108. 決断と行動
※ 2019/01/21 リオも一緒に行く理由をもう少し掘り下げました。
オレが目を開けた時には、もう終わっていた。
残念ながら超電磁加速砲の発射を自分の目で見ることはできなかったみたいだ。なんとなく轟音が鳴り響いていた気はするのだが、イメージの中に感覚のほとんどを捕らわれていたので、ちょっと定かではない。
迷宮の主の体には、風穴と呼ぶにはあまりにも大きな穴が開いていた。
いや、そもそもこれは穴と言えるのか?
恐らく超電磁加速砲の弾は迷宮の主の左胸辺りに当たったのではないかと思う。そこを中心にごっそりと消滅しているからだ。
左肩から先、左腕は無い。
腹部も、残っているのは右側せいぜい四分の一だけ。
足はかろうじて左右とも残っているようだが、とても体を支えられるような状態じゃない。左足はほとんどちぎれかかっている。
迷宮の主の黒い体はふらふらとして、今にも倒れそうだ。
いや、むしろまだ立っていることの方が不思議な状態か。
「バカ……な……」
迷宮の主のかすれたような呟きが聞こえてくる。
それに応えたのは、やはりリオだ。
「ふふふ。言ったでしょ? トーヤを甘く見ないほうがいいって。後になって泣き言を言っても遅いよって。残念だったね」
いやいやいやいや。
やったのはオレじゃなく、間違いなくリオだろう。
そうツッコミを入れてやりたいところだったが、やめた。
リオの声があまりにも嬉しそうで、そこにあえて茶々を入れるのもな。
それに何より、そんな気力も体力も、もうオレには残ってなかった。
ふらふらしているのは迷宮の主だけじゃない。
実はオレもだ。
先程の超電磁加速砲で、気力も体力もごっそり持ってかれた気がする。
そしてオレは、迷宮の主の状態を認識し、戦闘は終わったと思って気が緩んだのか、後ろに倒れそうになった。
「トーヤさん。大丈夫ですか?」
ラヴィが後ろから支えてくれて、なんとか倒れずに済んだ。
「ああ。なんとかな」
「無理せず、アタシにつかまってください」
「ありがとう。ラヴィ」
ラヴィがオレの左腕を自分の肩に回し、さらには右腕をオレの腰に回して支えてくれる。
あぅ……こ、これは……
ラヴィの体がオレに密着して、その温もりが伝わって来る。
ラヴィの顔がすぐ近くにある。
ちょっと横を向けば、オレの唇はラヴィの頬に触れてしまいそうだ。
もしラヴィも偶然こっちを向いたりなんかしたら、もしかして……
って、何考えているんだ、オレは!
凄く嬉しいし助かるのだが、これはちょっと照れくさい、かもしれない。
いやいや。
ここで照れてしまってはダメだ。
だからリオにいつまでも準童貞などと言われてしまうんだ。
頑張れ! オレのポーカーフェイススキル!
ここは正念場だぞ!
などと、自分でもバカなことを考えているなあと思っていた時、視界の端でファムが迷宮の主に向かって駆け出したのが見えた。
なんだ?
迷宮の主、まだ何かしてくるのか?
一瞬そう思ったのだが、迷宮の主は相変わらずふらふらしている。
あの状態で何かしてくるようにはとても見えない。
そこへ、ファムが飛び蹴りをかました。
十分に勢いを付けて、両足揃えて。
さすがに耐え切れず、迷宮の主は大きな音を立て、後ろに倒れてしまった。
そして聞こえてくるファムの笑い声。
「ふふふ……ふふふふふ……」
……なんか、ファムがちょっと怖いんですが?
