102. トーヤ、激昂
迷宮の主が待つ最深部へ続くと思われる横穴を抜けた時、そこに広がる思わぬ光景を見て、オレ達の足が止まった。
「……なに、これ」
そう呟いたのはラヴィだ。
だが、オレも全く同じ感想を抱いていた。
先に索敵魔法で、ある程度状況把握ができていたであろうリオは分からないが、きっとファムもそうだと思う。
そこは、今までとは比べ物にならないくらい非常に明るく、まるでどこかの城の大広間といった光景だった。
その壁は、今までのような土くれではなく、白い大理石のように綺麗に均されていて、左右には凝った細工が施された太い柱が何本も規則的に立ち並び、そしてその中央にはご丁寧に赤い絨毯のようなものまで敷かれている。
そして長い長い絨毯の先、大広間の奥は階段のようになっており、その一番上の段には、さながら玉座のような煌びやかな椅子が配置されていた。
そこに座っているのは、全身を青い甲冑で纏った人物。
――あれが、迷宮の主か?
「……やっと出てきたわね」
ファムがそう呟いて一度舌なめずりした。
まるで今すぐにでも駆け出して行ってしまいそうだ。
一人で勝手に飛び出したりしないよう、声を掛けておこうかと思った時、ラヴィの肩に止まっていたリオが口を開いた。
「やっぱり。これで確定だね」
ん? 何のことだ?
視線を向けると、一度頷いたリオは続けてオレ達に説明してくれた。
「迷宮の主の後ろに飾ってある、あの旗だよ。あそこに描かれているのは《空人》が使っていた彼等のシンボルなんだ」
言われて、オレは改めて玉座の後ろの方に視線を向けた。
リオの言う通り、そこにはまるで大きな国旗のようなものが飾ってある。
金色に縁どられたその旗に描かれている絵は、生い茂る木と、その上に円盤のようなものが配置されているものだった。
「あの木はエルフの森にある世界樹を指しているんだ。そして、その上に浮かぶ島《空島》を表している絵なんだよ。もっとも、実際には《空島》が世界樹の上にまで昇ることはなかったハズだけどね」
世界樹と空に浮かぶ島……
言われてみれば、確かにそんな風に見える。
そしてそれをあんな風に飾っているんだ。
やはり迷宮の主はリオの言う通り、《空島》や《空人》に関係する者ということか。
オレは再び玉座に座る蒼い甲冑に視線を向けた。
オレ達がここまで来たことは既に分かっているハズだ。
だが、迷宮の主はまだ動いていない。
何か、企んでいる可能性があるか?
周りに視線を向けてみるが、特に何かがいきなり襲ってくるという事でもなさそうだ。
ラヴィとファムがオレに視線を向けてきた。
オレは彼女たちに一度頷いて見せ、ヤツに向かってゆっくりと足を踏み出した。
二人も、オレの後ろから周りを警戒しつつ、ついてきてくれているようだ。
顔は正面の玉座のほうを向いて、視線だけ周りに注意しながら歩みを進める。
この大広間は、いわゆる謁見の間というやつなんだろうか?
オレはあちらの世界もそうだが、こちらの世界の城がどうなっているモノなのか、実際のところ良く知らない。だがなんとなく、ファンタジーな映画やアニメなどで見た、王様に謁見する場所に似ているように思える。
違いがあるとすれば、映画やアニメだと周囲にはずらりと騎士や他の貴族だかが並んでいるモノだが、ここにはそういう存在は見当たらないことか。
やはり、迷宮の主には仲間のような存在はいない、と思って良さそうだ。
オレ達が赤い絨毯に足を踏み込んだ時、奥の玉座らしき椅子に座っている青い甲冑から声が聞こえてきた。
「……ようやく来たか。遅いぞ、地上の羽虫共が。待ちくたびれたぜ」
羽虫? オレ達の事か?
オレ達は一旦そこで歩みを止め、前方の玉座に視線を集中させた。
声は確かにあいつから聞こえた。
そしてその声は、今まで聞いてきた迷宮の主と同じものだった。
あいつが迷宮の主で間違いなさそうだな。
迷宮の主は大仰に足を組み、肘掛に頬杖をついたまま言葉を続けた。
「さっさと来るかと思えば……。このオレ様をこんなにも待たせるとは」
迷宮の主のイラつきを含んだような声に、何故かリオが嬉しそうに呟いた。恐らくは本人には聞こえないくらいに抑えた静かな声で。
「ふっふっふ……。少しは放置プレイが効いたかな?」
――いや! それはもういいから!
