第17話 ‐金色夜叉‐ “The Savior who Scintillates”
にまり、と艶やかに笑ったその子は、まさしく、オレ達のよく知る少女、煌々(きらら)だった。
「お前……なんで……」
だってお前は、オレを庇って、死んだはず。
――骸骨犬<グール>どもに、むさぼり喰われて!
「やれやれ。あんな小物に、このわれが敗するかと思ったか。あれは、カモフラージュじゃ。そなたを神隠しし、狐火に載せて飛ばした後、われも己に同じことをした。転移の術としては最底辺の、運頼りのテレポートじゃったが。同時に、己の分身を犬ころどもに喰わせた。小賢しき犬どもを騙す、阿呆な演技までしてな。まさか、かような茶番でどうにかなるとは、思わなんだ」
言って、煌々はふんぞりかえった。
巫女服の中央が、とても主張している。
谷間みえてるぞ、キツネ女、と突っ込もうと思ったが、セクハラなのでやめておいた。
「でも、そんなことまでできんのか。すげえな」
オレは、素直に感嘆した。
火力頼りのオレと違って、みんなすげえ必殺技とか持ってて、ジェラシーもやべえが、それより、そんなやつらとダチだったり、仲間をやれていて、純粋に誇らしかった。
「まあな。われは、あやかしの先祖返り。無幻の世界<あちら>に住まうもの。いわば、夢の住人じゃ。ゆえに、この世界にわれは、ある程度、干渉することができる」
「この世界って、魔界と冥界の狭間、だったか。夢とかと関係ねーだろ」
「そうでもない。ゴミ虫のごとく、わらわらと現れる怪物どもは、どこかでみたことがあったじゃろ?」
「……まさか」
そうだ。あいつらは、オレが昔遊んだ、ゲームに出てくるモンスターそっくりだった。
「その通り。この世界は、仮面の男の創り出した夢<ナイトメア>であり、すべてが虚構じゃ。今後、この薄っぺらいシナリオがどこまで進むのかは、わからぬ。じゃが、言えることは、われらは仮面の思惑を、裏切らねばならぬ。あの<約束された死と裏切りの物語>を、そなたらの両親が、力づくで書き換えたようにな」
煌々は、そこで、ため息をついた。
「じゃが、われらが分断されたのは、きついな。これも、彼奴の思惑通りというわけか……」
「それじゃあ、ぼくが、みんなを集めるよ」
言って、凛音は、息を吸った。
次の瞬間、凛音の喉から、信じられない音が溢れた。
それは、音楽だ。
歌声というには、あまりに綺麗で、完璧すぎる。
天の川にさやさやと流れる、慎ましい天上の調べ。
どこからか、木蓮のにおいが漂い、空間ごと、しゃらしゃら、しゃらり、と塗り替わってゆく。
咲き誇る薄紅色の花々が、囁くように歌う瑠璃色の小鳥たちが、目に浮かぶような、あまりに美しすぎる独唱<アリア>。
聞くものをうっとりと酔わせ、澱んだ心を浄化する、聖者の歌<サンクトゥス>。
まさしく、涅槃の天女の鳴き声<ナイチンゲール>が、このここにあった。
愛と慈悲の世界的宗教、花蓮宗が花守<サラスヴァティー>にふさわしい、妙なる独唱歌<アリア>を披露した凛音は、ふふっ、と嬉しそうに笑った。
「ぼくのこの歌は、積もった悪徳<ヴァイス>を浄化し、悔い改める効果がある。もちろん、あまりに深い業に関しては、せいぜい、自分のしでかしたことに気づき、冷静になる程度だけど」
――それでも、効果はあったようだね、と凛音は、さらり、とたおやかな黒髪を揺らし、首を傾げた。
「……こなつ……」
しょんぼりとうなだれ、洞窟の外から、顔をのぞかせた者がいた。
ちんまりとした背が、申し訳なさそうな猫背で、さらに縮んでいる。
その澄んだ湖のような瞳は、今や、こぼれ落ちそうなほど潤んでいて、まさに、砂漠のオアシスのごとくだった。
「夏夜!」
オレは、夏夜に駆け寄り、頭ごと抱きしめた。
「小夏をひとりにするなんて、オレ、ひどいことを……」
いや、あたしたちもいたから、と小乙女が突っ込むが、オレも夏夜も、聞いていなかった。
「~~夏夜……っ!!」
「――小夏……っ」
固く抱きしめあうオレ達。
コントかよ、と小乙女は白い目でみてきたが、ほっとけ。
――オレ達兄弟の絆は、ダイアモンドよりも硬いんだよ!!
