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『ミッドサマー・ロストハート』~心を失った悪魔の王を「愛する」ための方法~  作者: 水森已愛
第4章 ((desire is Sin. )) ……それは、赦されぬ願い。
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第30話 -竜宮の使い- “First love of Lilith”

挿絵(By みてみん)


――俺様の話をしよう。


 乙姫、というなにかの冗談のような名前は、両親から一文字づつもらった。


 母は「乙女」、父は「姫」、と呼ばれていた。

 ようするに、両方、女だった。


 いろいろあって、れっきとした女である親父は、両性具有になった。


 本来男性性を有する鬼の血が、女神アマテラスの血で薄まっていたのが、死にかけて蘇生のために、魔神の力を受け取ったことで、急激に男性化したのだ。


 まあ、アレがある以外は、どこからどうみても女だが。


 そういう、複雑な事情で生まれた俺様は、当然ひねくれた。

 どこの世界に、女同士から生まれるガキがいるんだ。


 俺様はクソオヤジ(見た目はクッソ美女)のせいで、生まれつき両性だったし、魔神と鬼の血を強く受け継ぎすぎて、化け物じみた能力を持っていた。


 手かせ足かせ、ならぬ、制御装置代わりのブレスレットとアンクレット、首輪ならぬ魔封じのチョーカーをつけて、もと闇医者の診療所で生活するはめになった。


 こういった子供が生まれたのは、世界初ということで、俺様はいわば、実験動物<モルモット>扱いだった。


 この世のすべてに嫌気がさし、俺様は、女嫌いになった。

 当然、己が半分、女であることも否定した。


 俺様は、外見的にはほとんど女だったため、わざとぶっきらぼうで無骨なふるまいと、口調でごまかした。

 当然、女物の服は着ない。


 さらしを巻いて、男物の衣装を身にまとっていた。

 そんなある日のことだ。俺様が、やつに遭遇したのは。


 俺様が、小学半ばぐらいのころだ。

 3歳の検診だといって、俺様の両親の知己のガキが、診療所にやってきた。


 美しいモノなら、自分や父で見慣れていたし、まあ、少女は確かに美しく可愛らしかったが、なんということはなかった。


 だが、その澄んだ炎のような瞳から、目が離せなかった。

 少女は、自分を「オレ」といった。


 姉も同じ口調だったし、まあ、人のことは言えねえが、変なガキだな、と思った。


 少女は、あまり女らしくなかった。

 見た目はすこぶる美少女だが、とにかく、じっとしていない。


 俺様は、遠目で観察しながらも、ふーん、という感じでソファーに寝そべった。


 なんか、重い。

 目を開けると、クソガキが、俺の腹に乗っていた。


 無邪気なイタズラだろう。


 これが知らねえ男だったら、蹴り飛ばして不能にさせてやるところだが、ガキのすることだし、こいつは女だ。


 だが、いいかげん重いし、暑苦しい。

 俺は、おしのけようとした。


――落ちる。

 両手で受け止めようとしたら、唇と唇が触れ合った。


……電撃が走った。


 俺様のファーストキスが、こんな乳臭いガキに奪われた、からじゃない。

 全身がしびれて、どうしようもなくなった。


 原罪の乙女<リリス>という二つ名の俺様は、当時は、魅惑の乙女<サキュバス>と呼ばれ、唇で触れたものを弱体化させる、吸収<ドレイン>の能力をそなえていた。


 その能力を、ものの見事に、跳ね返された気分だった。


 なんでこんなクソガキに、そんなことができるんだ、と俺は、ガキを抱き上げた。

 ガキは目をこすった。そして、にぱっ、と笑った。


 その瞬間、全身の細胞が花開いた。


 とてつもなく鼓動が高鳴って、俺は手を離した。

 腹にどすん! とガキが落ちる。


 もはや、触れ合っているだけで、どうしようもなかった。


 俺様は、脱兎だっとのごとく、ガキから逃げ出した。

 今思えば、最強無敵の俺様が、敵に背を向けたのは、あれがはじめてだった。


 少女の名を知った。

「小夏」だ。そして、俺様と同じ、両性なのだという。


 俺様は、小夏の姿を観察した。


 やや色素の薄い、生まれつきの茶髪。ところどころ紅色に染まった、ひじやひざ。

 きらきらと輝く、炎みたいな瞳。


 ストーカーかよ、と思ったが、小夏は、俺をみかけると手を振った。


「おとひめ!!」


 名を知られた恥ずかしさで、寄って殴ると、「いて」と頬を膨らませた。


 それから小夏は、診療所にこなくなった。


 再会した時には驚いた。

 小夏はもう、少女にはみえなかったし、おおよそ、美少年といってさしつかえない利発りはつなガキに育っていた。


 小夏が中学生になり、もう一度検診に来た。

 その時、俺様は、試した。


 あの時の感覚はなんだったのか、答え合わせがしたかったのだ。


 ソファーで寝こけている小夏は、無防備むぼうびだった。

 あの時とは状況が逆だ。仕返し代わりに、いたずらしてやろう。


