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『ミッドサマー・ロストハート』~心を失った悪魔の王を「愛する」ための方法~  作者: 水森已愛
第1章 ((everyday is Heaven.)) ……それは、騒がしくも愛しい日常。
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第4話 ‐可憐なる鬼‐ “The Androgynous Princess”

 社会科資料室で、リンドウは言った。


「きみの躰を触診しょくしんするに、どうやら、体内の龍脈りゅうみゃくが、オーバーヒートしているようだね。心臓がないことで、本来停止するはずの生命活動を、生命の根源というべき龍脈が、本来の活動を超越することで、維持している」


「龍脈ってあれだよな」


 実はド忘れしていた単語を繰り返すと、リンドウは涼やかに微笑んだ。


「ああ。体内の生命力の源である気を錬成する霊的器官だ。いわば、命のエナジーを流す骨髄のようなものだね。きみの命が、いつまでもつか不明だが、とりあえず、龍脈が完全に途切れない限り、当面は大丈夫だろう」


 リンドウは、赤子をあやすような、柔らかな微笑みで答えた。

 

 座学に弱いオレのすっとぼけを見透かされている気がするが、まあ、世界的宗教の元当主様でもあるわけだし、それ以前にリンドウはこうみえて、子持ちの母親だ。

 そういうわけで、さほど、いらだちはしなかった。



当面とうめんって」



「一か月後か、半年後か、一年か。いずれにせよ、僕もみことも、きみを死なせたりしない。龍脈をなだめつつ、安定して活性化させ、全身の気を循環させ、延命を行う。千夜達の子どもであるきみたちを信用していないわけじゃないが、当然、僕たち大人は見過ごせない」


 リンドウはすらりとした長い指をぴんとそらし、オレの額に当てた。

 そして、首を傾げ、さらりと長い黒髪を揺らしながら、こう続ける。


「だから、動くなら動いてくれたまえ。だが、あくまで、自己責任で行うこと。なにより、僕たちの足を引っ張らないこと。条件は、それだけだ」


 そうして(きびす)を返すと、振り返ってこう続けた。


「ああ、後で、ナツと小夜ちゃんも連れて、進藤教授の研究室に来たまえ。きみの体を、さらに精密な検査にかける。話の続きは、その後だ」



「っていってもな」


 オレは、たまたま居残っていた、雷耶らいやと一緒に下校しながら言った。


 雷耶は、オレのダチのひとりであり、一年ダブってはいることを差し置いても、中等部の生徒とは思えないほど発育のいいやつだ。


 鍛えられた腹筋、胸筋、それでいて、ムキムキすぎず、ほどよい肉体美。


 父親似の目つきの悪さは、しかし、情熱的で面倒見のいい性格にくるまれて、さながら、皆に(した)われるアニキだ。


(……別に、うらやましくなんてねえぞ!?)



「まあ、話はわかった。てめえも苦労したな」


 雷耶は、オレのを撫でた。


 身長差が10センチくらいあるので、撫でやすいらしく、雷耶は、ことあるごとにオレの頭に触れてくる。


 昔はガキ扱いすんな、とかうっとおしがっていたオレだったが、カリスマ番長の雷耶がこうするのはオレだけではないと知って、まあこういうやつなのだと最近は諦めた。


 それに、オレの実兄の夏夜が、どちらかというと弟系なので、もうひとり兄貴がいたらこんな感じだったのかもな、と、なんとなく頼りにしている自分に気づいてからは、極端に嫌がるのもばかばかしく思えてきたのだ。

 