「それはともかく。小夜は、まだ戻らんのか」
煌々が、またため息をついた。
「ぼくの能力では、罪自体をなかったことにはできない。後は、本人次第かな」
凛音が、疲れたのだろう、まっさらで未熟な腕をさらし、伸びをしながら、ふにゃあ、と可愛らしくあくびをした。
「まあ、あの小娘なりに、思うところがあったのじゃろ」
煌々は、投げやりに言った。
「それはそうと、夏夜。お主の光の力は、闇に傾いておるはずじゃ。なにか、体に変化はないか」
「ううん……平気」
夏夜はもぞもぞ、と体を動かした。
「ならいいのじゃが。われの見込みでは、小夏と同じ症状が現れるはずじゃ。安静にして、なるべく能力は使わぬほうがいいな」
煌々は、仏頂面で言った。
「兄上は、まだ目覚めないようじゃが、とりあえず、この洞窟と、あちらの洞窟を繋ぐかの。われの術も浪費は避けたいが、あいにく、繋ぐのは洞窟同士じゃ。妖力を膨大に消費する空間転移と違い、ふたつの境をつなぐ程度なら、まあ大丈夫じゃろう」
言って、煌々は、しっぽの毛を一本抜いて、息を吹きかけた。
煙にも似た紫色の吐息に乗って、金色の毛が洞窟の奥まで泳いでいく。
ゆらり、とその先が揺らぎ、やがて、その最奥から、人影がみえてきた。
「――雷耶! 皇!!」
「おおー! 小夏!」
皇が、ぶんぶんと手を振ってきた。
「無事だったか」
ほっとしたように、雷耶が歩み寄ってきた。
雷耶が、気を失ったままの輝馬の躰を降ろした。
相変わらず、死んだように静かだ。
口に耳を近づけ、紡がれる、かすかな吐息に、やっと肩の力が抜けた。
「われにみせてみよ」
煌々が、輝馬に近寄ると、はぐ、と首のあたりを噛んだ。
「煌々!?」
オレは慌てるが、煌々はぺっ、と血を吐くと、こういった。
「心の臓に至る血液から、邪気を払った。根本的な解決にはならんが、これで、しばらく活動できるだけの呪いの中和は行われた」
「輝馬……」
オレは、輝馬に歩み寄った。
震える手で、輝馬の頬に触れる。
まもなく、長いまつげが、ぴくり、と揺れた。
「……小夏……?」
輝馬の腕が伸び、抱きすくめられる。
同時に、首に口づけられ、全身が沸騰した。
「~~!?? なにしやがる!! バカ!!!」
全力で押しのけると、焦点を合わせた輝馬は、「ああ、君か。女の子かと思った」とひょうひょうとのたまってきやがった。
当然、今度こそ、思いっきりぶん殴った。
「いや、病人殴んなよ!?」
小乙女がまたもや、慣れない突っ込みをしている。
「兄上。ようやく目覚めたか」
煌々がしずしず、と寄ってきて、ぺたん、と輝馬の隣に座った。
「煌々か。迷惑かけたね」
輝馬が、煌々の頭をなでた。
「うむ。もっと褒めろ」
煌々は、けもみみをこてん、と寝かせ、ぴくぴく、とくすぐったそうにしている。
デレ全開の煌々に、あっけにとられた。
――こいつ、こんなキャラだったのか!?
甘えん坊な煌々に引いていると、「なんじゃ、悪いか」と、頬を赤くして、口をとがらせてきた。
いいけど、オレ達の周り、ブラコン多すぎないか!?