跳び蹴りをくらって倒れた迷宮の主に馬乗りになり、トレンチナイフを指にはめたまま、殴り始めるファム。
一発や二発じゃない。
そんなもので済むわけがない。
何発も、何発も。
薄ら寒い笑い声と一緒に殴る音が周囲に響く。
それを見ていたリオが、オレに向かって口を開いた。
「トーヤ、大丈夫だよね?」
「ああ、問題無いよ。ちょっと疲れただけだ」
「ラヴィ。悪いけど、ちょっとトーヤのことお願いね」
「は、はい」
そう言ってリオはファムの方へと文字通り飛んでいった。
「ちょっとファム。ボクの分は残しておいてよ?」
「知らないわ。早い者勝ちでしょ」
そんな声が聞こえてきた。
オレとラヴィは思わず顔を見合わせた。
「「ははは……あははははは……」」
どちらからともなく笑い声が出て来る。
実感が湧いてくる。
ようやく終わったんだ。
これで、オレたちの迷宮探索が終わったんだ。
良かった。
誰も失うことなく、誰も大きな怪我をすることもなく、無事に終わった。
それが何よりも嬉しかった。
◇
迷宮の主は仰向けに倒れていた。
いつのまにか最初の青い甲冑の姿に戻っていたみたいだ。
ただし、欠損した箇所まではさすがに戻ってはいない。
右手首も、腹部に開いた大穴も、左肩から先も、それらは全て失われたままだ。
「ファム?」
まだ迷宮の主の頭の上に乗り、右足で何度も踏みつけているファムに声を掛けた。
ファムは一度オレの方にちらっと視線を向けると、大きくジャンプし、勢いを付けて両足で迷宮の主の顔を踏みつけ、さらにぐりぐりと靴底を押し付け、おまけとばかりに蹴りを入れて、そしてようやく迷宮の主から離れた。
「こんなところかしらね」
そう呟くファムの声が聞こえてくる。
いや、十分だろ?
そう思ったが、口には出さなかった。
だけど、それをあえて口に出した強者がいた。
言うまでも無いとは思うが、もちろんリオだ。
「はぁ……。十分過ぎると思うけどね。ファムってば結構根に持つというか、執念深いというか。大概にしておかないと、将来伴侶に逃げられちゃうよ?」
「余計なお世話よ! だいたい、執念深いとか、リオにだけは言われたくないわ」
「えー、その言われようは心外だな。ボクは全然そんなことないよ?」
「……どの口がそれを言うのよ!」
そのやり取りに思わず苦笑してしまう。
五十歩百歩とか、団栗の背比べとか、そういう単語が頭に思い浮かんだが、もちろんそれを口に出したりはしない。後が怖いからな。
オレは倒れている迷宮の主を改めて見下ろした。
迷宮の主はぴくりとも動かない。
ファムに殴られたり蹴られたりしている間も全然動いていなかったみたいだ。
「リオ。こいつは、まだ?」
「うん。全然動かなくなったけど、まだ死んではいないハズだよ。でも、そろそろトドメさす?」
迷宮の主をこのままにしておいては、また悲劇が起こる。
人を大砂蛇の餌にするなんて平気で言うヤツだ。
そして、それを実行してしまうようなヤツだ。
今ここで、そういった悲劇の元凶を断つ必要がある。
オレは腰の剣を抜いた。
その一方で、でも、と考えてしまう自分もいる。
迷宮の主はここで殺す必要がある。
それは分かってるんだ。
だけど、目の前で無残な姿になり果てて倒れている迷宮の主を見ると、どうしても戸惑いが出てくる。
肉体は確かに遥か昔に滅んだのだとしても、これもまた大切な人の命なんじゃないかと。
戦いの最中ならばまだしも、決着がつき、もう戦うどころか立つこともできないでいる相手に止めを刺すことにどうしても躊躇してしまう。
ここで迷宮の主を逃しては、絶対にまた悲劇が起きる。
そうなったらオレは、絶対に後悔することになる。
分かっているのに。
「……トーヤ。もしかして、迷宮の主も大切な命かも、とか考えてない?」
やはりというべきか、リオにはオレの考えなんかお見通しらしい。
オレは剣を握りながら、リオの方に視線を向けた。
「それは違うよ、トーヤ」
――え?
「間違えないで。何度も言うけど、迷宮の主は生命体じゃないんだ」
「……だが、意識のコピーなんだろう?」
「そう。コピーなんだよ。本物じゃないんだ。本物の意識は肉体と共に、遥か昔に死んでいるんだ」
だから、とリオは言葉を続けた。
「これは、いわゆる魂と呼べるものじゃないんだ。人の心と呼べるものは持ってないんだよ。例えるならば、トーヤの世界でいうコンピュータのプログラムのようなものだよ。コピーされた意識の模倣を延々と繰り返しているだけの、ただの古の残像に過ぎないんだ」
魂と呼べるものじゃない?