 いまだ、若干気恥ずかしさはあるが。



「いや、それより、あの詐欺ジジイに、あれこれカラダをいじくりまわされるかと思うと……。うっ、寒気が……」


 進藤は、もう55近いジジイのはずだが、見た目はせいぜい30代半ばぐらいの、モンスター級の童顔だ。


 やや野暮ったい黒縁メガネを差し引いても柔らかいマスクの持ち主で、堅物すぎる性格さえ目をつぶれば、お子様やおばさま、若い患者まで幅広くモテそうな感じだ。


 だが、もと、呪われた施設の闇医者だというし、うさんくさいことこのうえない。まあ、信じられないことに、オレの実の祖父でもあるのだが。



「気にしすぎだろ。進藤のことをそんなに嫌うなよ。乙姫おとひめの面倒もみてくれてる、良いじいちゃんじゃねえか」


 雷耶はさらりと、そうのたまうが、オレとしては複雑だ。


「ああ、乙姫な。オレ、あいつ苦手なんだよな……カチあったらどうすっかな」


 無視されたりにらみつけられたり、かと思えばじっとみつめてきたり。


 診療所に邪魔したとき、たまたま乙姫が寝ていて、起こそうとしたらにらみつけられ、手を払われたこともある。


「あいつはただ単に、素直じゃねえだけだ。意外と可愛いところもあるぞ」


「マジかよ……」


 乙姫は、オレのお袋のダチの子であり、そのよしみで進藤が育てた、両性具有りょうせいぐゆうの美人だ。


 ボーイッシュな美少女とも、可憐な美男子ともとれる、その中性的な美貌から、高等部である<エリュシオン>でも、かなり評判だ。


 つやつや、さらさらのアシンメトリーな黒いミディアムの髪に、猫のような黄金の瞳、華奢な躰に、すらりと伸びた手足、粉雪のようにまっさらできめ細やかな肌、と、顔面偏差値だけでなく、ボディーまでモデル顔負けである。



 確か、高校三年だが、一、二年ほどダブっていて、19歳。

 カリスマ的な美貌と言動からか、男子から女子まで幅広い層にすさまじくモテるが、本人は恋愛ごとに興味がないようで、「うぜえ。うせろ」と取り付くシマもない。


 気まぐれで遊んでやることもあるらしいが、一か月しないうちにフることでも有名だ。

 だが、それが逆効果で、その冷たい言動がたまらないと、氷の王子、とか、雪姫様、などと呼ばれ、ますます熱狂されているらしい。


 オレには関係ねえが。


 まあ、進藤(じいちゃんとか呼んでやらねえ。だって、どうみてもジジイじゃねえ)には、ガキのころから、何度か世話になっている。


 得体のしれない薬を、処方された時には、思わずドン引きして、即座に捨てたが。


 今思うと、あれを飲んでおけば、よかったかもしれない。

 心臓を失った今、使えるアイテムは使っておかねえと、すぐにお陀仏だぶつでゲームオーバーだ。


「着いたぞ」


 雷耶は、あごをしゃくると、俺の肩を叩いた。



「まあ、達者たっしゃでな。相談ぐらいは乗るぜ」


「ああ。サンキューな。恩に着るぜ」


 一回り大きい拳をつくと、雷耶は眼光するどい瞳を、甘く細めて微笑った。

 相変わらず、すげー男前だな。れるかと思ったわ。


 アーッ! な想像をしながら、入口で、指紋認証をする。

 シャッ、と自動で開いた扉の先には、すでに夏夜と小夜が、のんびりくつろいでいた。


 夏夜は、ソファーに寝転がっているし、小夜は、テレビをみながら、ケラケラ笑っている。


——おいおい、早くも自由だな。


 普段通りのふたりに、肩の力が抜け、オレは、飲みかけのまま、テーブルに置いてあった、夏夜のココアに口をつけた。


 相変わらずうまい。

——別に夏夜と間接キスだから、甘く感じるわけじゃねーからな!


 我ながら変態じみた、セルフツッコミをしていると、「あ、小夏」と夏夜が、マンガから顔をあげた。


「よう。進藤は?」


(あきら)先生は、今お取込み中だって」


(夏夜もじいちゃんとは呼ばず、進藤の下の名前の(あきら)に先生をつけている。やつを「おじいちゃん」呼ばわりするのは今のところ末っ子の小夜だけだ)


「ふうん」


 なんだか嫌な予感がしつつ、オレは夏夜たちのいる客間を抜けて、第一検査室に入った。


「……あ」


 声の主は、乙姫おとひめだった。


 それはいいが、やつは、上半身すっぱだかの状態で、進藤に押し倒されていた。


「……死ね」


 オレはぷっつんしながら、進藤の頭を殴った。


 頭をさすりながら、進藤は言った。


「検査を終えたところで、コケて下敷きにしてしまったことは謝る。だが、宝子たからこ紅子べにこさんにかけて、なにもやましいことはしていない」


 宝子はこのクソ医者の、元婚約者で、紅子さんは今の妻だ。

 ……それはいいが。


「いやそれ、オレじゃなくて本人に言えよ」


「別にどうでもいい」


 乙姫は、男物のシャツをはおりながら、不機嫌そうに、そうもらした。


 つうか、乙姫って、やっぱり胸があったんだな。

 

