第7話 ‐召喚の儀‐ “The <Eve> of the Nightmare” 【前編】
目を覚ますと、苦しげに眉をひそめた、切れ長の瞳が飛び込んできた。
「良かった……」
もう目を覚まさないかと思った、とやつはオレを抱きしめた。
「こうま……?」
ぬくもりに包まれながらぼんやりと、当たりを見渡すと、オレは進藤の研究室らしきベッドに、寝かされていた。
周りには、男も女もいる。
目つきが悪かったり、そうじゃなかったり。
背が高かったりチビだったり。たくましかったり細かったり。
みんな、見覚えのある顔だ。
ああ、こいつら、誰だっけ、と、ぼんやりした頭で思う。
涼やかな顔立ちの黒髪のスレンダーなインテリが輝馬で、ツインテールが憎たらしいほどキュートな小悪魔っぽい顔立ちのチビが小夜。
毛先が黒い、ツンツンライオンヘアな金髪の、目つきの悪いムキムキが雷耶。似ているが、微妙にアニキ感が足りない、毛先が明るいヘタレが……誰だったか?
ああ、そうだ、雷耶より年下だから、二番目の児、雷児だ。
ついでに、背は高いが小動物的な、やんちゃ金髪ポニーテール娘が、雷耶と雷児の妹の……母親が乙女とうあだ名だったな……そう、小乙女。
最後に、大きい猫目の、さらさらの黒髪の華奢なチビが、日本国の皇子、皇だったか……。
「起きるの遅い、バカ」
小夜は涙目でオレの腕をつねった。
「小夜……オレは……?」
問いかけると、小夜はそっぽを向いた。
見かねた雷耶が、眼光鋭く、フォローする。
「てめえは丸一日目を覚まさなかったんだ。夏夜の看病をいつまでたっても交代しにこねえから、コイツがぶうたれながら見に来てみれば、部屋は台風でも来たのかってくれえぐっちゃぐちゃで、窓はバターみたいに溶けてるわ、てめえは倒れてるわで、かなりテンパっただろうな。進藤の診療所へ運べ、って電話が深夜に来た時には、俺も何事かと思ったぞ」
「マジか……。迷惑かけてわりい」
オレは、いまだ力のはいらない腕で、ゆるゆると小夜の頭をなでた。
小夜は頬を膨らませ、いまだあさってを向いたままだが、おとなしくなでられていた。
オレより先に回復したのだろう、夏夜も部屋の隅からこっちに来て、泣きそうな顔をした。
「小夏、ごめん、オレのせいで……」
「いや、お前のせいじゃない。お前が無事でよかったよ、夏夜」
160もないちんまりとした頭をなでると、夏夜は安心したのだろう、ぼろぼろ、と大粒の雫をこぼした。
「それより何があった。そろそろ説明があってもいいんじゃねえか」
雷耶がため息をついて、オレに問いかけた。
「お前らどうしたよ……学校は?」
かすれる声で言うと、
「休んだに決まってんだろ、アホ」と小乙女に殴られた。
「病人を殴ってんじゃねーよ」と雷児がいさめるが、小乙女はポニーテールを揺らし、そっぽを向いた。
「水くせーんだよ。あたしたちを追い返しやがるなんて」
小乙女は「おこ」のようだ。
「同感だ。小夏、オレ達がキレねえうちに説明しろ」
皇がふん、と偉そうに言った。
今だ霞がかった頭で、「ああ……」と口を開きかけたが、その前に、「あれ、進藤は?」という素朴な疑問が口をついた。
「てめえのカルテとにらめっこだ。なんでも、カラダのバランスが、めちゃくちゃらしい。このままだとやばいってことで、対策を練ってやがる」
いつもの裏番アニキ口調で、雷耶が言う。
「安心しろ。体内の龍脈が暴れてはいるが、鎮痛剤が効いて、ずいぶん沈静化したらしい。とりあえずは安静にしてろ、ってことだな」
兄よりも若干マイルドな言い方で、雷児がフォローした。
「とりあえず、メシ持ってきたから食えよ」
小乙女が、手料理らしきタッパーを手渡したが、ありえない色とにおいに、オレはソッコーでフタを閉じた。
「……このバカに、料理作らせやがったの誰だよ。殺す気か」
オレは、こめかみをぴくぴくさせながら、だるい腕で突き返した。
「――なんだとお!!」
小乙女が短めの金髪ポニーテールをぴょんぴょこ跳ねさせながら、きゃんきゃん吠えているが、スルーした。
「うるさい。小夏、いいから答えて」
輝馬がポーカーフェイスを崩し、顔をしかめながら、有無を言わさない口調で言った。
「ああ、実はな……」
オレは、ぽつぽつと語りだした。
親父とお袋を取り戻すため、巷で噂のおまじないに手を出したこと。
仮面の男(?)が現れ、自分をみつけろ、と要求したこと。
ムカついて追おうとしたら、姿はもうどこにもなく、その後、激しい発作が襲ってきたこと。
「危ない真似を……」
明らかにいらだったような輝馬に、雷耶が、「それだけ必死だったんだろ。両親は消えるわ、夏夜は倒れるわ。褒められたことじゃないが、責めることでもないと思うぜ」とアニキ全開で、フォローした。
「ん~、あたしそいつ、みたことあるかも」
小乙女の思わぬ発言に、その場の全員が注目した。
「どういうことだ?」皇がいぶかしげに問いかけると、
「なんか、夢に出てきた? でもそいつ、女だったぞ」と、首を傾げながら言った。