小乙女が、それに対抗するかのごとく、雷耶に飛びついた。
「雷にい! あたしも褒めろ!!」
「仕方ないやつだ。今日だけだぞ」
雷耶が、小乙女を抱っこして、高い高いした。
「小夏」
夏夜が、オレもオレも、と両手を広げてきた。
「夏夜は、いつだって偉い」
オレは、そう言って、夏夜を抱きとめ、額にちゅーしてやった。
「カオスじゃな」と煌々が他人事のように言っているが、いや、最初にやったのおまえだろ。
「これで、小夜と祈音を除く全員がそろったな。凛音、祈音の様子はどうじゃ」
「うーん。かんばしくないね。小夜は、依然として自分の非を認めようとしてないし、祈音は、むしろ、面白がってるね」
この双子は、互いのことが手に取るようにわかるらしく、こうして、テレパシー的な勘で状況を把握できるらしい。
トンデモ兄妹だが、そもそもこのふたり、世界的宗教のトップのガキだ。
そういうわけで、これもふたりにとっては朝飯前……なのか?
やっぱりどう考えても、おかしいが。
「お前の兄、役に立たねえな」
皇が眉をしかめたが、オレも同意だ。
あのクソガキ、小夜を護るために、ついて行ったんじゃなかったのかよ。
「まあ、小僧は、天津教法術の使い手にして、涅槃の門番<ツヴァイス・デーモン>じゃ。単純な戦闘力なら、輝馬に相当する。まあ、ほっておいても問題なかろう」
「……マジかよ」
オレはぞっとした。小等部<ネバーランド>に入ってたった二年で、中等部<ヘヴン>の序列二位相当かよ。
とんだバケモンだな。
っていうか、それだけの力量を上から目線で語れる、こいつこそ何もんだよ、とオレは煌々をみやった。
「われには、千年生きた神狐に等しい知識がある。それゆえ、知力だけなら中等部<ヘヴン>の頂点じゃな」
じゃから、もっと褒めよ、と煌々は、たわわな胸を張った。
「偉いね」
輝馬は、再び、煌々の頭をなでた。
(こいつもこいつで、シスコンかよ)
オレはイライラしながら、輝馬のほうをちらちらとみやった。
輝馬はこちらの視線に気づくと、首を傾げ、目を細めて、微笑ってみせた。
……どくん、と胸が音を立て、慌てて顔をそらした。
――なんだよ。そういう目でみんなよ。
気恥ずかしくなって、夏夜の服の裾をつかんだ。
「――ん?」と夏夜がオレのほうをみて、ふにゃりと微笑ってみせた。
胸の鼓動が、おとなしくなる。
これだよこれ、癒しのスーパーエンジェルスマイル。
やっぱり、困ったときは、夏夜だよな。
オレは、夏夜の頭をなでた。夏夜がくすぐったそうに笑う。
あの張りつめた空気は、どこかへと消えていた。
ほのぼの。そう、ほのぼのだ。
オレはまたもや、目を逸らした。
真実から、そして、自分の心から。
この時、オレは知らない。
オレの躰は、今、新たなフェイズに入ろうとしていた。
何度も訪れた、躰の不調こそが、すべてを物語っていた。
残された時間は、多くない。
居心地のいい関係なんて、最初からウソだったのだと、オレは思い知る。
なあ、聞かせてくれよ。
なんでお前は、そんなに、隠そうとするんだよ。
――なんでオレは、そんなことすら、気づけなかったんだよ。
緩やかに死んでいくのが眠りだとしたら、オレは最初から、眠っていた。
目を開けることも億劫がって、優しい夢に甘んじていた。
甘く優しい御伽話<フェアリーテイル>は、終わりを告げる。
オレ達は、襲い来る悪夢によって、現実を知るのだ。
真実の愛には程遠く、オレ達は盲目のまま、明日へと進む。
そう。たとえ、一歩先が崖でも、もう進むしかないのだ——。
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scintillate ~シントレイト~
火花を発する; (ダイヤモンドのように)きらめく。
火花を放出する: スパーク
〈才気・機知が〉ひらめく.
【より詳しい語法】
ぎらぎらつまり、活気のあることを、または見事に実行するさま(-比喩的な意味での「輝く」)
「非常に、巧妙な面白い、面白い」という意味で機知に富んだ議論を現すことも。
「煌」…きらびやかな感じ。いくつもの宝石を散りばめた高価なもの。数の少ないもの。
焔のように激しい美しさを持つもの。きらきら光り輝くさま。
華やかで人目をひくさま。
savior(米国英語) ~セイバー~
救助者,救済者,救い主.
救世主キリスト
The Savior who Scintillates ~セイバー・オブ・シントレイツ~
「煌めく救世主」
「才知ひらめきたる救い主」




