第34話 -幸福の獣- “The Beautiful Beast”
祈音の姿が消え、目の前に、大きな獣が現れた時は、驚いた。
龍の顔、鹿の躰、牛のような尾と、馬の蹄。
白檀のようにかぐわしい、薫風にたなびく、背中の毛は虹色で、散りばめられた金粉のごとく、しゃらしゃらと輝いていた。
「ただいま」
そいつは、歌うようにしゃべると、石となった輝馬に歩み寄り、その蹄で触れた。
金貨色の光がほとばしり、輝馬の躰から、さらさらと砂が落ちた。
「もう平気」
その声に、聞き覚えがあった。
凛音と祈音の声を足して割ったら、きっとこんな感じだ。
「お前……?」
「小夏。改めまして。僕は祈凛。君たちを助けに来た、騎士<ナイト>だよ。さあ、さっさと、小夜と乙姫を助けよう。今の僕らには、それだけの権限がある」
「キリン……?」
首を傾げていると、キリンは、仁王の前に立った。
「おい……!」
「小夜をこちらに呼んで。できれば、復元しておいて」
仁王がこくりとうなずき、剣を重ね、金色の風を巻き起こし、砂嵐を作った。
オレは目を閉じたが、風がやむと、石となった小夜がそこにいた。
キリンは、小夜の額に口づけた。
小夜の躰から、さらさら、と砂が零れ落ちる。
「小夜。眠るには、まだ早いよ」
小夜のまぶたが、ぴくり、と動く。
やがて、「ん……」と身じろぎをして、その掌が、キリンの顔に触れた。
目の前に飛び込んできたであろう、龍の顔に、小夜は「……っ!??」と言って、再び気を失いかけた。
「ごめんごめん、僕だよ僕」
キリンは人の形に化けた。
それは、祈音に似ていた。
違うのは、髪が金色をしていて、そして、その瞳が凛音のように、凛とした涼しげな目であったこと。
「きおん……?」
小夜は、目をこすった。
「違うよ。僕は祈凛。でも、間違ってはいないかな」
祈凛は、説明する気がないらしく、教会の壁に飛び込み、穴をあけた。
――その先は、海だった。
そして、まっすぐに、海に飛び込んだ。
だが、ご都合主義は、ここまでだった。
……乙姫はいなかった。どこにも。
祈凛は舌打ちをした。
「どうやら、仮面の男に先を越された。ちんたらしてる場合じゃなかったね」
この日、オレ達は、幸福をもたらす獣に出会った。
乙姫さえ救出できれば、総員で仮面の男に立ち向かえる。
つまりは、楽勝。そんなムードになっていた。
オレは知らなかった。
このなかにひとり、裏切者がいる。
やつは、このゲームを、予定通り進めていた。
度重なるラッキーも、レベルアップも、すべて、計算通り。
今後、オレ達の結束は、バラバラになり、そしてオレは、永遠だと思っていた友情の終わりを知る。
絆、とか。愛、とか。
オレの信じていたものは、粉々になる。
オレは知るべきだった。
綺麗でしかないものなんて、この世にはない。
あるとしたら、それは、嘘っぱちだ。
――さて、裏切者は誰だ?
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“The Beautiful Beast” ~ザ・ビューティフル・ビースト~
「美しい獣」