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『ミッドサマー・ロストハート』~心を失った悪魔の王を「愛する」ための方法~  作者: 水森已愛
第5章 (( love is Fate.)) ……それは、愛という名の憎悪。
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第42話 ‐愛という名の憎悪‐ “I want to eat your heart”  

挿絵(By みてみん)


人物イラスト  @Nicola nnさん

加工Reo.



「そうだね、教えてあげる。なんでオレが、小夏の心臓を奪ったか。なんで、小夏から大切な人を奪ったか。なんで、嘘をついたか」


 オレが生まれた翌年、小夏が生まれた。


 小夏は可愛くて、元気で、活発で、オレはそんな小夏に憧れていた。


 オレは、能力に目覚めるまでは、どんくさ]くて、でも愛想はよかったから、みんなに愛された。

 でも、本当の意味で、みんなに愛されていたのは、きっと、小夏のほうだったんだ。


 小夏は、兄妹想いで、家族思いだった。

 仲間想いで、熱血で、ちょっとバカなところすら、チャーミングだった。


 小夏はいつも仲間に囲まれていて、オレは、そんな小夏と一緒にいるのが、本当は苦痛だった。


 もし、小夏がいなくなったら、オレはひとりぼっちになるかもしれない。

 そんな不安は、日に日に育っていった。


 小夏は、かわいそうなものを、ほっておけない子だった。

 捨て猫・捨て犬はもちろん、いじめられっこすら、助ける正義のヒーローだった。


 ケンカも強かった。

 どこからどうみても可憐な少女である、小夏が全力で暴れると、どんないじめっ子もびびって、手を出してこなくなった。


 そのかわいそうなものの中には、オレも含まれていた。


 小夏には同情という概念がなく、弱いものは護るべきもの=可愛いものという感覚で、オレがいじめられそうになるたびに、さっそうと駆けつけてくれた。


 小夏はオレのヒーローだった。


 決定的な事件が起きたのは、オレが小学五年生、小夏が四年生の時だ。


 自分は「男」だと純粋に信じていた小夏が、自分の性別を聞かされて、高熱で倒れる前のこと。

 山で遊んでいたオレは、崖から落ちた。


 オレを助けようとして、小夏も落ちた。

 幸い、小夏は足を痛めた程度ですんだ。


 だけど、オレは落ちたところが悪くて、木の太い枝が見事に突き刺さった。


 オレは泣いた。

 痛くてこわくて、泣きじゃくった。


 その時、小夏が言った。



「大丈夫だ!! 夏夜!! お前が結婚できなくなっても、オレが嫁にもらってやる!!」


 たぶんその当時、小夏はオレのことを、家族としてしかみていなかったと思う。

 だからあのセリフも、オレを励ますために、その場の勢いで言っただけだったろう。


 でも、オレは嬉しかった。

 嬉しくて、嬉しすぎて、もうなにも考えられなかった。


 小夏は痛む足で、一緒に山で遊んでいた、輝馬こうま雷耶らいや雷児らいじを探し回り、まもなく、輝馬が小夏の手を引き、雷耶がオレを背負った。


 そして、足の速い雷児が、進藤先生を呼びに行った。


 進藤先生の診療所で、五針も縫った。


 幸い、進藤先生は名医で、なおかつ、早く治療したのがよかった。

 傷は、ほとんど残らなかった。


 それでも、オレのなかで小夏は、その時から、特別になった。



 小夏を、誰にも渡したくない。

 その夜、小夏が眠っているオレに、キスをしたことは知っていた。


 たぶん、危機的な状況での吊り橋効果と、家族であるオレへの情が混ざって、小夏はオレに恋をしたと錯覚したんだろう。


 そんなことはわかっていた。でも、それでもいい、と思った。


