってきた気がした。

 そして、頭の中で彼女の言葉が繰り返される。


 何を選んでも、どうしたって後悔はするもの。

 だからこそ、自分の心が選んだことをすべきだ、と。


「貴方は? どうするの?」


 言ってから、ううん、とアルテミスは一度首を振った。


「トーヤの心は、どうしたいの?」


 オレがしたいこと。

 オレの心が選ぶこと。


 それは……


いつも読んでいただき、ありがとうございます!


長かった第四章も残り五話となります。

どうぞ最後までお付き合いください。


そして! お待たせしました。いよいよ彼女ラヴィのターンです! (笑)

次話「112. ラヴィ、懇望」

どうぞお楽しみに!

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