104. 迦具土誕生
迷宮の主が手を降り下ろすのと同時に、激しく燃え盛る炎を纏った紅の獅子が口を大きく開け、オレ達に向かって文字通り宙を駆けだした。
その迫りくる炎の獅子の姿に、思わず剣の上に乗せている両手に力が入る。
だが、オレはそれ以上動かない。
そうだ。
剣を取る必要はないんだ。
何故なら、リオがいるのだから。
リオがやると言っているのだから。
オレは、何もする必要なんか、無い!
だよな! リオ!
オレは紅の獅子を睨む瞳に力を込める。
そこへ、やはりと言うべきか、太々しいとも思える声がオレの耳に届いてきた。
「ふぅーん。なかなか面白い使い方をするんだね。でも、そんなただ動物を模しただけの炎なんて」
それは間違いなくリオのセリフだ。
次の瞬間、オレ達の目の前、残り数メートルといったところで紅の獅子は急に立ち止まった。そして、見えない何かに捕まったかのように身悶えし始める。
「なんだ? どうした、紅の獅子よ! 早くそいつらを……」
迷宮の主が思わず疑問の声を上げたが、その語尾が途切れる。
迷宮の主にも分かったのだろう。
紅の獅子が、徐々に徐々に小さくなっていることに。
どうしてそんなことになっているのか、それはオレにも分からない。
分かるのは、これがリオの仕業だろうということだけだ。
一体何をしたんだ、このチート鳥は?
オレ達の見ている前で、紅の獅子は悶えながら、みるみるうちに小さくなっていき、そして最後はフッと消えてしまった。
「なっ!? なんだと!」
迷宮の主の驚きの声が広間に響き渡る。
心情的にはオレも全く同じだ。
あれ程激しく燃え盛っていた炎に、何をどうしたらそんなことができるんだ?
たんにリオの魔法の力のほうが迷宮の主より上で、ヤツの魔法を打ち消してしまったということなのか?
だが、その答えはすぐにリオから発せられた。
「何を驚くのさ。すごく簡単なことだよ。炎なんて、酸素の供給を遮断してしまえば簡単に消えるんだよ」
……あっ!?
思わずリオに視線を向けた。
それは……言われてみれば確かにそうかもしれないけど。
でも、いつの間にそんなことやったんだ?
しかも、それを事もなげにやってしまうとは。
「バカな……。バカな、そんなことあるハズが無い!」
迷宮の主は叫びながら再び両手を上に挙げた。
そして現れたのは、やはり紅の炎。
ただし今度はその数が三つに増えていた。
それはつまり、今度は紅の獅子が同時に三体現れるということか?
単体だけでなく、複数もできるのか!
呪文を詠唱し始める迷宮の主を見ながらそう思った時、リオが大きく羽を広げた。そして、それと同時にオレ達の頭上数メートルの高さに一つの小さな蒼い炎が灯る。
――これって、まさか……!
続けて聞こえてくるリオの声。
「魔法を超える魔法? 神力? そう言うなら……」
リオのセリフに応じるかのように、小さかった蒼い炎が一気に大きく膨らむ。
その大きさは迷宮の主が出している紅の炎と同じくらいだ。
だが、その温度がまるで違うと思う。
紅い炎と蒼い炎。
温度としては蒼い方が高い。
以前そんなことを学校の授業で聞いた覚えがある。
そして、今まさにそれが実感できる。
すごい!
なんて熱量だ。
ここまでその熱が伝わって来る。
「これくらいの炎、出して見せてよね!」
リオのそんな大きな声と同時に、蒼い炎が大きく羽を広げた。
思わず目を見張る。
そこに現れたのは体長五メートルはありそうな、揺らめく蒼い炎を纏った鳥。
――やっぱり! リオもできるのか!
いや、これはもしかして、迷宮の主の神力を盗んだのか?
だから、さっきヤツの邪魔をせず、神力を使うところを観察していたのか?
