テイマー職は「ふぐぅ」です
タイトルが真っ先に思い浮かび頭を離れなかった結果、ほぼ勢いで書いてしまったため、ご都合主義&尻すぼみな点があります。ご容赦ください。
始まりの街ヒィトツのリスポーン地点、中央公園噴水前。
そこへ、光と共に2人の少女が突如として現れた。倒れ込むような妙な格好で出現した事からおそらく死に戻りしたのだろう。
突然の出来事とは言え、それ自体は別段珍しい事ではない。ただサービス開始から約6ヶ月。ゲーム内時間で1年半経ってプレイヤーの大半は第二の街フゥタツや第三の街ミィッツ辺りを拠点としており、またプレイヤー自身のレベルもこの辺りでは簡単に死なない程度にまで上がっている為、この街での死に戻りというのはかなり久しぶりの光景だ。
「ふぐぅ、負けちゃったよぉ」
「誰のせいだと思っているんですか。道中、薬を使いすぎです」
見るからにアホの子オーラを纏っている少女はその場でへたり込み、凛として真面目そうな兎耳少女は、現れてすぐ立ち上がりリアルでは服に付いであろうほこりを習慣的に払う。
「だってぇ」
「だってもへちまもありません。1回の戦闘終了毎に使って、肝心のボス戦前に手持ちがなくなるなんて信じられないです。もう今度から私が言うまで勝手に使わないでください」
「そ、そんなぁ」
そんな和やかなやり取りを、クエストで偶然ヒィトツへ戻っていたトルクは目撃した。
装備している物がいわゆる初心者装備な事であるから2人が初心者プレイヤーと言うことは明白。仮に縛りプレイの一環だとしてもここで死に戻りしている以上、多少の無茶をしているのは明らかだ。
ならば、ここで声を掛けて手助けをするのがベータプレイヤーたる自分の役目では無かろうか。そしてあわよくば彼女たちとフレンド登録を……。
「ほら、ライム。いつまでもへたり込んでないで行くわよ」
「待って、ミィちゃん」
ミィちゃんと呼ばれた兎耳少女が差しだした手に、ライムと呼ばれた少女が掴まり立ち上がる。
(やばい。行ってしまう!)
そう思ったトルクは慌てて2人に声を掛ける。
「なあ、お2人さん。もしかして初心者かい?」
「うん♪」
「そうですけど、あなたは?」
軟派チックな声がけになってしまったが、ライムはそんなことは気にせず明るく答え、対照的にミィちゃんは警戒心MAXで対応する。
そんな兎耳少女の態度にトルクは苦笑する。
「俺の名はトルク。ベータからのプレイヤーでそこそこ有名なつもり。今日はあるクエストの関係でこの街に来ていた」
「へぇ、すごいんだね」
「ちょっとライムは黙ってて」
「えぇ~」
トルクの自己紹介を受け、素直に感心するライムとそれを諫めるミィちゃん。どうやらミィちゃんの方はまだトルクの事を信じていないようだ。
「で、そのベータテスター様が私たちに何のようで?」
その冷たい眼差しにトルクはゾクッと身を震わせる。断じてMではない、ただクールな女の子が好きなだけと自分に言い含めているトルクにとって彼女はまさにどストレートであった。
「いや2人共初心者の様だし、もし困っているようなら手伝ってあげたいなと思ってさ。もし邪魔なら断ってくれて構わないけど、どうかな?」
トルクの申し出に2人は顔を見合わせる。
(どうする? 良い人っぽいよ?)
