第15話 ‐夜を識る者‐ “The Unknown Child”
「ていうか、なんで凛音と祈音がいるの? ここ、小夜の場所なんだけど」
小夜は、目の前の不法侵入者をにらみつけた。
「愚問だね。例外の子。ぼくたちは、きみを探しにきたわけじゃないんだよ」
「同感だね。はぐれにゃんこ。僕達は君を助けにきたわけじゃないからね」
舌っ足らずなソプラノで、右隣に座ってきたのは、双子のロリ、凛音。
甘いボーイソプラノで、左隣に座ってきたのは、双子のショタ、祈音だった。
小夜は、ぶうたれながら、洞窟で結界を張る作業を続ける。
夜の仔天使<リトル・ライラ>であるところの小夜は、中等部に入ってすぐの試験で、実力をみとめられ、あっという間にSクラスに入ることができた。
SからCまであるクラスは、年四回ある実技とペーパーテストで決まる。
ただし、ただ単に能力が優秀なだけなら、Aどまりだ。
最上級クラスであるSクラスは、単に能力の練度、つまり使いこなし方がずば抜けているだけでなく、それぞれの位、――役職ともいう……に相当した品格が求められる。
たとえば、序列一位、すなわち主席なら、「識天使<セラフィム>」。
愛の大天使であるセラフィムにふさわしい、最高レベルの魅力と、能力の錬度が求められる。
魅了<チャーム>という、対象を骨抜きにする一撃必殺の必殺技を、息をするように発動させる、夏夜のためにあるかのような役職だ。
二位なら、智天使<ケルビム>。
知識の大天使にふさわしい、圧倒的な知力が求められ、ペーパーテストでは常に主席をキープしている他、模擬戦闘でも、99%負けなしの高い戦闘力を持つ、輝馬こそが適任だ。
ちなみに、殺傷性の高い能力を持つ生徒が試験を受ける際には、相手方の生徒のデータをホログラムで投影し、その戦いぶりを評価されることになる。
当然、捕食<イート>のような、喰らったら最後、死、あるいは重症に至りかねない技を持つ輝馬は、毎回ホログラム戦闘だ。
三位は、座天使<スローンズ>。
正義と尊厳の大天使にふさわしい、風格<カリスマ>と、高い道徳観が求められる。
日本国の王族、天王の正式な後継者であり、ファンに対して、公平な慈愛を注ぎ、品行方正なことでも有名な皇にぴったりだ。
ひとつ飛んで、五位の力天使<ヴァーチューズ>は、ミカエルとも呼ばれ、肉体的、精神的な力強さと、リーダーシップが求められる。
見た目通りの、ワイルドで頼りがいのある言動で、みんなの兄貴をやっている雷耶にふさわしい。
六位は、能天使<パワーズ>。
自然界の法則を司る天使で、悪魔(堕天使)軍との最前線に立つ大天使だ。
野性的な勘に優れ、高い物理的戦闘能力と底なしのスタミナで、こと対大勢との戦いにおいて、圧倒的なアドバンテージをみせつける小乙女らしい役職である。
またひとつ飛んで、八位は大天使<アークエンジェル>。
神と人間を繋ぐ役割を持った大天使だ。
他の役職に比べるとぱっとしないが、それでもSクラスだけあって、能力の錬度はAクラスの比ではない。
下位の天使ながら、努力次第でいくらでも伸びしろがあると判断された生徒、要するに雷児がそれだ。
小夜はといえば、第9位、一番下っ端である、天使<エンジェル>なのだが……新入生でSクラスならじゅうぶん優秀だ、と思うことにする。
――小夜の本気はこれからだ。
「夏夜に会いたいなあ……」
いじけながら、夜の帳<セイント・ナイト>を紡いで、外敵を遮断する。
<夜の帳>は、術者が望む者以外を通さない種類の、閉鎖結界だ。
時間がかかるのが難だが、いったん仕上がれば、化け物どもを防ぎ、安心して小夏たちを待つことができる。
まあ、張り終わる前に、この双子という、大きなお邪魔虫は来たが。
「ぼくも、ママに会いたい」
「僕は、小夏にちゅーしたいな」
寂しそうな凛音と、相変わらず変態の祈音。
凛音は、愛らしさと美しさが奇跡的にブレンドされた、お人形のような美少女で、その凛とした瞳といい、肩より少し下で切りそろえられた美しい黒髪といい、母のリンドウに生き写しだ。
祈音は、柔らかそうな、ややくせのある亜麻色の髪、ふっくらした薄紅色の頬、なっつこい大きな黒目と、これぞ天使、という完璧な美貌の美少年で、その愛らしさと、相反する言動の嫌らしさが、父の命そっくりだ。
「はあ……早く、僕のものにならないかな、小夏」
祈音が、ため息をつく。
「そうだね。でも、たまにはぼくにも分けてね」
凛音が、こくりとうなずいた。
「3Pする?」
「いいね」
