最終話 -永遠の愛Ⅲ- “MIDSUMMER LOST-HEART”
最終話 -永遠の愛Ⅲ- “MIDSUMMER LOST-HEART”
イラスト Nicolaさん(@Nicola nn)
加工 Reo.
イラスト Reo.
ここからは、夏夜の知らない話だ。
高等部<エリュシオン>の庭では、学園の象徴の睡蓮と、蓮と、百合が咲いている。
一年中枯れることなく、咲いているのだから、奇跡の花だ。
そこには翡翠色の池があり、木蓮の木から、甘いにおいがする。
色とりどりの花のアーチの近く、白いペンキの塗られたベンチで、オレと輝馬は談笑していた。
「なあ、輝馬。夏夜が最近、くっそ可愛いんだけど。それも、前よりパワーアップして。お前、どういうことだと思う?」
オレは顔をしかめながら言った。
「さあ、恋をすると、ひとは変わるっていうからね。雷児のおかげじゃない?」
輝馬は、お弁当箱をたたみながら、そう言った。
涼しげな瞳が、笑みをたたえている。
風がその短い髪をなぶって、ざああ、と木々が歌った。
一瞬ぼうっ、としかけた頭をふるって、恨み言をぶつける。
「雷児ゆるさん」
「君の病気は、治る気配がないね」
呆れたようにため息をつく輝馬だが、どこか諦めたような響きである。
オレ⁼夏夜ラブの件は、もう輝馬のなかで、昇華されてしまったらしい。
もうちょっと嫉妬しろよ、と思うが、それが輝馬だ、仕方ない。
「ほっとけ。でも、よかったな。皇も小乙女と付き合いはじめたし、小夜は……紅夜とラブラブだけど……」
オレは、ぞっとしながら、体を震わせた。
「小夜のほうが、問題か」
「問題だらけだ」
妹が百合展開なことに、絶望しているオレの頭を、輝馬が、さらり、と撫でた。
「そうだね。でも、それもいいんじゃないかな」
「いいのか? でも、お前のリハビリも進んでよかったな」
照れながらその掌をどかすと、輝馬はふふ、と微笑した。
「まだBクラスだけどね」
「くっくっく……オレの苦しみがわかったか」
調子に乗ってにやにやするオレを、輝馬は楽しそうに眺め、こういった。
「君はSクラスの第三位、獄炎獄の死神<インフェルノ・タナトス>か。これは僕も負けてられないな。君が高等部2年になるころには僕は3年。今年中に、Sに繰り上がるよ」
「吠え面かくなよ」
「君こそ、足元すくわれないようにね」
余裕の輝馬にいらついて、頬をつねろうとしたが、するっとかわされた。
……ちっ。
「余計なお世話だ、ボケ」
「その言葉遣い、いいかげん治す気ない? 女の子でしょ」
輝馬は、顔をしかめた。
「女じゃねえ、つってんだろ。しばくぞ」
「見た目の話だよ。君の性自認なんて、聞いてない。いいから、治しなよ。悪いことは言わないから」
たしなめるようなことを言っているが、そんなの知るか。
人様の意見なんぞ、クソの役にもたたねえわ。
「ぜってーヤダ。お前が一位になったら、考えてやる」
「言ったね。覚悟しておいてよ」
「はん。どうせ無理だろ?」
「ずいぶん煽るね。そんなに泣かされたい?」
「~~っっ!! 人前で何言ってんだ!!」
「別に、そういう意味じゃないんだけどね」
真っ赤になって立ち上がったオレの腕を、輝馬が掴んだ。
「~~!!?」
思わず、今度こそ固まる。
「可愛いよ」
輝馬は、至極嬉しそうに、微笑んだ。
「~~ぶっ殺す!!」
今度こそ、輝馬に殴りかかった。
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平和は続く。
これから、再び、試練が襲ってくることもあるだろう。
だが、小夏達は、己の弱さを受け止め、大人になることを選択した。
永遠の夢<ネバーランド>はもういらない。
オレ達は、未来へと夢をゆだねる。
そして、羽ばたいてゆく。
楽園のその向こうへ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
オレの話に戻ろうと思う。
最初で最後の失恋の痛みは、オレの柔らかな心臓に、永遠に消えない、鈍い傷跡を残した。
それでも、もう辛くはなかった。
オレには、雷児がいる。
きっとこの先、雷児をいくら愛しても、小夏以上に思うことはないだろう。
それでも、求めた手をとってくれる誰かがいることを、幸福と呼ばずして、なんと呼ぶのだろう。
オレは、心から思う。
……応えたい。
オレを救ってくれた雷児に、すべてをあげたい。
だからオレは、この愛しい人を、生涯愛しぬこうと思う。
誰かの代わりじゃなく、この世にひとりしかいない、かけがえのない彼を。
幼いオレ達はきっと盲目で、永遠なんて甘い幻想にすがった。
それでも人は、きっといつだって、永遠を求めている。
大人も子供も、たとえ、口に出さなくても。
たとえ、諦めて、投げ捨てたふりをしても、心のどこかでは。
そう、恋い焦がれ、乞い焦がれ、希っている。
まるで、飢え乾く獣のように、あるいは泣き叫ぶ赤子のように。
ならば、その夢を、現実にしよう。
幼く無謀な夢を、本物に変えてしまおう。
きっと、それが、オレ達が生まれてきた意味だ。
小夏が輝馬を選んだあの日、オレは失恋した。
長かった夢から覚めた。
なら、これから、新しい夢を、新しい希望を――、新しい恋を、はじめよう。
いや、はじめるのは、愛かもしれない。
小夏に感じていた、ときに狂おしい愛おしさが、あの時、純化されたように。
オレは、「それ」をはじめようと思う。小夏と雷児、2人の愛おしいひとのために。
――え? 「それ」ってなんだって?
そうだね、ドラマや映画で、何度も繰り返されてきた、幻想じみたモノだよ。
それこそ、夢物語かもしれない、できすぎた、甘い物語だ。
それでも、あえて、こう言おうと思う。
夢を、現実にするために。
決意を、誓いにするために。
偽物を、本物にするように。
――さあ、<永遠の愛>を、はじめよう。