(私として邪魔されたくないのですが……)
パーティチャットで会話をしている為、トルクに2人の会話は聞こえていない。しかしトルクも歴戦のプレイヤーだ。その事は分かっているし、口を挟むような野暮をするつもりはない。
が、その会話をトルクにも聞こえる音が邪魔をした。
ぐぅ~。
腹の虫である。このゲームには満腹度が実相されておりその値が基準値を達するとステータスに制限がかかる。そして一定値まで満腹度が下がると今のように腹の虫で知らせてくれる。
ライムが顔を真っ赤にしている事から発生源が誰なのか容易に想像できる。設定で腹の虫を鳴らさないようにや自分だけに聞こえるように出来るのだが、どうやらライムはその設定をしていなかったらしい。
「えっと、僕もおなか減ったしとりあえずどこかへ食べに行こうか。おいしい店も知っているし、良ければ奢るよ?」
気まずい空気を感じつつ、どうにか言葉を紡ぎ出すトルク。下心はもちろんあるが、初心者が、それも死に戻りしたばかりの2人に金銭の余裕があるとも思えなかった上での気配りでもある。
(……ですが、お金がないのも事実。ここはひとまずご相伴に預かりましょう)
(わーい)
いきなり万歳をしたライムに一瞬びっくりしたトルクであったが、どうやら良い方向で話が纏まった様で一安心した。
「では、とりあえずご飯だけお世話になります」
「おねがいしまーす」
「……ライムに手を出したら即刻GMコールするんでよろしく」
「あはは……」
了承の言葉の後にミィちゃんのがボソッと漏らした厳しい一言にトルクは乾いた笑いで返すしかなかった。
(たぶん俺が手を出すとしても君の方だけどね)
「じゃあ早く行こっ」
そう言って公園の出口へライムが駆け出す。
「ほら、はらぺこさんが待ってますよ。……結構食べる方なので覚悟していてくださいね?」
「あはは、了解。あっ、ごめん。方向逆」
その後、逆方向へ走り去っていたライムにミィちゃんが連絡を入れて合流した目的の店で食事を取っていた。
「へぇ、じゃあ彼女がミーミアで君はライムっていうんだね」
「そだよ」
注文した食事をほおばりながらライムが答える。リアルだと言葉になっていないだろうが、そこはゲーム、問題なく会話は出来ている。
そしてライムの横ではミーミアが大量の野菜サラダをそしらぬ顔で食べている。ちなみにこれが3皿目。食べるのって君の方だったのかよとトルクが呆れたのは言うまでもない。
そんな2人を見つつ、2人の自己紹介から纏めた内容をトルクは整理する。
アホの子オーラ全快でアホ毛まで完備した身長が低めの少女がライム。相方で色白のクール系、長身の美少女がミーミアだ。2人共種族は証さなかったが、少なくともミーミアの方は兎系の獣人だろうとトルクは判断した。
話を聞くに第1陣の時期にはこのゲームを購入していたがちょっとした事情で、第2.5陣と言えそうな今の時期にプレイを開始した正真正銘の初心者プレイヤーだそうだ。
ただ、キャラクリエイトの際に絶滅危惧種的に不人気なテイマー職の復権に協力してほしいと運営から頼まれたそうで、その報酬としてテイマーがレベル20までに覚えるスキルをすべて覚えた状態でのスタートだったらしい。
「そだ、トルクさんは誰かいい友達知らない?」
友達。ライムはそう表現したが、それはプレイヤーではなくテイムモンスターの事だろう。
「ごめん。ちょっと分からないかな。そもそものテイマーが少ないからね。そっち方面の情報が出回らないんだ」
「そっか」
目に見えてしょぼんとするライムにトルクは慌てる。
「あっ、でもこの辺りで手強いモンスターなら紹介できるよ。ほら、敵にして強いなら味方にしても強いんじゃないかな」
「なるほど」
「ちょっと初心者には厳しいエリアになるから、僕も護衛兼道案内としてついて行ってあげるよ」
「いいの?」
「もちろん」
「あっ。でも今あたし達お金も薬もないから、補充するまでに時間がかかるよ?」
「いいよ。なんなら今回は僕が薬代を出してあげるよ」
「やったっ♪」
「ちょっと待って、ライム。……あなた、いったい何が目的ですか?」
