第49話 -永遠の愛Ⅰ- “Give you Bressred For my goddess”
イラスト@Nicola nn様
オレの妹、小夏は女神さまだ。
小さいころから、小夏は可愛かった。
お姫様みたいに可憐な顔立ちに、溌剌とした性格と、すらりとした健康的な手足。
オレよりひとつ年下なのに、ぐずぐずしていたオレをいつも助けてくれて、時にはいじめや、からかいから護ってくれた。
だから、小夏はいつだって、オレのヒーローだった。
可愛くて、かっこいい、オレだけの宝物。
末っ子の小夜だって、もちろん可愛い。
だけど、オレは小夜が、オレと血がつながっていないことをなんとなくわかっていたし、オレにとっての一番はいつだって小夏だった。
幼いあの日、崖から落ちて、痛みと恐怖で泣きじゃくるオレに、小夏は凛とした顔で言った。
「大丈夫だ!! 夏夜!! お前が結婚できなくなっても、オレが嫁にもらってやる!!」
小夏はそのころ、自分を男だと思っていた。
そして、自分のほんとうの性別……両性と言い、男でも女でもないというそれ……を知らなかったから、言えたんだと思っていた。
それでも、その夜、小夏の唇が寝ているオレのそれに触れたとき、オレはたまらなく嬉しかったし、オレをもらってくれると言ったあの言葉も、本当は、飛び上がるぐらい嬉しかった。
小夏は翌日から、筋トレやジョギングをはじめたし、嫌いな牛乳も、がんばって飲むようになった。
どこからみても、可愛らしい美少女だった小夏は、段々男の子へとなっていった。
オレは、こんなにひたむきに、誰かを思える子を知らなかった。
こんなに純粋で、綺麗で、けなげな子も。
オレはもう、小夏しかみえなくなっていた。
小夏がオレに触れるたび、心臓が跳ねる、全身の血液が踊る、カラダがほんのり熱くなる。
小夏の笑う顔がみたくて、オレも笑った。
小夏のためなら、なんだってできる。
ピエロの真似だって、仕様がない失敗だって。
だから、大人になんてなりたくなかった。
だって、小夏が好きなのは、いつまでも幼くて、無垢なオレなのだ。
だから、オレは発育を拒否した。
幸い、無性であるオレは、男性ホルモンも女性ホルモンも、あってないようなもので、元から発育が悪かった。
中学生になっても、相変わらずオレの背はちいさく、細い割に、どこもかしこもやわっこかった。
中学2年生になって、オレは悲しい現実に直面した。
中学生デビューした小夏に、好きな人ができた。
いや、小夏は気づいていないだろう。
お相手も、まさか、暇さえあればオレの名を呼ぶ、ブラコンの小夏が、自分に惹かれているなんて、思いもしていないようだった。
中学二年生になった小夏は、たびたび体調を崩した。
それは、男の子と恋に落ちた、小夏の躰が、女の子へと変化する合図だった。
オレは、どうしても、小夏を取られたくなかった。
だから、小夏を攫って、永遠に年を取らず、夢の国<ネバーランド>で暮らそうと思った。
オレは、その方法を知っていた。
でも、小夏は、きっと、みんなと離れたくないだろう。
悩んだあげく、みんなも招待した。
小夏の大好きなみんなは、オレの大好きなひとたちでもあった。
だから、本当は傷つけたくなかったけれど、オレのやったことは、小夏たちをいたぶって、苦しめて、もてあそぶ行為と全然変わらなかった。
しかも、オレのしたことは全部、裏目に出た。
小夏のことを好きな、煌々(きらら)と離れ離れにしたら、小夏は、輝馬に優しく慰められて、より一層、輝馬を好きになった。
輝馬をボロボロにすれば、輝馬を護ろうと、小夏はがんばり、さらに絆を深めた。
乙姫も小夏を好きだったから、わざとふたりっきりにして、小夏が乙姫のことをいろいろ知って、幻滅するといい、なんてひどいことを思った。
だけど、乙姫の弱さを知り、小夏は、より一層、乙姫を女の子として意識しはじめた。
小夜の本性や、真実を知れば、小夜は、小夏にふられると思った。
でも、小夏は、そんな小夜のずるさも、卑怯さもすべて受け止め、恋愛ではないにしろ、これまで以上に、小夜を大切な妹だと認識した。
ただ、乙姫が小夏の恋愛対象となったことで、追い詰められたのは、オレよりむしろ、輝馬だった。
輝馬の抱いた欲望を知れば、小夏は拒絶するだろう。もしかしたら、絶縁するかもしれない。
オレは、輝馬の精神を追い込み、小夏を襲わせた。
でも、最終的に、小夏は、輝馬を受け止めた。
一時は自分を無理やり犯そうとした、輝馬の苦悩や痛みを知り、輝馬を抱きしめた小夏の躰からは、小夜の時とは比べものにならないくらいの愛おしさが溢れていた。
完全に負けた、と思った。
もう、これしかない。
小夏を、今度こそ攫う。
一緒に、ふたりだけの、永遠の楽園を創る。
……でも。
オレは限界だった。もう、小夏を騙せない。
だって小夏は、オレのことを大切な兄だって、世界一大事な家族だって思ってくれていて、なのにそんな小夏を、オレは痛めつけて、苦しめて、散々泣かせた。
もう、嘘はつけなかった。
……だから、告白した。
オレの醜い本心を、怪物のような独占欲を、悪魔のような残酷さを。
小夏はきっと、オレを嫌いになるだろう。
それでも、かまわなかった。
憎まれてもいい。
ただ、小夏を独り占めするからには、小夏に愛されるなんて、赦されない罪だと思った。
なのに、ああ――お前は、そんなオレの頭をなでた。
そして、言った。
「オレを好きになってくれてありがとう。オレに恋を教えてくれて、ありがとう。お前は、オレに幸福を運んでくれた、愛の仔天使<エンジェル>だ」
額に触れた唇、あふれる涙を、掬い取る手、まぶたに触れる舌。
こんなにも醜くて汚い、オレの雫を、小夏がなめた。
その事実だけで、オレは、もう十分だった。
この恋など、二度と叶わなくていい。
この子を、この世界一優しくて、あたたかくて、ゆるぎない女神さまを、オレは永遠に愛し、護ろうと誓った。
——そして、オレはとうとう、楽園を卒業する。
“Give you Bressred For my goddess”
「オレの女神さまに祝福を」




