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106. 青から黒へ

「ぐっ……!」


 迷宮の主が大きく身体をのけぞらせ、オレの剣をぎりぎりで避けた。

 オレの剣がそのまま流れる。

 その隙に、素早く後ろに跳んで距離を取られてしまった。


 ――ちっ!


 思わず心の中で舌打ちをしてしまう。

 もう一歩、いやもう半歩深く踏み込んでいれば捉えられたものを!


 迷宮の主は太い柱に寄りかかるかのように左手をついている。

 右手首から先は斬り落としたため、武器も持っていない。

 ヤツが使っていた戦斧はオレの後ろに斬り落とした手と一緒に転がっている。


 オレは一度体勢を整え、大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐き出した。


 戻ってきたラヴィがオレの右に立つ。

 そしてファムもオレの左に立った。


 三人で並び立ち、迷宮の主を見据える。


「二人とも、大丈夫だな?」

「ええ」

「もちろんです!」


 二人ともすぐにそう返答してくれた。

 その声にも力がこもっている。


 これなら大丈夫だ。


 先程の攻撃は、あと僅かというところで逃がしてしまったが、焦らなくていい。

 間違いなくオレたちの方が押している。

 このまま三人で攻撃を繰り返せば、必ずヤツを捉えられるハズだ。


 この三人なら、きっとできる。


 迷宮の主ヤツは必ずここでしとめる!


 ラヴィが長槍ヴァルグニールを、ファムがトレンチナイフを構える。


 そんな二人を横目で見た時、ふと不思議な感覚がよぎった。


 野干や大砂蛇など、今までもオレたちは一緒に戦ってきた。

 でも、こうやって三人で並んで立ったことはなかったかもしれない。


 なのに、なんだろうな、この感じは。

 今まで何度もこうやって一緒に戦ってきたような、そんな不思議な感覚がする。


 そういえば、つい先日にも似たようなことを思ったっけ。

 あれは……そう、みんなで山の中腹から朝日を見た時だ。


 その時の記憶が蘇る。


 星々が輝きを失い、眩い光で白銀に染め上げられた、現実感のなくなったような世界の中、オレの肩に載せられたファムの手とラヴィのやわらかい髪から伝わってきた二人の温もり。もちろんはっきりと憶えている。


 その二人と、オレは今ここに立っている。


 この二人とオレは今、共に戦っている。


 この二人と一緒なら、こんなヤツに負ける気はしない!


 剣を持った右手に自然と力が入る。

 そしてオレは、迷宮の主に向かって一歩踏み出した。


 それを見て、迷宮の主が一歩後ずさる。


 オレはさらに一歩足を進める。


「くそっ! 一体なんなんだ貴様らは! ただの人族と獣人のくせに! ふざけるなあー!」


 迷宮の主が左手を広げてオレたちに向ける。

 その指が一瞬眩く光ったのが見えた。

 何かがオレたちの上を通り過ぎる。

 そんな気配を感じた。


 だがもちろん、オレたちには何の影響も無い。


 ほんの一瞬だけ、離れて見ているリオに視線を向けてみた。

 リオの顔は、なんとなく笑っているような気がした。


 ――ありがとな、リオ。


 オレは再び迷宮の主を見据え、ゆっくりとさらに一歩足を進めた。


「くそっ! ならば!」


 迷宮の主が近くの柱に向かって指を広げた。

 その途端、柱の一部が弾ける。


 今度は何をするつもりだ?

 柱を壊している?


 そう思った時、迷宮の主が壊していた柱に抱きついた。


「ふんっ!」


 そう言って、柱から大きな塊を引き抜き、それを両手で頭の上に持ち上げた。


 ――それを、投げつけてくる気か!


「二人とも、オレの後ろに」


 オレの言葉に二人は一度頷いて、素直にオレの後ろに下がった。

 そしてオレは迷宮の主ヤツを見据えながら剣を構える。


 今迷宮の主ヤツが持ち上げている塊は、直径にして一メートルくらいだろうか。こちらが最初に放った《炎岩砲フレイムカノン》と同じくらいの大きさがある。


 あの時、迷宮の主ヤツは《炎岩砲フレイムカノン》を防いだ。

 甲冑の頑強さもあるだろうが、戦斧だけであの高速で飛来してくる大岩を防ぎ切った。


 それを見たとき、オレにはそんなことできないかもしれないと思った。


 だが、不思議なもんだな。

 なんでだろう。


 今のオレなら、できる気がする。

 根拠なんかもちろん何も無い。

 だけど、そう思えるんだ。


 オレの後ろには、オレを信じて任せてくれた二人がいる。

 彼女たちの信頼に応えるためなら。

 後ろにいる彼女たちを守るためなら。

 オレはきっとできる。


 大丈夫だ!

 今のオレなら、きっとできる!


