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『ミッドサマー・ロストハート』~心を失った悪魔の王を「愛する」ための方法~  作者: 水森已愛
第5章 (( love is Fate.)) ……それは、愛という名の憎悪。
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第43話 ‐真実の愛‐ “I want to love you”

 


挿絵(By みてみん)


人物イラスト  @Nicola nnさん

加工Reo.





「夏夜、やめろ……っ!!」


「なんで? オレの話、聞いてなかったの? 輝馬こうまがいなくなれば、小夏は、女の子にならずにすむ。苦しまずにすむ」

「ねえ、小夏だって、わかってるでしょ? 小夏は、オレを選ぶしかないんだよ」


 みんなを助けたかったらね、と夏夜は笑った。


 それは、天使の微笑みだった。

 そこまでも愛らしく、無邪気で、無慈悲な。



「“嫌だ”」


 オレはそんな夏夜に、はっきりと言った。



「お前はそれで、いいのかよ。オレを無理やりモノにして、それで満足かよ。お前が望んでいるのは、自分の言うことを聞く、人形なのかよ。それでお前は、幸せなのか? そんなんで、愛されてるって、思えるのか?」


「――オレは……」


 はじめて、夏夜がたじろいだ。



「なあ、夏夜。お前は、オレが好きって言ったよな。好きな子に、無理やり言うことを聞かせるのが、愛なのかよ。自分のオモチャにするのが、お前の言う、愛なのかよ」


「――違うだろ。お前だって、わかってるくせに。そんなの、愛じゃない。オレはそんなものを、愛とは認めない」


 オレは、そこで少しためらった。

 息を吸って、吐く。


 じわじわと臓腑を焼く、迷いと不安に背を向け、どろどろと渦巻く、深淵の闇を抱きながらも揺れ動く夏夜の瞳を、まっすぐに射貫いた。



「……なあ、夏夜、答え合わせをしよう。あの日、オレはお前にキスをした。お前に恋をした。お前はそれを勘違いだと、まがいものだといった。かわいそうなものを、可愛いと錯覚していただけだって」


「でも、そんなのは、嘘だ。オレは、お前が不憫ふびんだったから、大切にしたわけじゃない。大切な家族を護りたい。好きな子を護りたい。そんなの、普通の感情だろ。“男”って、そういう生き物だろ」



「でも、小夏は……」


「そうだな。オレは、男じゃない。どんなに願おうとも、オレは男になれない。筋トレもランニングも、プロテインも牛乳も、無駄だった。男らしい口調もふるまいも、全部、現実逃避だった。それでもオレは、お前を好きになって、男になろうと決めた」


「悪あがきだった。オレは自分の性別から、目を逸らしていたし、お前のことも美化して、天使みたいに祭り上げた。お前がそのことに、どんなに苦しんでいたのかもしらないまま、身勝手に崇拝していた」


「…………」


 夏夜は、肯定も否定もしなかった。

 ただ、がらんどうの、からっぽの瞳で、オレをみつめている。


「……そうだよ。オレはきっと、なにか別のものになりたかった。いつも無邪気で、穢れないお前を護る、ヒーローでありたかった。女の躰では、騎士にはなれない。テレビでみた正義の味方は、いつだって男だったから」



「……嘘つき。じゃあなんで、小夏は女になったの……?」


 夏夜の瞳に、鋭い光が灯る。

 だがそれは、心臓ごと凍らせるような、憎しみと恨みに満ちていた。



「ああ、オレは、輝馬が好きだ」


 気が付いたら、口をついていた。

 そして言った瞬間、それは核心に変わった。


「輝馬が好きだ。なんで、とか、いつから、とかわからない。たぶん、気づいたら好きだった。勝手に、自然に、恋に落ちていた。なあ、恋ってそういうもんだろ。きっかけとか理由とか、全部後付けなんだ。気づいたら、なってるもんなんだ」


「……本能なんだ。理屈じゃない。だから、偽物も本物もない。嘘も真実もない。嘘だと思うまで、嘘になるまで、夢から覚めるまで、現実なんだ。本物なんだ。……だから、オレがお前を、好きだったっていう感情も、嘘じゃない」



