第19話 ‐魅惑の繰り手‐ “Sugared Charm Named the Poison”
輝馬が目覚め、これで小夜と祈音を除く全員が揃った。
喜ぶオレたちだったが、凛音は、難しい顔をしていた。
「小夜おねえちゃんの波動が、変わった」
「小夜が?」
オレは、小首を傾げた。
どういうことだ、と尋ねようとした瞬間、洞窟の外から、びゅうっ、と風が吹いてきた。
――深い夜が、這入ってきた。
誰もが、そう思った。
……すたん。軽やかな足が、舞い降りる。
雨に濡れた鴉のような、つややかな漆黒の翼。
悪魔を思わせる、尖ったしっぽ。
そこにいたのは、まるで、別人のような少女だった。
「……小夜……?」
歩み寄り、その姿をしげしげとみつめる。
――? 小夜って、こんなんだったか……?
怪しく輝く、紫水晶の瞳。
艶やかに濡れそぼる、薔薇石の唇。
その白磁のような躰は、ところどころ、薄紅色に染まり、まるで、熟れた果実のようだった。
――どくん、とないはずの心臓が音を立てた。
そのしっとりした髪に触れたい。柔らかそうな頬に口づけたい。
飢え乾くような衝動は収まらず、オレは吸い寄せられるように、小夜に近づいた。
「……魅了<チャーム>……?!」
夏夜が、なにか叫んでいる。
「――小夏、小夜の目をみないで!!」
夏夜が、オレの目をふさいだ。
「おにいちゃん、邪魔」
小夜の声が聞こえ、同時に、ざあっ、と風が吹き、夏夜が押し流された。
小夜の瞳が、飛び込んでくる。
紫だったそれは今では、赤い赤い生贄の血液……高貴なる「女王紅玉<クイーン・ブラッド>」だ。
再び、心臓が高鳴り、気づけば、小夜を抱きしめていた。
「……魅了じゃない! ――魅惑<ポイズン>だ!!」
皇が、割って入ろうとするが、小夜の瞳をまともにみて、へなり、と膝を折った。
魅惑<ポイズン>。
確か、魅了<チャーム>の上位系で、相手を骨抜きにし、いいなりにする、闇属性の使役術だ。
よくわからないが、この腕のなかに、小夜がいる。
それだけで胸がいっぱいで、頭がぼんやりとし、躰が甘くしびれていく。
「~~小夏……っっ」
夏夜が、こちらに向かって、手を伸ばす。
だがオレは、その手を払った。
「……触んじゃねえ。……小夜とオレの、邪魔をするな……!!」
夏夜の顔が歪んで、両目からぽろぽろ、と雫がこぼれおちた。
なにも思わないわけじゃないが、どこか現実味にかけている。
ああ、オレは夢をみているんだ、と思った。
じゃなかったら、オレが、夏夜を泣かせるはずなんてない。
その時、ぴり、と指先に痛みが走った。
硬化した蜘蛛の糸が、オレ達を包んでいた。
「そこまでだ、小夜。それ以上、小夏に危害を加えるなら、君でも容赦しない」
「……あは。小夏。なんか、しゃしゃりでてきたね。そうだ、ねえ、小夜を護って戦ってよ。あのお邪魔虫を、めちゃくちゃにしてほしいな」
「ああ、小夜……お前は、オレが護る――」
ぼんやりとしびれる頭で、糸を焼き払った。
輝馬の顔が、はっきりとこわばる。
そして、オレの唇は、よくできた、螺旋巻き人形のように、ゆっくりと言葉を紡いでゆく。
「――邪魔者は、始末しないとな……」
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charm ~チャーム~
魅力,人を引きつける力
(女の)器量,色香,なまめかしさ
(まじないの)魔力,魔法
呪文
〈人を〉うっとりさせる,魅する
〔+目的語+補語〕〈人を〉魅惑して[〈人に〉魔力をかけて]〈…の状態に〉させる.
〔+目的語+out of+(代)名詞〕魔力[魅力]で〈秘密などを〉〔…から〕引き出す[探り出す].
“Sugared charm named the poison”
~シュガード・チャーム・ネームド・ザ・ポイズン~
「毒という名の甘い呪文」




