第26話 ‐狂騒の紡ぎ手‐ “the Death Feast” 【前編】
扉の向こうは、地獄だった。
恐らく、音楽ホールだったのだろう。
1000はくだらないだろう、いくつもの座席が用意されていた。
だが、問題はそこではない。
座席に座っていたのは、人間の死体だった。
みな、ひしゃげたように躰がねじれていたり、臓物や脳漿をまき散らし、こと切れている。
そのホールの中央に、指揮者がいた。
犬の骸骨の頭、人間の腕の先は指揮棒に変化しており、胴体は巨大なパイプオルガンだった。
指揮者が、こちらを向く。
にたり、とオレをみて、笑ったような気がした。
「――狂騒の紡ぎ手<テンペスタ・デル・マエストロ>じゃ! ――全員、耳をふさげ……!!」
煌々(きらら)が、狐火でオレと己を包みながら、叫んだ。
すぐに反応したのは、輝馬、小夜、次に、雷耶だった。
体を引きちぎるかのような、すさまじい轟音に、ないはずの心臓が暴れまわり、気が狂いそうになる。
血液という、血液が沸騰し、胃液が逆流し、臓器ごと、口から出そうになる。
……やがて、永遠にも似た苦痛を経て、演奏が止まった。
狐火に守られたオレや煌々はともかく、ほかのメンバーは。
「――夏夜!!」
夏夜が、骨にうずもれるようにして、倒れていた。
「これ、小夏!!」
煌々(きらら)が叫ぶが、オレは聞いていなかった。
「夏夜!! ――おい!!」
がくがくと揺さぶるが、夏夜の反応はない。
真っ青になって、口元に耳を当てると、かすかに息があった。
「ハイレベルクラスの神の恩寵<ヘブンズ・ラック>。夏夜でなければ死んでいたぞ」
煌々が、しぶい顔で言う。
「そんな……皇!!」
治癒魔法の使い手である、皇なら。
だが、水の護りでしのいでいたであろう皇は、立っているのがやっと、といった風だった。
「……わりい。神聖魔術貯蓄回路<マナ・プール>がやられた。自己治癒すら、しばらくできそうにねえ。おそらく。自分を護るので精いっぱいだ。とても、サポートできそうにねえ」
「……小乙女のやつもダウンしてやがる。夏夜同様、幸運値<ラック>の高いこいつでなかったら、即死だったな」
雷耶が、よろめきながら言う。
凛音は、目を閉じたまま、動かない。
恐らく、瞑想<チャネリング>しているのだろう、と思いたいが、気を失っているようにもみえる。
「……た……戦えるやつは……」
オレは、頭が真っ白になった。
震える声で、輝馬を振り返る。
「僕がやろう」
蜘蛛の糸で両耳をふさいでいたらしい、輝馬は、すがるようなオレの視線を受け止め、深くうなずいた。
「でも……お前だって……」
輝馬の顔は、死体のように青ざめていた。
「……僕は平気だ。鬼蜘蛛は、魔属性の神経毒を体内に有するがゆえ、浸食<ハック>系の技に耐性がある。どこまで持ちこたえられるかは不明だが、できるところまではやるよ」
――煌々も、妖力は温存して、自分と小夏を護って。
そう言って、輝馬は、ふらりと立ち上がった。
「――だったら、俺様が切り込む。やつのレベルからして、魅惑<ポイズン>は聞かねえだろうが、物理的に叩きのめせばいい」
乙姫が、なんてことない風に言った。
「お前、具合悪いんじゃ……」
無理すんな、とオレは言うが、乙姫は、いらいらしたようにこう言った。
「――バカ。ここで全滅したら、元も子もねえだろ。それに、魔神と鬼の力を宿した俺の肉体は、生まれつき、人より異形よりだ。いわば、煌々の先祖返りにちけえ。このメンバーでこのバケモノに一番耐性があるのは、俺様だ」
「小夜も、戦えるよ。夜の加護<ナイト・ギフト>は小夜しか護らないけど、魔属性の力をある程度無効化できる。サポートは任せて」
小夜も、力強くうなずいた。
「われは、物理攻撃を受ければ、小夏とわれを護る狐火をたやすことになる。知力でしか貢献できないが、よいか」
炎属性のオレと、煌々の狐火は、相性がいいが、水属性の皇には使えないし、雷属性の雷耶には、エナジーを倍使ったところで、半分の効力しかない。
オレと自分の防御に専念し、ブレイン・サポートでがんばってもらうしかないようだった。
「――雷耶は」
「わりい。戦いたいのはやまやまだが、おそらく、倒れた小乙女と自分を守るのが精々といったところだ。一度目は雷神の息吹<ゴッド・ブレス>で反射させ、ある程度しのげたが、ここからは、雷の防御壁<サンダー・ウオール>で防戦するのがやっとだ。お前らのサポートは、期待しないでくれ」
「……くそっ、オレが強ければ……っっ」
悔しさに思わず、拳を握りしめると、煌々はこう言った。
「お主が弱いのではない。彼奴が強すぎるのじゃ。あの化け物、今までの敵とは比べ物にならん。おそらく、退避は不可能じゃろう。強力な結界で閉じ込められておる。あの化け物を倒し、祈音を保護する。小夏にできることは、みんなの士気を高めることじゃ。みな、お主の指示を待っておる」
「……なんでだよ……オレは……」
うつむくオレに、乙姫は、蝙蝠の翼を広げると、こう言った。
「……ああ。このメンバーで、お前が一番よええ。一番、無知で、お荷物だ。でも、俺達はお前を護るために、ここにいる。お前の言うことなら、みな耳を傾けるだろう。たとえ誰が死んでも、誰もお前を責めねえ。お前はただ、己の望むままに、振る舞うだけだ」
「~~っ、ふざけんな!! 死ぬ、だって? ――冗談でも、そんなこというんじゃねえ!!」
オレは、怒鳴った。
「……そうだな。お前は、ひとりとして死なせないだろう。どんな時も、絶対に諦めない。おそらく、絶望の中で、お前だけが立ち向かう力を持っている。俺達に必要なのは、無謀でバカで、無駄にプライドが高いだけが取り柄のお前だ。―—だから、お前はただ……"自分の正義"を貫け」
「――オレの……正義……?」
……そんなの、決まってる。
「……こいつをぶっ殺す!! ――そして全員で、生き残るぞ!!」
皆、うなずいた。
躰から、炎が立ちのぼる。
煉獄の炎は、オレを中心にぼうぼうと渦巻き、優しく躰を包んでいた、狐火と混じり合った。
「――ハイレベルクラスの増幅魔術<ブースト>……小夏もやればできるのじゃな」
煌々が、どこか、からかうように微笑んだ
「小夏、指示は?」
輝馬もまた、笑いながら、首を傾げた。
「ああ。まず、乙姫が……」
そして、オレ達三人は、円陣を組んだ――。