 オレは剣を両手で持ち、ゆっくりと大きく頭の上に振り上げた。


「潰れちまえー!」


 迷宮の主が勢いよく足を踏み出しながら、大きな塊をオレたちに向かって投げつけた。

 予想を上回る程凄い勢いでその塊が迫って来る。


 やはり迷宮の主こいつのパワーはかなり強いようだ。


 そんなことを頭の隅で考えながら、オレは飛来してくるそれを凝視しつつ、息を大きく吸い、そして――


「やぁあああああああああああ!」


 剣を握る手に力を込め、迫ってきた大きな塊に向かって剣を降り下ろす。


 オレの剣が青白い軌跡を描きながら、飛んできた塊を捉える。


 その手ごたえを感じた瞬間、オレはさらに大きく踏み込み、渾身の力を込めて剣を振り抜いた。


 大きな塊が左右二つに割れ、オレたちの横を過ぎ、そして大きな音を響かせながら地に転がっていく。


 オレは、肺に残っていた空気をすべて吐き出すかのように、息を吐いた。


「トーヤ、そのまま動かないで!」


 後ろからファムの声が聞こえた次の瞬間、背中そして肩に軽い衝撃を感じた。

 気付くとファムがオレの頭上を超え、高くに跳んでいた。


 ――オレを踏み台にしたぁ!?


 思わずそんなお約束のセリフを心の中で呟いてしまった時、オレの右を何かが駆け抜けていく気配を感じた。


 ラヴィだ。

 紅い長槍ヴァルグニールを構え、体を低くし、迷宮の主に向かって駆けていく。


 ファムが上空から両腕を交差させるように振り、迷宮の主に向かってナイフを投げつける。


 だが迷宮の主の顔は上を向いている。

 ファムの投げたナイフにちゃんと気付いている。

 左拳を握りしめ、向かって来るナイフを迎撃すべく拳を振り上げる。


 まさにその瞬間、ラヴィが迷宮の主の懐に飛び込んだ。


「砕け散れぇー! 《爆砕》!」


 叫ぶ声と共に力強く踏み込み、渾身の一撃を迷宮の主の喉元に突きだした。


 刃先が迷宮の主に触れた瞬間、ヴァルグニールに組み込まれた魔法陣が発動し、激しい轟音が鳴り響く。爆発の煙で一瞬ラヴィと迷宮の主の姿が隠れるが、そこからラヴィが飛び出してきた。


 ――迷宮の主は? やったのか?


 だが、煙の中に揺らめく巨躯の姿が見えた。


 ――まだか! なら!


 オレは剣を左脇に構え、煙の中に飛び込んだ。

 立ち昇る煙のため、はっきりとは視認できないが、目の前の巨体の首筋に向かって、右脚を強く踏み込む。


 ――この距離なら!


 オレは全ての力を注ぎ込むかのように、体重もをかけるように体を傾けながら、剣を右へ振るった。


 煙の中を、青白い軌跡が描かれる。


 ……正直、これで勝ったと思った。


 ターゲットは目の前にいる。

 手を伸ばせば届くような位置にいる。


 相手は何も持っていない。

 戦斧は転がったままだし、他には何も手にしていない。

 例え武器を持っていたとしても、オレの高周波振動の剣であれば、その武器を破壊することができる。

 例え盾を持っていたとしても、その盾ごと相手を斬ることができる。


 今までそうだった。

 今までそう思っていた。


 このとんでもないチートな武器に、斬れないモノなんかない。

 そう思っていた。


 だから、オレは目の前で起きていることが一瞬分からなかった。


 いつものように、わずかな手ごたえをもって、迷宮の主の首を刎ねたとばかり思っていた。


 なのに……


 オレの剣は迷宮の主の首に当たったまま、それ以上動かなかった。

 迷宮の主の首を斬ることができないでいた。


 ……な……ぜ……?


 さっきは全く問題無く手首を斬り落とせたハズだ。

 なのに、何故首が斬れない?


 支援魔法が切れてパワーとスピードが足りなかった?

 いや違う。

 感覚で分かる。

 切れてなんかない。


 間違えて高周波振動を無効にしてしまった?

 いや違う。

 そんなミスするもんか。

 実際、さっき確かに青白い軌跡が見えた。


 ……じゃあ、何故?


「トーヤ!」


 ファムの声でオレは我に返った。

 見上げると、迷宮の主の左拳がオレを目掛けて振り下ろされるところだった。


 間一髪で後方に跳んで避ける。


 迷宮の主の左拳が地を激しく叩き、その轟音が響き渡る。


 オレはファムとラヴィの近くに着地し、迷宮の主に視線を向け、そして目を見張った。


 ――なんだ、あれは!


 さっきは気付かなかった。

 迷宮の主の様子が変わっていることに。

 ヤツの甲冑の色が、青から黒に変わっていることに。


「くっ……くくく。あっははははは……」


 迷宮の主の高笑いが周囲に響いた。


いつも読んでいただき、ありがとうございます!


いよいよ戦闘も佳境へ!

次話「107. 夢の兵器」

どうぞお楽しみに!

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