第37話 -愛染める鬼神- “Gardianship of the Strongest Goddess”
イラスト@Nicola様
雷耶に介抱されて、オレはゆっくりと眠りに落ちた。
おそらくみるのは、悪夢だろうと思っていた。
だが、夢のなかに現れたのは、探していたあいつだった。
はだけた着物。赤い帯。
なめらかな肌と、薄紅色に染まった双丘をさらし、白魚のような指が、オレの唇に触れた。
「乙姫」
なんつーかっこだよ、と思ったが、そういえば、裸をみたこともあったっけな。
裸より扇情的なのは、どういうことだ。
花魁衣装効果か。
「俺様を探してくれてるんだろ? 小夏」
乙姫は小首を傾げた。艶やかな黒髪が、さらり、と肩に流れた。
「小夏。お前は、女になりたくないんだろ? なら、俺が女になってやってもいい」
「何言って……?」
聞き返すと、乙姫は、薄紅色の唇を開いた。
乙姫は、オレと同じ「両性」だが、ほとんど女性に近い躰だった。
傾国の美女といっていい容姿は、今も過去も、さほど変わらない。
「お前が知った通り、両方の性を持つ子どもは、揺れやすい。その心情が肉体に反映され、容易に躰ごと作り変えられる。それだけならいい。だが、急激な変化は発作を伴い、高熱や吐き気をもたらす」
「俺様はな、ずっと、自分のなかの女性性を憎んできた。女と女の間に生まれた女もどき。俺様は、男であろうとした。だが、なぜか俺の躰は、いっこうに男らしくならなかった。今思えば、それは、お前に恋をしたからだ」
「恋……?」
頭が追いついていなかった。
輝馬に雷耶に、そのうえ乙姫? そんなわけあるか。
「昔、俺様はお前を女だと思っていた。でも思えば、お前の心は当時から男だった。だからか俺は、お前はきっと、女を好きになるだろうと踏んだんだろうな。俺様は、お前に恋して、より一層、女に近づいていった」
「でも、お前……」
乙姫は、オレをシカトしたり、そっけない態度を取った。
時はモノのように、蹴ってきたりした。
だからオレは、そんな年上の美女が、ずっと苦手だったのだ。
「俺様は、最強だった。皆、美しさと強さだけが取り柄の俺を、王様やら女王様のように崇めた。時には適当に遊んでやることもあった。そんな俺様が恋? 当然、認められるはずなかった」
「…………」
オレは、押し黙った。あいつぐ衝撃の告白に、心がフリーズ寸前だった。
「でも、お前は言った。お前は気持ち悪くない。嫌いになったりしない……と。たったそれだけの陳腐なセリフだ。でも、その一言で、じゅうぶんだった」
「……乙姫」
何を言わんとしているのか、ようやく気付いた。
話を止めようとすると、唇に、細くなめらかな指が、押し当てられた。
「……聞けよ。お前は、夏夜に恋をして、男らしくなった。次に、輝馬に惹かれ、女にはなりたくないと言いだした。それなら、俺は、お前の女になる」
「そんなの、めちゃくちゃだ……」
「小夏。これは最期の手段にしておきたかったが、お前が拒絶するなら別だ」
「小夏、俺をみろ」
目を合わせて、乙姫の瞳が、薔薇色に染まっていることに気づいた。
目が離せなくなる。
くらくらして、カラダが熱くなってくる。
魅惑<ポイズン>。
対象を虜にし、言うことを聞かせる、いわば形なき媚薬だ。
「——う、……あ……」
「小夏。なあ、抵抗しても無駄だぜ。俺の<魅惑>は、小夜のそれの上位版だ。成功率100パーセント。お前は、すぐに俺が欲しくてたまらなくなる」
「……、ふ……っ」
乙姫がしなだれかかり、そのまま押し倒される。
「お前は何もしなくていい。俺様がリードしてやる」
乙姫は、着物を脱ぎ始めた。
薄紅色に染まった白い肌が、外気にさらされ、まろびやかな肢体があらわになる。
蠱惑的な唇が、オレの喉を食んだ。
どうしよう。なんとかしないと。だが、躰に力が入らない。
このまま、オレは、乙姫と……?
