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『ミッドサマー・ロストハート』~心を失った悪魔の王を「愛する」ための方法~  作者: 水森已愛
第3章 ((child is Night.))  ……それは、飢え乾く愛し仔。  
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第17話 ‐金色夜叉‐ “The Savior who Scintillates”

挿絵(By みてみん)


にまり、とあでやかに笑ったその子は、まさしく、オレ達のよく知る少女、煌々(きらら)だった。


「お前……なんで……」


だってお前は、オレをかばって、死んだはず。

――骸骨犬<グール>どもに、むさぼり喰われて!


「やれやれ。あんな小物に、このわれがはいするかと思ったか。あれは、カモフラージュじゃ。そなたを神隠しし、狐火に載せて飛ばした後、われも己に同じことをした。転移の術としては最底辺の、運頼りのテレポートじゃったが。同時に、己の分身を犬ころどもに喰わせた。小賢こざかしき犬どもを騙す、阿呆あほうな演技までしてな。まさか、かような茶番でどうにかなるとは、思わなんだ」


言って、煌々はふんぞりかえった。

巫女服の中央が、とても主張している。


谷間みえてるぞ、キツネ女、と突っ込もうと思ったが、セクハラなのでやめておいた。


「でも、そんなことまでできんのか。すげえな」


オレは、素直に感嘆かんたんした。


火力頼りのオレと違って、みんなすげえ必殺技とか持ってて、ジェラシーもやべえが、それより、そんなやつらとダチだったり、仲間をやれていて、純粋にほこらしかった。


「まあな。われは、あやかしの先祖返り。無幻の世界<あちら>に住まうもの。いわば、夢の住人じゃ。ゆえに、この世界にわれは、ある程度、干渉することができる」


「この世界って、魔界と冥界の狭間、だったか。夢とかと関係ねーだろ」


「そうでもない。ゴミ虫のごとく、わらわらと現れる怪物どもは、どこかでみたことがあったじゃろ?」


「……まさか」


そうだ。あいつらは、オレが昔遊んだ、ゲームに出てくるモンスターそっくりだった。


「その通り。この世界は、仮面の男の創り出した夢<ナイトメア>であり、すべてが虚構じゃ。今後、この薄っぺらいシナリオがどこまで進むのかは、わからぬ。じゃが、言えることは、われらは仮面の思惑おもわくを、裏切らねばならぬ。あの<約束された死と裏切りの物語>を、そなたらの両親が、力づくで書き換えたようにな」


煌々は、そこで、ため息をついた。


「じゃが、われらが分断されたのは、きついな。これも、彼奴きゃつ思惑おもわく通りというわけか……」


「それじゃあ、ぼくが、みんなを集めるよ」


言って、凛音は、息を吸った。


次の瞬間、凛音の喉から、信じられない音が溢れた。

それは、音楽だ。


歌声というには、あまりに綺麗で、完璧すぎる。


天の川にさやさやと流れる、慎ましい天上の調べ。

どこからか、木蓮もくれんのにおいが漂い、空間ごと、しゃらしゃら、しゃらり、と塗り替わってゆく。


咲き誇る薄紅色の花々が、囁くように歌う瑠璃色の小鳥たちが、目に浮かぶような、あまりに美しすぎる独唱<アリア>。


聞くものをうっとりと酔わせ、よどんだ心を浄化する、聖者の歌<サンクトゥス>。

まさしく、涅槃ねはんの天女の鳴き声<ナイチンゲール>が、このここにあった。


愛と慈悲の世界的宗教、花蓮宗が花守<サラスヴァティー>にふさわしい、たえなる独唱歌<アリア>を披露した凛音は、ふふっ、と嬉しそうに笑った。


「ぼくのこの歌は、積もった悪徳<ヴァイス>を浄化し、悔い改める効果がある。もちろん、あまりに深い業に関しては、せいぜい、自分のしでかしたことに気づき、冷静になる程度だけど」


――それでも、効果はあったようだね、と凛音は、さらり、とたおやかな黒髪を揺らし、首をかしげた。


「……こなつ……」


しょんぼりとうなだれ、洞窟どうくつの外から、顔をのぞかせた者がいた。


ちんまりとした背が、申し訳なさそうな猫背で、さらに縮んでいる。

その澄んだ湖のような瞳は、今や、こぼれ落ちそうなほど潤んでいて、まさに、砂漠のオアシスのごとくだった。


「夏夜!」


オレは、夏夜に駆け寄り、頭ごと抱きしめた。


「小夏をひとりにするなんて、オレ、ひどいことを……」


いや、あたしたちもいたから、と小乙女が突っ込むが、オレも夏夜も、聞いていなかった。


「~~夏夜……っ!!」


「――小夏……っ」


固く抱きしめあうオレ達。

コントかよ、と小乙女は白い目でみてきたが、ほっとけ。


――オレ達兄弟の絆は、ダイアモンドよりも硬いんだよ!!


