第22.5話 ‐とある魔性のものがたり‐ “You are light, what gave all to me.“”
年老いた夫婦に目をつけたのは、単なる気まぐれだった。
ライラは腹ぺこで、美味しそうな獲物なら、なんでもよかった。
老夫婦には、子がいなかった。
よくある話だ。
だがふたりは、余命わずかにも関わらず、とても幸せそうだった。
ライラは、この夫婦を騙し、ふたりの子どものふりをすることにした。
長年恵まれなかった、子宝に恵まれた老夫婦は、歓喜し、ライラを溺愛した。
あの年で、子供が生まれるはずがない。
だが、ライラの魔術は完ぺきだった。
洗脳された老夫婦は、ライラを、血のつながったふたりの愛の結晶だと信じ込んだ。
――計算通り。
だが、ライラの腹は、どういうことか、まったく満たされなかった。
自分の13の誕生日に、老人が死ぬのはわかっていた。
夫が死んだ時、妻も息を引き取らせた。
正直、ただの酔狂だった。
だが、手を繋いで、幸せそうに眠っているふたりを見たとき、胸の中が溢れそうになった。
はなむけのつもりではなかったが、額に口付けた。
ライラは、老夫婦の墓の前で泣いた。
人間は親しいものが死ぬと、いつもみっともなく、泣きわめく。
それが、ライラには、ずっと不思議だった。
でも、この涙は、違うのだ。
こんなおいぼれの死を悲しむほど、ライラは優しくない。
――その資格もない。
自分はずっと、騙していた。謀っていた。
どんなに愛されても、自分はこの老夫婦の子どもではないのだ。
ライラは、ひどく飢え渇いていた。
苛立っていた。……恐らく、自分に対して。
そんななか、光をみつけた。
とてもまばゆかった。
温かい家庭のにおいだった。
導かれるように、吸い寄せられるように近づいた。
――それが、小夏の家だった。
なのに、真実が明らかになっても、小夏は、騙していた小夜を責めるどころか、それがどうしたと言った。
血がつながっていなくても。人間じゃなくても。
小夜は、自分の妹だと。家族だと。
だから、そばにいろ、と言ってくれた。
その言葉が、どんなに嬉しかったか、きっと小夏は、知らないだろう。
そして、そんな小夏だからこそ、小夜は、こんなにも、好きになったのだ。
護るつもりが、護られていた。
ならばもう、くだらない言い訳はやめようと思った。
小夜は、諦めない。
小夏を幸せにしたい。その心を、奪いたい。
片想い上等だ。失恋なんて、少しも怖くない。
だって、小夜は、ライラは、最初から空っぽだからだ。
小夜は、小夏がいなければ、ただの飢え乾く化け物なのだ。
そう、小夜の心臓は、こんなにも、小夏で満たされているのだから。
だから小夜は、小夏とともに、人間ごっこをする。
小夏と生きて、死ぬ。
それが自分の幸福なのだと、今なら、わかるから。
――ねえ、小夏。
小夜は、小夏の好きな人が誰か、知ってるよ。
きっと小夏は、気づいていないだろうけれど。
それでも、小夜は、そんなことでくじけたりしない。
小夜のすべてで、小夏を愛する。
ねえ、小夏。
……わたしの、世界でいちばん、だいすきなひと。
それが、小夜の、最初で最後の恋物語だよ――。
唇を離した瞬間、小夏はすっとんきょうな顔をしていて、笑った。
なんて可愛い、愛しい、小夜の大好きなひと。
ねえ、あなたが欲しいよ。
小夜は、小夏のためなら、カラダだって、命だって、惜しくない。
小夜のすべてを、小夏にあげる。
堂々と声を張って、宣戦布告すると、胸がすっきりとして、とてもすがすがしい気持ちになった。
――さあ、運命よ。
我らを引き裂くなら、引き裂くといい。
私たちは、そんなことで、倒れたりしない。
お前の描いたシナリオなんて、びりびりに破って、燃やし尽くしてあげる。
我が名はライラ。小さな夜の女神、<夜の愛し仔>。
願いをかなえ、夢を奪う妖魔。
さあ、お前の悪夢を、ずたずたにしてあげる。
そして、お前が奪ったすべての幸福を、取り戻す。
(( ……さあ、ナイトメアを、ぶち壊せ――。 ))
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You are light, what gave all to me.
「あなたは、光。私にすべてを与えてくれた」