 その夜、オレは魅了<チャーム>の能力に目覚め、小夏は煉獄れんごくの炎で、大切な人を護る力に目覚めた。


 長続きしないことは、知っていた。

 しょせんウソの恋、まがいものの恋だ。


 オレは、眠っている小夏にキスをした。

 <魅了>の力を行使した。


 小夏が、こいから覚めないように。


 オレのもくろみ通り、小夏は、次の日から、慣れないトレーニングをはじめた。

 筋トレ、ジョギング、嫌いな牛乳、果てはプロテインまで。


 そのほとんどは無駄な努力で、空回りばっかりだったけれど。



 オレを護る「強い男」になる、と決心した小夏の体は、可愛い女の子めいたそれから、男に近づいて行った。


 計算外なこともあった。


 中学生に入って少し経つと、もともと整った容姿だった輝馬は、どんどん魅力的になっていった。

 同じ中等部に入って一年も立つと、小夏は、輝馬を意識し始めた。


 男である輝馬に惹かれだしたことで、小夏の体は、再び、女のそれに変化していった。

 オレの魅了<チャーム>と輝馬への恋心で、綱引き状態になった小夏は、たびたび体調を崩した。


 このままじゃ、とオレは焦った。


――小夏が取られる。オレの小夏が。



 その頃になると、小夏は、お昼をオレと食べず、輝馬や雷耶らいやと、食べるようになった。

 どうやら小夏は、一日中ベタベタして、オレが迷惑に感じているんじゃないか、と誰かから吹き込まれたらしい。


 単純で家族思いな小夏は、すぐに信じて、オレの自由意思を尊重する、という名目のもと、オレと一緒にいる時間を減らした。


 もちろん、いつもじゃない。むしろ、一緒にいる時間は、オレの方が長かった。


 でも、たったそれだけのことが、オレにはすごくこわかった。

 小夏が、オレから離れようとしている。


 魅了<チャーム>には、持続時間がある。

 触れ合う時間が減れば、その分、徐々(じょじょ)に徐々に、薄れていく。


 実際、毎晩、魅了<チャーム>をかけても、小夏は輝馬にかれていった。


 オレは、またあせった。

 オレから小夏を奪う、輝馬たちに嫉妬しっとした。


 それ以上に、寂しかった。

 行き場のない感情が、ゆっくりと、しかし容赦ようしゃなく、オレをむしばんでいった。



 小夏の心が、奪えたらいいのに。

 小夏の心を、永遠にオレの物にできたら、よかったのに。


――そしてオレは、とうとう、道を踏み外す。



 図書館やネットでみつけた、手当たり次第の呪いを試した。

 狂ったように、耽溺たんできした。


 度重なる呪いの代償として、オレはおかしくなった。

 その力は、すでに、闇に染まっていった。


 そう、仮面の男に、光の力をけがされた、なんて嘘だった。


 いまやオレこそが「怪物」だった。


 禁断の力を手にしたオレは、小夏の関心を、輝馬かららそうとした。


 願いがすべて叶うおまじないがある、というガセネタをネットで流し、つられてやってきた、罪もない子供たちを実験台にして、心臓を奪った。


 既存の睡眠薬を、闇の力で改変して、飲む者の欲望を反映させた、夢をみられるドラッグ、名付けて天国の扉<ヘヴンズ・ドア>をばらまいた。


 ここまですれば、正義感の強い小夏は、恋どころではなくなるだろう。

 だが、現実は残酷だった。


 興味を示さないと踏んでいた輝馬が、それより先に情報をキャッチし、なんとかしようと動き始めた。


 恐らく、小夏を性的な対象として、みてしまった罪悪感から、なにか、良い行いがしたくなったのだろう。

 さらに、小夏とパートナーを組んで、「悪」に立ち向かおうとした。


 そんな輝馬の男らしさ、頼もしさに、小夏はますます惹かれた。

 小夏の体の女性化は、さらに加速した。



 もうオレは、我慢できなかった。

 その日のうちに、小夏の心臓を奪った。


 時系列が変?


