第31話 -迷子の小鳥- “Nightingale of the crybaby”
「なにが、神様だ。なにが、マリアだ。てめーはただのクソガキだ。好きなやつに振られて、勝手に傷ついていじけてる幼児だ。なんでわかんねーかな。お前は、愛したいんじゃない。愛されたかったんだよ」
「お前、誰?」
「俺様は、竜宮の使いだ。お前を、迎えに来た」
凛音は、目の前の美しい男を、もう一度ながめ、ああ、そんな男がいたな、と思った。
いや、その躰の曲線は、女のものだ。というか、よくみれば、明らかに美女だ。
そういえば、両性だと言っていた気がする。
「凛音に、なにかよう?」
こてんと首を傾げるが、その瞳は、まっくらにみえたかもしれない。
「ちょっと、思うところがあってな。お前は祈音を好きだといったな。それは、異性への好きか?」
凛音は、黙った。異性だの、なんだの、どうでもいい。
ただ、凛音は。
「祈音を、とられたくない……っ、小夜になんか、笑いかけないで……っ」
「じゃあお前、祈音の子を産めるか」
「なに、言って……」
祈音と凛音は、双子の兄妹だ。そんなの、不可能だ。
「祈音とセックスできるかって聞いてる」
「ぼくは……」
「そのぼくっていうの、母親の真似だろ」
見透かされて、ひゅっ、と息をのんだ。
「お前は、人の真似をして、人になったつもりでいる。恋愛ごっこをして、いっちょまえの女になったつもりでいる。でも俺様からみればそれは、ままごとだ」
「乙姫にはわからない……」
「じゃあ、誰なら、お前の気持ちがわかるんだよ」
乙姫は、怒ったように言った。
「お前の代わりなんていない。お前と同じ人間なんていない。お前と似た経験はできても、それは、お前じゃない。お前の気持ちはだれにもわからない。お前にしか」
乙姫は、言い含めるように言った。
「お前は、なにがしたい? 小夜が死んで満足か? 祈音が眠り姫で満足か? もうわかってるだろ。仮面の男の策略にはまったのは、祈音じゃない、お前だ」
ああ。そうだ。その通りだ。
小夜が、憎らしかった。消えてしまえばよかった。
小夜に笑いかける祈音を、みたくなかった。
祈音の手で、小夜を消してほしかった。
凛音はずるくて、悪女で、凛音こそが、悪魔だった。
「…………っ」
凛音の視界が、ぐちゃぐちゃになった。
「凛音。お前は、マリアなんかじゃない。神様でもない。ただの乳臭いクソガキだ。間違えていい。泣いていい。でも、自分のしたケジメは、ちゃんとつけろ。俺様が、身代わりになるから」
乙姫は、そういって。凛音を抱きしめた。
甘いにおいが、鼻孔を満たす。
柔らかい躰は、もうずいぶんと触れていない、ママの感触に似ていた。
「うん」
乙姫は、凛音の額に口づけた。
吸収<ドレイン>の逆。贈与<サクリファイス>だ。
乙姫は、きっと、凛音に期待している。
小夜と輝馬を助けるために、自分のすべてのエナジーを注いだんだ。
乙姫の躰から力が抜け落ち、大きな繭となった。
うん。凛音は、ひどい。
人を踏み台にして、罪を償おうとしている。
だけど、それが、凛音という、ただの性悪の正体なのだ。
凛音は、泣きじゃくりながら、海面へと浮かんだ。
繭となった乙姫を残して、ひとり、祈音のいる世界へ。
悩みも煩悶も、なくなったわけじゃない。
そんな都合よく、できていない。
凛音は聖女にはなれないし、凛音の恋は叶わない。
でも、こうして命ごと託されてなお、すべきことをすべて投げ出して、うじうじと悩んでいられるほど、凛音は卑怯者ではいたくなかった。
凛音はきっと今日、失恋するだろう。そして、嘘つきの凛音は糾弾され、嫌われるだろう。
それでも、それが報いだ、と凛音は思った。
人は罪を犯す。凛音は人だ。
天女様も、マリア様も、すべて返上しよう。
凛音は今日、ただの少女になるのだ。
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“Nightingale of the crybaby”
「泣き虫のナイチンゲール」