表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ミッドサマー・ロストハート』~心を失った悪魔の王を「愛する」ための方法~  作者: 水森已愛
第3章 ((child is Night.))  ……それは、飢え乾く愛し仔。  
26/60

第22話 -美しき夜の娘- “The Maiden of Beautiful Night who is the (L).”

挿絵(By みてみん)


ああ、と小夜は、ため息をついた。


――夜の愛し仔。……<ライラ>。懐かしい名前だ。

13年前、小夜は、確かに、その名前で呼ばれていた。


小夜は、夜<ニュクス>から生まれた、魔性の娘だった。

人に化け、願いをかなえる代わりに、その者の夢を奪う、ばくとも呼ばれる化け物だった。


小夜は、退屈していた。

どいつの夢も陳腐ちんぷで、飽き飽きしていた。


しかも、余命わずかだった、バカな老夫婦を騙した後で、胸がむかむかとしていた。


そんななか、ひときわ輝く家があった。

窓からのぞくと、目が焼かれた。


そこにいたのは、炎のような光で満ちた、一家だった。


まだうら若い父親は、赤子を抱きあげ、無邪気に笑っていた。

母親は、仕方なさそうに微笑みながらも、とても幸せそうにしていた。


第一子を手にした、平凡な家庭。

そう呼ぶには、あまりにも、その喜びは、奇跡的な輝きをはなっていた。    


小夜は、両親の心の中をのぞいた。


小夜の薔薇色の瞳に映りこんだ、死と裏切りの物語は、胸やけがするほど、ひどいものだった。

こんな、果てしない絶望の果てに、このふたりは、とうとうハッピーエンドへとたどり着いたのだ。


小夜は、思った。

この子の未来を、奪ってやろう。


この家庭をめちゃくちゃにしたら、どんな甘い味がするだろう。


小夜は、母親の腹に宿った、二人目に目をつけた。

ふたりめの魂のは、ひとり目とつながっていた。


双子よりも強い、愛の糸。

小夜は、このふたりを引き裂くため、二人目が生まれるなり、母親の腹に宿った。


計算が狂ったのは、いつだろう。


二人目は、そんな自分に屈託くったくなく、笑いかけた。

自分が生意気に育っても、どんな冷たい態度を取っても、なんだかんだいいながら、かまってくれた。


そのあたたかい手で、触れられるたび、胸がおかしな音を立てた。


それが恋、だと気づいたのは、二人目が、寝ているひとりめに、キスをしているのをみたときだった。


「それ」が視界にうつりこんだとき、激しい炎が、胸を焼いた。

いや、それは、もっと切ない、「狂おしさ」だった。


何度も、邪魔しようとした。

でも、二人目は、あまりに純粋だった。護ってやらねば、壊れてしまいそうだった。


いつしか、ひとり目との仲を、取り持つような真似さえしていた。


ひとり目のずるさも演技も、まるで自分そっくりで嫌気がさしたが、それでも、冷たくするには、あまりに演技を続けた時間が、長すぎた。


そうだ、認めよう。私は、小夏が好きだ。


兄としてじゃなく、異性として。


そして夏夜は、あのお邪魔虫は、小夏の大切なひとなのだった。

こっぴどく傷つけて、ずたずたにするには、私は、人のまねごとに慣れすぎていた。


「……なんで、わかったの……?」


小夜は、震える声で、絞り出した。


「夢をみたんだ」と小夏は、小夜を抱きしめながら言った。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



夢のなかで、女の子が泣いていた。

カラスのような黒い翼とヤギの角をはやした、とてつもなくかわいい子だ。


女の子は、愛されたいよう、と泣いていた。


ずるいよ。なんでみんな、パパとママがいるの。

私は、ひとりぼっちなのに。出来損ないで、いらない子なのに。


女の子は、どこか、自分の妹に似ていた。

オレは、女の子に近寄ろうとしたが、女の子は、影のように消えてしまった。


翌日、たまたま、校舎で遭遇そうぐうした煌々(きらら)に、聞いてみた。


――変な夢をみた。お前、千年生きたあやかしかなんかだろ。翼がはえた女の妖怪っているか。


煌々は、黙って、一冊の本を手渡した。


そして、去り際に言った。


「この本に書かれている女の子は、そなたの大事な子じゃ。そなたは、なにも知らず、やがて、その子を傷つけるじゃろう。その子を救えるのは、そなたしかおらん。……小夏、頼んだぞ」