「確か、“<りとる・ヴぁーじにあ>、余計なことはしないでね。でないと、きみの大切なお友達が死ぬことになる”……だっけな」
「それで、なんて返したんだ」
皇が、ちびちゃい背を前のめりにして問う。
「はあ? お前、腹減ってんの? あたしのおやつやるから、どっか行けよ、って言った」
「すげえな」
小乙女のKYにもほどがある天然バカ発言に、雷児は感心半分、呆れ半分的な合いの手をいれた。
「……で?」
やむなくオレは続きを促した。
「ああ、そしたら仮面の女は、黙って、空中に溶けて消えたんだ。あと、あたしのおやつもなくなってた」
「律儀だね」
輝馬がうなずきながら、考え込んでいるが、いや、そこ深く考えるところじゃないだろ。
エセ天然キャラやめろ。
「とにかく、男だが女だか知らねえが、仮面を被っていることだけは一致しているようだな。輝馬、煌々(きらら)に連絡が取れるか」
雷耶が、最年長らしくリーダー風を吹かせ、ざっくばらんにまとめた。
「やってみるよ。――煌々(きらら)、聞こえる?」
輝馬は、耳をふさいで言った。
「……聞こえておる。そなたら、阿呆か」
宙から降ってきたのは、鈴を鳴らしたような可憐な声。
ややあって、煙とともに誰かが現れる。
輝馬の妹、煌々(きらら)本人だ。
転移の術を使ったせいで、もふもふのしっぽと、柔らかそうなキツネ耳が、ちょこん、と出ている。
言葉遣いは時代錯誤なババア口調だが、いちおう、日本年齢でオレと同じ中二である。
煌々(きらら)は、歴史ある神社に祀られていた、護り神である九尾の狐の先祖返りであり、母親の先祖である、神狐と人間のハーフ、雲英に生き写しらしい。
そのせいで、妖術を使うと、本来の獣の特徴が、中途半端に現れる。
妖怪の血が濃いこの特殊な体質ゆえ、煌々だけは光でも闇でもなく、影というクラスに在籍しており、その実力は本来ならSクラス相当だが、煌々はその位をよしとせず、リンドウや命に個人授業を受けている、いわば、「ぼっち」だ。
光を放つかのような、飴色の長いポニーテールも、やや吊り目である、艶やかながら可憐な瞳も、小さな顔も、華奢で小柄だ。
加えて、起伏に富んだボディも、正装である、赤と白のラインが美しい巫女服もあいまって、近寄りがたいほどに華麗だ。
だが、案の定というか、どうも人嫌いが激しく、つっけんどんである。
「われの見込みによると、小夏は必ずや仮面の人物の正体を突き止めるじゃろう。だが、それには、小夏自身が選択せねばならん。己が、なにが欲しいか、そのためになにを犠牲にするか、をな」
煌々(きらら)は、美しい顔を、金色の扇で隠しながら、言った。
「君には、そういう未来がみえているのか。ほかに、わかることは?」
輝馬が、若干ソフトな言い方で、妹に問いかける。
「さあな。われにわかるのはそれだけじゃ。後はそなたらで、なんとかしてたもう」
そう言って煙に消えようとした煌々を、オレは止めた。
「待てよ」
「なんじゃ、小夏」
煌々が無感情な顔で振り返る。
「オレのカラダは、どうなるんだ」
「さあな」
つんと澄ましながらつれなく返しながら、煌々はこう付け足した。
「それでも、動き出した砂時計は止まらぬ。そなたのカラダは、しまいにはまったく違うモノとなっていよう」
煌々は、妖艶に微笑むと、出血大サービスだ、とばかりにこう付け足した。
「それでも、そなたはきっと……後悔などせんのだろうな」
それっきり、煌々はオレ達の制止もまたず、煙のように掻き消えた。
その後、遅れてやってきた進藤は、「当面は鎮静剤を飲んで、安静、解散!」というふうなことを言って、学校をさぼった全員を追い払った。
それからはなにもなく、三日後、オレは全快した。
鎮静剤もいちおう、一日三回飲んでいる。
苦い薬はごめんだったので、この前、持たされたドーピング剤と同じく、噛んで食べられる、ラズベリー味にしてもらった。
――うまいが、クソ甘え。
その後、結局なにも進展がないまま、一週間がたった。
いち中高生ができることなど、刑事の真似ごとの聞き込みぐらいしかなく、しばらくは生ぬるい平和が続いた。
輝馬は考えがある、といったきり、オレ達の集まりには欠席している。
雷耶達にオレを任せ、学校が終わるなりどこかへすっとんでいくその姿に、オレはいらだちを感じていた。
なんでだかわからないが、置いてけぼりにされている気がして。
日に日に、焦りがつのる。
親父たちの手掛かりは、まるでなにも起きなかったかのように、ヒントすらもなく、予知能力がある煌々は、黙したまま語らなかった。
そして、運命の日が、訪れる。
<ナイトメア>はいずれ、愛しい日常を喰らうだろう。
それでも、オレは、取り戻す。
失われた心臓と、大切な家族を。
やがて迎えに来る、<黙示録の青ざめた馬>は、きっと、オレを変えるだろう。
オレはいつだって大事なことから目をそらし、その結果、何が訪れるかなんて、何も、なんにも、わかっちゃいなかった。
終わらない悪夢<ナイトメア>の先に待つは、天国か、地獄か。
いずれにせよ、賽は投げられた。
——(( さあ、鬼ごっこのはじまりだよ、<リトルサマー>))——