人の心は無い?
ファムがオレの近くに寄ってきて右手を出してきた。
「トーヤ。剣を貸して」
「えっ?」
「ワタシがやる」
オレは再び迷宮の主を見下ろした。
……そうか。
リオのその説明は、妙に納得できた気がした。
だから、なのか。
だから、人を餌になんてできるのか。
だから、人の命を蔑ろにしてしまうのか。
だから、今ここで断ち切る必要があるんだ。
オレは首を横に振った。
「……いや、オレがやる」
オレはそう言って、剣を強く握りしめ、迷宮の主に向かって一歩踏み出した。
その時、ほんの僅かに地面が揺れたような気がした。
……地震か?
日本で暮らしていたオレにとって、地震はそれほど珍しいものじゃない。
小さな揺れなら、特に気にも留めずにスルーしてしまう。
日本では周りの人もそうだった。
それが普通だと思っていた。
だから、ラヴィが自分で自分を抱きしめるようにして、小刻みに震えている姿を見て、オレにはそれが少し不思議に思えた。
「ラヴィ? どうした?」
「分からないです。でもなんか、背中がぞくぞくして、体が震えて……」
ラヴィのウサ耳もへにゃっと項垂れている。
心なしか顔色も悪いような気がする。
今の地震で?
もしかして、ここでは地震というのは珍しいものなのか?
そう思った時、急にリオがハッとしたように顔を上げ、周囲に視線を巡らせ始めた。その視線は次第にゆっくりとオレたちの足元へと注がれる。
「……これって、まさか、対消滅反応?」
――は?
対消滅って、アレか?
反物質との衝突で大爆発を起こすっていう、SFとかアニメなんかではよくあるアレのことか?
そこへ、今の今まで全く反応が無かった迷宮の主の笑い声が聞こえてきた。
「くくくっ。あっははははは!」
オレたちの視線が自然と迷宮の主へ集まる。
いきなり何だ?
それに、何がそんなに可笑しいんだ?
「ああ、そうさ。よく分かったじゃないか。今はまだ原子数個分の反応でしかないだろうが、これは次の段階への、より多くの反物質による対消滅反応への起爆装置にすぎない。そうして段階的に、より大きな反応を起こしていく。それは雪崩的に増倍していく仕組みなのさ」
――なっ!
その話の内容に絶句してしまう。
だが、ファムとラヴィはよく分かってないみたいだ。
二人して首を傾げている。
それはそうかもしれない。
対消滅なんていきなり言われても、何のことだか分からないだろう。
オレの知識だってアニメやSFなどで得られた程度だ。
とんでもないレベルの兵器だということは分かるが、その仕組みを一から詳しく説明できる程じゃない。
だけど、この際その仕組みなんてどうでもいい。
問題は、それが現実に今使われているらしいということだ。
そのとんでもないレベルの兵器となる対消滅が雪崩的に?
それって、もしかして最終的には……
オレはそれを想像してゾッとした。
そして同時に、オレは一つの結論に思い至った。
それは、アニメなんかではよくある話だ。
もしかして、迷宮の主は自爆しようとしているんじゃないのか?
しかも、周囲を巻き込んで。
終わったと思ったのに。
誰も死なずに、誰も傷つかずに、ようやく終わったと思ったのに!
迷宮の主は、まだ!
「……ふざけるな!」
オレは剣を迷宮の主に突き付けた。
「止めろ! 今すぐそいつを止めろ!」
だがそんなオレのセリフを、迷宮の主は鼻で笑うかのように言い放った。
「ふん。殺したければさっさとやればいいさ。どうせオレ様はもうすぐ死ぬ。だが一人じゃ死なん。全て道連れさ。あっははははは!」
やはり自爆か!
「このっ!」
オレは剣を振り上げた。
だが、それを迷宮の主に向かって降り下ろすことはできなかった。
殺してしまっては、このバカげた自爆行為を止めさせることができなくなる。
どうする?
