第23話 ‐祈りの音‐ “God only knows”
「……小夜?」
小夜の気配が、近くから消えた。
気づいた僕は、第三の目<サードアイ>で、小夜の波動を観察した。
「どうやら、ややこしいことになってるようだね……」
ここにはもう用はない、と僕は、洋館の扉に手をかけた。
……開かない。そうくる気がしていたが、やっぱりか。
――閉じ込められた。
ホラー映画かよっての、と僕はため息をついた。
無理やり破壊する、という選択肢はない。
この手の手合いは、黒幕を倒さないと出られないシステムだろう。
「早計だったね。僕としたことが」
悪態をつきたいのはやまやまだったが、紳士はそんなことをしない。
とりあえず、奥に進むしかない。
洋館の調度品は、明らかにあべこべだった。
シャンデリアがあると思えば、ピアノではなくキーボードが転がっていたり、豪華な薔薇の彫刻の鏡に落書きがしてあったり。
仮面の男の趣味だろうか。
「うえっ、頭おかしいんじゃないの……」
精神的にイカレた、人格破たん者をイメージしながら、血のような絨毯を踏みしめ、らせん階段をのぼっていく。
どうやら、ここが寝室のようだ。
キングサイズの、ふかふかベッド。
僕は、ぼふん! と横たわった。
疲れたし、だいたい、罠なら、どんとこいだ。
睡魔がやってきたときには、さすがにまずい、と思ったが、
抗うにはあまりに気持ちいい誘惑で、僕はずるずる、と暗闇に落ちていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
僕は、生まれながらに、この世について悟っていた。
妹の凛音が、生まれては死にゆく神の仔羊たちを見守る、輪廻転生の観察者であったように。
僕、祈音もまた、人の願いを知る第六感を、生まれながらにしてもっていた。
たとえばパパは、昔、愛されたがりの子供で、人を傷つけ、支配することで、自分は尊重されるべき人間だと思い込もうとしていた。
ママは、愛することを義務だと思っており、自分をないがしろにすることで、人から必要とされたがっていた。
まさに、飢え乾く病人同士だった。
そんなふたりは、でこぼこな互いの欠乏を重ねあうことで、支えあい、ひとつのかたちになった。
凛音は、胎に宿る前から、千年前にはじまった、ふたりの縁を、パパの先祖を呼んでまで、結ぼうとしていたし、僕もまた、ふたりの願いを聞き届け、その歌を共鳴させることで、ふたりの望みを重ね合わせてきた。
そんな僕にとって、小夜もまた、迷える子羊だった。
彼女はおおよそ欠けていたし、欲しがっていたし、泣いていた。
手を差し伸べるのは、たやすかった。
でも、僕はそうしなかった。
それは、僕の役目ではない。
彼女を救うのは、赤の他人の僕ではなく、彼女がほしかった家族の、だいすきな兄でしかないのだと。
僕は小夏が憎らしかったが、同時に、愛しかった。
小夏は、きっと小夜を救う。
小夜を、幸せにする。
小夏は、小夜の救世主だ。
そして、最強最悪のライバルなのだ。
お前の望みを叶えてあげる、と囁くものがあったが、僕は否、と言った。
願いは、自ら成就させるものだ。
心の闇に付け込もうとしても、無駄なんだよ。
――天津教主候補様、なめんな。
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“God only knows” ~ゴッド・オンリー・ノウズ~
「神のみぞ知る」