だが当の本人は、残念ながらちょっと別の解釈をしていたみたいだ。
「怖じ気付いて、逃げ出したかと思ったぜ。わっははははは」
そのセリフにリオとファムの目が一瞬ピクッとしていた。
それどころか、目付きがさらに険しくなった気がする。
「ふっ。まあいい。逃げ出さなかったことは褒めてやる。よくぞここまで辿り着いたな、地上の羽虫共よ。ここまで来れたのは貴様らが初めてだ。歓迎してやろう」
そう言って迷宮の主は玉座から立ち上がった。
ファムの「何を偉そうに……」という呟きが耳に届いたが、それはちょっと苦笑いと共にスルーさせてもらい、オレは迷宮の主を凝視した。
足の先から頭の天辺まで綺麗な青い甲冑に身を包まれ、背には赤いマントが見える。
見るからに豪華そうなマントだ。
赤い生地を基本として、襟周りは輝きをもった宝石のようなものに彩られており、さらに裾周りは金糸による複雑な刺繍が施されている。
このマントだけで、いかにも王様といった感じだ。
だが、そんなことより気になるのはヤツの体の大きさだ。
かなり大きい体躯に思える。
三メートル、いや四メートルくらいはあるんじゃないだろうか。
紅鎧より少し大きいくらいだと思うが、あんなに背の高いやつが中に入っているというのか?
先のリオの話だと、エルフ族の身体能力は人族とさほど違いはないと言っていたけれど、体の大きさは違うのか? エルフ族というのは、そんなに体が大きい種族だったのか?
そんなことを考えて観察に集中していたオレの横で、ラヴィの肩の上からリオが口を開いた。
「歓迎? ふーん。何か豪華な料理や酒でも出してもてなしてくれるのかな? ああ、でもそれより先に名乗りぐらい上げてくれるのが、もてなす側の最低限の礼儀じゃないかな?」
「あいかわらず口がよく回る鳥だ。だがいいだろう、特別に教えてやる。オレ様がこのガンボーズ迷宮の主ギム……」
「そんなくだらないことはどうでもいいんだ。それより確認したいことがある」
そう言ってリオはピシャリと迷宮の主のセリフを遮った。
……なんか、デジャヴを感じるのはオレだけか?
「てめぇ、また……」
「この迷宮がいつ頃から始まったのか知らないけど、ここまでたどり着いたのは、ボク達が初めて? 今、そう言ったよね?」
「ああ、それがどうした?」
「それは、この迷宮に迷い込んだのは、ボク達が初めてという意味?」
「あん? そんなこと聞いてどうする?」
「いいから、答えて!」
「ホント、むかつく程偉そうな鳥だな。……おい! お前!」
そう言って迷宮の主は視線をオレに向けてきた。
……実際には、甲冑に隠れているためヤツの目が見えているわけではないのだが、なんとなくそんな気がする。
「お前がこの鳥の飼い主だろう。躾がなってないぞ!」
……リオを躾ける? そんな怖いことできるか!
だけど……
オレはちらっとリオに視線を向けてみた。
だけど、迷宮の主じゃないけど、そんなこと聞いてどうするんだ?
当のリオはオレの視線に気付かないかのように、前を向きながら迷宮の主に向かって言葉を続けていた。
「……答えられない? そうか、そうだよね。あまりにも認知度の低いマイナーな迷宮だもんね、ここは。さらにそれを認めてはマイナー中のマイナー、キングオブマイナーな寂れた迷宮だと認めることになるから答えられないんだね? 哀れだね。可哀想に……」
「はっ! この鳥野郎が! 確かにこの迷宮は入口が分かりにくいが、別にお前たちが初めてってわけじゃねぇ。今までにも入ってきたヤツはいたんだよ!」
「そんな見栄を張らなくてもいいんだよ? 剣歯白虎だって、さっきのが初お披露目だったんでしょうに。嘘付いたってバレるんだから」
「嘘じゃねえ!」
迷宮の主が右脚で大きな音を立てながら床を踏み鳴らす。
「……じゃあ、なんでここまで来たのは、ボク達が初めてなのさ」
――あっ!
