~エピローグ~ -永遠の恋-【前編】“A First Love,and I Found my Heart”
イラスト@Nicola nn様
……こんな話をしよう。
それは、『失った心臓がつむぐ、真夏の恋物語』だ――。
はじめてその子を見た瞬間、全身に鳥肌がたった。寒いのではない、気持ち悪いのでもない。
正反対だった。体温が二度上がり、心臓が高なった。
可愛い、では足りない。そんな陳腐な言葉では語れない。
全身の細胞が震えて、叫んだ。これは、「恋」ではないと。
5歳の夏、僕はきみに「愛」をした。
・・・・・・・・・・・・・・・
父親の仕事の関係でテキサスに来たのは、ほんの5歳のころだ。
はじめに、挨拶がてら、同じテキサス州グリマー市に住む、父親の友人の子に会うという。
一番目の子は愛らしく、三番目の子は賢いという。
「じゃあ、二番目の子は?」
すぐわかる、と父は目を細めて言った。
問い返すと、「本当に、そっくりなんだよ。君も、すぐに好きになる」と謎めいた言葉でけむに巻いた。
それ以上は語らず、父は昔を懐かしむような、慈愛に満ちた顔で、窓の外を見た。
流れる雲と、小さくみえる街。
僕は、どんな子なんだろう、と首をかしげた。
クールな父に、こんな甘い顔をさせる存在が、母や僕達子供たち以外にいることが、驚きだった。
そして、僕は愛に落ちる。
父の言葉通り、いや言葉以上に。
恋よりずっと深く尊いそれに、僕は心を奪われた。
空港からタクシーに乗り継ぎ、新しい地に降り立つ。
どきどき弾む鼓動を深呼吸でごまかしながら、僕は、新しい家だというそれをみつめた。
はじめての一軒家、はじめてのアメリカ。
生まれてはじめて飛行機に乗った、不快感はとうに消えていたが、朝から続く微熱はなかなか冷めず、僕は軽く咳をした。
病弱な母に似て、子どもの頃は体が弱く、しょっちゅう風邪を引いていた僕だったが、今日の風邪はいつもと違った。
こほこほと咳をするたびに、心臓がうずき、高鳴り、暴れだす。
その時は、きっと、生まれてはじめて異国の地を踏む、当たり前の不安だと思っていた。
……けど、それは違かった。
あ、と思った。
新築の僕の家を興味深げにのぞきこんでいる、少女がいたのだ。
父と母は微笑み、僕の背を押した。
よくわからないまま、少女のもとへと、一歩踏み出す。
——少女が振り返る。
……瞬間、呼吸が止まった。
「…………?」
茶色がかった髪が、肩上でおよぐ。
白いワンピースからのぞく、小麦色に染まった華奢な足が、ひらりと踊る。
夏の日差しが、少女の薄茶の瞳を、輝かせた。
——燃えている、と思った。
炎の花が、燃えている。
瞳の奥に咲く、澄んだ炎の花弁が、僕をとらえ、驚きにゆらめく。
……どくん。
心臓が脈打ち、暴れ、頭からつま先まで熱が走った。
まるで、魂ごと、心臓を射貫き、その灼熱であぶるように。
辛くも痛くもなかった。
あったのは、たとえようのない歓喜だった。
「……あ」
声を出してはじめて、ここが現実だと思いだした。
我にかえって僕は言った。
「ぼくはこうま。ふたござか、こうま。きみは?」
女の子は、目をしばたかせた。
そして、まぶたをこすった。
「……こなつ。」
女の子は、ぼんやりとした声で言った。
——おれは……こなつ、だ。
まるで、夢かうつつか確かめるように、少女は繰り返した。
少女の男のようなしゃべり方に驚いたが、そのたどたどしいソプラノに、気づけば魅了されていた。
こなつ、が「小さい夏」という意味だと、当時5歳の僕でもわかった。
こなつ。小さな夏。小さな太陽。
だから、この微熱はきっと、この子のせいだと思った。
体温が上昇する。瞳が潤む。
心臓が、全身が、激しく主張する。
『本当に、そっくりなんだよ。君も、きっと好きになる』
そんなんじゃない、と思った。
そんなもの、ない。
この子に似ているものなんて、世界中を探しても。
“きっと好きになる?”