どうすればいい?
何か無いのか。
何か、こいつの自爆を止める手段は!
「落ち着いて、トーヤ」
リオがそう言ってオレの肩に降り立った。
そうか! リオがいる。
この迷宮から全員を転送してもらえれば、何とかなるかもしれない。
そう思って、上げていた剣をゆっくりと降ろした。
それを見て、リオが迷宮の主の方に向き直り、口を開いた。
「……止める手段は?」
「ふん」
オレの剣が下げられたことが面白くなかったのか、迷宮の主はそう言って一旦口を閉ざしたが、すぐに再び口を開いた。
「……無いね。一度起動してしまえば、もう誰にも止められない。数分後には最大級の対消滅反応による大爆発で、この星そのものが破壊されて全てお終いさ! あっははははは!」
……ちょっと待て。
この星? この星だって!?
そのあまりの規模の大きさにオレは再び絶句した。
それって、つまり、逃げる場所がない? ってことか?
この星が消滅する?
オレたちだけじゃない。
この星に住む人たち全てを道連れに?
オレの頭の中で、今まで出会って来た人たちの顔が思い浮かんでくる。
ミリアに、セイラ、クロ、シロ、アダン、ユオン、マルク、ココ、バスカル……
みんな、死ぬ?
そんなこと!
考えろ!
どうにかできないか!
何か無いのか!
だがオレの思考は全て空回りしているような気がした。
何も思いつかない。思いつけない。
その時、リオがオレの肩から飛び立ち、今なお地に転がったままの迷宮の主の体の上に降り立った。
「リオ……?」
リオが振り向かずに、静かに言った。
「仕方ないから、ちょっと行ってくるね」
「行くって、何処へ? 何を……」
そうか、転送。
オレ達が転送で逃げるんじゃなく、こいつを転送すれば。
でも、今リオは「行ってくる」って……
「分かってるでしょ、トーヤ。このままだと大変なことになるって。迷宮の主の言っていることが正しいなら、この星そのものが破壊されてしまうんだ」
「だからって、まさかお前も……?」
「ボクも行かなきゃ」
「何故! こいつだけ宇宙の彼方へでも転送……」
「もしそこに他の生命体がいたら? とんでもない迷惑をかけてしまうよね? だから転送先はちゃんと確認する必要がある。でも、遠ければ遠い程、確認にはどうしても時間がかかってしまう。残念ながら、もうそこまでの時間はなさそうだよ」
リオがゆっくりと振り返り、オレと視線が交わう。
その時のリオの顔は、笑っているようにオレには見えた。
「だから、ボクも行かなきゃ。誰にも迷惑が掛からないところを見付けて、迷宮の主と一緒に捨てて来るよ」
ダメだ。そんなのダメだ。
危険すぎる。
だけど、リオを止める言葉が見付からない。
他の手段が、オレには思いつけない。
「ファム、ラヴィ。少しの間留守にするから、その間トーヤのこと、お願いね」
「リオ!」
「トーヤ。万が一の場合にはダーナグランの森のアルフィディアスを訪ねてみて。彼ならマイコとも知己だ。きっとトーヤの力になってくれる」
「何を……言ってるんだ、リオ? 万が一って……」
「大丈夫。すぐに帰って来る。三人は鉱山の村まで転送しておくから、先に王都に戻っててね」
「待て! リオ!」
「じゃあ、時間が無いから、行くよ」
「リ……」
オレはリオに向かって手を伸ばした。
必死に伸ばした。
だけど、その手には何も掴むことはできなかった。
一瞬眩暈に似たような感覚に襲われ、そして気付いた時には、オレたち三人は真っ赤な夕日が照り付ける大地に立っていた。
リオの言った通り、鉱山の村の近くに転送されていた。
そして、そこにリオの姿はなかった。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
長かった第四章も、あともう少しです。
もう少しだけ続きますので、お付き合いいただけると幸いです。
まだこの後、大事なイベントが……。
そう! まだ題名に載ってない人が一人いるんですよ。(笑)
では、そういうことで!
次話「109. 異世界のアルテミス」
どうぞお楽しみに!