 そう思って、くすぐってやった。


 小夏は、声を上げた。

 半分眠っているのだろう、「ふひゃひゃ」とか「やめろよ、夏夜」とか言っていた。


 でもある時、変な声を出した。


「――ん……っ」


 全身が沸騰した。


 気色悪い、とかではなく。もっと鳴かせたい。


 そう思って執拗しつようにくすぐると、「……ぁっ」とか、「……ゃ……っ」とか可愛い声で鳴いた。

 さすがにやりすぎて、小夏は目を覚ました。


「夏夜、寝てる時にくすぐ……」


 姉、ならぬ兄と勘違いしたのだろう、小夏は涙目で目をこすった。


 目があった。

 俺様は、その時初めて、冷静になった。


「こんなところで寝てんじゃねーよ、カス」


 ぶっきらぼうに言って、蹴り飛ばしたが、内心慌てていた。


 困った。

 あの時の感情をあらわすなら、むらむら、だった。


 この俺様が、あんなクソガキにむらむら……。


 俺様は、小夏から目が離せなくなった。


 恋とか愛とかではなく、もっと本能的に小夏が欲しい、と思った。

 とはいえ、別段照れているわけではないが、素直にデレるには、俺はプライドが高すぎた。


 診療所で会うたびにツンデレというより、ヤクザよろしくな態度を取ってしまったのもそのせいだ。

 だが、心境が変わった。


 小夏を振り向かせたい、と思ったのは、異世界で小夏が泣きじゃくったあたりだ。

 小夏は今、不安定だ。不安定なやつというのは、優しくされると落ちやすい。



 本人は気づいていないが、小夏はモテる。


 父親がアメリカを代表する、現役・日系イケメン俳優だけあって、元から容姿もいい。


 だが、それより周りの心を奪ってやまないのは、なんといっても、ひたむきで仲間想いで、たとえば輝馬が死にかけたときのように、誰かのために一生懸命になって、泣くピュアさだ。


 愛だの恋だの友情だの言っても、実際は自分のことしか考えていないクズがあふれるこの世で、ここまで混じりけのない奴は、そうそういないどころか、存在自体が、軽い奇跡に等しい。


 小夏の混じりけのない、まばゆいばかりの純粋さに触れたものは、間違いなく、恋に落ちる。

 それも、どうしようもない中毒のような、あるいは、得体のしれない熱病のような、ほの甘い激しさで。


 そういうわけだ、この状況で小夏にアプローチしないと、とんびが油揚げをかっさらうように、誰かに取られてしまうだろう。


 俺様はわざと女を強調するような、花魁おいらん衣装を身にまとい、これまでの態度とは真逆に、わざと馴れ馴れしくふるまった。


 女の真似など、こりごりだと思っていたが、小夏が俺様の胸の谷間や、魅惑のふともも、まろびやな腰つきをみてドキドキしているのをみたら、もうどうでもよくなった。


 この前、熱を出して倒れて、なにか柄にもないことを言った気がする。


 俺様は女でも、男でもない。

 どんなに男らしくふるまおうとも、俺様の躰は丸みをおびていて、また余計な脂肪も胸についていた。


 俺様は、そんな自分を気持ち悪い、と思っていた。


 気持ち悪い。女じみた自分が。

 女と女の間に生まれた、自分が。


 なのに、小夏は言った。「気持ち悪くない。嫌いになったりしない」と。

 額にキスされて、その時気づいた。


 ああ、俺はこいつが好きだ。

 こいつのためなら、俺は「女」になれると、そう思った。


 正直、割の悪い勝負だな、と思った。

 小夏は好きな人がいたし、傍目はため、お似合いだった。


 まあ、いろいろな障害があるし、もちろん邪魔してやるつもりだが、失恋も考慮に入れないと、傷つくのは俺様だ。


 負け戦を前提にするなんて、俺様らしくない。

 こんなよわっちくなるなら、俺様は、恋などするべきではなかった。


……なんてことは、残念ながら、まったく思わなかった。


 俺様は、小夏を手に入れるためなら、自分が自分で、なくなってしまってもよかった。

 小夏にだったら、すべてをやれる気がするし、女らしくふるまえというなら、してやってもよいと思えた。


 恋は盲目というが、やはり、これは病気なのだろう。


 だからこそ、目の前の、うじうじしたクソガキに、ムカついた。


 兄に好きな人ができたぐらいで、世界のすべてを呪って、自分は不用品だと嘆く。

 惰弱だじゃくすぎて、お子様すぎて、ヘドが出た。


 俺様は、だから今から、そんなこいつに、「お説教」をする――。



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 “First love of Lilith”

 ~ファーストラブ・オブ・リリス~


 Lilith ~リリス~


「男たらしの夜の女」


 男性たちが寝ているときに、性的に彼らに近づくために、女性の姿をとる女悪魔。

 聖書のアダムの最初の妻とされるが、のちにアダムと仲たがいし、悪魔となった。



 “First love of Lilith”

 ファーストラブ・オブ・リリス


「リリスの初恋」


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