第5話 ‐初恋の味‐ “A Dream, Dive the Forbidden Garden”
夢をみた。
寝ている夏夜にキスする夢だ。
あれはそう、オレが能力に目覚めた日の夜、すやすやと眠るオレの兄、夏夜の唇が、たまらなくうまそうにみえた。
はじめて触れたそこは、柔らかくしめっていて、信じられないほど甘かった。
あの時、カラダの奥底がうずいた。
翌日から、オレは筋トレをはじめた。
キライな牛乳も毎日飲んだ。ジョギングもした。
オレはどんどん男らしく育っていった。
もう女の恰好は似合わなくなっていたし、輝馬も徐々(じょじょ)に、オレを女扱いしなくなった。
最初は違和感を感じたが、輝馬と対等になれたようで嬉しかった。
もっと、と思った。
もっともっと男らしくなって、いつか、夏夜とケッコンする。
もちろん、夏夜がヨメで、オレがダンナだ。
子どもじみた未来地図は、それでも、輝かしい希望の光だった。
夏夜は無性でオレは両性? 知ったことか。
オレは、諦めない。
――さあ、運命を、ぶち壊せ。
そこまで回想したところで、機械音が途切れた。
うっすらと目を開けると、やや癖のある黒髪の男がこちらを覗き込んでいた。
やや野暮ったい黒縁メガネに白衣の、甘いマスクをした30代半ばぐらいの青年、いや、実年齢からすればただの超童顔ジジイなそいつは、地元の研究所をかねた診療所の所長兼ドクターである、進藤こと進藤明。
こうみえて、オレの祖父でもある。
アメリカや日本を中心に全世界でまれに生まれる特殊な体質、性別の子ども達の安全のための研究を、ここアメリカはテキサス州グリマー市で行っている。
「思った通りだ。君の体に心臓はみつからない。だが、君は生きている。まさに、未曾有の事態だ。まさか、こんな奇跡が起きるなんて……」
進藤は、白衣を揺らしながら、うろうろ、と室内をさまよった。
「そうだ。ためしに、これを飲んでみてくれ」
進藤は、赤いピルを渡した。
「まさか……媚薬……」
おそるおそる掌でそれを転がした。
赤い透明なピルには黒字で何か製造ナンバーのような英数字が刻印されている。
つるりとしたそれは肌に心地よい冷たさだ。
「違うから。君はどんな思考をしているんだ」
進藤は書類でぱしん、とオレの頭をたたいた。
いや、だって、乙姫を押し倒してたじゃん、と思ったが、まあ、本人の言を信じてやることにして、おとなしく口にほうりこんだ。
噛んで飲み下すと、甘酸っぱい香りが口いっぱいに広がった。
ラズベリーのような甘ったるさが、少しの苦みを伴って喉を焼く。
「……げほっ」
咳をすると、背中を撫でられた。
「体内の闇の門を開く薬だ。これを服用することによって、君のカラダの闇の力は活性化する。まあ、一種のドーピング剤のようなものだと思っていい」
「へえ。つーか、そんなのあるなら最初から渡せよ。こんなんあるなら、筋トレいらないじゃん」
光が陽だとしたら闇は陰だ。大昔から、陽は女性、陰は男性の象徴だと言われている。
女神カレンと魔王クウマ(だったか?)の伝説によるらしいが、いわく、光の力は女性ホルモン、闇の力は男性ホルモンと関係しており、相互に干渉しあうらしい。
なので、筋トレすれば男らしくなる→闇の力も活性化して、夏夜ヨメ作戦爆進、と解釈している。
「あくまで、補助的なものだ。トレーニングは今まで通り、続けてくれていい。 うまくいけば、君の体の不調も緩和するだろう」
――あと、僕が渡した薬を、ことごとく捨てた子の言う言葉じゃないね。
進藤はオレの持論を肯定しつつも、眉をひそめて溜め息をつきながらそうつけたした。
「ない心臓の代わりに、闇の龍脈を活性化させて、カラダを維持すんだな。ヤブ医者の割には、やるじゃん」
「ヤブ医者は余計だ。あと、僕は大学病院に戻るから、戸締りはしていきなさい」
「おう」
いって、カードキーを渡された。
指紋認証とカ-ドキーの二重ロックで、研究室を完全に封鎖する。
余計な気がするが、子どもたちが次々と新たな能力に目覚める中、どんな能力者が襲ってくるか、わからないためらしい。
カードキーを不正使用されると警報がなり、進藤のスマホやパソコン、ひいては警備会社に連絡が行くらしい。
「ふうん。つーか、合鍵って、愛人みたいだな」
正確には合鍵でなく合カードキーで、ただ一時的に貸されただけなのだが、なんとなく思ったことを言ってみた。
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。せめて恋人と言ってくれ」
「やっぱりホモじゃねえか」
半目でにらむと、進藤は肩を落として、またため息をついた。
「違う。君はもう少し、自分の性別を自覚してくれ。君の将来が心配だよ」
どうやら軽いジョークだったようで、すこぶるげんなりされたが、こんなクソマジメなジジイにこんな意味不明な冗談言われても、とっさに反応できねーっての、とオレは聞き流した。
「だいじょーぶダイジョーブ。ちゃんと、夏夜を幸せにしてやるから」
「そういうところが、一番心配だ」
得意げに唇を釣り上げ、ひらひらと手を振ると、進藤は疲れたような声色で、別れの挨拶もそこそこに、慌ただしく去って行った。
「ちっ、これだから大人は」
仕方なく、イライラしながらスリッパを鳴らすと(進藤の研究所は日本式で、土足禁止だ)夏夜と小夜のいる、客間<ゲストルーム>に向かった。
「すやすや~」
案の定、夏夜は、オレにしか聞こえない天使すぎる効果音をまきちらしながら、マンガにヨダレをたらし、寝こけていた。
ガキっぽいが、見た目も声もしぐさもキュートな夏夜がやると途端に可愛い。
まさに夏夜マジックだ。
「仕方ねーな」
背負おうとしたが、重くて無理だった。
――くそっ、明日から筋トレ増やすぞ!!