「それはともかく。小夜は、まだ戻らんのか」


煌々が、またため息をついた。


「ぼくの能力では、罪自体をなかったことにはできない。後は、本人次第かな」


凛音が、疲れたのだろう、まっさらで未熟な腕をさらし、伸びをしながら、ふにゃあ、と可愛らしくあくびをした。


「まあ、あの小娘なりに、思うところがあったのじゃろ」


煌々は、投げやりに言った。


「それはそうと、夏夜。お主の光の力は、闇に傾いておるはずじゃ。なにか、体に変化はないか」


「ううん……平気」


夏夜はもぞもぞ、と体を動かした。


「ならいいのじゃが。われの見込みでは、小夏と同じ症状が現れるはずじゃ。安静にして、なるべく能力は使わぬほうがいいな」


煌々は、仏頂面ぶっちょうづらで言った。


「兄上は、まだ目覚めないようじゃが、とりあえず、この洞窟どうくつと、あちらの洞窟を繋ぐかの。われの術も浪費は避けたいが、あいにく、繋ぐのは洞窟同士じゃ。妖力を膨大に消費する空間転移と違い、ふたつのあわいをつなぐ程度なら、まあ大丈夫じゃろう」


言って、煌々は、しっぽの毛を一本抜いて、息を吹きかけた。


煙にも似た紫色の吐息に乗って、金色の毛が洞窟の奥まで泳いでいく。

ゆらり、とその先が揺らぎ、やがて、その最奥から、人影がみえてきた。


「――雷耶らいや! こう!!」


「おおー! 小夏!」


皇が、ぶんぶんと手を振ってきた。


「無事だったか」


ほっとしたように、雷耶が歩み寄ってきた。


雷耶が、気を失ったままの輝馬の躰を降ろした。


相変わらず、死んだように静かだ。

口に耳を近づけ、紡がれる、かすかな吐息に、やっと肩の力が抜けた。


「われにみせてみよ」


煌々が、輝馬に近寄ると、はぐ、と首のあたりを噛んだ。


「煌々!?」


オレは慌てるが、煌々はぺっ、と血を吐くと、こういった。


「心の臓にいたる血液から、邪気を払った。根本的な解決にはならんが、これで、しばらく活動できるだけの呪いの中和は行われた」


「輝馬……」


オレは、輝馬に歩み寄った。

震える手で、輝馬の頬に触れる。


まもなく、長いまつげが、ぴくり、と揺れた。


「……小夏……?」


輝馬の腕が伸び、抱きすくめられる。

同時に、首に口づけられ、全身が沸騰した。


「~~!?? なにしやがる!! バカ!!!」


全力で押しのけると、焦点を合わせた輝馬は、「ああ、君か。女の子かと思った」とひょうひょうとのたまってきやがった。


当然、今度こそ、思いっきりぶん殴った。


「いや、病人殴んなよ!?」


小乙女がまたもや、慣れない突っ込みをしている。


「兄上。ようやく目覚めたか」


煌々がしずしず、と寄ってきて、ぺたん、と輝馬の隣に座った。


「煌々か。迷惑かけたね」


輝馬が、煌々の頭をなでた。


「うむ。もっと褒めろ」


煌々は、けもみみをこてん、と寝かせ、ぴくぴく、とくすぐったそうにしている。


デレ全開の煌々に、あっけにとられた。


――こいつ、こんなキャラだったのか!?


甘えん坊な煌々に引いていると、「なんじゃ、悪いか」と、頬を赤くして、口をとがらせてきた。

いいけど、オレ達の周り、ブラコン多すぎないか!?