「泣いてんじゃねえよ」
ふと、まなじりになにかが触れた。
すくい取られてはじめて、オレは泣いてたんだ、と気づいた。
みっともねえ。女に押し倒されて、泣く。
……輝馬の時から進歩してねえ。
「いいよ。待ってやる。お前が、俺様を好きになるまで。どうせ、お前はまだガキなんだ。オトナの遊びは、まだ早い。……そうだろ?」
乙姫は、オレの額にキスをした。
それは、ぐっすり寝て、さっさと育て、というしるしに思えた。
「ごめん、乙姫……」
オレは、満足げに微笑む乙姫が、どこか泣いているように思えて、目をこすった。
「バカ。そんな可愛いこと言うと、襲うぞ。まあ、俺様は仮面の男に捕まってるから、夢のなかでしか会えねえけどな。ずっと、お前を見守ってるから。俺様が恋しくなったら、おねんねするんだな」
「……ガキ扱い……」
「文句は、精通してから言え。ったく、とんだ茶番だ。この俺様を袖にするなんて、お前も罪だぜ」
「袖……?」
「国語辞書引け。でも、これくらいで諦めると思うなよ? 俺様を女にした責任は取ってもらうからな」
乙姫はけらけらと笑うと。
置き土産だ、と言って、もう一度口づけた。
今度は唇に。
合わせた唇から、なくなったと思っていた乙姫の力が、注ぎ込まれる。
濃縮還元された、魔神の力。
「これでしばらくは、女性化にともなう発作も起きないだろう。俺様の力の半分をよこしたんだ。かならず、仮面の男を倒せよ」
「ああ」
オレは拳を突き合わせようとして、迷った末、乙姫の額に口づけた。
「必ず、助けに行くから、待ってろよ」
「ヘタレナイトがよく言うぜ。おとなしくみんなに護られてろっての」
乙姫はけらけらと笑うが、オレをぎゅっと抱きしめると、囁いた。
「小夏。一度しか言わねえから、よく聞け。俺は、お前のことが好きだ。女とか、男とか、両性とか、どうでもいい。お前は、お前のしたいようにしろ」
「たとえお前がどんな風になろうが、それは、まぎれもなくお前自身だ。お前は変わらない。お前は穢れない」
「きっと、お前の瞳のなかに揺れる炎をみたときから、俺は、お前に魅了されていた。俺は、お前ほど純粋で、無垢な存在に出会ったことがない」
「……なあ、小夏。お前は、俺様の天使だ。そんなお前なら、あの男の欲望に立ち向かえる。お前なら、真実にたどり着く」
「それって、どういう……」
「小夏。お前はいずれ、信じていたものに裏切られるだろう。それでもお前は、きっと――……」
乙姫の姿が遠ざかる。
なぜかとてつもなく、離れがたかった。
乙姫は、いつだって、めちゃくちゃな言動で、オレの心をかき乱す。
でも、それは、「支配」ではなく、もっと暴力的な、「慈愛」だったのか。
オレが天使なら、乙姫はきっと女神だろう。
未熟なオレに襲いくる困難を、のきなみ破壊する、守護神。
乙姫だって、きっと、無敵じゃない。
叶わないものがあって。
……それでも、絶対にあきらめない。
なら、オレだって、もっと、強くなりたい。
護られるばかりじゃなく、護る力が欲しい。
乙姫はオレに力をくれた。
……応えたい。
オレのために、命だってなんだって捨てようとした、この人のために。
ゆっくりと、躰に火が灯った。
輝馬。お前のことを好きかなんて、わからない。
でもお前は、オレをこれまで、護ってくれた。
約束通り、どんな日も、オレの隣にいて。
たとえば、オレが女だったら、お前を好きになったろう。
それでもオレは女じゃなく、夏夜に恋して、男になった。
何が正しいかなんて、わからない。
オレは、女になるべきなのか?
オレが好きなのは、夏夜か、輝馬か?
考えても、わからない。
それでも、答えないと。
輝馬は、オレを好きだと言った。
今、ここで拒絶すれば、きっと輝馬は、オレから離れていく。
それでも、輝馬の気持ちには答えられない。
きっと、もう友達には戻れない。
壊れてしまった友情は、元には戻らない。
……だから。
――オレは今日、大切なお前に、さよならを告げる。
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guardianship of the strongest goddess
~ガーディアンシップ・オブ・ザ・ストロンゲスト・ガッデス~
guardianship ~ガーディアンシップ~
「後見人の役、保護、守護」
strongest ~ストロンゲスト~
「最強の」
goddess ~ガッデス~
「女神、崇拝の的である女性、絶世の美女」
guardianship of the strongest goddess
~ガーディアンシップ・オブ・ザ・ストロンゲスト・ガッデス~
「最強の女神の守護」
「最も強く、美しい、女の守護者」