「こなつ~、手伝おうか?」
小夜が、テレビを消してペタペタと寄ってきた。
「余計なお世話だ、チビ」
さらさらの黒髪をいつものツインテールから、ポニーテールにした小夜は、我が妹ながら憎たらしいほど美少女だ。
背はややちんまいが、少し大きめのアーモンド形の瞳も、小顔ですらっとしたところも、当時モデル級の美少女的容姿だった中学生時代の親父(お袋ではない。正真正銘、女のお袋より可愛いなんて、どうなってるんだ昔の親父)に似ており、今も昔も男子どもの注目の的だ。
別に、うらやましくなんてねえが。
――オレには夏夜がいる!
「チビじゃないもん~大女神ライラさまだもん~」
小夜はオレの口癖、夏夜は大天使、をもじって、ぶうたれている。
「じゃあ、はんぶんこな」
「なんで、小夜が足なの」
「夏夜の上半身は、オレのものだ」
「……なんかちがう」
小夜はぶうたれながらも、足をかかえてくれた。
わっしょーい、と夏夜をかつぎ、タクシーを呼んだ。
――え? カネ?
はっはっは。オレ達には、親父にもらった魔法のカードがあるからな!(キラッ☆)
「ねえ小夏ー」
小夜が後部座席で、こちらを見ずに言う。
「なんか最近、おにいちゃんの様子がおかしいんだけど、小夏知らない?」
末っ子の小夜は長男である夏夜をおにいちゃんと呼び、オレのことは呼び捨てだ。
格差を感じるが、まあいい。
こいつが、「おにいちゃん♥」とか呼んできたら、鳥肌たつわ。
「どこがだ? いつも通りだろ」
「……これだから鈍感バカって呼ばれるんだよねー」
「何か言ったか?」
頬をつねると、いひゃい、と返ってきた。
――この猫かぶり小悪魔め。
あと、ほかに誰が呼んでるか可及的速やかに教えろ。
即座に飛んで行って、ぶんなぐってやる。
「まあ、いいんだけどねー。でも、おにいちゃんを泣かせたら、小夏でもころすから」
小夜は、笑えないジョークを言うと、すたん、と立った。
「小夏はおにいちゃんを寝かせて。小夜はごはん作る」
「おいっ」
一人で寝室まで運べってか?
オレは、タクシーを出て、ぶつくさいいながら夏夜を引きずり、なんとかベッドに寝かせた。
「んむ~」
夏夜はうなるように眉根を寄せた。
その頬にキスを落とし、オレも横になった。
小夜の怒鳴り声が、聞こえてきた気がしたが、まもなく、心地よい睡魔が襲ってきた。
――心臓はない。
――未来も未知数だ。
それでも、きっと明日も平和だ。
そんな風に、オレは楽観視していた。
そう、オレは知らなかった。
次の日、親父とお袋がいなくなるなんて。
考えも、してなかったんだ。
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forbidden ~フォービドゥン~
→forbid の過去分詞.
【形容詞】【限定用法の形容詞】
(比較なし) 禁じられた,禁制の,禁断の.
‐初恋の味‐ “A Dream, Dive the Forbidden Garden” ~ドリーム・ダイブ・フォービドゥン・ガーデン~
=It is a dream to perform a dive to the forbidden garden.
(それは、禁じられた庭へダイブする夢だ)