そうか。ここまで来たのはオレ達が初めてなんだとしたら、じゃあ今までにもいたという、この迷宮に迷い込んだ人たちは? どうしたんだ?
まさか……
「くくくっ。決まってるだろう。そのほとんどは大砂蛇の胃袋の中さ」
その言葉にオレは息を呑んだ。
……迷宮とはそういう場所だ。危険な場所なんだ。
分かっていたことなのに、改めて聞かされるとこんなに嫌な気分になるものだとは。
「はっ! ついでに良いこと教えてやろうか。大砂蛇があれだけ大きくなったのは何故だと思う?」
なんだ急に。
何故って、それはなんらかの神力によるものなんじゃ……
「それはな、餌が良かったからさ」
……餌? 大砂蛇の……餌?
ちょっと待て。
この話の流れで、餌って……まさか……
「長い間、いろいろと試したんだぜ。砂漠に住んでいる動物なんかはもちろん、人里を襲わせてそこに飼われている家畜なんかでも試してみた。だがな、やっぱり大砂蛇の成長に一番の餌は……」
――止めろ! 聞きたくない!
オレは自慢げにしゃべり続ける迷宮の主から視線を外し、目を強く閉じた。
だが、もちろんヤツはそれで話を止めるわけも無く……
「人なんだよ! そこにどんな理屈があるのか知らねぇ。人族がいいのか、それとも獣人がいいのか、まだそこまでは確認できてねぇがな。だが、人が一番良いのは確かなのさ」
オレは、知らず知らずに両手を強く握りしめていた。
あの巨大な大砂蛇は、人を餌としてあれ程大きく成長した存在だったのか。
六匹、いや地上で仕留めたやつも併せて七匹の大砂蛇をあそこまで大きく育てるのに、一体何人もの人を犠牲にしてきたんだ。
「全く。オレ様がこれまで丹念に育て上げてきた大砂蛇をあっさりと全滅させやがって。だが、まあいいさ。今まで得られた情報を元に、検証がてら最初からやってみるのも悪くない。むしろ、そういう良い機会を得られたってことだな。わっははは」
それは、また人を餌として大砂蛇に襲わせるってことか?
こいつは、そんなくだらない実験だか自己満足だかのために、多くの人を犠牲にするというのか?
こいつは、これからもそんなことを続けるというのか?
オレは、閉じていた目を開いた。
両手を握りしめたまま、迷宮の主を睨みつける。
噛みしめる奥歯に強く力が入る。
今までオレは、迷宮の主に対するリオやファムの怒りをどこか他人事のように考えていたように思う。
リオは引っかけ問題にやられて業火に巻かれた。
普通の人だったらひとたまりも無かっただろうが、でも幸いにもリオはこの通り無事にいる。
ファムは死ぬほど恥ずかしい目に遭わされたが、それ自体に命の危険があったわけじゃない。
だから、二人がどれほど迷宮の主を憎らしく思っていたとしても、口ではいくら「殺す」と言っていたとしても、それでも、もしかしたら最後は許してやるということもあり得るかもしれないと、何処か頭の片隅で思っていた気がする。
だけど、それは、考えが甘かったんだ。
オレの考えは、やはり甘かったんだ。
こいつは、ダメだ。
こいつは、このままにしておいてはいけない存在だ。
絶対に、ここで仕留めるべきだ!
「リオ」
オレは相棒の名を、押し殺したような静かな声で呼んだ。
そして右手を広げながら高く挙げる。
迷宮の主はまだ何かを自慢げに話しているようだが、もう聞く必要なんか無い。
聞きたくもない!
もう、くだらない戯言は十分だ!
「《炎岩砲》!」
ひさしぶりに口にしたその名。
リオはちゃんと覚えていてくれたらしい。
高く挙げたオレの右手の上に現れたのは、直径一メートルくらいの、炎を纏った大きな岩石。
その途端、迷宮の主は話を止め、押し黙る。
いや、迷宮の主だけじゃない。
ファムとラヴィもまた、オレとオレの上に出現した燃え盛る岩石に釘付けになっているのが分かる。
オレは大きく息を吸い、そして力の限り叫んだ。
「ファイアァァーー」
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
いよいよ始まる迷宮の主との最後の戦い。
その勝敗の行方は!?
……と、たまには煽り文句を入れてみる。(笑
次話「103. 紅の獅子」
どうぞお楽しみに!