ライムとトルクのノリのいい会話をミーミアがじと目で中断する。
「目的って?」
そのじと目に冷や汗を流しつつ、トルクが問い返す。
「初心者相手にそこまでする理由です。あなたには何のメリットもないですよね」
「んー、あるといえばあるよ? まず純粋にテイマー職について知りたいってのが1つ。知っての通りテイマー職ってのは不遇すぎて情報が全くと言っていいほどない。俺としてはどんな不遇職でも育てればそれなり、いや、序盤が不遇なら不遇であるだけ育ったときの見返りは大きいんじゃないかなと思っている。というかそうじゃないと報われないしね……」
トルクはそこまで言ってから一度飲み物に口を付けてから話を再開する。
「けどね。流石にテイマーは序盤が不遇すぎてね。何の情報もなしに1から調べるのは心折られるんだよ。というか、実は僕も最初はテイマーをしてたんだ。一生懸命育てたモンスターをちょっとのミスで殺してしまって心を折られた口だ」
このゲームでテイマー職が不遇と言われるのにはいくつかの理由がある。それはテイムのしにくさであったり、パーティ枠を取られる事であったりする。またモンスターにも満腹度が存在する為、食費などが他より掛かると言うこともある。
でも、それだけならば他のゲームでも良くあること。覚悟の上でテイマーを目指すプレイヤーは結構いた。
だがそんな彼らの心を折る更なる不遇がこのゲームにはあった。それはテイムモンスターはリスポーンしないと言うこと。死んでもデスペナ付きであれ復活できるプレイヤーと異なりテイムモンスターは復活できないのだ。
多くのデメリットに目を瞑り、苦労して育てたモンスターが死亡1回でお別れと言うのは心が折られて当然だ。
「だからかな。もしテイマーに希望を持てるなら悲しむ事のない様に手伝ってあげたいし、逆に不遇なままだとしても情報さえあれば思い直させる切っ掛けになる。君たちを人身御供みたいにしようとしているのは心苦しいけど、そのお詫びと言うのも込みで僕を連れていってくれないか?」
そこまで言われてライムとミーミアは顔を見合わせる。そして頷きあうと、頭を下げていたトルクに声をかけた。
「先ほどライムも言った通り現在の私たちはお金も回復アイテムも尽きている状態です。回復系のスキルも持っていません。道中、回復はあなた頼みとなりますがよろしいですか?」
「もちろん構わない」
「そうですか。では、その代わりとして私達から1つ情報を」
ミーミアはそこで一拍を置き、表情を柔らかくして言葉を続ける。
「テイマーがレベル20までに覚えるスキルの内、特徴的なスキルが2つあります。その1つがレベル10で覚える【人化】。テイムモンスター1体を人型にするスキルです」
「それは知っている」
そうトルクも知っていた。【人化】の存在が判明した一時期はテイマーが流行った事もある。だが【人化】したテイムモンスターとの死に別れが続発した事により多くのテイマーの心が折られ、逆に廃れていく原因となったのだ。
「そしてもう1つ。レベル20で覚える【永遠の絆】。テイムモンスター1体にプレイヤーと同じリスポーン特性を与えます」
その言葉を聞きトルクは目を丸くした。そして、机を叩きその場で立ち上がる。
「そ、それは本当かっ!?」
もしそのスキルが本当で、あの時に覚えていれば大事な相棒と死に別れすることはなかったのだ。
「えぇ、運営からの情報ですし事実、私たちの間でも発動してます。ね、ライム」
「うん♪ さっきもお別れになっちゃうかと思ったけど大丈夫だったよ?」
「と言うことなので、とりあえず座ってください」
気づくと突然立ち上がったトルクの方を何人かの客が見ていた。トルクは顔を赤くして慌てて座る。
「す、すまん」
「いえ、お気になさらず」
未だ赤い顔で謝るトルクに、素っ気なく返すミーミア。彼女自身は別に気にしていないらしい。
「ちなみにその情報は掲示板にあげても?」
「テイマーの復興に繋がるのなら問題ないと思います。が、あまりライムを巻き込んで欲しくはないです」
