第39話 ‐最果ての愛‐ “ It's final answer, isn't it?“
イラスト@Nicola nn様
「輝馬」
「小夏」
月光に照らされた輝馬の瞳は、輝いていた。
くらり、とめまいがする。幸い、持ちこたえた。
乙姫のくれた力のおかげだな、と思う。
立っているだけで辛いが、我慢して歩み寄った。
「お前に、言いたいことが……」
「うん」
輝馬もまた、こちらに近づいてくる。
そして次の瞬間、オレは、がくりと膝をついた。
「こうま……?」
オレの両手両足を、蜘蛛の糸が拘束していた。
「なんで……」
ぎりぎり、と糸が首に食い込む。
「“なんで“だって? ……小夏こそ、なんで?」
輝馬は、どんどん近づいてくる。
そして、糸を引いた。
「~~っ」
首がしまって、息ができなくなった。
「……なんで、僕から離れていったの? ――信じていたのに」
「こ……、ま……」
糸をつかんで、燃やし尽くした。
げほげほ、と息をすると、輝馬はこちらを、静かにみつめていた。
「……違う。オレは……」
「……違わないよね?」
再び、糸が襲う。
また燃やそうとして、躰が動かないことに気づいた。
神経毒<ポイズン>。
糸から流し込まれた毒が、躰の自由を奪っていた。
「輝馬、聞いて……」
ぐい、と引かれて、地面に叩き付けられた。
「……ぐっ」
したたか腕を打って、唸った。
かろうじて折れてはいないが、しびれて動かない。
魔神の力は、強靭だ。
でもオレの肉体は、それに追いついていない。
力の使い方など、てんでわからなかった。
そこで、はじめて気づいた。
輝馬はオレを、殺そうとしている。
……なんで?
輝馬の瞳は、ぎらぎらと輝き、瞳孔が開いていた。
学校の授業で、みたことがある。
薬物中毒で、トランスしているやつの目だ。
――まさか。
オレは、思い出した。
輝馬はさっき、言っていた。
天国の扉<ヘヴンズドア>に手を出した、と。
まさか、こいつ、残りの薬全部……。
ぞっとして、躰を起こした。
まだやれる。
魔神の力のおかげで、毒が中和されてきている。
でも、どうする。
オレの能力は、燃やすだけしか能がない。
乙姫の力の使い方は、わからない。
当然、燃やせば、輝馬は死ぬ。
いくら能力者でも、生身の人間だ。
オレの煉獄の業火は、骨ひとつ残さず、輝馬を灰にするだろう。
悩んでいる場合じゃない。
――逃げないと!
踵を返したオレに、輝馬の、冷徹な声が降った。
「捕食<イート>」
爆音とともに、右足が破裂した。
「~~……っっ」
正直、しゃれにならない衝撃だ。
痛いとか、そういうレベルじゃない。
意識ごと、刈り取られる。
ぐらぐらする頭で、輝馬をにらみつけた。
――なんでだよ。
……約束したくせに。
オレを護る、って。
どんな時も、オレの傍にいてくれるって。
いや、そんなの、ただのワガママだ。
オレはずっと、心ぼそくて。
男でも女でもない、オレの躰が怖くて。
こんな自分、誰も愛してくれないんじゃないか、と思って、自分の性別を聞かされたあの日、倒れた。
あまりの高熱に、死ぬところだった。
そんなオレの手を引いて、こっちの世界へ連れ戻してくれたのは、輝馬だった。
輝馬は言った。
「わかるんだよ、君のことはぜんぶ」
「僕は、君がどんなにつらい思いをしていても、代わってやることはできない」
「でも、僕が君を護るから」
――“ねえ、約束しよう、小夏。もし、僕が、大人になったら。……必ず、君をさらいに行くから”――
知られていた。見抜かれていた。
そのセリフを言わせたのは、ほかでもない、オレだったんだ。
「輝馬……」
糸にからめとられ、破裂した右足から、どくどくと血が流れ出す。
しこまれた神経毒すらも、オレの躰を、ゆっくりと死へいざなう。
「小夏」
輝馬が、手を挙げた。
――捕食<イート>。
オレは、ゆっくりと、瞼を閉じた……。
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“ It's final answer, isn't it?“ ~イティーズ・ファイナルアンサー・イズント イット?~
「これは最後の答えだ。……本当に?」