表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/60

第45話 ‐愛しさの終着点‐ “The first pain”



 挿絵(By みてみん)

 


イラスト@Nicola nn様



 その後、悲しい知らせが届いた。


 天国の扉<ヘヴンズ・ドア>を、大量に摂取した副作用で、輝馬こうまは、鬼蜘蛛おにぐもの力を失った。

 しばらく進藤のもとで、療養りょうようしていたが、どうやら、完治は難しいらしい。


 輝馬は自宅に帰った。きっと、落ち込んでいるだろう。

 オレは、その知らせを聞いた足で、輝馬の自宅へと向かった。



 部屋に向かうと、輝馬はベッドに横たわり、躰を起こしていた。


 ぼんやりと窓の外を、みつめている。

 胸がぎゅっ、となって、駆け寄って、抱きしめた。



「……君を幸せにする自信が、ないんだ」


 ぽつり、と輝馬が言った。


 これまで、輝馬は強かった。


 中等部<ヘヴン>では序列2位、みんなの憧れで、オレにとってもそうだった。

 輝馬はこの力で、至らないオレをなにかとフォローし、護ってくれた。


 でももう、それは永遠に叶わないのだ。



 オレは、息を吸い込んだ。

 そして、輝馬の胸に、顔をおしつけた。


「……いいよ。オレはお前がいい」


「……本当に?」


 輝馬の声は、震えていた。



「……うん。不幸になったっていい。お前が今までオレを護ってくれたように、今度はオレがお前を、護りたいんだ」


 輝馬の瞳から、熱いしずくこぼれた。


 それをすくい取って、ああ、綺麗だなと思った。

 その輝きをなめとって、そっと唇に口づけた。



「なあ、オレ、まだお前にお返ししてないだろ。……やるよ、お前のほしいものすべて」


 オレは、シャツを引きちぎるように、脱ぎ捨てた。

 輝馬がすがるようにオレを抱き寄せ、育ち始めた胸に口づけた。


 オレが甘い吐息をもらすと、輝馬は、喉を鳴らした。


 そのまま、ゆっくりと、押し倒される。


 輝馬が、オレを求めている。

 そのことがたまらなくうれしかった。


 あの時とは、もう、なにもかもが違っていた。

 はじめての行為は、痛みをともなったが、輝馬は信じられないほど時間をかけて、優しくしてくれた。



 のちに輝馬は、こんな幸せな交わりはなかった、と語ってみせた。

 どんな女の子を抱いても、後に残るのはむなしさだけだったと。


 輝馬が本当に抱きたかったのは、きっと、オレだったのだろう。



 輝馬は、こうも言った。


「一目見た時から、僕は君以外の存在を愛せないだろう、と思った。まるで、磁石じしゃくが惹かれあうように、砂時計が落ちるように、自然に、君に恋をした。初恋なんていうにはあやふやで、でも確かな瞬間だった」


「……ん」


 オレは、うなずいた。初耳だったが、納得した。

 輝馬の胸に顔を押し付けて、ほてる頬をごまかしながら、オレは静かにその続きを待った。


「あの時から、僕は君にとらわれていたし、君以外には囚われたくなかった。……今この腕の中に君がいる。そのことが、今でも、信じられない」


 クッソ気恥ずかしくなって、もぞもぞ、と輝馬の胸に顔をこすりつけた。

 なにか気の利いたセリフが返せればよかったが、「……オレも」と言うのが、精一杯(せいいっぱいだった。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「あーあ、小夏、とられちゃった」


 ぱちん、と水泡をつぶすと、オレは肩を落とした。



「オレの小夏だったのに。くやしいな」


「お前のものじゃなかったろ」


 オレの頭を撫でる、その手は優しい。

 悔しくなって、悪態をついた。


雷児らいじにはわかんないよ」


「そうかもな」


 雷児は、否定しなかった。



「ねえ雷児。オレのこと、今でも好き?」


 そっと、雷児を見上げた。

 不安に瞳が揺れて、まるで同情を誘って、たぶらかす小悪魔のようだな、と自嘲しながら。


「……好きっていうか」


 詰まったように、雷児はこう答えた。


「――愛しい、って感じだな」


「ふうん」


 あいまいに答え、気のないふりをして、頬を雷児の胸にあてた。

 まるで、そのぬくもりが夢ではないか、確かめるように。


 雷児は、無言でオレを抱き留め、あやすようにゆすった。



(……ああ、オレは、ずるいね、小夏)