 そうだね。

 でも、すでにありとあらゆる呪いの力であふれているオレは、混沌こんとんそのものに等しかった。


 命のカルテのデータを変質させ、小夏の心臓が、とっくの昔になくなっていたと思わせた。

 命の検診は定期的だったから、この機会を逃せば、次は、ずっと後だ。


 もうオレは、一秒も待てなかった。


 保険医である命の口から、からだがおかしいと聞かされれば、小夏は輝馬どころではなくなる。


 今から思うと、それも失敗だったね。

 輝馬は、君は僕が護るとか言いだして、ますます、小夏との絆を深めた。


 まあ、輝馬自身も、板挟みだったんだろうね。


 護りたい気持ちと、欲情で綱引きになって、天国の扉<ヘヴンズ・ドア>に、手を出した。

 あとは、小夏が知ってる通りだよ。


 オレは、小夏と輝馬を、引きはがしたかった。

 本当に大事なモノは、オレだって、思ってほしかった。


 だから、わざと母さんと父さんを神隠しして、悲劇のヒロインを演じた。

 予想通り、小夏はオレを護ろうと、仮面の男と接触した。


 時は満ちた。


 オレは、小夏たちを誘導し、オレの作った夢の世界<ナイトメア>に招待した。


 小夏を苦しめて、オレが癒す。


 ついでに、小夏をレベルアップさせた。

 小夏は強い男になって、オレをお嫁さんにするって言ってたからね。


 計画は、上々だった。


 後は、輝馬を追い詰めて、闇堕ちさせる。

 輝馬の本性を知った小夏は、きっと輝馬を拒絶する。嫌いになる。


 そこでオレたちが助けに入り、命からがら助かった小夏は、輝馬を捨てる。


 そのはずだった。


 なのに、なんでかな。

 なんで、こうなっちゃうの?


 もうオレには、後がなかった。


 小夏をさらって、永遠にオレの物にする。

 これしか、ないんだよ。



 夏夜は、そこまで一息で語ると、うっすらと微笑んだ。



「ねえ、小夏、知らなかったでしょう、オレがこんな、どす黒い心臓<ココロ>をしてたって。そうオレはピエロ。ニセモノの太陽。愛の天使の顔をした、憎しみの悪魔」


「ねえ、知らなかったでしょう? お前の心臓を食べたのは、オレなんだよ。かわいそうな、可愛い小夏。オレのために死んでよ」



――我が名はカオス。


……混沌の王。

  ――暴虐の王。

  ――姦淫の王。


 ……――宵闇の魔王。



「ねえ、オレが今まで集めた心臓、ぜんぶ小夏にあげる。だから、小夏の全部をちょうだいよ。そうしたら、心臓も返してあげる。パパとママも返してあげる」





――だからねえ、小夏。オレのものに、なってよ。――




 オレは、息を詰まらせた。


 夏夜は、涙を流して、泣いていた。

 その愛らしい唇から、放たれた真実は、とても信じられるものではなかった。


 でも、嘘じゃない。バカなオレでも、さすがにわかった。

 これが、現実。これが、本物の夏夜。


 からだが震え、吐き気をこらえた。


 オレは、なにも知らなかった。

 知ったつもりでいた。


 夏夜をこんなふうにしたのは、オレなんだ。


「~~っ、……うえ……っっ」


 吐いたのは、吐しゃ物ではなく、血液だった。


「ああ。小夏、かわいそうにね。女の子になんて、なりたくなかったのにね。……ふふ。輝馬。まずは、おまえから消すね」


 夏夜が、輝馬に手を伸ばす。

 緊張が走った。


 殺すか、殺されるか。

 選択肢せんたくしは、ふたつだけ。


……本当に?


 オレは、顔を上げた。


 腹の中はめちゃくちゃで、頭はがんがん、と鳴り響く。

 ないはずの心臓は暴れ、今にも粉々に壊れそうだ。


 それでも、言わないと。


 オレは、口を開いた。





 “I want to eat your heart” 

 ~アイ・ウォント・トゥー・イート・ユア・ハート~ 

「お前の心臓を食べたい」


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