第41話 ‐欲望の主‐ “Show of the Avenger”
人物イラスト @Nicola nnさん
加工Reo.
「やあやあ。皆さん、おそろいのようだね。このたびのゲームは楽しかったかな? いよいよラストステージ、最後の晩餐のはじまりだ」
振り向いた。
――針金のような手足。
――まがまがしい仮面。
にたにたと笑う、その口元は、大口を開けた奈落に似ていた。
「さあ、最後の物語<ショー>をはじめよう」
「てめえ……!!」
オレは、煉獄の業火を身に宿した。
「ああ。言ってなかったね。乙姫も、煌々(きらら)の肉体も、そして君たちの両親も、ここにある。これがどういうことか、わかるよね?」
「人質ってことかよ……っ! バカにすんのも、いい加減にしやがれ!!」
「おお、こわいこわい。でも、僕は、君たちを苦しめたいわけじゃないんだ。今日は、取引をしに来たんだよ」
「取引だと……!?」
「そうだよ。小夏。僕と一緒に来てほしい。もし君が僕の仲間になるなら、両親も仲間も、全員返してあげる。もちろん、君の心臓もね」
「そんな、都合のいい話……っ」
言いかけて、胸を抑えた。ないはずの心臓が暴れ、膝をつく。
「ぐっ……!」
「小夏、ダメ!!」
夏夜が飛び出してきて、目を見開いた。
――石化<フリーズ>!!――
「おやおや」
仮面の男は、片手で夏夜の魔眼を払うと、その首を絞めた。
「この力は、誰のものだと思う? 私に逆らうなら、君から殺してあげようか」
「こ……、なつ……」
夏夜が、助けを求めている。
オレは、煉獄の業火を解き放った。
――煉獄の炎牢獄<フレイム・タルタロス>!!――
業火の海が仮面の男を包み、炎の番犬が、喉笛に食らいつく。
――キャウン!!
犬たちは、仮面の男に踏みつけられ、一瞬で消滅した。
「だから、無駄なんだよ。なんのために、レベルを上げてあげたと思ってるのかな? これじゃあ、ままごとにもならないよ」
「索敵<サーチ>!」
輝馬が糸を展開するが、糸は仮面の男の周囲でへにゃり、とたるむと、溶けて消えた。
「くそっ……あたしが!!」
「お前は、引っ込んでろ!!」
小乙女が千本の槍を展開するが、槍もまた当たる前に、とけて消えた。
雷耶の放った雷すら、仮面の男の躰に吸い込まれ、跡形もなく消失した。
皇が、オレをかばおうとしたのだろう、津波で仮面の男を押し流そうとするが、波は真っ二つに割れ、逆流して、オレ達を襲った。
(( クルルーウ!! ))
祈凛が金色の波動でそれを防ぎ、ひと鳴きし、仮面の男に向かっていく。
ぱちん!! 泡がはじけるように、祈凛は消えた。
「ああ。僕の躰は闇でできている。触れたものを消滅させる力があるんだよ。当然、皇、君の刃も例外じゃない」
背後に迫っていた皇が、はっとする。
触れただけで魔を消滅させる、神の肉体でできた霊刀、月光鬼涙が粉々に砕ける。
「ぐ……っ」
皇が膝をつき、そのまま倒れた。
吸収<ドレイン>。
仮面の男が使ったのは、乙姫の力だった。
「これで、治療者<ヒーラー>もいない。人質は僕の手の中。さあ、どうする、小夏? あまり時間がないよ?」
そうこうしているうちにも、夏夜の顔から、血の気が引いていく。
仮面の男は、オレ達の全力を受け止めてなお、夏夜から一度も手を離していない。
このままでは、文字通り赤子の首をひねるように、仮面の男は夏夜を、そしてオレ達全員を、殺しつくす。
「……わかった。オレが行く」
「小夏!!」
雷耶が叫ぶが、オレは、振り返らなかった。
「オレは、何をすればいい」
「そうだな。手始めに、あの少年を殺してもらおうか」
仮面の男が指差したのは、輝馬だった。
「何、言って……」
「あの少年は、少々調子に乗りすぎた。目障りなんだよ。あれを殺せば、ほかの全員は見逃してあげる。さあ、どうする、小夏?」
「話が違う……!!」
「いいや。違わないね。それに君はもう、わかっているはずだよ。僕の<復讐>の意味が」
「何、言って……」
「そうだよね? 煌々(きらら)」
「…………」
煌々が、黙った。
「煌々……?」
オレは、うつむいた煌々に呼びかけた。
「小夏。すまぬ。わらわは、仮面の男の正体に気づいていた。乙姫もじゃ。考えてみれば、話は簡単だった。仮面の男の行動原理は、実にシンプルで、短絡的だった」
「小夏。そなたもおかしいと思わなかったか? なぜ、仮面の男は小夏の心臓を奪った? なぜ、小夏の大切な人間を人質に取り、あるいはお主と殺し合わせた?」
「答えはひとつじゃ。仮面の男が唯一、欲していたのが、そなたじゃったからじゃ」
「どういう意味……」
「小夏。わからないフリはよせ。もう、目を逸らさないと決めたのじゃろ? 仮面の男の顔をみろ」
「顔、を……」
オレは、前を向いた。
仮面の男はもう、仮面を被っていなかった。そこにいたのは、見知った顔だった。
いや、正直に言おう。
目の前にいたのは――「夏夜」だった。
仮面の男の正体は、夏夜……?
