第18話 -誘惑者- “The Fallen Angel of Hankering”
「小夜、意地張るのやめたら?」
後ろからついてきて、祈音がしきりに話しかけてくる。
小夜は、いらついて能力を見舞った。
「盲目の帳<アンノウン・ナイト>! 祈音、チビのくせにうざい」
盲目の帳。名付けて、アンノウン(知らない)、ナイト(夜)だ。
対象の視界を一時的に奪う、無効<アボイド>属性のスキル。
つまりは目隠しの闇魔法だ。
「うわっ、仕方ない子だなあ」
年下のくせに、上から目線でのたまうと、祈音は「第三の目<サードアイ>」を開いた。
「ふう。これでよくみえるよ。いてて」
額に目があって、かなり気持ち悪いが、目隠しで困らせたので、溜飲が下がった。
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「それにしても、何もないところだね」
開けたこのフィールドには、木や植物ひとつ見当たらず、辺り一面、氷が張っていて、しんとしている。
心配していた敵の姿もなく、一見すごく平和だ。
だが、祈音の第六感が告げる。
ここが、一番やばい。
「ねえ、小夜……」
戻ろう、といいかけたところで、地面が割れた。
「…………っ!!」
小夜が、その割れ目に、まるで掃除機のように吸い込まれていく。
慌てて、翼式阿吽<ツヴァイス・デーモン>の双翼を展開するが、一足遅く、割れ目はすぐに、くっついて閉じた。
「しまった、罠だったか……」
はあ、と息をつくが、<第三の目>でみつめると、小夜のエナジーはまだ、赤々と燃えている。
――別ルートを探そう。
祈音は、同時に現れた、いかにも怪しげな洋館に足を進めた。
……出るのは、邪か、龍か。
いずれにせよ、祈音は進むしかない。
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「ん……」
目を覚ますと、鍾乳洞のなかに倒れていた。
非常時発動型の保険、夜の加護<ナイト・ギフト>によって、黒い天使の羽が、何重にも躰を覆っていた。
「小夜としたことが……」
悪態をつくが、とりあえず、敵の姿はない。
見渡すと、そこは、小夜の部屋によく似ていた。
狭い鍾乳洞のあちこちに、熊のぬいぐるみや、猫のまくらなどが転がっている。
そのひとつを手に取ると、ざらり、と砂のように崩れて消えた。
「すっごい悪趣味。なんのつもり?」
小夜の部屋のドアを模したのだろう、うさぎのプレートのついた、金属製の扉を開けた。
すごく重かったが、小夜には、母なる闇<マザー・ダーク>がある。
本来、小夜の能力は、光より闇に近いのだ。
暗黒の腕を影のように伸ばし、扉の隙間にくぐらせ、一気に解放する。
扉はこっぱみじんに砕け、夜の加護<ナイト・ギフト>が再び、羽となって小夜を護った。
連続で力を使ったせいで、若干のだるさを感じながら、小夜は歩いて行った。
薄暗い闇のなか、小夏の部屋らしき扉をみつける。
能力が発現してまもないころ、小夏がつけた焦げ目まで、再現されていた。
再び、母なる闇<マザー・ダーク>を使おうとしたが、鍵がかかっておらず、すんなり開いた。
中は、空だった。拍子抜けして、小夏のベッドに寝そべる。
最限度が高くて、ふかふかのベットからは、小夏のにおいまでした。
……今は、ただひたすら、小夏が恋しかった。
「――なんであんなこと、言っちゃったんだろ……」
きっと、小夏に嫌われた。
小夜は、夏夜のことを、憎んでいた。
小夏の愛を一身に受けて、なのに八方美人に、みんなに愛想を振りまく。
愛されたがりの、欲しがりの夏夜。
あれは、そう、「小夜自身」だった。
小夜だって、愛されたかった。
みんなに、そして誰よりも、小夏に。
そう、小夜が嫌いだったのは、夏夜自身じゃなく、夏夜のようになりたくてもなれない、ちっぽけで素直じゃない、できそこないの小夜自身だったのだ。
小夏のまくらに、そっと、頬を摺り寄せる。
小夏は、もう夏夜と仲直りしただろうか。
小夜はいつだって、小夏と夏夜の橋渡しをしていた。
冷たい態度もきつい言葉も、本当は、そうしたかったわけじゃない。
でも、こうすると、小夏は、夏夜に慰めてもらえるから。
小夜が小夏に意地悪をすればするほど、小夏は、夏夜を求め、優しい夏夜に、癒してもらえるだろうから。
いつだって小夜は、小夏が一番大事で、だから嫌われ役だって、どうってことなかった。
……素直になりたい。
でも小夜は、こういう形でしか、小夏を愛せない。
(( ……叶えてあげようか? ))
ふと、天使の囁きが聞こえた。
いや、悪魔の誘惑だったかもしれない。
それでも小夜は、気づいたら、うなずいていた。
(( ――可愛い小夜。僕の実験第二号<モルモット>になってよ ))
仮面の男は、小夜の額に口づけた。
不思議と、いやではなかった。
――むしろどこか、懐かしかった。
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“Fallen Angel” ~フォーリン・エンジェル~
「堕天使」
“Hanker” ~ハンカー~
〔手の届かないものを〕あこがれる,こがれる,渇望する 〔after,for〕.
〈…したいと〉切望する 〈to do〉.
“Hankering” ~ハンクリング~
〔手の届かぬものへの〕切望,渇望 〔after,for〕.
〈…したいという〉熱望 〈to do〉.
“The Fallen Angel of Hankering”
~ザ・フォーリン・エンジェル・オブ・ハンクリング~
「渇望の堕天使」→「欲しがりの堕天使」