それは、伝記でんきだった。


夜の女神に捨てられた、夢魔の少女が、失われた愛を求め、さすらうお話だ。

その物語の最後のページには、こう書かれていた。


「この小さな夜は、果たして、永遠に飢え乾いたままなのだろうか? にせものは、ほんものには敵わないのだろうか? この子は、ライラは、幸福な私たちの人生を、憎んでいたのだろうか?」


「……いいや、違う。この子は、子宝に恵まれなかった私たちに、ひとときの夢を与えてくれたのだ。私たちは死ぬが、この子は、もう一度生まれる。今度は、この子にも、夢をみせてやってほしい。私たちの、可愛い宝物の13歳の誕生日に、きっと、私たちは死んでしまうけれど。――どうかあなたは、この子を……」


最後の文字は、血でにじんでいた。


恐らく、これはフィクションではないのだろう。


そして、夜<ライラ>という名前。  

ただの偶然には、思えなかった。


小夜が中等部に入り、その能力を間近でみると、あの伝記に出てきた、魔物の能力に酷似していた。


それでもまだ、信じられなかった。

背中に翼をはやし、悪魔のしっぽを躍らせている、小夜のこの姿をみるまでは。



煌々は、きっと予知していたのだろう。

千年生きた神狐の先祖返りは、魔の者について詳しく、また、未来視の才があった。


煌々は、気づいていた。


――小夜こそが、<ライラ>だと。


「なんで、言わなかったの」と小夜は唇を震わせた。



「確証はなかった。それに、言えばお前は、いなくなるだろ? なあ、小夜。お前は、オレの大事な妹だ。もし、お前が望むなら、オレは、お前の帰る場所を作ってやれる。お前のほしい言葉をやる」




オレは、一呼吸して、小夜の頭をなでた。

小夜が、びくりと震える。


少し笑って、その躰を抱く、優しい抱擁に、力をこめた。

こめたのは、力だけじゃない。



「……だから、誓えよ。――最後まで、オレ達と一緒に、幸せになろうぜ」


オレはそう言って、小夜を離した。


これが、オレのことを、この世の誰より思ってくれた、世界で一番愛しい妹への、答えだった。

小夜は、しばらく無言で、まぶたをぬぐっていた。


「……やっぱり、小夏は、あまっちょろい。そんなんじゃ、運命には勝てないね」


――だから小夜が、小夏を護ってあげる!!


小夜は、一瞬だけ、切なそうに顔をゆがめると、はじけるような笑顔でそう言って、オレに口づけた。


頬じゃない、口にだ。


目を白黒させるオレの前で、結界を解き、小夜は、姿を現したみんなにみせつけるように、もう一度、今度は深く、口づけた。


柔らかい舌が、歯列を割って、オレの舌をからめとる。

燃えるように熱いのは、果たして、舌だったのか、驚きにはねる心臓だったのか。


「ん……っ」


「……はあ……」


恍惚とした表情で息を吐き、小夜はやっと唇を放した。


赤く熟れた舌先から、銀の糸が尾を引く。


ぺろり、と唇をなめて、小夜は笑った。


「――諦めないから。夏夜、お前には負けない」


夏夜がぷるぷるとしているが、これ、どういうことだ?

酸欠でぼんやりしながらフリーズしているオレの横で、輝馬が目を覚ました。


「……――小夏……?」


小夜は、輝馬に歩み寄ると、こういった。


「……輝馬にも負けないから。小夜は、絶対小夏をモノにする」


――え。。


一同が固まる。


……小悪魔小夜が本気を出すと、ろくなことがねえ!!


のちにオレは、自分の言動を、死ぬほど後悔することになる……。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


maiden




処女の、未婚の、処女らしい、初々(ういうい)しい、初めての、一度も勝ったことのない、未勝利の、未勝利馬の



The Maiden of Beautiful Night who is the (L).


「美しき夜の娘、(L)」


L=ライラ


こと座 (Lyra)。

エリス (準惑星) の旧通称 (Lila)。


ライラ (天使) (לילה Lailah)


→ユダヤ教やキリスト教に伝わる、受胎を司る天使。魂の助産婦とされる。

 この世に生まれる前の幼児の魂を母親の胎内へ導く役目を持ち、幼児の魂に将来(人生)のことを教えるが、この世へ誕生する瞬間にそれを忘れさせる。



ライラ (Lyla、Lila、Lilah) は、アラブ語・英語などの女性名。レイラ (Laila, Layla, Leila, Leyla) も同根で、アラブ語の「夜」(ليلى‎‎) に由来する。


ライラ (Láilá、Laila) は、サーミ語・北欧語などの女性名。ヘルガ (Helga) のサーミ語形で、「聖なる」を意味する。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