 泣きそうになって、胸に顔をこすりつけると、雷児は、でも、といった。


「お前は最初から、綺麗なんかじゃなかったよ」


「……そうだね」


「お前は、きっと、小夏以上に人を好きにならない。それでも」



――俺はそんなお前だから、好きになったんだよ。


 雷児の唇が、額に落とされた。



 オレは、今度こそ泣いた。

 泣きじゃくった。


 それは、明らかな失恋だった。

 この痛みも愛しさも、全部小夏がくれた。



――小夏、小夏、小夏。


 オレの、最愛の人。

 雷児がオレを抱え、背中をなでる。


 小夏の躰は、だんだんと女の子らしくなってゆく。

 いつか、小夏は、輝馬の子を産むだろう。


 そうしたら、オレは、祝福できるだろうか。

 きっと、また醜くなる。


 でも雷児は、それでいいと、言ってくれるのだろう。



 オレの初恋は今日、粉々になった。

 隣にいてほしい人は、想い人の腕の中。


 きっと、この日を、何度も思い出す。

 空いた胸の痛みは、まるで、奪った心臓の対価のようで。


 それでも、この痛みも、忘れないでいよう、と思った。

 これが、うそつきなオレへの罰なのだと。


――はじめての失恋は、甘くほろ苦い、砂糖菓子の味がした。



 辛くても、時は明日へと続いてゆく。

 きっと、永遠に、オレはこの罪を抱いてゆく。


 小夏は、オレにとって、この世界で一番、大切な人だった。

 オレのヒーローで、お姫様で、家族で。


 そして、いつしかオレは、小夏を失うことが怖くなった。

 いつか小夏が離れてしまうなら、いっそ、心臓こころごと奪って、さらってしまおうと。


 間違いだった、と気づいた時には、もう手遅れだった。

 小夏は言った、生きている限り、やり直せると。


 陳腐ちんぷなセリフだ。

 甘ったるくて、優しくて。ご都合主義でお人好しな、正義のヒーローのセリフだ。


 それでも、小夏のセリフだから、信じることができた。


 オレは小夏を、散々めちゃくちゃにして、いたぶって、傷つけた。

 なのに小夏は少しも、責めなかった。


 ただ叱って、抱きしめて、涙を拭いてくれた。


 ああ、と思った。

 小夏は、ヒーローじゃなかったね。お姫様でもない。


 凛音りんねのいう通りだ。

――小夏はきっと、世界一綺麗な、女神さまだ。



 小夏は、悪を裁かない。

 小夏は、自分の中の悪魔よわさから、目を逸らさない。


 小夏は、この卑怯で卑劣で、うそつきの悪魔を、オレを、信じて愛してくれた。

 だったらもう、オレも、甘えちゃいけない。


 分不相応ぶんふそうおうで、歪なこの恋を、終わらせなきゃいけない。

 それがオレにできる、唯一の償いだ。



 ひとつ、決めたことがある。

 オレはこの力を、誰かのために使う。


 いや、誰かなんて、あいまいなことはやめよう。

 この力は、ただ、小夏のために。


 小夏が苦しむなら、オレが身代わりになろう。

 小夏が輝馬を護るなら、その盾になろう。


 自己犠牲? 自己満足? 

――そうだね。


……でも、心から。



 心から、小夏を護りたい。

 それはもう、恋ではないのだと思う。


 オレは、小夏を愛する。

 オレの大事な、家族として。


 大切なことは、ぜんぶ、小夏が教えてくれた。

 ありがとう、なんて、厚かましい。


 オレはおまえを、心から、慕う。

 オレの弟であり、妹であり、家族で、女神さまで、もしかしたら、この世のすべてかもしれないおまえを、今度こそ、永遠に愛する。


 叶わなくていい。片想いでいい。

 もう、小夏を悲しませないと決めたから。



 だから、幸せになる。


 オレじゃない、オレのために泣く、小夏のために。


 これがオレの、最初で最後の恋の、終着点だ――。




 //////////////////////////////////





 “The first pain” ~ザ・ファースト・ペイン~ 

「はじめての痛み」 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