なんかとんでもないことをいっているけど、このちびっこたちは、まだ小学2年生だ。
保健医である父の命は、どんな教育をしているんだろう。
「でも、小夜も災難だったね。ぼくの胸で泣いていいよ」
さあ、と凛音がない胸を張っているが、そんな義理もないので、断った。
「余計なお世話。小夜は、泣かない子だもん」
「なんで?」
凛音が、こてん、と小首をかしげる。
「小夏が護るのは、夏夜だけでいい。小夜は、小夏の妹だけど、小夜にとって小夏は、大事な大事な宝物だから」
心細さに負けて、思わずもれたのは、誰にも言うつもりのなかった本音だった。
「へえ。だったら、なんであんな冷たい態度を取るの。ツンデレ?」
祈音が、天使のような顔をゆがませ、からかうように言った。
「……別に。——ただ、小夜は、小夏を愛する資格、ないから」
「なんで?」
好奇心旺盛なのだろう、凛音が再び聞いてきた。
「凛音にはわかんないよ」
「そうかな。ぼくには、君の存在定理がみえる。きみは、自分がいらない子だって思ってるんでしょ」
祈音が、ふいに、子供じみたしぐさを脱ぎ捨て、見透かしたように目を細め、微笑んだ。
「そんなこと」
ない、といおうとして、つまった。
ある。ありすぎる。——だって、小夜は。
「僕は、君がどんな存在であれ、小夏を好きになっちゃいけない、なんてことはないと思う。たとえ実の兄妹でも、“そうでなかった”としても」
「ぼくも、そう思うよ。小夜は、小夏に愛されてる。人間だったとしても、“そうじゃなかった”としても。たとえ二番でも、それは紛れもない家族の特権だよ」
祈音が、凛音が、重ねるように言った。
「お前たちは、何を識っているの」
小夜は、声色を変え、問いかけた。
「なんでも。凛音は、輪廻を見透かす運命の乳母。小夜の誕生の音色は、ぼくにちゃあんと聞こえているの」
「もちろん。祈音(僕)は、祈りを聞き届け、護る、涅槃の門番。小夜の祈りは、僕にきちんと届いているよ」
凛音が歌うように言い、祈音が囁くように言った。
「私が何者か、お前達は知っているのね。じゃあ、私がどうなるかも、知っているというの?」
小夜は、幾分か柔らかい口調で問いかけた。
つもりだったが、意も知れぬ不安が、その声をこわばらせた。
「それは、小夜が確かめて」
凛音は、さらり、と微笑んだ。
「ぼくたちは、過去は識れても、未来は織れない。でもね、ただひとつ、わかることがある。ぼくたちは、過去は変えられなくても、未来は変えられる。約束された終わりも、はじまりへと繋いでいくことができる。そう、小夜、きみが“もう一度”、生まれてきたようにね」
「ふうん」
小夜は、元通りの声色で言った。
「知ってるんだ。凛音も祈音も」
じゃあ、私が夏夜のことを、×××××ことも、知ってるんだ。
小夜は、ため息をついた。
嘘をつくのが、得意な子どもだった。
演技が得意なニセモノだった。
でもこの双子の前では、すべてが無意味なのだ。
「——そうなんだ……」
確かめるように言葉を載せて、そっと、息を吐いた。
小夏。小夜の、たったひとりの人。
願うなら、小夏だけは、小夜のことを知らないでいて。
小夜は、結界を張り終わると、ため息をついた。
「夜が来るね。もう、後戻りは、できない」
ふたりが、無言でうなずく気配がする。
夏夜はもう、小夏をみつけただろうか。
そっとまぶたを閉じると、小夏の笑顔が焼き付いた。
(小夏は、小夜が護る。それが小夜のたったひとつの望みだから)
目を開くと、結界越しに透けて見えるのは、赤い月。
あざ笑うように、赤々とたたずむそれを、にらむようにねめつけた。
(――お前には、負けない)
今も小夜達を観察している、神様気取りのそれに、そっと、宣戦布告した。
たとえ「その男」の望みが、小夜達の絆を引き裂き、ズタボロにすることだったとしても。
報われなくてもいい。ただ、誰でもない小夏のために、小夜は戦えるのだと思った。
((それでいいの? ……本当に?))
耳朶をくすぐる、とろけるような甘い囁きが、聞こえた気がした……。
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“unknown” ~アンノウン~
【形容詞】
(比較なし)未知の,不明の,未詳の.
名の知られ(てい)ない,無名の.
【可算名詞】 未知[無名]の人[もの].
[the unknown] 未知の世界.
【可算名詞】 【数学】 未知数.
“The Unknown Child” ~アンノウン・チャイルド~
「見つからない子」「知られざる子」