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『ミッドサマー・ロストハート』~心を失った悪魔の王を「愛する」ための方法~  作者: 水森已愛
第5章 (( love is Fate.)) ……それは、愛という名の憎悪。
42/60

第37話 -愛染める鬼神- “Gardianship of the Strongest Goddess”



挿絵(By みてみん)

 イラスト@Nicola様





雷耶に介抱されて、オレはゆっくりと眠りに落ちた。


おそらくみるのは、悪夢だろうと思っていた。


だが、夢のなかに現れたのは、探していたあいつだった。


はだけた着物。赤い帯。

なめらかな肌と、薄紅色に染まった双丘むねをさらし、白魚のような指が、オレの唇に触れた。


「乙姫」


なんつーかっこだよ、と思ったが、そういえば、裸をみたこともあったっけな。


裸より扇情せんじょう的なのは、どういうことだ。

花魁おいらん衣装効果か。


「俺様を探してくれてるんだろ? 小夏」


乙姫は小首を傾げた。艶やかな黒髪が、さらり、と肩に流れた。


「小夏。お前は、女になりたくないんだろ? なら、俺が女になってやってもいい」


「何言って……?」


聞き返すと、乙姫は、薄紅色の唇を開いた。


乙姫は、オレと同じ「両性」だが、ほとんど女性に近い躰だった。

傾国の美女といっていい容姿は、今も過去も、さほど変わらない。


「お前が知った通り、両方の性を持つ子どもは、揺れやすい。その心情が肉体に反映され、容易に躰ごと作り変えられる。それだけならいい。だが、急激な変化は発作を伴い、高熱や吐き気をもたらす」


「俺様はな、ずっと、自分のなかの女性性を憎んできた。女と女の間に生まれた女もどき。俺様は、男であろうとした。だが、なぜか俺の躰は、いっこうに男らしくならなかった。今思えば、それは、お前に恋をしたからだ」


「恋……?」


頭が追いついていなかった。

輝馬に雷耶に、そのうえ乙姫? そんなわけあるか。


「昔、俺様はお前を女だと思っていた。でも思えば、お前の心は当時から男だった。だからか俺は、お前はきっと、女を好きになるだろうと踏んだんだろうな。俺様は、お前に恋して、より一層、女に近づいていった」


「でも、お前……」


乙姫は、オレをシカトしたり、そっけない態度を取った。

時はモノのように、蹴ってきたりした。


だからオレは、そんな年上の美女が、ずっと苦手だったのだ。


「俺様は、最強だった。皆、美しさと強さだけが取り柄の俺を、王様やら女王様のように崇めた。時には適当に遊んでやることもあった。そんな俺様が恋? 当然、認められるはずなかった」


「…………」


オレは、押し黙った。あいつぐ衝撃の告白に、心がフリーズ寸前だった。


「でも、お前は言った。お前は気持ち悪くない。嫌いになったりしない……と。たったそれだけの陳腐ちんぷなセリフだ。でも、その一言で、じゅうぶんだった」


「……乙姫」


何を言わんとしているのか、ようやく気付いた。

話を止めようとすると、唇に、細くなめらかな指が、押し当てられた。


「……聞けよ。お前は、夏夜に恋をして、男らしくなった。次に、輝馬に惹かれ、女にはなりたくないと言いだした。それなら、俺は、お前の女になる」


「そんなの、めちゃくちゃだ……」


「小夏。これは最期の手段にしておきたかったが、お前が拒絶するなら別だ」


「小夏、俺をみろ」


目を合わせて、乙姫の瞳が、薔薇ばら色に染まっていることに気づいた。


目が離せなくなる。

くらくらして、カラダが熱くなってくる。


魅惑<ポイズン>。

対象を虜にし、言うことを聞かせる、いわば形なき媚薬だ。


「——う、……あ……」


「小夏。なあ、抵抗しても無駄だぜ。俺の<魅惑>は、小夜のそれの上位版だ。成功率100パーセント。お前は、すぐに俺が欲しくてたまらなくなる」


「……、ふ……っ」


乙姫がしなだれかかり、そのまま押し倒される。


「お前は何もしなくていい。俺様がリードしてやる」


乙姫は、着物を脱ぎ始めた。


薄紅色に染まった白い肌が、外気にさらされ、まろびやかな肢体があらわになる。

蠱惑的こわくてきな唇が、オレの喉を食んだ。


どうしよう。なんとかしないと。だが、からだに力が入らない。

このまま、オレは、乙姫と……?