「なんで……」
首をしめられていたはずの夏夜が、どすん、と地面に落ちる。
それは、ただの人形だった。
「ウソだろ……」
オレは、からからに乾いた喉で、それだけ言った。
なんで夏夜が。
……どうして? いつから?
「小夏。小夏の推理は、あたっていたよ。小夏は、仮面の男の正体は、自分だといった。大正解だね。オレを怪物にしたのは、小夏、おまえだよ」
「そん……」
――ウソだ。
オレは、後ずさった。
違う。そんなはずない。……これはなにかの冗談だ。夢だ。
そう、仮面の男のもたらした、幻覚だ。
「残念ながら、これは、現実だよ、小夏? いや、おまえは今まで、眠っていた。気づかないふりを、盲目のフリをしていた。幸福な夢をみていた」
「小夏だって、ヘンだと思ってたでしょ? 小夜は言ったよね。すべては、オレの思い通りに進んでいるって」
「まあ、それはそういう意味で言ったんじゃ、なかったんだろうけど……。それでも、オレはちゃんと、ヒントを出したよ。でも、気づいてくれなかったよね。いや、気づかないフリを、続けてきたよね。ねえ、ちゃんとオレをみてよ、小夏」
「夏夜……」
血の気が引いていく。
なんだ? なんだよこれ。
こんなの、おかしいだろ。こんなの、夏夜じゃない。
気持ち悪い。理解できない。わからない。
夏夜の気持ちが、これっぽっちも。
「ねえ小夏、オレのために死んでよ」
夏夜が、指を伸ばした。
「そこまでだ……っ」
輝馬が、糸を引く。
「だから、無駄だって……、――?」
夏夜を拘束した輝馬の糸は途切れなかった。
なんで?
輝馬は、腕から血を流していた。
蜘蛛の糸に、血液が伝う。
「君は己を、<混沌の王>と言った。なら、その属性は「無」。その名の通り、実態を持たない。僕たちの闇の力も、光の力も、当然、形なきモノには、効かない。ならば、そこに、<有>を流し込んだらどうだ? 血液<いのち>を注いだら?」
「考えたね。でも、だから何? このまま捕食<イート>する? あは。そうしたら、オレは死ぬね。輝馬、お前は小夏から、大事な家族を奪う。人殺しになる。ねえ……優しい小夏は、そんなおまえを、どう思うかなあ?」
夏夜は、鈴のなるようなあどけない声で、愉しそうに笑った。
「夏夜! いいかげんにしろ……っ」
オレは、どなった。
「いいかげんに、しろ。お前がオレを憎んでいるなら、殺せばいいだろ。なんで、ほかのヤツを巻き込む。親父やお袋もだ。なあ、なんでだよ、夏夜。お前は、そんなやつじゃないだろ。なんで、こんなことを……」
喉がつまる。
悔しくて、悲しくて、涙があふれた。
わからない。夏夜の気持ちが。
オレ達、家族じゃなかったのかよ。
お前は、いつだって、オレに優しかった。
オレが泣けば、慰めてくれたし、みんなにも、笑顔を振りまいた。
あれは、全部、嘘だったのか。
「……そうだね。だったら、教えてあげる。なんでオレが、小夏の心臓を奪ったか。なんで、小夏から大切な人を奪って、めちゃくちゃにしたか。なんで、嘘をついたか」
夏夜は、愛らしい天使のように、うっすらと微笑みをたたえた唇で、語りだした。
Show ~ショウ~
【名詞】
〔感情・性能などの〕表示,誇示 〔of〕.
展覧会,共進会
(劇場・ナイトクラブ・テレビなどの)ショー,興行,見せ物.
笑いぐさ,恥さらし.
[また a show] ふり,見せかけ; 外観,風, 様子 〔of〕.
見せびらかし,見え,虚飾.
avenger ~アヴェンジャー~
「復讐者」
Show of the Avenger
~ショウ・オブ・ジ・アヴェンジャー~
「復讐者のショー」「復讐者の虚飾」
「復讐者の笑いぐさ」