今現在【永遠の絆】を持っているのは彼女らだけである。だからもし【永遠の絆】の存在が明らかになった場合、その持ち主である彼女らに質問が集まる事になるのは明白。それは避けたいという事らしい。
「分かった。まずは仲間内で検証して、確定した後に掲示板に書くことにするよ」
「お願いします」
他に【永遠の絆】持ちがいるならば彼女たちに質問が集中する事もないだろう。
「ところでもう1つ気になることあるんだけどいいかな?」
「どうぞ」
「さっき君たちの間で【永遠の絆】が発動してるって言ってたけど、もしかして君たちのどちらかがテイムモンスターだったり?」
その質問にライムとミーミアが顔を見合わせ、少し後にライムからその答えが返ってきた。
「えへへ、それは秘密だよーん」
回答は秘密。だが2人の見せる悪戯っぽい笑みは正解なのだとトルクに告げている。
(だとしたらどちらかがテイムモンス……、いや簡単か。ライムちゃんってどこかスライムっぽいし、名前からしてそのままだもんな。ミーミアさんがテイマーでライムちゃんがスライム系のテイムモンスターに違いない)
スライム=アホっ子、脳天気という固定概念に縛られてはいるトルクは勝手にそう結論づけられたようだ。
「そうかそれは残念。っと、そろそろ出た方が良いかも。暗くなると【暗視】とかがないと面倒だしね」
「りょーかい、じゃあ行こっか」
「あっ、待ってください最後に持ち帰り用の野菜スティックを……」
こうして店を後にしたライム達一行。トルクの財布が予想以上に軽くなったのは言うまでもない。
「やってきました。ファスト・フォレスト。今日のお相手はえ~と、だれだっけ?」
ヒィトツの街の南に広がる森ファスト・フォレスト。その入り口についた途端、脳天気にはしゃぎ出したライムに思わず転けそうになりながらもトルクは答える。
「ファスト・マンティスだよ。ライムちゃん」
「そーその、ファスト・マンチス。可愛いのかなっ。カッコいいのかなっ。強いのかなっ。賢いのかなっ。今から楽しみであります」
ファスト・マンティス。ファスト・フォレストの頂点に経つと言われる大型のカマキリで、大きな物だと人の1.5倍の大きさに達する。両手の鎌は鋭くファスト・ベアの首さえ一振りで跳ばすと言われている。
「マンティス、つまりカマキリだからどちらかというとカッコいいになるんじゃないかな」
「ほうほう。それは楽しみ」
カマキリさんなのかーと呑気に呟くライムだが、ミーミアはライムの言い間違いが気になっていたのかそこを指摘する。
「ちなみにマンチスではなくマンティスです」
ちなみにトルクも気づいていたのだが、彼の方は敢えて無視する方を選んでいた。
「マンチス?」
「マンティスです」
「だからマンチスだよね?」
「違います。マンティスです。マ・ン・ティ・ス!」
「マ・ン・チ……、もうメンドいしカマキリでいいよね?」
「はあ、勝手にしてください」
そんな2人の漫才をBGMにパーティは森の奥へと進んでいく。
道中、ライムが薬を使いすぎるというハプニングがあった物のそれ以外には問題なく目的のポイントへと着いたのだが、異変が発覚したのはその時であった。
本来そこにいるのはファスト・マンティス。だがそのファスト・マンティスを食している別のモンスターがそこにいた。
その名はクイーン・ファスト・マンティス。ファスト・マンティスの女王的存在であり、100体に1体しか生まれないと言われる希少種。オスを更に一回り大きくした体格を持ち、両手の鎌に加えて風属性の魔法をも使う難敵だ。特に繁殖期である今は獰猛であり、更に出産後の食事を邪魔されたならどうなるかは想像に違わないだろう。
ちなみに繁殖期のクイーン・ファスト・マンティスは2フィールド先のボスレベルと言われている。またギルドで受ける事ができるクエストでもレイド戦用チュートリアルという扱いであり、初心者パーティ3組以上や中級以上のパーティ1つ以上と組んでの受注が推奨されており、単独パーティで遭遇した際には見つからない様に逃げる事が常套とされている。もちろん今回も逃げるのが常套な事案である。
が、そこは空気を読めないライムである。
「あぁ~! 弱い者いじめしてるっ! 弱い者いじめしちゃダメなんだからふぐっ」
