101. 意識の存在
オレは取り出した水筒から水を一口飲んだ。
「あ、トーヤさん。アタシの、補給してもらっていいですか?」
オレと同じように水を飲んでいたラヴィがそう言ってきた。
どうやら水筒が空になったらしい。
「ああ。貸してくれ」
オレはラヴィから水筒を受け取ると、いつものように手をかざして水筒に水を注ぎ込んだ。どうやら砂漠地帯と違い、ここには湿度がある程度あるみたいで、特に範囲を指定しなくても楽に水は集まるみたいだ。
その様子をラヴィが興味深そうにじぃっと見ている。
もう何度も見たことある光景だろうに。
それでもまだ興味は失せないもんなんだろうか?
「ファムはどうする?」
満タンになった水筒をラヴィに返しながら、その隣に座っているネコ耳娘に尋ねてみた。
「ワタシのはまだ大丈夫」
「そうか。無くなりそうになったら遠慮なく言えよ?」
「ええ」
オレは残りわずかだった自分の水筒の水を飲み干し、そして手をかざして補給をし始めた。
水筒に注ぎ込まれていく水を見ながら、今リオが話してくれた内容に自然と思考が傾いていく。
神力のこと。
《空人》のこと。
そして、迷宮の主のこと。
「……なあ、リオ」
「ん? 何、トーヤ?」
オレは水を満タンに入れた水筒の蓋を閉めながらリオに声を掛けた。
「迷宮の主が神力を使うから《空人》じゃないかという話だけど、そんな遥か昔から今まで、あいつは生き続けてきたんだろうか?」
「……いや。それは、ちょっと違うと思うよ」
ん? どういうことだ?
オレは水筒を自分のバッグにしまいながら、視線をリオのほうに向けた。
「エルフ族はこの世界で最も長命な種族と言われている。人族の寿命は六十年から八十年、獣人は約三百年、そしてエルフ族は千年近くを生きる。もちろん多少の個人差はあるよ。だけど、それでも三万年を生きることはありえない。それに、あいつは生命体じゃない。そう言ったでしょ?」
「あ、ああ、確かに。でも、じゃあ何なんだ?」
そうだった。
その話がまだあったんだ。
あれだけ会話もできるのに、生命体じゃないとしたら何だと言うんだ?
もしかして、《空人》の亡霊、とか?
ははは……まさかね。
そんなものありえないだろう。
オレは幽霊とか亡霊っていうのは、基本的に信じていない。
そんなものはありえない。
あるハズがないんだ。
……別に、怖いとか、そういうわけじゃないよ? ホントだよ?
しかし、続けて口を開いたリオの話も、オレの想像の斜め上を行っていた。
「……たぶんあいつは、記憶や人格、意識なんかを電子化した存在だと思う」
……は?
意識を……電子化?
なんだそれは?
「トーヤの世界での言葉を使うなら、精神転送ってやつかな。人工的な身体に精神を転送、もしくはコピーすることは、いわゆる人工知能の目標の一つとされることもあるんだけど、聞いたことある?」
「……いや」
「人の脳の電気回路を再現して、完全なシミュレーションを行おうとするプロジェクトなんかもあるみたいだよ。だけど、実現はまだまだ先になりそうだね。膨大な数の分子と分子間の相互作用をシミュレートするのは、現在のコンピュータではまだまだ難しいんだと思う」
でも、とリオは言葉をつないだ。
「そこに魔法が加われば話は違って来る。魔法は、魔法素粒子を使って現象や作用に影響を与えるものだ。それを応用すれば特定の分子間の相互作用なんかも模倣することができる」
「……つまり?」
「ぶっちゃけて言えば、人の意識なんかを無機物に転送することが可能なんだ」
……マジ……か? そんなことまでできるのか。
リオの言葉に驚かされるのは、一体これで何度目だろう。
っていうか、魔法って、ホント何でもありなんじゃないか?
今更ながらに、その無制限っぷりに驚愕するよ。
だけど、今はそれは置いとこう。
今はまずヤツのことだ。
「では、迷宮の主はそういう存在だと?」
「確証は無いよ。だけど、それならば色んなことに説明がつけられると思うんだ。最初に現れたとき、端末に意識を乗せていたことも。《空人》だったとして、そのような遥か昔の者が今なお存在し続けていることも、ね」
「そう……だな」
つまり、肉体は死んで精神だけが何かに転送されて残っている状態。
よく考えてみたらそれって、SFなんかでよくある話のような気がする。
アニメなんかでも、近未来的なヤツでは出てくるな。
テロリスト達と戦う全身義体化した女性とか、サイボーグ化された九人の少年少女達というのもそうじゃないか?