「泣いてんじゃねえよ」


ふと、まなじりになにかが触れた。


すくい取られてはじめて、オレは泣いてたんだ、と気づいた。


みっともねえ。女に押し倒されて、泣く。

……輝馬の時から進歩してねえ。


「いいよ。待ってやる。お前が、俺様を好きになるまで。どうせ、お前はまだガキなんだ。オトナの遊びは、まだ早い。……そうだろ?」


乙姫は、オレの額にキスをした。

それは、ぐっすり寝て、さっさと育て、というしるしに思えた。


「ごめん、乙姫……」


オレは、満足げに微笑む乙姫が、どこか泣いているように思えて、目をこすった。


「バカ。そんな可愛いこと言うと、襲うぞ。まあ、俺様は仮面の男に捕まってるから、夢のなかでしか会えねえけどな。ずっと、お前を見守ってるから。俺様が恋しくなったら、おねんねするんだな」


「……ガキ扱い……」


「文句は、精通せいつうしてから言え。ったく、とんだ茶番だ。この俺様をそでにするなんて、お前も罪だぜ」


「袖……?」


「国語辞書引け。でも、これくらいで諦めると思うなよ? 俺様を女にした責任は取ってもらうからな」


乙姫はけらけらと笑うと。

置き土産だ、と言って、もう一度口づけた。


今度は唇に。


合わせた唇から、なくなったと思っていた乙姫の力が、注ぎ込まれる。

濃縮還元された、魔神の力。


「これでしばらくは、女性化にともなう発作も起きないだろう。俺様の力の半分をよこしたんだ。かならず、仮面の男を倒せよ」


「ああ」


オレは拳を突き合わせようとして、迷った末、乙姫の額に口づけた。


「必ず、助けに行くから、待ってろよ」


「ヘタレナイトがよく言うぜ。おとなしくみんなに護られてろっての」


乙姫はけらけらと笑うが、オレをぎゅっと抱きしめると、囁いた。


「小夏。一度しか言わねえから、よく聞け。俺は、お前のことが好きだ。女とか、男とか、両性とか、どうでもいい。お前は、お前のしたいようにしろ」


「たとえお前がどんな風になろうが、それは、まぎれもなくお前自身だ。お前は変わらない。お前はけがれない」


「きっと、お前の瞳のなかに揺れる炎をみたときから、俺は、お前に魅了されていた。俺は、お前ほど純粋で、無垢な存在に出会ったことがない」


「……なあ、小夏。お前は、俺様の天使だ。そんなお前なら、あの男の欲望に立ち向かえる。お前なら、真実にたどり着く」


「それって、どういう……」


「小夏。お前はいずれ、信じていたものに裏切られるだろう。それでもお前は、きっと――……」


乙姫の姿が遠ざかる。

なぜかとてつもなく、離れがたかった。


乙姫は、いつだって、めちゃくちゃな言動で、オレの心をかき乱す。

でも、それは、「支配」ではなく、もっと暴力的な、「慈愛」だったのか。


オレが天使なら、乙姫はきっと女神だろう。

未熟なオレに襲いくる困難を、のきなみ破壊する、守護神。


乙姫だって、きっと、無敵じゃない。

叶わないものがあって。


……それでも、絶対にあきらめない。


なら、オレだって、もっと、強くなりたい。

護られるばかりじゃなく、護る力が欲しい。


乙姫はオレに力をくれた。

……応えたい。


オレのために、命だってなんだって捨てようとした、この人のために。


ゆっくりと、からだに火が灯った。

輝馬。お前のことを好きかなんて、わからない。


でもお前は、オレをこれまで、護ってくれた。

約束通り、どんな日も、オレの隣にいて。


たとえば、オレが女だったら、お前を好きになったろう。

それでもオレは女じゃなく、夏夜に恋して、男になった。


何が正しいかなんて、わからない。

オレは、女になるべきなのか?


オレが好きなのは、夏夜か、輝馬か?

考えても、わからない。


それでも、答えないと。

輝馬は、オレを好きだと言った。


今、ここで拒絶すれば、きっと輝馬は、オレから離れていく。

それでも、輝馬の気持ちには答えられない。


きっと、もう友達には戻れない。

壊れてしまった友情は、元には戻らない。


……だから。


――オレは今日、大切なお前に、さよならを告げる。





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guardianship of the strongest goddess

~ガーディアンシップ・オブ・ザ・ストロンゲスト・ガッデス~




guardianship ~ガーディアンシップ~


「後見人の役、保護、守護」


strongest ~ストロンゲスト~


「最強の」


goddess ~ガッデス~


「女神、崇拝あこがれの的である女性、絶世の美女」


guardianship of the strongest goddess

~ガーディアンシップ・オブ・ザ・ストロンゲスト・ガッデス~


「最強の女神の守護」

「最も強く、美しい、女の守護者」


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