「しっ、ライム。気づかれます、静かにしてください」
慌ててライムの口を塞ぐミーミアだったが、時既に遅し。盛大に上げられた大声は見事クイーン・ファスト・マンティスに気付かれ、次の瞬間にさはターゲティングは完了していた。
ターゲティングされてしまえば逃げることは難しい。もし逃げ切れたとしてもそれは誰か1人を囮にして逃げた時だ。もちろん今一番囮に最適なのはライムである。先ほど上げた大声が挑発と処理され、一気に猜疑心を稼いでしまっているのだ。
「すまん。俺のミスだ。本来なら繁殖期はもっと先立ったはず。おそらく俺の受けてたクエストがフラグだったんだ」
トルクが受けていたクエストはこの森の奥からある物を採取してくると言う物であった。未知のクエストではあったものの最初の街周辺でしかも採取が目的。ならば1人でも大丈夫だろうと他のパーティメンバーと離れて単独行動で来たのだが、それが間違いでだったトルクはこの時になって気づいたのだ。
「ここは俺が囮になる。だから2人は俺を気にせず逃げろ。なに大丈夫。2人が逃げおおせたのを確認したら俺もすぐ逃げるから」
たとえトッププレイヤーであってもターゲティングしているモンスターから逃げ切るのは困難だ。そしてそれがレイドボスクラスならなおさらである。
「……分かりました。では、中央公園のすぐ手前で待っています」
(はは、バレバレかよ)
落ち合う場所がクイーン・ファスト・マンティスのテリトリー外である森の外でない事、そしてリスボーンがぎりぎり見えない中央公園の手前である事。トルクの男の意地を察しての言葉なのは明白だ。
「別に待つ必要もないさ。俺はそのままログアウトするかもしれんし」
死に戻りしてどんな顔をして合流すればいいのか分からないトルクはそう提案して見るもミーミアはそっと首を振るのみであった。
「まあいいか。【挑発】。おい、カマ野郎。おまえの相手はこっちだっ」
いろいろ諦めたトルクはスキル【挑発】を使用し、ライムに向かっていたクイーン・ファスト・マンティスのヘイトを奪った。偶発的に発生したライムの挑発と、意図的にスキルを使って発動させたトルクの【挑発】。どちらにヘイトが向くかは考えるまでもない。案ずるまでもなくクイーン・ファスト・マンティスの複眼はトルクを捉え、ターゲットをそちらへと移動した。
「よしっ。いまだ。逃げろ、2人とも」
トルクは決死の覚悟でクイーン・ファスト・マンティスの前に立ち、そして挑発を繰り返しつつ森の奥へと駆けていった。2人からクイーン・ファスト・マンティスを引き離す目的であるが、あわよくば自身のクエストの採取対象である『泡雪の花』を採取出きればと強かな打算もあったのは今は言うまい。
「いっちゃった……」
「さぁ、私たちも待ち合わせ場所に行きましょう」
そうミーミアに進められたライムであったが、その提案に首を横に振ってその場を動こうとしない。
「ではどうします?」
「お説教する。お友達を虐める悪い子にはお説教しなきゃ」
ちなみに、敢えて解説を入れるならばお友達とはクイーン・ファスト・マンティスに食われていたファスト・マンティスの事であり、虐めというのはカマキリにとっては自然の摂理とも言える捕食行為の事だ。
その事をミーミアは理解した上で更に聞く。
「ではテイムはどうします。流石に強すぎなので成功させるのは難しいですよ?」
「虐めっ子なんていらない。倒しちゃおう」
「分かりました。私としてもあの『手』は魅力的でしたので是非とも欲しいと思っていました」
「じゃ、いこっか」
「はい」
今からレイド級のボスに単独パーティで挑むと言うのに、怖じ気つくどころか気楽に言ってみせた2人はそれぞれの武器を手に森の奥へと向かうのであった。ミーミアは鎌槍を、ライムは両手に短剣を携えて。
「はぁ、はぁ、どこだどこにある」
息を切らせつつ、森の奥を探すトルク。『泡雪の花』さえ手に入れれば単独行動を許してくれたパーティメンバーに面目が立つ。逆にこのまま何も得ず初心者プレイヤーを巻き込んで死に戻りしてしまったら何を言われるか分かった物じゃない。それだけは避ける為、トルクはなんとしても『泡雪の花』を得る必要があった。