それにしたって、さすが魔法疑似生命体と言うべきか。
詠唱なんかを使っていないからか、炎を出してから動物の形態に持っていくまでがすごく速い。
迷宮の主のほうが先に炎を出したハズなのに、やつはまだ詠唱の途中だ。
それに……
オレは目を細めながら、頭上の蒼炎の鳥を眺める。
とても綺麗だ。
素直にそう思う。
蒼く揺らめく炎の体がこの上なく神秘的で幻想的に見える。
さっきリオは動物を模したと言っていた。
だからこれも生きているのではないのだろう。
生きているように見せているだけなんだと思う。
もちろん炎でできた生物なんていないだろうから、当然と言えば当然なんだが。
頭では分かっていても、正直そうは見えない。
こんなのを見せられると、そういう生物がいるんだと言われても信じてしまいそうだ。
「バカな……。ありえない……」
迷宮の主の驚きの声が聞こえる。
リオが出した蒼炎の鳥に驚いて、どうやら詠唱を中断してしまったようだ。
それに対して、リオがすごく得意げな、そしてなんか嬉しそうな声で答えた。
「ふふふ。何がありえないのさ。ボクが君と同じ魔法を使えること?」
「黙れ! オレ様のはそんな安っぽい魔法なんかじゃない! オレ様のは、神の御業、神力だ!」
そして迷宮の主は呪文の詠唱を再開したようだ。
この隙をついて攻撃すればと思うのだが、どうやらリオにその気はないらしい。
しかも、オレからするとかなり呑気なことを口にしてくれた。
「ねぇ、トーヤ。この子になんか名前を付けてあげてよ」
「えっ!?」
名前? この炎の鳥に?
なんで今ここでそんな呑気なことを……と思いつつも、もう一方ではどんな名前がいいかと頭が回転し始める。
炎を纏った鳥から思いつくもの。
鳳凰、不死鳥、そして朱雀。
そんな名前がすぐに頭に思い浮かぶ。
……いや、鳳凰はちょっと違うか?
鳳凰というのは五色絢爛な色彩だとか、鳳はオスで凰はメス、その二羽で一対だとか聞いたことがある。
朱雀は?
いや、ダメだな。
朱雀の朱は赤のことだ。
不死鳥も、なんとなく紅い炎というイメージがある。
そう考えると、この目の前にいる蒼い炎を纏った鳥には、どれも合わない気がする。
それに、これらは神獣や霊鳥と呼ばれるものだ。
紅い炎より蒼い炎が上とするならば、付ける名前もそれらよりもっと上位の……
「……じゃあ、迦具土でどうだ?」
「迦具土か。トーヤの国での火の神の名前だね。なかなか洒落てていいんじゃないかな」
どうやら気に入って貰えたらしい。
「……目覚めよ。紅の獅子共よ」
聞こえてきたそのセリフに視線を向けると、迷宮の主の詠唱が終わり、三体の紅の炎を纏う獅子が現れたところだった。
そしてすぐさま迷宮の主が叫ぶ。
「往け! 紅の獅子共よ! 今度こそあの生意気な鳥野郎を丸焼きにしろ!」
それに対し、リオもまた蒼き炎を纏う鳥に命じる。
「さあ、思う存分暴れておいで。迦具土!」
迦具土と名付けられた蒼炎の鳥が一度大きく羽ばたき、宙を駆けて来る三体の紅の獅子に向かって飛ぶ。その軌道が大きく右回りに螺旋を描く。
蒼き炎の鳥と紅き炎の獅子が交差する。
その瞬間、激しく炎が飛び散った。
それは本当に一瞬の出来事だった。
ぶつかり合うような音もしなかった。
ただ、迦具土が通った後には、弾けた紅き炎だけが舞い散っていた。
そこにはもう、獅子の姿は一体も残されていなかった。
「バカ、な……」
迷宮の主の、信じられないという思いがこもった呟きが聞こえてくる。
だが、それで終わりじゃない。
まだ迦具土は止まらない。
さらに大きく螺旋を描き、迷宮の主に向かって飛んでいく。
迷宮の主が迦具土に向かって両手を突き出した。
それを避けるかのように蒼炎の鳥は一旦上に上がり、そして迷宮の主に向かってその頭上から突っ込んだ。
「がががぁあああああーーーー!」
迦具土の蒼い炎に呑み込まれ、迷宮の主の絶叫が周囲に響く。
「うぐぐぐ……。き、消えろーー!」
迷宮の主が吠える。
だが蒼い炎は消えない。
それどころか、迷宮の主のまわりを渦巻き、その威力を増したかのようにさえ見える。
「何故……。何故だ。何故、消えん。ぐぁああああーーーー!」
やがて迷宮の主が片膝を突いた。
その途端、ヤツのまわりを渦巻いていた蒼い炎がフッと消えてしまった。
続いてリオの押し殺したような声が聞こえてくる。
「これくらいで昇天してもらっちゃ困るよ? まだまだこっちの気は済んでないんだからさ」
そのセリフを聞いて、オレはゆっくりとリオの方に振り向いた。
そして思ったよ。
……鬼だな。
って。
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
次話「105. 三対一」
どうぞお楽しみに!