第27話 ‐狂騒の紡ぎ手‐ “the Death Feast” 【後編】
敵はどうやらこちらの作戦会議が終わるまで、律儀に待ってくれていたらしい。
話が終わると同時に、燕尾服を着た、両手ナイフの骸骨が、うじゃうじゃ現れ、襲ってきた。
耐性が一番強い乙姫が、蝙蝠の翼を広げ、演奏者のもとへ飛び込む。
両手ナイフが、キイキイいいながら切り付けてくるが、追走しながら飛ぶ小夜が、夜の加護<ナイト・ギフト>によって、黒い羽を散らし、自分を護りつつ、母なる闇<マザー・ダーク>で、乙姫にむらがる両手ナイフどもを蹴散らす。
後少しで、演奏者に肉薄する。そこで、煌々が叫んだ。
「……第二弾が来るぞ!! ――総員、防御!!」
輝馬が張った蜘蛛の糸が、全員の耳にすべりこむ。
ぎいいいいいいいん……とてつもなく不快な音が、ふさがれた耳から入り込み、全身を揺さぶる。
だが、増幅魔術とやらのおかげか、オレは気を失わずにすんだ。
すさまじい音圧に押され、乙姫が地面に叩き付けられる。
「乙姫!!」
オレは、業火を焚いて、乙姫に喰らいつこうとした、骸骨どもを燃やし尽くした。
小夜は、夜の加護<ナイト・ギフト>でもちこたえたようだが、ふらふらとしており、とうとう、墜落した。
「僕が……」
輝馬の敷いた蜘蛛の糸が、そのちいさな躰を受け止め、同時に、周囲の骸骨の何匹かを、捕食<イート>した。
「乙姫、大丈夫か!?」
駆け寄って、安否を確かめる。
「ああ……」
乙姫はなんとか体を起こすが、全身傷だらけで、翼の片方が折れていた。
「……防戦一方かよ……」
なにが作戦だ、ズタボロじゃねえか、とオレは憤った。
乙姫は、血を吐きながら口を開いた。
「……どうせ、皆、お前の指示にしか従わねえんだ……死ぬときは一緒だろ……?」
「……何言って……」
そこで、はじめて気づいた。こいつ、頭を打ってる。
乙姫の額からは、少なくない量の血が流れていた。
「皇!! 治療を……!!」
皇の返事がない。
みると、ぐったりしており、荒い息をしていた。
雷の防御壁を展開していたはずの、雷耶も反応がない。
「――小夜は……!」
「小夜は、戦えるよ……!」
体を起こし、立ち上がった小夜だが、明らかに、消耗している。
当然だ。
非常時発動型の防御スキル、夜の加護<ナイト・ギフト>があるとはいえ、あんな至近距離で直接喰らったのだ。無事なはずがない。
「輝馬……っっ」
すがるような気持ちで、オレは悪友の名を呼んだ。
「……どうやら、戦える状態なのは、僕と小夏だけのようだね。小夏、できる?」
「――できるとかできないとか……!!」
そういう問題じゃねえだろ!! とオレは叫ぶが、輝馬は、もう一度、今度はゆっくりといった。
「……できる?」
「…………っっ」
そこで、はじめてわかった。
この状況で、怒ったりわめいたりしているのは、オレだけだ。
みんな、敵の圧倒的な猛威に怯み、おびえている。
ようやく、わかった。
輝馬は、きっと、オレの口から聞きたいのだ。
――「その言葉」を。
「……やる!! ――ぜってえ、あのヘタクソ演奏者をぶちのめす!! ――輝馬、防御は任せた!!」
「そうこなくっちゃね」
輝馬は、ニヒルに笑うと、破けかけていた蜘蛛の糸を張りなおした。
言葉はなくとも、互いにすべきことはわかっていた。
輝馬は、敵全員を覆う糸を展開した。
このまま、捕食<イート>?
