第1話 ‐楽園の天使‐ “Eden of the Eros”
——オレの兄、夏夜は天使だ。
オレ達の物語は、そう、いまから十年と少し前、<炎に誓った暗黒のバカ>ことオヤジが、不良少女であったところのお袋に、プロポーズしたその日に、孕ませたところからはじまる。
当時、親父は18歳、お袋も同い年だった。
若すぎる親だとよく言われるが、そんなの知ったことか。
ともかく、その日に、愛する大天使、夏夜が宿った。
親父とお袋には、「夏」と「夜」という名が一字ずつある。
なのでそれをひとつずつとって「夏夜」である。
翌年、オヤジがまたハッスルして、オレ、小夏が宿った。
二番目のガキだから「ちいさいほうの夏」、で「小夏」だ。
高校生ぐらいの時の親父を、幼くしたような容姿だかららしい。
三番目のガキ、小夜は「小さい夜」。
恐るべきことに、中学生時代、どこからみても美少女だった親父似(お袋の間違いではない。お袋の容姿は別に普通だ)だが、女子(?)なのでお袋の名がつけられたらしい。
今更だが、安直すぎないか。
そういうわけで、オレ達は血のつながった兄弟だが、そんなの関係ねえ。
同性婚が正式に叶うこの都市、テキサス州グリマー市にある、日本人やらハーフ率のやたら高い和洋折衷なこの学校、<グリマーガーデンスクール>に、オレ達は通っている。
しかし、ここで重大な問題がある。
男同士なら婚姻可能だが、オレ達は、少々状況が異なる。
そう、夏夜もオレも、厳密には男ではないのだ。
ただし、性同一性障害でも、ISに代表される、身体的・遺伝子的な性疾患でもない。
ざっくばらんに言えば、夏夜は、無性。
精神的にも肉体的にも、性別の概念はなく、胸もつるぺた、下もつるぺただ。
中三とは思えないちまっこい体つき、華奢でほそっこい手足、澄んだ炎のようなまんまるの黒目、さらさらのショートカット、幼い言動がマジ天使すぎる。
一見弟系だが、それでいて包容力があり、癒し系なのだから、やっぱり神としか思えない。
オレはといえば、両性。
夏夜と違い、どちらとも子作りができる便利な性らしいが、今のところ、胸はもちろん、喉仏もないし、精通も、初潮もろくに訪れていない。
いまのところ下はついているし、これからどうなるか未定だが、オレは自分が両性だと信じていない。
夏夜より少しばかりツリ目の、澄んだ炎のように輝く目も、活発そうな眉も、短めの茶髪も似あっていると評判だ。
現役俳優である親父が、やばいくらいのイケメンなので、親父似のオレもイイ線をいっていると思う。
——ほら、どこからどうみても、男の中の男だろ?
身長だって今は165cmだが、中二なんだしまだまだ伸びる。
若干、華奢とかそんなことはねえし、将来、ムキムキマッチョになる予定だ。
話は逸れたが、オレには野望がある。
家族間の婚姻を可能にし、全世界のあらゆる人間が、フリーダムに幸せ家族計画を送る、<楽園プロジェクト>を成功させることだ。
とりあえず、法律関連はよくわからんので、夏夜の未来の夫となるべく、毎日、牛乳、プロテイン、肉、筋トレ、ジョギングを重ね、日本年齢にして、中学二年の今、なかなかのイケメンに育ったのではないかと自負している。
まあ、まだ告白されたことはないが。
「まあ、あれだけ、夏夜夏夜言ってればね。女子は、君達を男子だと思ってるようだし、正直、ドン引きじゃないかな」
「うっせえバカ。てめえこそ、オンナとっかえひっかえしてんじゃねえよ。オレまでチャラ男だと思われんだろ」
いつものごとく、パックの牛乳をすすりながら、目の前のクール嫌味男子に悪態をついた。
見た目は、切れ長の瞳にすらりとした長身、さらさらの黒髪に涼しげな甘いマスクの、メガネでも似合いそうな美男子だが、中身はただのクソだ。
双子坂輝馬。
オレの幼馴染兼悪友である。
まあ、いいところも、なくはない。
小学生の頃、川でおぼれたオレを助けてくれたり、崖から落ちたオレの手を引いて、家まで連れて帰ってくれたり、出会って間もない幼等部の頃には、オバケが怖いと泣いたオレの手を握って、一緒のふとんで寝てくれた。
なにやら黒歴史ばかりだが、若気のいたりだ。
――もうオレは、あの頃のオレじゃねえ。夏夜を護る、闇の騎士<ダークナイト>だ。
――――クックック。
「声に出てるけど」
「――ほわっ!!?」
——マジか!! すげー恥ずかしい!!