小乙女が、それに対抗するかのごとく、雷耶に飛びついた。


「雷にい! あたしも褒めろ!!」


「仕方ないやつだ。今日だけだぞ」


雷耶が、小乙女を抱っこして、高い高いした。


「小夏」


夏夜が、オレもオレも、と両手を広げてきた。


「夏夜は、いつだって偉い」


オレは、そう言って、夏夜を抱きとめ、額にちゅーしてやった。


「カオスじゃな」と煌々が他人事のように言っているが、いや、最初にやったのおまえだろ。


「これで、小夜と祈音きおんを除く全員がそろったな。凛音、祈音の様子はどうじゃ」


「うーん。かんばしくないね。小夜は、依然いぜんとして自分の非を認めようとしてないし、祈音は、むしろ、面白がってるね」


この双子は、互いのことが手に取るようにわかるらしく、こうして、テレパシー的な勘で状況を把握できるらしい。

トンデモ兄妹だが、そもそもこのふたり、世界的宗教のトップのガキだ。


そういうわけで、これもふたりにとっては朝飯前……なのか?

やっぱりどう考えても、おかしいが。


「お前の兄、役に立たねえな」


皇が眉をしかめたが、オレも同意だ。

あのクソガキ、小夜を護るために、ついて行ったんじゃなかったのかよ。


「まあ、小僧は、天津教法術の使い手にして、涅槃ねはんの門番<ツヴァイス・デーモン>じゃ。単純な戦闘力なら、輝馬に相当する。まあ、ほっておいても問題なかろう」


「……マジかよ」


オレはぞっとした。小等部<ネバーランド>に入ってたった二年で、中等部<ヘヴン>の序列二位相当かよ。

とんだバケモンだな。


っていうか、それだけの力量を上から目線で語れる、こいつこそ何もんだよ、とオレは煌々をみやった。


「われには、千年生きた神狐に等しい知識がある。それゆえ、知力だけなら中等部<ヘヴン>の頂点じゃな」


じゃから、もっと褒めよ、と煌々は、たわわな胸を張った。


「偉いね」


輝馬は、再び、煌々の頭をなでた。


(こいつもこいつで、シスコンかよ)


オレはイライラしながら、輝馬のほうをちらちらとみやった。


輝馬はこちらの視線に気づくと、首を傾げ、目を細めて、微笑ってみせた。


……どくん、と胸が音を立て、慌てて顔をそらした。


――なんだよ。そういう目でみんなよ。


気恥ずかしくなって、夏夜の服の裾をつかんだ。

「――ん?」と夏夜がオレのほうをみて、ふにゃりと微笑ってみせた。


胸の鼓動こどうが、おとなしくなる。


これだよこれ、癒しのスーパーエンジェルスマイル。

やっぱり、困ったときは、夏夜だよな。


オレは、夏夜の頭をなでた。夏夜がくすぐったそうに笑う。


あの張りつめた空気は、どこかへと消えていた。

ほのぼの。そう、ほのぼのだ。


オレはまたもや、目をらした。

真実から、そして、自分の心から。


この時、オレは知らない。

オレのからだは、今、新たなフェイズに入ろうとしていた。


何度も訪れた、躰の不調こそが、すべてを物語っていた。


残された時間は、多くない。

居心地のいい関係なんて、最初からウソだったのだと、オレは思い知る。


なあ、聞かせてくれよ。

なんでお前は、そんなに、隠そうとするんだよ。


――なんでオレは、そんなことすら、気づけなかったんだよ。


緩やかに死んでいくのが眠りだとしたら、オレは最初から、眠っていた。

目を開けることも億劫おっくうがって、優しい夢に甘んじていた。


甘く優しい御伽話<フェアリーテイル>は、終わりを告げる。

オレ達は、襲い来る悪夢によって、現実を知るのだ。


真実の愛には程遠く、オレ達は盲目のまま、明日へと進む。


そう。たとえ、一歩先が崖でも、もう進むしかないのだ——。



/////////////////////////////////////////////



scintillate ~シントレイト~


火花を発する; (ダイヤモンドのように)きらめく。

火花を放出する: スパーク

〈才気・機知が〉ひらめく.


【より詳しい語法】


ぎらぎらつまり、活気のあることを、または見事に実行するさま(-比喩的な意味での「輝く」)

「非常に、巧妙な面白い、面白い」という意味で機知に富んだ議論を現すことも。


「煌」…きらびやかな感じ。いくつもの宝石を散りばめた高価なもの。数の少ないもの。

    焔のように激しい美しさを持つもの。きらきら光り輝くさま。

    華やかで人目をひくさま。


savior(米国英語) ~セイバー~


救助者,救済者,救い主.

救世主キリスト


The Savior who Scintillates  ~セイバー・オブ・シントレイツ~


きらめく救世主」

「才知ひらめきたる救い主」


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