いや、その前に、第三弾が来る。
オレは、目を見開いた。
燃やすだけしか、能がない?
……ああ、そうだよ。オレにはこれしかない。
――でも、それで十分だ。
オレは、輝馬の糸に火をつけた。
演奏者とその子分どもが、一気に燃え上がる。
蜘蛛の糸とそこから流し込まれた毒で、動きがにぶくなっていた演奏者は、一瞬、首をかしげた。
「燃やし尽くせ――、煉獄の火炎牢獄<フレイム・オブ・タルタロス>!!」
その声に呼応するかのように、煉獄の炎をまとった番犬たちが、炎上する糸を引き裂くように生まれ、演奏者の喉笛に食らいついた。
演奏者は、もはやただの餌だった。
骨ひとつ残さず、喰らいつくした犬たちは、オレの目の前まで駆けてくると、首を垂れた。
「よくやった」
飼い主になった気分で、頭をなでてやると、グルルウ、と一鳴きし、犬たちは、オレの躰に戻っていった。
「すげえ……」
気を失っていたらしい皇が、感嘆の声を上げたが、どの辺から起きてたんだよ。
「小夏、ナイスジョブ」
輝馬が、オレの手に、拳を当てた。
「――おう」
オレもまた、笑いながら、拳を返した。
煌々が、「さすがは坊、やればできる子じゃな」と、しきりにうなずいているが、お前、同い年だろ。
「治療するぞ。とりあえず、回路の麻痺が回復してる今のうちに、重傷者から並べ」
やっと、鬼神の高速自己治癒が追いついたらしい皇が、ひとりひとりの躰に触れながら、水属性の高度治癒神聖魔術、龍神の慈悲<キリエ・ロンシェン>を当てはじめる。
同じく治癒系の力を持つ凛音を最初に治したので、凛音も総員の回復に加わった。
ふたりとも、やばいぐらいハードワークだが、頑張ってもらうしかなかった。
「……わりいな。全部終わったら、メシ奢るから」
オレは、全員の治療を終え、ぐったりした皇の肩を叩いた。
「割にあわねえ仕事だな。アイスもつけろよ」
皇は、軽口をたたきながら、寝そべった。
「皇子のくせに、安上がりだな」
雷耶がにやりと笑った。
「……うっせえよ」
皇は、けらけらと笑っている。
「お前も、さすがだな。花蓮宗の聖女だけあるよな」
ちいさな頭をなでると、くすぐったそうに、凛音は笑った。
「それにしても、黒幕に達する前にここまで苦戦すると、後がないの。一刻も早く、祈音を救出せんとな」
緊張が解けたのだろう、煌々が、脱力しながら言った。
「ああ」
祈音の戦闘力は、中等部序列二位の輝馬に相当する。
タチの悪いクソガキだが、戦力としては心強いだろう。
まもなく、扉があいた。
「次に出るのは、鬼か龍か……」
煌々が、苦い顔で振り向いた。
「――案外、祈音自身じゃったりしてな」
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“Death” ~デス~
【不可算名詞】 [具体的には 【可算名詞】] 死,死亡; 死に方,死にざま.
【可算名詞】 死亡(事例).
【不可算名詞】 死んだ状態.
[the death] 〔…の〕死因,命取り 〔of〕.
[D] 死に神
《★【解説】 通例手に大がま (scythe) を持った黒服 (black cloak) を着た骸骨 (skeleton) で表わされる》.
[the death] 〔事物などの〕破滅,終わり 〔of〕
“Feast” ~フィースト~
(豪華な)宴会,饗宴.
(手の込んだ)ご馳走
〔耳目を〕喜ばせるもの,〔…の〕喜び,楽しみ 〔for〕.
〈人に〉ごちそうする,〈人を〉もてなす.
【語源】ラテン語「祝祭」の意;
“the Death Feast”
~ザ・デス・フィースト~
「死神の宴」
「死をもたらすご馳走」




