第42話 ‐愛という名の憎悪‐ “I want to eat your heart”
人物イラスト @Nicola nnさん
加工Reo.
「そうだね、教えてあげる。なんでオレが、小夏の心臓を奪ったか。なんで、小夏から大切な人を奪ったか。なんで、嘘をついたか」
オレが生まれた翌年、小夏が生まれた。
小夏は可愛くて、元気で、活発で、オレはそんな小夏に憧れていた。
オレは、能力に目覚めるまでは、どんくさ]くて、でも愛想はよかったから、みんなに愛された。
でも、本当の意味で、みんなに愛されていたのは、きっと、小夏のほうだったんだ。
小夏は、兄妹想いで、家族思いだった。
仲間想いで、熱血で、ちょっとバカなところすら、チャーミングだった。
小夏はいつも仲間に囲まれていて、オレは、そんな小夏と一緒にいるのが、本当は苦痛だった。
もし、小夏がいなくなったら、オレはひとりぼっちになるかもしれない。
そんな不安は、日に日に育っていった。
小夏は、かわいそうなものを、ほっておけない子だった。
捨て猫・捨て犬はもちろん、いじめられっこすら、助ける正義のヒーローだった。
ケンカも強かった。
どこからどうみても可憐な少女である、小夏が全力で暴れると、どんないじめっ子もびびって、手を出してこなくなった。
そのかわいそうなものの中には、オレも含まれていた。
小夏には同情という概念がなく、弱いものは護るべきもの=可愛いものという感覚で、オレがいじめられそうになるたびに、さっそうと駆けつけてくれた。
小夏はオレのヒーローだった。
決定的な事件が起きたのは、オレが小学五年生、小夏が四年生の時だ。
自分は「男」だと純粋に信じていた小夏が、自分の性別を聞かされて、高熱で倒れる前のこと。
山で遊んでいたオレは、崖から落ちた。
オレを助けようとして、小夏も落ちた。
幸い、小夏は足を痛めた程度ですんだ。
だけど、オレは落ちたところが悪くて、木の太い枝が見事に突き刺さった。
オレは泣いた。
痛くてこわくて、泣きじゃくった。
その時、小夏が言った。
「大丈夫だ!! 夏夜!! お前が結婚できなくなっても、オレが嫁にもらってやる!!」
たぶんその当時、小夏はオレのことを、家族としてしかみていなかったと思う。
だからあのセリフも、オレを励ますために、その場の勢いで言っただけだったろう。
でも、オレは嬉しかった。
嬉しくて、嬉しすぎて、もうなにも考えられなかった。
小夏は痛む足で、一緒に山で遊んでいた、輝馬と雷耶、雷児を探し回り、まもなく、輝馬が小夏の手を引き、雷耶がオレを背負った。
そして、足の速い雷児が、進藤先生を呼びに行った。
進藤先生の診療所で、五針も縫った。
幸い、進藤先生は名医で、なおかつ、早く治療したのがよかった。
傷は、ほとんど残らなかった。
それでも、オレのなかで小夏は、その時から、特別になった。
小夏を、誰にも渡したくない。
その夜、小夏が眠っているオレに、キスをしたことは知っていた。
たぶん、危機的な状況での吊り橋効果と、家族であるオレへの情が混ざって、小夏はオレに恋をしたと錯覚したんだろう。
そんなことはわかっていた。でも、それでもいい、と思った。
その夜、オレは魅了<チャーム>の能力に目覚め、小夏は煉獄の炎で、大切な人を護る力に目覚めた。
長続きしないことは、知っていた。
しょせんウソの恋、まがいものの恋だ。
オレは、眠っている小夏にキスをした。
<魅了>の力を行使した。
小夏が、夢から覚めないように。
オレのもくろみ通り、小夏は、次の日から、慣れないトレーニングをはじめた。
筋トレ、ジョギング、嫌いな牛乳、果てはプロテインまで。
そのほとんどは無駄な努力で、空回りばっかりだったけれど。
オレを護る「強い男」になる、と決心した小夏の体は、可愛い女の子めいたそれから、男に近づいて行った。
計算外なこともあった。
中学生に入って少し経つと、もともと整った容姿だった輝馬は、どんどん魅力的になっていった。
同じ中等部に入って一年も立つと、小夏は、輝馬を意識し始めた。
男である輝馬に惹かれだしたことで、小夏の体は、再び、女のそれに変化していった。
オレの魅了<チャーム>と輝馬への恋心で、綱引き状態になった小夏は、たびたび体調を崩した。
このままじゃ、とオレは焦った。
――小夏が取られる。オレの小夏が。
その頃になると、小夏は、お昼をオレと食べず、輝馬や雷耶と、食べるようになった。
どうやら小夏は、一日中ベタベタして、オレが迷惑に感じているんじゃないか、と誰かから吹き込まれたらしい。
単純で家族思いな小夏は、すぐに信じて、オレの自由意思を尊重する、という名目のもと、オレと一緒にいる時間を減らした。
もちろん、いつもじゃない。むしろ、一緒にいる時間は、オレの方が長かった。
でも、たったそれだけのことが、オレにはすごくこわかった。
小夏が、オレから離れようとしている。
魅了<チャーム>には、持続時間がある。
触れ合う時間が減れば、その分、徐々(じょじょ)に徐々に、薄れていく。
実際、毎晩、魅了<チャーム>をかけても、小夏は輝馬に惹かれていった。
オレは、また焦った。
オレから小夏を奪う、輝馬たちに嫉妬した。
それ以上に、寂しかった。
行き場のない感情が、ゆっくりと、しかし容赦なく、オレを蝕んでいった。
小夏の心が、奪えたらいいのに。
小夏の心を、永遠にオレの物にできたら、よかったのに。
――そしてオレは、とうとう、道を踏み外す。
図書館やネットでみつけた、手当たり次第の呪いを試した。
狂ったように、耽溺した。
度重なる呪いの代償として、オレはおかしくなった。
その力は、すでに、闇に染まっていった。
そう、仮面の男に、光の力を穢された、なんて嘘だった。
いまやオレこそが「怪物」だった。
禁断の力を手にしたオレは、小夏の関心を、輝馬から逸らそうとした。
願いがすべて叶うおまじないがある、というガセネタをネットで流し、つられてやってきた、罪もない子供たちを実験台にして、心臓を奪った。
既存の睡眠薬を、闇の力で改変して、飲む者の欲望を反映させた、夢をみられるドラッグ、名付けて天国の扉<ヘヴンズ・ドア>をばらまいた。
ここまですれば、正義感の強い小夏は、恋どころではなくなるだろう。
だが、現実は残酷だった。
興味を示さないと踏んでいた輝馬が、それより先に情報をキャッチし、なんとかしようと動き始めた。
恐らく、小夏を性的な対象として、みてしまった罪悪感から、なにか、良い行いがしたくなったのだろう。
さらに、小夏とパートナーを組んで、「悪」に立ち向かおうとした。
そんな輝馬の男らしさ、頼もしさに、小夏はますます惹かれた。
小夏の体の女性化は、さらに加速した。
もうオレは、我慢できなかった。
その日のうちに、小夏の心臓を奪った。
時系列が変?