「くそっ、見つからねぇ。本当にあるのか『泡雪の花』は。それにあのカマキリもカマキリだ。なんでこのクエストで出現する。しかも繁殖期とかないだろ。せめて、おとなしく卵産んどけって……、卵?」
クイーン・ファスト・マンティスからつかず離れずに逃げながらトルクは考えを纏める。そしてその結果、1つの可能性に気づいた。
「もしかして卵、奴の卵が『泡雪の花』なのか?」
奇しくも正解である。繁殖期のクイーン・ファスト・マンティスの卵、それも産み立てのそれが『泡雪の花』であった。
しかし、そこに考えが至った瞬間、トルクの足は止まってしまった。本当にクイーン・ファスト・マンティスの卵が『泡雪の花』ならば遭遇地点に戻る必要があり、もしその場に彼女達がまだ居たりしたら……。
そしてその隙を見逃すクイーン・ファスト・マンティスではない。あっという間に距離が縮まり、回避不可の状況へ追いやられてしまった。
「ちっ、ここまでか」
もちろん彼女達がトルクに代わり『泡雪の花』を採取している可能性もある。が、トルクは自分のクエストについて彼女達に話してはいなかった。それにあの状況下だ。採取に頭が回るとは思えない。つまり彼女達が『泡雪の花』が採取している可能性は低……、いや、あの呑気なライムちゃんなら可能性あるか。そう思ってしまった自分にクスリと笑うトルクだった。
「せめてクエスト失敗にはならないでくれよ……」
そうやってトルクが諦めかけたその時、前触れなく救いの女神が現れた。
「ちょっと待ったぁ~!!」
突如として放たれたその大声にクイーン・ファスト・マンティスは振り下ろそうとしていた鎌が止め、声のした方向へと頭を向けた。するとその双眸には2人の少女が写った。
「に、逃げろって言っただろ! 何で来たんだ!!」
「何で? ……お友達を救うのは当然だよね?」
「だそうです」
「はぁ?」
トルクもまたライム達の登場に気づき詰問の声を上げたが、助けるのは同然という呑気な返答に逆に呆気にとられてしまった。
「と、も、か、く。」
一音一音正確に、句読点まで意識してはっきりと発音したライムはびしっとクイーン・ファスト・マンティスを指さし言い放つ。
「さあ、お説教の時間だよ。ミィちゃん、やっちゃって」
「りょうかい。ってライムも戦ってください」
「へぇ~い」
ど、どこまでもマイベースな2人である。
「では、行きます。【チャージ】」
鎌槍を構えて突撃するミーミア。だが直線的なその動きは簡単に読まれて避けられる。でもそれは想定済みなライムがクイーン・ファスト・マンティスの目を向かって短剣を投擲した。
狙い違わず見事にヒット、した物の所詮初心者の攻撃力。ダメージはまるで通っていない。
「うにゃ~。どうしよ、ダメージ通らないよぅ」
「なら仕方ありません。ダメ元です。ライム、【人化】を解いてください」
テイマーレベル10のスキル【人化】。効果発動中テイムモンスター1体は人型となりしゃべる事ができるようになる。また、プレイヤーと同様に装備の使用やスキルの修得が可能となるが、ステータスの何割かが軽減される。そして【人化】を解いた時、ステータスは元に戻り装備の効果や上昇値、修得したスキルの一部は引き継がれる。
つまり人として修得したスキルとモンスターとして身体能力、その両方を使えるようになるのである。
「お、おい。大丈夫なのか」
トルクも【人化】の効果については知っている。だが、だとしてライム ―― スライムがこの状況を打開できるとは思えない。ならば、動きの遅いスライムに戻るよりも人型のまま逃げる方が得策ではなかろうか。
「分かりません。でも、やらないよりマシです」
まあ、確かにここまで来たら彼女達も逃げることはできないだろう。それならば、ダメ元も一興か。
「で、でもぉ」
「いいから早くっ」
いまだ渋るライムをミーミアが急かす。少なくともその表情に弱気な部分は見えない。
「うぅ。わ、分かったよぅ。いくよっ、【人化】解除」