——違う。
好き、なんかじゃない。
そんなありふれたものじゃ。
この全身を焼き尽くす、灼熱の業火のようなそれは、きっと……。
僕は、小夏の手を握り、はじめましての握手をした。
小夏は、やっと目が覚めた、というように目を丸くしたあと、その手を握り返して、笑った。
「よろしくな、こうま」
とろけそうな笑顔。僕を呼ぶ声。
また体温が上がり、僕は息を吐いた。
「うん。……よろしく」
ポーカーフェイスな父を真似して、平静を装って、手を離した。
本当は、もっとずっと触れていたかったけれど、この子の前で、そんな子供じみたわがままな態度はみせたくなかった。
まあ、当時から、ませた子供だったのだ。
こなつ。——小夏。
その後飽きるほど呼ぶことになる、世界で1番愛しい名前。
僕はその心臓に、その二文字を、深く深く刻んだ。
やがて打ち解け、友達になった小夏は、おおよそ女の子らしくない木登りや、冒険ごっこ、川遊びなど、アクティブな遊びを好んだ。
当時、貧弱だった僕はついていくのが辛かったが、小夏の無邪気な笑顔をみると、疲れも吹き飛んだ。
進藤先生の検診で、能力発現の可能性あり、と判断された僕たちは、異能もちの子ども達を養育する、「能力者学校」として知られる、「グリマーガーデンスクール」の幼等部、通称<フェアリーテイル>に入った。
オバケが怖いと泣いた小夏の手を握り、一緒の布団で眠ったり、川でおぼれた小夏を命からがら助けたり。
僕にとって、小夏はあっという間に、なくてはならない存在になっていた。
あるいは、実の家族よりも大切に思っていたかもしれない。
そして、今もそれはかわらない。
僕は、将来は、小夏と結婚したかった。
幼等部を無事卒業し、小等部<ネバーランド>に入り、4年がたったころだ。
小夏が、高熱を出して倒れた。
理由はわからないが、こんこんと眠ったまま、目覚めないという。
僕は、意を決して、小夏の家へと出向いた。
そして、僕は、その両親から、小夏が女の子ではないと知る。
ショックだったし、信じられなかった。
それでも、僕は小夏のことをいまさら、嫌いになることはできなかった。
熱でうなされる小夏をみた瞬間、迷いも困惑も、すべてが吹き飛んだ。
「そろそろ起きないと、キスするよ」
そう言って触れた唇は熱く、僕の心臓をとろけさせた。
眠れる小夏に口づけたのは、なんてことはない、そうすればきっと、目覚めると思ったからだった。
「こうま……?」
僕を呼ぶ声。
ああ、と息を吐いた。
僕を呼ぶ、この声。
僕を求める、この瞳。
燃えるように脈動する、心臓から溢れだしたのは、男でも女の子でもない、愛しいこの子を、それでも、どうしても護りたいという、あたたかな気持ちだった。
その特殊な性別が、小夏にもたらす困難を、その年でさすがに、きちんと理解していたわけではない。
でも、きっと、小夏が倒れたのは、自分が男ではないと知ったからだと、本能でわかった。
小夏は、自分と戦っているのだ。
だったら、信じようと思った。
自分を信じられなくなったこの子を、僕が信じよう、と。
自分を見失ったこの子を、僕が導こう、と。
はじめて触れた唇は、熱くて、とろけそうに甘かった。
僕はその日、誓った。
たとえ、何がこの子を苦しめても、必ず僕が助けてみせる、と。
今にすれば、子どもじみた誇大妄想で、物語のヒーローごっこの延長に過ぎなかった。
だが、僕は、本気だった。
いや、今もだ。
ありえないことに、僕は、この子のためなら、何者にだってなろうと誓ってしまったのだ。
全世界が小夏を拒絶しても、僕だけは、小夏の味方になる、と。
しかし、そんな僕の思いをあざ笑うかのように、小夏の躰は、少女から少年へと変化していった。
戸惑いはやがて行き場のない怒りへと変わり、僕は小夏につらく当たるようになった。
今からすれば、八つ当たりに近かった。
純粋に、兄への初恋をかなえようとした、小夏にはなんの罪もないが、僕は幼心に、裏切られた、と感じていたし、そのやり場のない気持ちは、小夏が中等部にあがるまで続いた。
だが、小夏は変わらなかった。
容姿こそ変われど、小夏はいつだって、小夏のままだった。
僕が恋した、あの純粋で、ひたむきなあの子のまま、小夏はすくすくと育っていった。
やがては僕も、諦めた。
小夏を好きでいることも、誰かを好きになることも。
そう、すべてを、投げ出したのだ。
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find~ファインド~の過去形→found~ファウンド~
「find」~ファインド~
(努力して)見つけ出す、(探して)見つけ出す、捜し出す、見つけてやる、探してやる、見つけ出す、発見する、骨折って進む、たどり着く、(研究・調査・計算などをして)発見する
つまり、「(努力してあるいは偶然に)見つける」こと。
※なくしたものを見つける場合もあれば,ある事実を見つける,あるいは必要なものを努力して見つける場合もある
“A First Love,and I Found my Heart”
「初恋、そして僕は心臓をみつけた」




