第47話 -幸福の夢- 【後編】 “The Child who Wavers in Eden”
イラスト@Nicola nn様
夏夜の話をしよう。
夏夜は、笑わなくなった。
誰からも、距離を置いた。
きっと、夏夜だってわかっていた。
自分は間違っていた。許されないことを、みんなにしてきた。
それでも、オレに見放されることだけが、恐怖だったのだと、なんとなく思う。
いつだってオレを想い、その柔らかな翼で包み、慈しんでくれていた、けなげな夏夜。
でも、それはきっと、オレに好いてもらえない自分は、不要だと思って、自分を偽ってまで、いつも明るく無邪気に、天真爛漫にふるまっていたのだ。
それを、詐欺だとか、うそっぱちだとか、言うのは簡単だ。
でも夏夜は、ずっと辛くて、苦しくて、そうせざるを得なかったのだと思う。
その辛さにたえかねて、闇堕ちするぐらいに。
はじめに夏夜に、コンタクトを取ったのは、雷児だった。
雷児だけは、夏夜がどんなに拒絶しようと、一緒にいた。
逃げる夏夜を、はがいじめにしてまで、ともにあろうとした。
夏夜はそのうち、あきらめた。
きっと、雷児のぬくもりに、救われている自分に気づいたのだ。
ゆっくりと、壊れた絆が、紡がれてゆく音がした。
ひたむきな雷児の姿に、小乙女や皇も、仕方ねえな、と付き合った。
雷耶と輝馬は、依然として、かたくなだったが、乙姫にいじめられる夏夜を、とうとう見放せなくなって、はじめに雷耶が、「勘違いするなよ」と一言言って、助けてやった。
夏夜は泣いた。
雷耶は困ったように、自分の頭をがしがししていたが、ややあって、「泣くな」と言って、涙をぬぐってやった。
――ごめん、ごめんね、雷耶。
夏夜は、雷耶に抱き付いた。
それはもう、演技でもなんでもなく、心からの謝罪だと、雷耶もわかったのだろう。
「勝手にしろ」と言って、抱きつかれるに任せていた。
意外とちょろい雷耶に、輝馬は変な顔をしていたが、夏夜が、「輝馬もごめん。小夏を、幸せにしてね」と、震える声でしゃくりあげながら言うと、そのひたむきさに、毒気を抜かれたように、「君にいわれなくてもね」と言って、ため息をつきながら、頭に手を置いた。
おそらく、輝馬は、夏夜を許さないだろう。
自分を傷つけたことじゃない。
オレを苦しめ、痛めつけたことを、一生許さない。
それが、輝馬の正義であり、優しさであり、人間としての情だ。
一方、オレの優しさは、夏夜を救うどころか、ダメにした。
それがオレの最大の罪で、失敗だったのだと、今ではきちんとわかった。
ただ、これは自己弁護じゃないが……。
輝馬やオレに限らず、優しさの形はひとそれぞれで、正解なんてないのだろうと思う。
どちらがいいとか悪いとか、優しいとか優しくないとか、正義だとか、悪だとか決めつけるのは簡単だ。
だが、それが許されるほど、オレ達は立派じゃなく、それはもちろん、年の問題なんかじゃない。
人は何度でも間違うし、それなら、人を裁く権限など、どんな人間にだって、きっとないのだろう。
人を裁いても自分の過ちはなくならないし、おそらくそれは自分の罪から目を背ける、盲目な罪の上塗りでしかない。
賢い輝馬はそれをわかっているだろう。
だから、夏夜を受け止めた。
許して、甘やかすのとは違う、突き放して、それでも、夏夜の罪も悪もすべてひっくるめて、夏夜のあるがままを受け止めた。
それはきっと、夏夜を救うだろう。
嘘つきで、臆病だった夏夜は、本当は、ありのままの自分を、みてほしかったのだろうから。
夏夜のおかげで、気づいたことがある。
絆は、簡単に壊れる。
たとえば嘘で、おせっかいで、裏切りで。
でも、もし互いに憎しみがあるのなら、それはきっと、愛の裏返しなのだ。
もう一度、やり直したい。
そういう気持ちが芽生えたなら、後はきっと、ほんの少しの勇気と、タイミング次第だ。
オレは、輝馬とひとつになり、恋人になった。
なら、夏夜もそろそろ、新たな恋をしてもいいと思う。
たとえば、ひとりぼっちになった夏夜に、以前と変わらず、愛を注ぎ続けた、雷児のようなやつに。
雷児はたぶん、夏夜の渇望に、気づいていた。
だからこそ、夏夜が仮面の男だと知っても、驚きもしなかったし、すんなりと受け止めたのだと思う。
それを愛といわずに、何を愛というのか。
オレ達は、「真実の愛」を求めている。
傷つけあい、裏切りあう、この歪な世界で、たったひとつの光を。
それは、綺麗なだけじゃない。
時に罪を、時に罰を生み、オレ達を苦しめる。
それでも、オレ達は、恋をする。時には、愛し合う。
正しいか、正しくないか、なんて関係なく、時には、命すら捧げる。
だとしたらオレは、大切な人を護るために、この力を使いたい。
陳腐で、お決まりで、お約束だけど、きっとそのために、オレ達は能力に目覚めた。
乞い願い、希い、恋願うオレ達、<エデンの迷い仔>は、いつまでも変わらぬ、「日常という楽園」から目覚め、「真実」にたどり着く。
ならば、今度みる夢は、「永遠の夢」であるといい。
それは、「覚めない夢」だ。「冷めない恋」だ。
そう、『 永遠の愛の物語 』だ。
オレ達は、仮面の男に打ち勝った。
ならばもう、幸せになるしか、ないのだ。
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wavers ~ウェイバー~
waverの三人称単数現在。
waverの複数形。
waver
「揺れる、ゆらめく、震える、揺らぐ、迷う、ためらう、たじろぐ、浮き足だつ」
“The Child who Wavers in Eden”
~ザ・チャイルド・フー・ウェイバーズ・イン・エデン~
「エデンの迷い仔」




