第40話 -悪夢の果てに- “Nightmare Eat You”
イラスト@Nicola nn様
――ドオオオォオォオオン!!
地面を突く、轟雷の音があった。
輝く金髪。ぎらつく、獣のような瞳。
「……らい、や……」
「千本の槍<サウザンド・スピアー>!!」
輝馬の周囲につきたてられた、光る槍。
蜘蛛の糸が、一気に断ち切られ、拘束が緩んだ。
――小乙女。
「母なる闇<マザーダーク>!!」
柔らかい羽のような闇が、地面に叩き付けられる直前、オレを抱き留めた。
――小夜。
まもなく、あたたかい光が、オレを包んだ。
「小夏、今治してやる」
龍神の慈悲<キリエ・ロンシェン>が、オレの足を癒した。
――皇まで。
「出血がひどい。祈音……じゃない、祈凛、任せた」
「小夏、失礼するね」
祈凛は、人型になると、オレの唇を奪った。
柔らかい舌が押し入ってきて、損傷した龍脈を補修し、失った血液を復元する。
――輪廻<リンネ>。
女神・花蓮に選ばれた者のみが使える、最高級の治癒・蘇生聖術だ。
「さあ、輝馬。説明してもらおうか。なんで、小夏を傷つける? それが君の望み?」
祈凛が、凛とした声で、なおもオレに、牙をむこうとする、輝馬に立ちふさがった。
「いい。祈凛。オレに任せてくれ」
オレは、みんなを振り返ると、こう言った。
「これは、オレと輝馬の喧嘩だ。頼むから、お前らは手を出すな」
「でも」
小夜が引き止めるが、オレは、振り向かなかった。
輝馬は、オレのことを一度だって、友達だと思っていなかった。
……本当に?
オレ達の絆は、嘘だったのか?
確かめたかった。
輝馬の気持ちが、知りたかった。
かっ、と目を見開く。
脳が焼け付くように熱くなり、瞬間、眼球の奥に燐光が舞った。
燃え上がるように火をつけた本能が、なにをすべきか教えてくれた。
腕を払い、空気を歪める。時空の法則を書き換える。
そのまま、距離をショートカットし、輝馬の背後に、一瞬で移動する。
そして、勢いよく、後ろから抱きしめた。
輝馬の気持ちは、いまや、むき出しだった。
天国の扉<ヘブンズドア>は、たぶん、覚せい剤に近い。
欲望に忠実にさせ、その秘められた想いを、丸裸にする。
暴れる輝馬を、魔神の腕力で、無理やり拘束し、動きを完全に封じた。
そのまま、目を閉じる。
――乙姫。お前の力、借りるな。
夢のなかに潜っていく。
輝馬のなかだ。
輝馬は、夢のなかでオレを抱いていた。
オレは泣いていた。
愛姦ではない。強姦に近かった。
無理やり組み敷いて、鳴かせていた。
行為が終わった後、輝馬は自分の胸を、硬化した蜘蛛の糸で、刺し抜いた。
――輝馬は死んだ。そして、夢は最初に巻き戻る。
それは、何度でも繰り返された。
……ひどい悪夢だった。
これが、輝馬の願望なのか。
オレは、再び、自らの胸を刺そうとする、輝馬の背後に立った。
そして、抱きしめた。
どうしてそうしたのか、自分でもわからない。
でも、輝馬が、泣いている気がして。
輝馬は、苦しんでいた。耐えていた。
友達のフリは、もう限界だった。
オレを騙していた。
オレを護るその手で、夢のなかでは、毎晩犯した。
罪悪感がピークになり、禁じられた薬<ドラッグ>に手を出した。
それでも、オレは、なにも気づかなくて。
お前に、ためらいなく触れた。根拠なく、お前を信じた。
無防備で、無知で、盲目で、そして、とてつもなく、身勝手だった。
そう、お前を苦しめていたのは、ほかでもない、オレだった。
「もういいよ」
……もういい。
輝馬は、我に返って、暴れた。
だが、オレはそんな輝馬を、正面から抱きしめた。
「お前は、悪くないから。だから、抱けよ。好きなようにしろよ。オレは、お前を嫌いになったりしねえから」
迷った末、鼻に口づけた。
それは、あの時のお返しだった。
輝馬の妹を死なせ、声をつまらせたオレに、お前は言った。
“辛かったね”と。
そして、こうして、抱きしめて。
……泣きじゃくるオレに、こう言ったのだ。
“大丈夫だ。君が悪いなんて、思ってない。僕は、君がどんな失敗をしようが、どんな悪事に手を染めようが、絶対に君の味方だから”
だからオレは、今、そんなお前に、言ってやる。
「ごめんな。お前は、悪くねえ。オレは、お前がどんなヘマしようが、どんな悪いことしても、絶対に」
――ぜったいに、お前から、離れねえから。――
今度は、唇を合わせた。
なんで唇にしたかは、自分でも、わからない。
でも正解は、きっと「これ」な気がした。
輝馬の躰からだから、ふにゃり、と、力が抜ける。
オレは、男じゃない。でも、女でもない。
オレは、輝馬を好きか? そんなの、わからない。
でも、離したくない、と思った。
……離れたくない。
ぼんやりとしびれる頭で、あの日の言葉を、思い出す。
“なあ。なんで、お前はオレに優しいんだよ”
“これでも、冷たくしてるつもりなんだけどね”
“それでも君は、僕から離れていかなかった”
“…………?”