ライムが【人化】の解除を宣言すると、ミーミアの体が光に包まれ、人ならざる者へと姿を変えていく。
そしてその光景を見ていたトルクは思わず声を上げる。
「えっ、そっち!?」
トルクは今の今までミーミアの方がプレイヤーでライムはスライムが【人化】した姿だと思っていた。だが、事実は違う。ライムの方がプレイヤーでミーミアの方がモンスターだったのだ。驚かない方が無理がある。
とまあ、唖然としているトルクは放っておいて、問題なのはミーミアの正体である。トルクの様に誤解していなければ察しのいいプレイヤーならば予想できたであろう。
そう一見すると兎系の獣人な彼女の正体。それはウサギである。正確にはホーンレス・ラビット。漢字で書くと無角兎。角がないのは普通じゃないかと言うこと無かれ、この世界では角がある方が普通なのである。
ともかくそのホーンレス・ラビットがミーミアの正体であった。
ホーンレス・ラビットは兎型モンスターで最弱と言われているが、それは出現地域の関係上、普通に相手をするのが低レベルの時に限られるからあり、テイムモンスターとして成長させ【人化】を使ってあるスキルを覚えさせれば一気に最強クラスになるのは知られていなかった。
「きゅい」
【人化】から解放され、ウサギの姿に戻ったミーミアがライムに問いかける。人型でなくなった為、トルクにはその内容を理解できなくなったが主従の関係であるライムとミーミア間では意志の疎通は可能なのだ。
「うん。わかった。あのトルクさん、少しの間あのマンチ……カマキリさんの気を引ける?」
ミーミアからの伝言であろうその言葉にトルクは考える。
いくらクイーン・ファスト・マンティス(繁殖期)とは言え一撃で自分のライフを0にする程ではないだろう。ならば、避けに徹しつつ防御を意識していればある程度は耐えれるはずだ。
「長くは無理かも知れない。でも引き受けるよ」
「ありがと~」
そう言い残すとライムはミーミアの上に跨がった。テイマーが覚えられるスキル【騎乗】である。騎乗中のテイマーとテイムモンスターは人馬一体となり、ステータスに補正がかかる。何をする気なのかはトルクには分からないが、ダメージなりなんなり少しでも強化しておこうと言う魂胆なのは分かった。
ちなみにここまでの間、クイーン・ファスト・マンティスが何もしていなかった訳じゃない。ライムとトルクが交互にヘイトを稼ぎ、ターゲティング候補から外れている事を確認した上でミーミアの【人化】を解いた。まあ、そんな感じだ。
「【挑発】さあ、俺が相手だ。掛かってこい」
ライム達が十分に離れた事を確認してトルクは【挑発】を行う。すると見事にクイーン・ファスト・マンティスはトルクに集中し、ライム達を意識の外に置いた。
「じゃあ、ミーミア。行っくよぉ~」
「きゅい」
トルクにライムの方をみる余裕は無かったが、もし見ていたらその両手に投擲用ナイフを計8本、指の間に挟むように持っているのが分かっただろう。
「【チャージ】からの【首撥ね】! の前に【影縫い】!」
【影縫い】。それは投擲用ナイフで相手の影を刺すことで相手の動きを止めるスキルだ。もちろんクイーン・ファスト・マンティスの様な格上には効きにくい技だが、それでも一瞬だけ動きを止めることができる。
そして【首撥ね】。本来、鎌のアーツである【首刈り】を兎系のモンスターが修得したことで変化した物。効果は【首刈り】と同じ即死効果であり、高速で跳ねる事でそのスピードをもって鋭利化した耳で相手の首を撥ねると言う物だ。なお【首刈り】は精度やDEX(器用さ)によって確率が上がるのに対し、【首撥ね】は命中時の攻撃速度によって確率が上がる。単純なSPD(速度)に依存しているのではないのがポイントである。つまり【チャージ】によって上がったスピードが【首撥ね】の成功確率に乗る。ミーミアの提案はそう計算しての物であった。
が、ライム達は知らない。【首撥ね】に限らず即死系の攻撃がある弱点がある事を。そう即死系攻撃は『フィールドボス・レイドボスには効かない』のだ。
それにいち早く気づいたトルクは声を上げるが、その声は最後まで言い切ることはなかった。