ともかく、オレは強くなる。
今はBクラスだが、そのうちA、いやSクラスになって、夏夜とイチャラブする。煉獄の炎も使いこなす。
――いや、マジで。
説明が遅れた。
この、<グリマーガーデンスクール>では、日本で言う幼稚園から小、中、高の学校が、同じ敷地内に収められており、学年の概念はない。
たとえばオレの通う楽園<ヘヴン>こと中等部は、上からSクラス、A、B、Cと別れており、その最大の特徴は、生徒全員が、特殊な能力を保有していることだ。
魔神と鬼の力を宿す子が生まれた、約20年前ぐらいから、そんな異能を持つガキどもが、相次いで生まれてきた。
そんなオレ達は、能力を使いこなし、普通の生活を送れるように、というふれこみで、この学校に強制入学させられた。
まあそれはいいが、ここでは、年四回の模擬戦闘と、ペーパーテストによって、クラス分けがされる。
ABCクラスは、光か闇か、という能力の属性によって、光のA、闇のAと言う風に、さらにふたつに分割される。
最上級であるSクラスは基本的に、最大でも成績上位者9名しか、在籍を許されておらず、光、闇いっしょくただ。
夏夜と輝馬はS、オレは……いやさっき言っただろ、言わせんな。
ともかく、目下の問題として、模擬戦闘で実績を上げないことには、オレと夏夜のウエディングも訪れない。
――ファイトだオレ!!
「君って、本当に気持ち悪いよね」
やる気で燃えていると、輝馬が、さらりと毒舌をのたまった。
「なんだと、インテリもやし」
ムカついてにらみつけると、やつはちょっと眉をしかめながらも、クールに笑いながら言い返した。
「僕より華奢なくせによく言うね。正直、理解に苦しむよ」
それより、と輝馬は切り出した。
「あの噂、知ってる?」
「なんだよ、噂って」
曖昧な問いかけに、眉根をよせて返した。
「グリマー市内で、最近流行ってるおまじないだよ。願いを、なんでもひとつ叶える代わりに、大事なものをひとつ、差し出す儀式。それで億万長者になった子もいるし、片想いの先輩と付き合えた子もいる」
「はあ……?」
唐突に語りだす輝馬に、オレは怪訝な顔をした。
「……いずれにせよ、対象となるのは、中高生のみみたいだね。対価についてはあまり触れられていないが、気になるのは確かだ」
輝馬は、神妙な顔つきで、声をひそめて言った。
「なんだそれ。どうせ根も葉もないホラ話だろ。ほっとけよ」
そういって、再び牛乳を飲み下すと、輝馬は、いっそうまじめな顔で言った。
「いや、そうでもないらしい。事は深刻で、警察も徐々(じょじょ)に動き出しているとか」
「アホらし」
どうせタチの悪いイタズラみたいなもんだろ、とあきれながら返す。
「それだけならまだいいんだけどね。並行して、タチの悪いドラッグも流行っているらしいよ」
「ドラッグ?」
目を丸くして聞き返した。
――それって、さすがにやばくないか?
「ああ。簡単に言うと、みたい夢をみれる薬なんだけどね。大量に服用して、一週間寝込んだり、そのまま植物状態になった子もいるらしい。ここまで来ると、さすがに見過ごせないよね」
正義のヒーローとは程遠い輝馬が、どこか柄にもない使命感を抱いているようにみえて、目がチカチカした。
ゴミでも入ったかもしれない。軽くこする。
ぼんやりする視界。
輝馬の冷めた切れ長の瞳が、窓の光を反射して、輝いている。
ふわり、とカーテンがたなびき、輝馬の艶のある黒い髪も、さらり、と視界を泳いだ。
……まぶしくて、あたたかくて、とてつもなく、きれいだった。
ぼうっとしていると、声が降ってきた。
「……小夏?」
「お、おう」
輝馬が心配したように、のぞきこんでくる。
はっとして、我に返り、少し気恥ずかしくなって、席を立った。
「じゃあオレ、教室に戻るから」
平静をよそおいつつ、あわただしく扉を開ける。
「うん。せいぜい気を付けてね」
「せいぜいは余計だ、バカ」
見惚れてたなんて、なにかの間違いだとしか思えない。
「女子かっつの」
どくどくいう胸を押さえて、ふと違和感を感じた。
まるで、あるべきものが、そこにないような。
「……気のせいだよな」
この時、オレは知らなかった。
オレ達が、悪夢みたいな非現実に、いざなわれていることに。
真夏の夢は、悪意に穢される。
騒がしくも愛しい毎日の終わりは、蹄を鳴らし、近づいていた。
――さあ、失われた××を、取り戻せ。
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Eden ~エデン~
【聖書】 エデンの園
【可算名詞】 楽園,楽土.
【語源】
ヘブライ語「喜び,楽しみ」の意
《★【解説】 人類の始祖 Adam と Eve が住んでいた楽園;
ヘビに誘惑された二人は神から禁じられていた「善悪を知る木」
(tree of knowledge of good and evil) の実を食べ追放された;
ユダヤ教やキリスト教の原罪 (original sin) は、この神への不服従に基づく》.
Eros ~エロス~
【ギリシャ神話】 エロス
《Aphrodite の子で恋愛の神; ローマ神話の Cupid に当たる》.
【不可算名詞】 [しばしば e] 性愛.
【精神分析】 自己保存の本能,生の本能,リビドー (⇔Thanatos).
【語源】ギリシャ語「愛」の意;
“Eden of the Eros” ~エデン・オブ・ザ・エロス~
「愛の楽園/喜びの楽園」
「エロス(恋愛の神)の、エデンの園」