―― “君だけだ。僕をみつけてくれたのは” ――
ああ、こうして胸を合わせていると、生暖かい脈動とともに、輝馬の心の中身が、手に取るようにわかる。
あの日の言葉の意味が、今なら、わかる。
お前は、自分を「偽物」だと思っていた。
優しい言葉を振りかければ、いや、そうしなくても、女は次々と寄ってくる。お前に、愛をささやく。
……でも、どの女も、最後には、離れていく。
「そういう人だとは思わなかった」
お決まりのセリフは、お前をめちゃくちゃにした。
そのうち、まともな恋愛が、ばかばかしくなった。
拾っては捨てて、捨てては拾う。
それでいいと思っていた。
自分は冷たい人間で、愛する資格も、愛される資格もないと。
それでも、たったひとり、例外がいた。
どんなに冷たい言葉を吐いても、突き放しても、べたべた触れてくる、バカなやつだ。
輝馬は恋に落ちた。何度でも。
そして、ついには、そんな関係では、満足できなくなった。
友情の先を、それ以上を望んでしまった。
でも、怖かった。
そんな気持ちを知られたら、きっと、そいつは離れていく。
これまでの女みたいに。
……だから、夢のなかで犯した。
もう現実になんて、これっぽっちも期待していなかった。
それがお前の「本当の気持ち」だろ、輝馬。
でも、「本当の本当」は、違かったんだろ。
無理やりではなく、こういうことが、したかったんだろ。
そっと、合わせた唇から、舌を差し込んだ。
冷え切った口内が、ゆっくりと、暖められていく。
おびえたように逃げる舌を、追いかけた。
そっと、からめる。
炎も、熱も、わけてやる。
お前がもういいって言うまで、オレはお前を逃がさない。
オレは、輝馬を押し倒した。
やり方はよくわからないが、とりあえず、こいつの気が済むまで、望むことすべてを、させてやりたかった。
輝馬の瞳に、光が灯る。
逆転された。
輝馬の躰からだが、覆いかぶさる。
口づけられ、まさぐられた。
ちょうど、胸のあたりだ。また、触れられた。
育ち始め、膨らみ始めた、オレの、「女」の部分に。
もう、気持ち悪くなかった。
むしろ、満足していた。
このまま、行けるところまで――。
「――ストーップ!!」
小夜が止めに入ってくれなかったら、きっと、いろいろやばかった。
オレは、我に返った。
気が付くと、もとの世界で、衆人監視のもと、オレは輝馬に、押し倒されていた。
「…………?」
「…………??」
オレと輝馬は、顔を見合わせた。
なんか、すげーありえねえ夢をみてた気がするが、なんだったっけか?
「ヘンな夢だったな」
「そうだね」
言って、くすくす、と笑いあった。
胸がすっきりとしていて、なんだか、ばかばかしかった。
「小夏ぅ……」
夏夜が、うるうるしている。
頭をなでようとしたら、にらみつけられた。
「……小夏なんて、嫌いだっ……!」
ショックを受けるオレだが、その時、天を割る声がした。
「やあやあ。皆さん、おそろいのようだね。このたびのゲームは、楽しかったかな? いよいよ、ラストステージ、最後の晩餐のはじまりだ」
振り向いた。
針金のような手足。
まがまがしい仮面。
にたにた、と笑うその口元は、大口を開けた、奈落に似ていた。
「さあ、最後の物語<ショー>をはじめよう」
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Nightmare Eat You
~ナイトメア・イート・ユー~
「悪夢はお前を喰らう」