「っ! ダメだ、それは効かな……い?!」
なぜなら、効かないはずの即時攻撃が効いてしまったから。
綺麗に撥ね飛ばされたクイーン・ファスト・マンティスの首が宙を舞う事わずか1秒と満たない短い時間。体感で割と長い硬直時間の果て、トルクは叫んだ。
「なんで効くんだよっ!!!!」
その叫びの意味が分からず、きょとんという表情を見せるライムと対照的であった。
トルクが落ち着いた頃合いを見計らい、再度【人化】をしたミーミアが問いかげる。
「いったい何をそんなに驚いているんですか」
「いや、驚くだろ。普通。即死攻撃の効かない筈の奴に即死攻撃が効いちまったんだから」
「そうですか? でも、ボスとかじゃないから効いてもおかしくないはずですよ?」
このゲームのAIは優秀だ。それは【人化】中のテイムモンスターも同じ。ボスに即死は効かないと言うことは常識レベルで知っている。某ゲームの神官と違って無駄な作戦を立案・実行する事はまずない。もちろんそう言う方向にAIが調整されている場合は除くが。
つまり、ミーミアが効果あると言ったら正しく効果があるのだ。
「へ? いやいや、あれはクエストボスだろ? なら効くはずがない……。ちょっと待って運営に聞いてみる」
その結果、今回のクイーン・ファスト・マンティスの様なパターンは回避可能なモンスターであり、戦闘不要でクエストクリア可能である為ボスとして設定されておらず、即死が有効となっているとのことだった。
つまりは『ボス、正しくはボスとして登場するモンスターには即死攻撃が効かない』事が固定概念となっていた為に誰も試す物がおらず、今までに判明していなかったのだ。
ちなみにこれが判明した数日後、即死攻撃によるボス級素材狩りが横行した為にこのようなパターンにも即死無効が適用されたのはまた別の話。
「さて、これからどうするんだい? もう1回挑戦するならつき合っても良いけど」
『泡雪の花』も回収し、一端街へと引き上げた一行は最初に食事した店で今度の行動について話をしていた。
「ううん、遠慮しとく」
ライムはトルクの提案に首を振った。
「ミィちゃんがこんな調子だからさっさと武器を手に入れた方がいいと思うし……」
そう言ったライムが横目に見るミーミアは先ほど手に入れた『女王蟷螂の大鎌』にうっとりしながら頬をすり付けている。
「すばらしい。すばらしいです。これさえあればかの先人を追い越すことも不可能ではありません。絶対に誰にも譲らないんだから」
先の戦いで『女王蟷螂の大鎌』を手に入れたことを知ってからずっと子の調子である。さっさと武器にしてやらないと戦力外甚だしいのは考えるまでもないだろう。
ちなみに「かの先人」とは有名な某3DダンジョンRPGに登場するウサギ形モンスターの事なのは言うまでもあるまい。
「あはは」
あまりの執着にトルクの頬も引きつっている。
「なら、腕のいい鍛冶屋を紹介して上げよう。素材が素材だけに少々高く付くけど腕の方は保証する」
「いいの?」
トルクの提案にライムは目を輝かせる。
「うん。ついでだし防具の方も見直したらどうたい。流石にいつまでも初心者装備と言うわけには行かないだろ?」
「とは言ってもお金に余裕はありませんよ。あとこの大鎌は譲りませんから」
きしゃぁと威嚇するミーミアに、最初出会ったときからぜんぜん想像できないなとどこか他人事のようにトルクは考える。
「ふぐぅ。分かってるよぅ」
実際『女王蟷螂の大鎌』を売れば2人分の防具ぐらい簡単に買える。が、こんなに喜んでるミーミアから『女王蟷螂の大鎌』を奪ってそれを金に換える何で非道な行いはライムには出来そうになかった。
「うみぃ。お金が足りないよぉ」
【人化】させているせいで、食費だけでなく装備費もかかる。テイマーの不遇あるあるであった。
「どうせさっき言った鍛冶屋がいるのはフゥタツだし、それまでお金稼ぎに協力するよ」
「やったぁ! ありがと~♪」
こうして3人、もしくは2人と1匹の旅が始まったのであった……。
※ツッコまれる前のセルフツッコミ
「って、いつも組んでると言ってたお仲間さんとかはいいんですか?」
「あっ……」