オレは目を閉じて一度大きく深呼吸した。
なんか、様々なことが一気に頭に入ってきて、正直理解が追いつかない感じだ。
だが、これからのことを考えるとのんびり熟考している余裕なんかない。
いろいろと情報は得ることはできたんだ。
もちろん全て確証があるわけではない。
推測の話だ。
でも、辻褄は合っていると思うし、リオがそう言うのであれば、たぶんそんなに間違ってはないんじゃないかと思う。
だとしたら、残る問題は……
勝てるだろうか、オレ達は。
休憩が終わり、通路を進めばいよいよラストステージだ。
どういう経緯になるにしろ、きっとラスボスである迷宮の主との対決になる。
じゃないと、少なくともリオとファムは収まりがつかないだろう。
それに、向こうも多分そのつもりだ。
単純な数で言えば、恐らく四対一だ。
今までの様子から、迷宮の主には仲間のような者はいないと思う。
だが、剣歯白虎や大砂蛇のように、手下のようなモノはいるかもしれない。
灰小玉鼠の時のように数で押し切られてはかなり面倒になる。
それに、何と言ってもヤツは神力を使う。
魔法を超える魔法。
そこが今までの敵なんかとは全く違う点だ。
もしかしたら、今回の戦いは魔法戦になる?
どちらにしろ、ヤツの神力に対抗できるのは、恐らくはリオだけだ。
「リオ」
呼びかけに応じて振り返るリオの顔はいつも通りだ。
鳥の表情は相変わらず読み難いけど、特に不安を感じているようには見えない。
だけど、オレはやはり聞いておきたい。
「迷宮の主がどんな神力を使って来るか分からないが、それでも、あいつに……勝てると思うか?」
「愚問だね。あいつが神力を使おうが、《空人》だろうが全く関係ない。ぐうの音も出ないほどコテンパンにのしてあげるよ。その上で……」
「リオ!」
リオの言葉を遮って口を挟んできたのはファムだ。
「ワタシのお礼が済まないうちに、あいつを殺したり消滅させたりしないでよ? もしそんなことしたら……」
ファムはそこで一旦言葉を切り、舌なめずりしてから再び口を開いた。
「あなたでこの鬱憤、晴らすわよ?」
……言ってる内容が怖すぎる。
そういうのをあちらの世界では八つ当たりと言うんだが。
こちらの世界では、さてどうなんだろうな?
それにしても、リオだ。
「ファムの矛先がこっち向くのは勘弁してほしいけど、でも保証はできないなあ」
「じゃあ、例の作戦よ。殺ってもいいから、その後に生き返らせて」
「ああ、あの話? そりゃあそれができれば何も問題なくなるし、ボクもできればそうしたいんだけど、流石にちょっと無理かな」
本当に、全く不安は無いのか?
そりゃあ、神力と言っても、聞いた範囲だと魔法の延長のような感じだ。
リオはあちらの世界に長くいたせいなのか、むしろオレよりも物理や科学技術に詳しいくらいだ。
だから、リオも神力と言えるレベルの魔法を使えることは分かっている。
実際今までも重力魔法とか、光の矢のような、オレには仕組みすらよく分からないような魔法も使っていた。
だから、この自信、なのか?
ならば、大丈夫だと思って、いいんだよな?
信じて、いいんだよな?
オレは再び大きく息を吸い、そして吐き出した。
「よし! 行くか」
オレはまだ言い合っているリオとファムを後目に立ち上がった。
「はい!」
続いてラヴィも元気よく立ち上がった。
それを見て、リオとファムも言い合いを止めて頷いた。
「そうだね。迷宮の主もそろそろ、じりじりしている頃かもね。いつまで待たせるんだって。ふふふ。あいつに嫌がらせできるなら、このまま数日くらい放置プレイしてやってもいいんだけど。でもまあ、この位にしておこうか」
――おいおいおい!
若い女の子がいるのに、なんてこと口にするんだ、このアホ鳥は!
「……放置ぷれいって、何ですか?」
ほらぁ……
ラヴィが見るからに天真爛漫な瞳で聞いてきちゃったじゃないか。
知らないからな。
オレはそんなこと、絶対に答えないからな!
いつも読んでいただき、ありがとうございます!
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
お待たせしました! 次回、いよいよ迷宮最後の戦いが始まる……ハズ!
次話「102. トーヤ、激昂」
どうぞお楽しみに!