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『ミッドサマー・ロストハート』~心を失った悪魔の王を「愛する」ための方法~  作者: 水森已愛
第4章 ((desire is Sin. )) ……それは、赦されぬ願い。
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第32話 ‐飢え乾く幼神(あかご)‐ “Give me your Love”



挿絵(By みてみん)



 凛音りんねが目覚めた。

 オレはほっとしたが、凛音の夢に潜っていった乙姫おとひめの姿がない。


「乙姫は?」


 凛音は、ゆっくりと首を横に振った。


「乙姫は、ぼくに力のすべてを託した。おそらく、乙姫は最初から、そういうつもりだった。ぼくの徳<ホーリーポイント>はわけあって、尽きていた。ここで輪廻<リンネ>を使って、輝馬こうまを助けることは可能だよ。でも、その場合、乙姫は助からない」


「そんな……」


 凛音が言っていることはこうだった。


――“乙姫の命を犠牲に、輝馬を助ける”


「ほかに……方法はないのかよ」


祈音おにいちゃんを助けて、ふたりの徳<ホーリーポイント>を足せば、あるいは。いずれにせよ、おにいちゃんは、ぼくがなんとかする。ううん、ぼくしか、できないんだ」


 どうか、ぼくに任せてほしい、と凛音は頭を下げた。


 オレは、正直、悩んだ。


 いくら凛音が、「生ける天女」とうたわれるすごいやつでも、まだ、小学生2年生になったばかりの女の子だ。

 その凛音が、自ら、危ない役を進んで、引き受けようとしてくれている。


 こんな時、輝馬なら、なんて言っただろう。

 乙姫なら。


『―—だからお前はただ、自分の正義を貫け』


 あの時、乙姫は、こう言った。

 だからオレは、自分にけることができた。


 すぐキレる、バカで、よわっちくて、お荷物なオレにだって、できることはあるって。


「……小夏」


 雷耶が、石化した腕をかばいながら、心配するように声をかけた。


「凛音。お前に、任せる。祈音を、お前の兄貴をお前の手で、救うんだ」


「……うん。ありがとう、小夏。行ってくるね」


 凛音は、泣きそうな顔で微笑んだ。

――そして、振り返って、言った。


「お姫様<プリンセス>なんて言ってごめん。小夏は、ぼくの女神様だよ」


 いやそれ、あんまりかわんねーだろ。

 オレはつっこんだが、凛音は、吹っ切れた風に微笑った。


「小夏。きっと小夏は、ぼくを責めないんだろうね。でも、できれば、叱ってほしいな」


「どういう意味……」


 オレは凛音に向かって手を伸ばしたが、凛音は、振り返らず、祈音の目の前まで歩みを進めた。


 主を護ろうと、仁王が、臨戦態勢に入る。


 だが、凛音が、祈音に触れるほうが早かった。


 凛音は、とけこむように、祈音の手に手を重ねた。

 まじりあうように、唇を重ねた。


 凛音の姿が消え、静寂せいじゃくが舞い降りた。

 仁王は黙ったまま、祈音をみつめていた。


 主の無事を、祈るように。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 この世はからだ、と僕は知っていた。


 この世を構成するものは、存在しない。

 悩みも欲望も、恋も愛も存在せず、この世はただの無だ。


 僕は昔から、よく、パパそっくりだな、と言われた。


 天使のような、と形容されるこの容姿は、確かに父の子どものころそっくりで、ママはそんな僕をみると、昔を思い出すね、と頬ずりをした。


 だから、父の真似をした。

 父の好む言葉を真似まね、父の好きなものを愛した。


 とりわけ、父のお気に入りである小夏のことは、特別に情をかけた。


 小夏は可愛かった。

 未熟で、ひたむきで、太陽のにおいがした。


 小夏はつまらないことで怒ったり笑ったりする。

 そんな小夏を見ていると、この世になにか、「確かなモノ」が存在する気がした。


……だがこんな感情もまた、空なのだ。


 天津あまつ教の次期当主だから、悟っていたのではない。

 僕は生まれながらの僧だった。あるいは、聖人だった。


 自分の意志ではなく、もっと尊いものの意思を尊重すべきだと、本能レベルで知っていた。


 わかってくれる者もいた。


――双子の妹の凛音。


 彼女は天女だった。呼吸するように愛する、聖女だった。

 あるいは、女神・花蓮の妹子いもうとごと言って、さしつかえなかった。


 だが、そんな凛音もまた、空なのだ。


 僕たちは生きて死ぬ。

 円環浄土<アルカディア>に行くために、善行を積み、いつか神と一体になるために、生まれ落ちる。


 それが、僕という存在が生じた、意味だ。


 ああ、でも、例外がいたな。


 どこまでも空っぽのくせに、みっともなく足掻あがく女の子だ。

 小さな夜の名を持つ悪魔だ。


 彼女だけは、僕につっかかってきた。


「お前、何? うざい」と直接、なんくせをつけてきた。


 父の真似をしてからかうと、頬を膨らませて怒った。

 しだいに、わけのわからない感情が生まれた。


 変態キャラを演じる僕に対し、彼女だけは直接、悪口を言ってきた。

 ほかの子は遠巻きだったが、小夜だけは、なんだかんだいいつつ、僕に絡んできた。


 恐らく、僕が小夏にちょっかいを出すのが気にくわないのだろう、子供だから許されるギリギリのセクハラに、大変、立腹しているようだった。


 だが、冷静でいられないのは、むしろ、僕のほうだった。

 仲睦まじいこなつと、さよが触れ合う姿をみるたびに、心がなにか泡立つ。


――嫉妬? そんなわけはない。すべては空なのに。


 だが、次第に僕は、イライラを抑えきれなくなった。

 父親の真似をして、小夏をからかって、優越感に浸った。


……なぜ? すべては空なのに。


 僕のもくろみ通り、小夜は、血のつながらない兄を、生涯愛しぬくと決めた。

 いいことだ。それが、自然だ。


 この世は空だが、人が人を愛するのは、自然なことだと、僕は両親から教わった。

 たとえ世界的宗教の当主でも、恋をし、人を愛するものなのだと、僕はすんなりと納得した。


 なのに、なんでだ?


 僕は、なぜ、小夜を傷つけた。

 小夜を、物言わぬ石<モノ>にした。


 ばらばらにした。「空」にした。


 それが僕の望みなのか?




 “ちがうよ”という答える声があった。


 それは、懐かしい、愛しい小鳥のさえずりだった――。




 /////////////////////////////////////////////



 “Give me your Love” ~ギブミー・ユア・ラブ~

「私に愛をください」


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