第16話 ‐偽りの天使‐ “Atonement of the Liar”
「貫け……っ<グングニル>!!」
「——いっけええ! <サウザント・スピアー>!!」
「…………っ!!」
戦いは、熾烈を極めていた。
小乙女が武器を錬成し、やつらを千本の槍で串刺しにしたりしているが、やつらもバカじゃない。
重厚な赤褐色の盾で防ぎ、炎を吐き、オレ達を追い詰めていく。
早乙女の錬成した光の盾でかばわれつつ、夏夜は無言でその黒々とした丸い瞳を、桃色に染め、また一頭無力化させた。
砂漠で小夜らしき人影をみつけたオレ達、正確には、オレと小乙女と夏夜だったが、それは龍魔術師<ドラゴン・マジシャン>の化けた姿で、小夜を確保しようとしたオレ達は、龍騎士団<ドラゴンズ・テンプルナイツ>に囲まれた。
その数、千か、万か。
当然、異能を持ってはいても、たった三人のうえ、生身の人間のオレ達は、あっという間に負け戦を呈していた。
魅了<チャーム>の使える夏夜が、リーダー格を一頭一頭戦闘不能にし、武器を量産できるパワー&スタミナ型の小乙女が、しらみつぶしに数を減らしているが、特に小乙女は、防御力がゼロに等しいオレや夏夜を護る方にばかり集中しており、反撃もほとんどできていない。
オレもまた、体調を崩した後、全力全開の煉獄の業火を解き放っており、ヨロヨロで、思うように戦えない。
足手まといはごめんだと、必死で炎を繰り出してはいるが、どれも殺傷力に欠け、下っ端ドラゴンを数匹焼き殺すのが精いっぱいだった。
せめて、津波で、敵をまとめて押し流せる皇や、雷を落とし、皇とのコンボで最強を誇る雷耶がいれば。
それに、輝馬。
今も、無事なのか……?
ぞっとして、首をふるった。
今は、戦いに集中しないと、やられる。
「……くそっ!!」
やけくそで炎の竜巻をだし、周囲の敵どもを薙ぎ払う。
退避しようにも、防戦一方の現在では、逃げる余裕さえない。
こんなに大勢に囲まれていれば、背中をみせた瞬間、ドラゴンどもの吐く火炎の息でおだぶつだろう。
「——小夏!!」
夏夜の声に、我に返った。
龍の騎士が、目の前に迫っていた。
豪華な金色の紋章が描かれた赤い盾は、オレの炎をやたすく薙ぎ払い、ギラギラと輝く紅玉の剣が、オレの腹を貫いた。
「……ぐ……っっ」
焼け付くような熱さが、腹から喉へと、駆け抜ける。
ぺた、と膝をつき、整わない呼吸のまま、目の前の龍をにらみつけた。
恐らく団長相当であろう龍騎士は、小首を傾げ、舌先をちろちろとみせて嗤った。
バカにされた悔しさで、涙があふれた。
つうか、痛いとか、そういうレベルじゃねえ。意識がブレブレで、視界がよくみえない。
ごとり、と頭が落ち、急に眠くなってきた。
(やばい、もう……ムリ、だ……)
「——よくも、小夏を……っっ」
薄れゆく意識のなか、夏夜が、オレの前で両手を広げ、通せんぼをしたのが目の端に映った。
「許さない……“お前は死ね”」
夏夜の瞳が、赤く染まったが、背後でうずくまるオレには、もうすでに、みえていなかった。
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なにか、重大な過ちを犯してきた気がする。
オレは大事なことがみえていなくて、そのせいで、たくさんのやつを、苦しめてきた。
たとえば、夏夜。
お前はもしかしたら、オレが思うような綺麗な存在じゃないのかもしれない。
天使なんかじゃないのかもしれない。
でも、オレが望むようにふるまい、いつだって、オレのほしい言葉をくれた。
オレはずっとそれに甘えていて、夏夜はずっと、苦しんでいた。
――違うんだよ、オレは、違うの。
――――小夏、お願い、オレをみて。
目を覚ました時、オレは夏夜にひざまくらされていた。
夏夜の両目からは、ぽたぽたと、透明な雫がもれていて、唇に落ちたそれをなめると、とても甘かった。
「なつ、や……」
なぜか、とてつもない事実に、気づいてしまった気がする。
ぼんやりと周りを見渡そうとすると、そうはさせない、というように、頭をかかえられた。
「小夏、どうして、オレを呼ばなかったの。オレは、小夏が呼べば、小夏の代わりに死んだのに」
「なに、言って……」
夏夜の言っていることは、支離滅裂だった。
呼ぼうにも、間に合わなかったし、だいたい、夏夜を危険な目には合わせられなかった。
いくら学園主席の識天使<セラフィム>でも、できることと、できないことがある。
夏夜を押しのけて、周囲をうかがうと、小乙女のほかに、小夜も、チビどももいた。みんな、沈痛な面持ちで、うつむいている。
「……どうしたんだよ……。……ドラゴン共は?」
ぼんやりしたままの頭でそう尋ねると、小乙女が、重い口を開いた。
「龍騎士の団長は、夏夜がみつめた瞬間、石になった。その石を、夏夜は踏みつけ、粉々になるまで踏み続けた。その憎悪に染まった狂気的な姿に、ドラゴンどもは怯え、飛び去っていった。あの時の夏夜は、はっきり言って、普通じゃなかった。小夜と凛音たちがタイミングよく駆けつけなかったら、ドラゴンどもを、皆殺しにしかねない勢いだった……」
小乙女は、そこで、ぶるりと震えながら肩を抱いた。
「……はっきり言って、あたしは怖い。夏夜のあの能力、明らかに光のものじゃない。……なあ小夏、夏夜は本当に、あの夏夜なのか? どこかで、入れ替わったとか……」