 いつもは平らな胸には、薄紅色に染まった双丘(そうきゅう)が咲いており、さらしでも巻いていたんだろうか、包帯が散らばっていた。


 男らしく振舞ってはいても、やはりこいつは、どちらかというと「女」だな。


 染まった薔薇色の頬と、色づいた唇をなんとなくみていると、「欲情するなら、夏夜にしろ」とにらみつけるように言われた。



 相変わらず、すげえ物言いだな、こいつ。


 まあ、可憐な黄金の瞳といい、艶やかな黒髪が似合う、絶世の美少女(?)だけあって、普段からこいつは、人目にさらされている。


 毒舌でも身に着けて、男らしくしていないと、よけいな虫が付くんだろう。


「何考えてるか知らねえが、うざいからみんな」


 ふん、と乙姫は顔をそらした。


 何度もいうようだが、こいつは純・女でも、かと言って男でもない。

 両性であるオレや小夜と同じく、両性具有で、こいつの場合、胸もあればアレもある。


 そもそも、現代のガキどもに、こんなややこしい性別や、異能力を持つガキが一定数生まれるようになったのも、こいつがファーストケースというか、元凶らしい。


 善なる女神と悪鬼と、魔神の遺伝子。


 ひとつだけでもやばいそれを、みっつも引き継いで生まれたこいつの存在自体が、この世のパワーバランスというか、世界の定理を揺るがせてしまったらしく、その力をセーブするために、進藤の診療所兼研究室に住み込んでいるらしいのだが、ハタ迷惑な話だ。


 もっとも、オレ達と違って、特殊な性別を隠していないようだが、とりあえず、こいつのことはあまり女扱いしないほうがよさそうだ。


「安心しろ。オレの嫁は、過去も未来も、夏夜だけだ」


「あっそ」


 乙姫は、もそもそとスリッパをはくと、半ばシカトのていで、オレの横を素通りしていった。


「やれやれ。素直じゃないね」


 進藤が、分厚いカルテを整えながら、肩をすくめた。


「それ、どういう意味だよ」


「本人に聞いてみたら?」


「はあ? 意味わかんね」


「まあ、それはともかく。先月届いた調査結果によると、君たち特殊な性別および、能力を持つ子どもたちは以前増え続けている。これは、最近起こっている不審な事件とも関係する、と僕はみている」



「心臓神隠し<ロストハート>だな」


「ああ。輝馬くんに聞かされるまで、僕も知らなかった。念のため、夏夜や小夜くん、乙姫の躰も精密に検査したが、異常は見当たらなかった」


「オレだけ、ってことかよ」


「今のところはね。これからはわからない」


「あっそ」


 オレは、シャツのボタンを外し、真っ黒い人間ドッグに寝転がった。


 形状はMRIに似ている。

 円形で、躰をすっぽり包む形状で、検査の際には、寝台のような内部に横たわり、超音波に似た高周波をはなつ。


 リンドウや命の持つ力、体内をサーチする触診<スコープ>を応用し、全身の生命活動を左右する、龍脈という気の流れをみることで、今どんな部分に疾患があり、未来にどんな病が発生するかを測定する。


 たとえば、胃に穴が開いていたり、どこがが骨折している場合は、その部分の気がよどんだり暴れまわり、龍脈は強いシグナルを発し、脳へと届ける。


 穴が開く予兆がある場合も、気は微弱ながらゆらぎ、一定のシグナルを発する。


 そのシグナルを感じ取るには、一定の高周波を対象に向けて放つ必要があるが、そんな人間離れした凄業(すごわざ)ができるのは、世界的宗教のひとつである、女神崇拝の花蓮宗(かれんしゅう)、および人神崇拝の天津教(あまつきょう)の最上級聖職者……ようするに、前述ぜんじゅつのリンドウや命と、その後継者ぐらいのものだ。


 そこで、この装置の出番である。


 この人間ドッグ、BWS……<ブレイン・ウェイブス・サーチ>は、触診<スコープ>を()した疑似的(ぎじてき)な波動を発し、脳波を観測し、その揺らぎを観測する、高度ながらもシンプルな装置だ。


 とはいえ、一般人の龍脈はほとんど閉じており、気の流れも能力者に比べ微弱なため、通常の人間ドックよりも精密かつ確実な疾患の検査にはなれども、未来の病気までは観測できないという難点が存在する。


 まあ、そんな都合のいい話はないということだろう。そのあたりが、現代超科学の限界だ。


「目を閉じて、楽にするといい」


 ともあれ、お決まりのセリフを言うと、進藤は機械のスイッチを入れた。



——ブウゥゥゥン……。


 起動音とともに、(からだ)が熱くなっていく。


 それにしても、未来が読めるとうたうくせに、この心臓がなくなるなんてデータは、一度も出なかった。


 オレの龍脈は開きまくってるのに、とんだポンコツだぜ、と内心ため息をつきながら、オレは睡魔に落ちていった。




////////////////////////////////////



 “Androgynous”

(アンドロギュノス/アンドロギュヌス)

 両性具有の,半男半女の.


 “Androgynous Princess”

 ~アンドロギュノス・プリンセス~

「両性具有の姫」


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