そうだね。
でも、すでにありとあらゆる呪いの力で溢れているオレは、混沌そのものに等しかった。
命のカルテのデータを変質させ、小夏の心臓が、とっくの昔になくなっていたと思わせた。
命の検診は定期的だったから、この機会を逃せば、次は、ずっと後だ。
もうオレは、一秒も待てなかった。
保険医である命の口から、躰がおかしいと聞かされれば、小夏は輝馬どころではなくなる。
今から思うと、それも失敗だったね。
輝馬は、君は僕が護るとか言いだして、ますます、小夏との絆を深めた。
まあ、輝馬自身も、板挟みだったんだろうね。
護りたい気持ちと、欲情で綱引きになって、天国の扉<ヘヴンズ・ドア>に、手を出した。
あとは、小夏が知ってる通りだよ。
オレは、小夏と輝馬を、引きはがしたかった。
本当に大事なモノは、オレだって、思ってほしかった。
だから、わざと母さんと父さんを神隠しして、悲劇のヒロインを演じた。
予想通り、小夏はオレを護ろうと、仮面の男と接触した。
時は満ちた。
オレは、小夏たちを誘導し、オレの作った夢の世界<ナイトメア>に招待した。
小夏を苦しめて、オレが癒す。
ついでに、小夏をレベルアップさせた。
小夏は強い男になって、オレをお嫁さんにするって言ってたからね。
計画は、上々だった。
後は、輝馬を追い詰めて、闇堕ちさせる。
輝馬の本性を知った小夏は、きっと輝馬を拒絶する。嫌いになる。
そこでオレたちが助けに入り、命からがら助かった小夏は、輝馬を捨てる。
そのはずだった。
なのに、なんでかな。
なんで、こうなっちゃうの?
もうオレには、後がなかった。
小夏を攫って、永遠にオレの物にする。
これしか、ないんだよ。
夏夜は、そこまで一息で語ると、うっすらと微笑んだ。
「ねえ、小夏、知らなかったでしょう、オレがこんな、どす黒い心臓<ココロ>をしてたって。そうオレはピエロ。ニセモノの太陽。愛の天使の顔をした、憎しみの悪魔」
「ねえ、知らなかったでしょう? お前の心臓を食べたのは、オレなんだよ。かわいそうな、可愛い小夏。オレのために死んでよ」
――我が名はカオス。
……混沌の王。
――暴虐の王。
――姦淫の王。
……――宵闇の魔王。
「ねえ、オレが今まで集めた心臓、ぜんぶ小夏にあげる。だから、小夏の全部をちょうだいよ。そうしたら、心臓も返してあげる。パパとママも返してあげる」
――だからねえ、小夏。オレのものに、なってよ。――
オレは、息を詰まらせた。
夏夜は、涙を流して、泣いていた。
その愛らしい唇から、放たれた真実は、とても信じられるものではなかった。
でも、嘘じゃない。バカなオレでも、さすがにわかった。
これが、現実。これが、本物の夏夜。
躰が震え、吐き気をこらえた。
オレは、なにも知らなかった。
知ったつもりでいた。
夏夜をこんなふうにしたのは、オレなんだ。
「~~っ、……うえ……っっ」
吐いたのは、吐しゃ物ではなく、血液だった。
「ああ。小夏、かわいそうにね。女の子になんて、なりたくなかったのにね。……ふふ。輝馬。まずは、おまえから消すね」
夏夜が、輝馬に手を伸ばす。
緊張が走った。
殺すか、殺されるか。
選択肢は、ふたつだけ。
……本当に?
オレは、顔を上げた。
腹の中はめちゃくちゃで、頭はがんがん、と鳴り響く。
ないはずの心臓は暴れ、今にも粉々に壊れそうだ。
それでも、言わないと。
オレは、口を開いた。
“I want to eat your heart”
~アイ・ウォント・トゥー・イート・ユア・ハート~
「お前の心臓を食べたい」