「よく……よく、そんなことが、言えるよね。この……大嘘つき――ッッ!!」


 夏夜は、天が割れるほどの大声で、叫んだ。




  ――愛じゃない、って言ったのは、小夏の癖に!! ――



 耳を引き裂くように鼓膜を震わせた、その悲痛な叫びは、まるで、自らの心臓ごとえぐりとる、ナイフのようだった。



「――ああ。恋と愛は違う。愛は、恋よりずっと、リアルなものだ。恋がいつかは、覚めるかもしれない夢なら、愛は、永遠に終わらない夢だ。好きなだけじゃ、愛じゃない。欲しがって、ダダをこねるのは、愛じゃない」


「いいか、夏夜。恋が欲しがる気持ちなら、愛は与える気持ちだ。欲しい、じゃない。あげたい。見返りなんて、求めない。相手が自分を好きか、嫌いか? なにかいいものをくれるか、くれないか? そんなの関係ない」


「ただ、自分のすべてをあげたい。相手を幸せにしたい。その結果、自分が損をしようが、不幸になろうが、関係ない。ただ、相手の幸福を望み、祈り、自分のすべてで、それを叶える」


 

本当は、これが真実なのか、オレにもわからなかった。

 でも、気が付けば、口をついていた。


 勘違いかもしれない。

 都合のいい妄想かもしれないし、乳臭いガキのこねた理想論で、所詮は、綺麗ごとかもしれない。


 それでも、言わずにはいられなかった。


 

 だって、オレは――。



「……それが、“愛”だ、夏夜。お前はオレに、恋をした。でも、愛してなんていない。オレはお前に恋をして、たぶん、愛した。それが、オレとお前の違いだったんだ。それだけだ。それだけなんだよ、夏夜」


「欲しいなら、与えるべきだったんだ。奪うんじゃない。あげればよかったんだ。それができたら、お前だって、オレを愛せていたはずだ。そうすれば、仮面の男にだって、ならずにすんだんだ」


 

 夏夜は、耳をふさぐようにして、首を振り、叫んだ。


「……それが、何? 小夏は、輝馬を好きになった。恋して、愛した! もう、オレはいらないんでしょ? だったらもう、どうしようもないじゃないか……っ!!」


「――そんなことない」



「――嘘つき!! 小夏は、なにもわかってない! オレの悲しみも……オレの痛みも!! だから、そんなことが綺麗ごとが言えるんだ……ッッ!!」



 夏夜は、今や、全身で怒り狂っていた。

 憎悪に染まる血走った瞳も、振り乱された短い髪も、すべてが、今までの夏夜とは別人だった。


 それでも、とオレは思う。


――それでも、お前は。



「ああ。わかんねえよ。オレとお前は、同じじゃない。性格が違う。意見が、価値観が違う。性別も違う。共通点のほうが、たぶん少ない。でも、それが当たり前だ。違うのが普通なんだ。だからこそ、わかりあえれば嬉しい。わかりあえないと悲しい」


「だから、恋する。愛せる。違うからこそ惹かれて、違うからこそ嫌いになる。なあ、お前は、さっき言ったよな。オレのこと、大嫌いだって」


「でも、それって、さっきまで、大好きだったってことだろ。大好きだから、輝馬をみつめるオレに悲しくなって、痛んで、汚くなったんだろ」



「………ッッ」


 夏夜は、オレをにらみつけた。


 その瞳は、愛らしい丸っこさを脱ぎ捨て、飢えた獣のように吊り上がり、先ほどとは比べ物にならないほど、赤黒い憎悪に染まっていた。


 その姿を、肯定の証とみなし、オレは、もう一度、大きく息を吸い、吐き出した。



――ああ。

……もうすぐ終わる、すべてが。


 それは、本能から湧き出た、ゆるぎないばかりの確信だった。



「……だったら、もう一度、やりなおそうぜ。恋したあの日に戻ろうぜ。見返りなんて求めなかった、ただ好きだって胸があふれた、嬉しいって恋に落ちた、あの瞬間からやり直そうぜ」