みんなおびえているのは、そういうことだったのか。
オレは、うつむく夏夜をみつめた。
真っ青な顔で唇をかみしめる、小夜達をみつめた。
腹のなかが、じわじわと熱を帯び、胃を焼いた。
「小乙女。もう一度言ってみろ。次おんなじことをいったら、その顔面、二度とみれなくしてやる」
「小夏!!」
女の子に暴力はいけないとばかりに、小夜が叫んだ。
「お前ら、いいかげんにしろよ!! 夏夜は、オレを護ってくれたんだ。オレがこんなに、よわっちくなかったら、夏夜は、こんな目でみられずにすんだんだ。責めるなら、オレにしろよ!!」
「……小夏!!」
夏夜が、うつむいたまま背を震わせ、叫んだ。
「……聞いて。小夏、みんな。……オレ、今まで、隠していたことがある」
輝馬が都市伝説の噂を入手する前、夏夜はひそかに、おまじないをした。
内容は、好きなひとと両想いになれますように、だったそうだ。
可愛らしいお願いだが、顔なしの男は、夏夜の愛用していた仮面を奪い取ると、逆再生のような不気味な声で、嗤いながら、こう言った。
『君の光を代償に頂く。時が経つにつれ、君は別人へと変わってゆくだろう。その代わり、想い人は、必ず君のものになる。おめでとう。君は、我のモルモット第一号だ』
「そんな……」
オレは、ぞっとした。
夏夜が、仮面の男と契約して、大事な光の能力を、改変させられた。
このままでは、夏夜は、めちゃくちゃになってしまう。
「だから、悪いのは、オレなんだ。ごめん、小夏……オレ……」
夏夜が、ガタガタと震えだす。
「夏夜……」
オレが触れると、夏夜はびくりと震えた。
「大丈夫だ、オレがなんとかしてやる……」
言い聞かせるように、オレは夏夜のちいさな体躯を抱きしめた。
夏夜の喉から嗚咽がもれ、涙はオレの胸を濡らした。
沈痛な空気が、その場を支配した。
小夜が、その時、つぶやいた。
「やっぱりね。小夜の思った通りだった」
その時、小夜はよどんだ湖のような、とても冷たく暗い目をしていた。
「おにいちゃん。小夜は、おにいちゃんのことが、大嫌い。そうやって、媚びて、すがって、楽しい? ねえ今、どんな気持ち?」
あざけるような、頭から踏みつけ、踏みにじるような小夜の口調に、凛音が、責めるように言った。
「……小夜、言い過ぎ」
「なんで? 夏夜は、ずるいよ。そうやって、自分は弱いんです、だから護って、大事にしてっていえば、楽だよね。小夏の関心を引けるよね。愛してもらえるよね。だから小夜は」
“だから小夜は、夏夜のことが、昔から、大嫌いだったんだ”
小夜は吐き捨てるように言った。
「小夜……お前」
「ばいばい、おにいちゃん。もう小夜は、おにいちゃんのことなんか、護らない。せいぜい、可愛い可愛い小夏に、護ってもらえばいいよ。よかったね、“夏夜”。ぜんぶ、ぜんぶ、おまえの思い通りだよ」
小夜は、そういって、踵を返し、もう二度と振り返らなかった。
凛音が、ため息をついた。
祈音も、やれやれ、といったふうに、立ち上がった。
「僕は、小夜の後を追う。凛音は、小夏の容体を整えておいて。……じゃーね」
祈音は、洞窟を出て、小夜を追いかけていった。
「……なんなんだよ……」
オレは、拳を握りしめた。
小夜の言ってることが、理解できない。夏夜は、そんなやつじゃない。
なんでそんな悲しい誤解ができるんだ。
だって、夏夜は。
「小夏。いいよ。小夜の言ってることは、ぜんぶ、本当のことなんだ。……ごめんね、小夏、今まで、だまして」
夏夜は、そう言って、唇をゆがめ、無理やり笑った。
その瞳は潤んでいて、目の端は、溢れそうな輝きで満ちていた。
夏夜は、背中から純白の翼を出すと、小夜とは反対の方向に、飛び去った。
「夏夜!!」
追おうとしたオレを、凛音が止めた。
「追って、どうするの? 夏夜を追い詰めたいなら、そうするといいよ」
「~~なんなんだよ……っ!!」
わけがわからなかった。
夏夜が、うそつき?
あんなに夏夜を大切にしていた小夜が、夏夜を本当は憎んでいた?
信じられない。信じたくない。
オレの信じていた世界が、ゆっくりと、音を立てて崩れていく。
「……誰か……っ」
お願いだ、誰か、助けてくれ。
オレじゃない、夏夜を。
オレをいつも救ってくれていた、オレだけの天使を。
――助けて。……助けろ。~~助けろっつってんだよ!!!
めちゃくちゃになった頭を振って、歯をきつく食いしばった。
『やれやれ、そなたは、本当に阿呆じゃな』
その時聞こえてきた声を、オレは、忘れない。
「お前……」
「戻ってきたぞ、坊。われがいれば、もう安心じゃ」
柔らかそうな金色の狐耳。ふさふさのしっぽ。
金貨色の、少し切れ長で、猫みたいな大きな吊り目。
オレの求めていた子が、そこに佇んでいた――。
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atonement ~アトウンメント~
【可算名詞】] 償い,あがない 〔for〕.【キリスト教】 贖罪.
[the A] キリストによる償い 《キリストがその受難と死によって全人類に代わって罪をあがなったとする信仰》.
Liar ~ライアー~
「嘘つき」
“Atonement of the Liar” ~アトウンメント・オブ・ザ・ライアー~
「うそつきの償い」