「――なあ、夏夜、もう一度、恋をしよう。まっさらに戻ろう。――お前には、それができる」


 夏夜は、髪を振り乱し、荒れ狂うの嵐ようにどなった。



「――できるわけない! オレは、小夏から心臓を奪った! 両親を奪った! ――小夏の大切な人たちを傷つけて、めちゃくちゃにした!」


「手遅れなんだよ! もう一度なんて、ない! オレの罪は、許されない! ――オレはもう、人間じゃない!!」




「~~もう二度と……っ……、誰も……。……愛せない……ッッ!!」




 その姿は、まるで、泣き叫ぶ赤子のようだった。

 醜くて、弱くて、痛ましくて。


 そして、狂おしいほどに、「それ」を求めていた。


 ぶわり、と、オレのなくした心臓に、熱が灯った。

 もう、オレは知っている。


 魂から燃え出るその炎の、正体を。



「――愛せる」


 溢れる気持ちのまま、おだやかに燃え盛る熱情のまま、オレは言った。



「……やり直せる。何度でも。だって、お前は生きてる。まだ、生きてる。腕がある。足がある。口がある。感情が、痛みが、苦しみが……"心"が、ある」


「……なあ、夏夜。手遅れなんてない。時は巻き戻らない。過去は変えられない」


「でも、未来は、作っていける。お前には、明日がある。未来がある。——なら、まだ終わっちゃいない。人は恋をする。時には、失恋する。そのまま、自殺するやつだっている。でも、生きている限り、 また恋をする。時には、愛に変わる」


「なあ、もう、怖がるのはやめようぜ。言い訳もなしだ。やけになるな。現実をみろ。そして、覚めない夢を、冷めない恋を……<終わらないあい>を、作っていこう」



「――でも……、小夏は、オレを……」


 夏夜の瞳に灯っていた、憎しみの業火が弱まる。

 再び揺れ動く、その炎を、全身で抱きしめるように、しっかりとみつめかえした。



「ああ。オレは、輝馬に恋をして、愛した。お前への恋は終わった。夢から覚めた」


「……でも、それは、幸せな夢だった。夏夜。お前は、オレに初恋をくれた。甘酸っぱい、甘い砂糖菓子みたいな、幸せな日常をくれた。……だから、いま、そんなお前に言うよ」


「…………?」


 夏夜は、悲しみと絶望に潤んだ瞳で、オレを見上げた。



 これでおしまいだ、とオレは、嘆息たんそくとともに、息を吐いた。

 そして、ゆっくりと一歩、また一歩と、足を進めた。


 夏夜は、もう逃げなかった。

 いや、逃げる気力も失うほど、もうなにもかもを、諦めてしまっているようにみえた。


 もう、その距離は、一メートルもない。

 目の前で、静かに立ち止まったオレに、びくり、と震え、おびえるその姿を、まっすぐにみつめながら、夏夜、と優しく呼びかける。


 夏夜は、目を見開き、耳をふさごうとした。

 その細い手首を、柔らかく拘束し、鬼か化け物のように、ぐしゃぐしゃになった頭を、そっと撫で、こう言った。




「……オレを好きになってくれてありがとう。オレに、“恋”を教えてくれて、ありがとう」


「――お前は、<復讐の悪魔>でも、<欲望の主>でもない。オレに幸福を運んでくれた、愛の仔天使<エンジェル>だ――……」



 そして、額に、そっと口づけた。

 唇を離すと、夏夜の瞳から、大粒の雨がこぼれた。


 オレはそれをすくい取って、なめた。



……甘い。

 甘くて、優しくて、ほろ苦くて――。


……あの懐かしくも愛おしい、初恋の味だった。


 オレは、思った。



――愛せる。


 オレは夏夜を、この、<欲しがりの悪魔>を、一生嫌いになったりしないと思った。

 いや、嫌いになろうとしても、もう、できないのだ。


 永遠に覚めない夢がある。それは、「初恋」という名前をしている。



 恋は永遠じゃない。


 でも、生まれてはじめて好きになったその事実は、その喜びと幸福は、たとえ欲望にまみれ、現実を知っても、一生褪せずに、この胸に輝き続けるのだと思った。


 ガキのままごとだ? 甘ったるい綺麗ごとだ?


 ……なんとでも言え。



 恋は盲目だが、この愛は、きっと、真実だ。

 そして、本物は、いつだって美しいと、相場が決まっているのだ。


 夏夜を抱きしめているうちに、世界が崩壊をはじめた。


 この箱庭は、悪夢のような楽園<ネバーランド>で、童話<グリム>で、天国<ヘヴン>だったこの場所は、今日この日、存在意義を失った。


 オレ達は、夢から覚めて、新しい夢をみる。



――そう。


「現実」という、甘くもほろ苦い、「永遠の愛の咲く世界ゆめ」を……。





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 “I want to love you”

 ~アイ・ウォント・トゥー・ラブ・ユー~

「オレはお前を愛したい」


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